弟夫婦の家を訪ねたときだった。
食卓の隅にちょこんと座る、小さな「こたつむりまりちゃ」。
弟夫婦はゆっくり愛で派で、特にこのシリーズをリピート飼いしていた。
「こちゃ、きょーもいいこなのじぇ!」
「だいしゅきだよ~」と、弟の妻が笑うと、こちゃはとろけるような声をあげた。
その様子を、俺は眺めていた。
自分がかつて、同じものを──ただの引き出物として受け取り、
そして傷つけてしまったことを思い出す。
胸の奥に、冷たいものが沈む。
──あの日の記憶が、俺の胸を刺した。
弟の結婚式の引き出物として渡された育成キット。
夏場に解凍したその子を、虐め、冷たくあたり、
馬鹿馬鹿しくなりついに手放した。
一年ほど前の話だ。
それから社会復帰に向けて懸命に働いたが──
先日、思わぬ再会が訪れた。
「……先日さ」
弟に語りかける。
「仕事の合間で、ふらっと喫茶店に寄ったんだゆっくりが給仕をしている……」
弟は、少しだけ笑みを浮かべて相槌を打つ。
「おさげのない、まりさが働いてる店だろ?」
俺は目を見開いた。
「知ってたのか」
弟は肩をすくめる。
「愛で派の間では有名だ。先週、俺も立ち寄ったよ。
珍しいだろ、胴付きのこたつむりまりさなんて」
俺は思わず息を呑んだ。
自分が見たとき、その子はまだ「胴付き」ではなかった。
手足もなく、ただ懸命にこたつの上にお盆を乗せていた。
「胴付き……? いや、あの子が、お前が引き出物で送った……」
言葉に詰まり、俺は下を向いた。
喫茶店のこちゃは俺を見上げて「おにーさん」と呼んだ。
あの時の声が、まだ耳に残っている。ただ、真っ直ぐに。
──壊しかけた命は、今も生きて、働いている。
俺はこちゃを解凍してからの事の全てを話した。
「成る程な。……反省してるなら、また客として通ってやれよ。
あの子が覚えていなくても、きっと喜ぶと思う」
俺は小さくうなずいた。
胸の奥が苦しくて、けれどどこか温かい。
それは罰なのか、赦しなのか。
まだ答えは出せなかった。
昼下がり、俺はふらりと喫茶店の扉を押し開けた。
柔らかなベルの音が店内に響くと、カウンターの奥から小柄な影が顔をのぞかせる。
「いらっしゃいませ!」
身長百十センチほど。人形めいた胴体に、細い手足。
もう赤子ではなく、人間の幼児のように成長したこちゃが、笑顔で手を振っていた。
あどけなさを残しながらも、その仕草には確かに「働く者」の自覚があった。
「……本当に、胴付きに……」
思わず漏らした俺の声に、カウンターの奥でカップを拭いていたマスターが、一瞥だけこちらをくれた。
その眼差しは静かで、冷たくも温かくもない。
「生き延びた者が、変わるのは自然なことです」
それだけを言い残し、また黙々と手を動かす。
俺の胸の奥に、重たいものが沈んでいった。
「こっちにすわってください! きょうはこたとくせいほっとけーきさんが
おすすめなのです!」
にこやかにカウンターへ案内され、俺は戸惑いながら腰を下ろした。
その目には、憎しみも怒りもなかった。
ただ、かつての甘え声の名残りが微かに滲んでいる。
その無邪気な笑顔に、俺は何も返せなかった。
──忘れているのだろう。
自分がかつて、どれほど傷つけられたかを。
ここで新しい居場所を見つけ、静かに幸せを掴んでいる。
それでも──彼女にはお下げがない。
マスターが静かにカップを拭きながら言う。
「代金はいりません。……あんたが練習相手になってくれるんなら、
付き合ってやってくれないかな」
差し出された皿の上には、こんがりと焼けた試作品のホットケーキ。
形は不格好で、焦げもある。
それでも湯気と甘い香りが立ちのぼり、こちゃが小さな手で一生懸命作ったことがひと目でわかった。
俺はフォークを持ちながら、視線をカウンターの奥に向ける。
こちゃが、背伸びをするような格好でホットプレートに向かい、生地を流し込んでいる。まだ作る気なのか。
危なっかしい手つきだが、隣のスタッフがさりげなくフォローし、本人は満足げに鼻歌を歌っていた。
その光景に、胸の奥がざわめく。
生き延びて、ここで居場所を見つけた命。
かつて自分が傷つけ、捨てた存在が、こうして笑いながら未来へ歩んでいる。
俺はカップを手に取り、ふとマスターに漏らした。
「実は俺が昔、あの子を……」
言葉を継げずに、視線を落とす。
マスターは手を止めず、淡々と布でグラスを拭き続けていた。
俺はカウンターのグラスを握りしめたまま、己の胸の奥を見つめていた。
言わなければならない、伝えなければならない──そう思い込んでいた。
だが、マスターの冷ややかで正直な問いかけは、心の奥に鋭く突き刺さった。
過去を語るのは、あの子のためではない。
赦されたいのは俺の方だ。
重荷を背負わせても、結局は俺が楽になりたいだけだ。
そう気づいた瞬間、胸の内に沈む石のような罪悪感が、いっそう重たく沈んだ。
声にしてしまえば、彼女の笑顔にひびを入れるかもしれない。
それは「贖罪」ではなく「裏切り」だ。
「おまちどうさまです! ついかのさーびすぱんけーきです!」
呼び声が弾む。
振り向けば、こちゃがトレイを抱え立っていた。
傍らのスタッフも、その小さな成長を静かに見守っている。
笑顔だった。
無邪気で、純粋で、かつて壊しかけた命が今もなお輝いていることを示す笑顔。
そこには悲しみも怯えもなく、ただ「今」を生きる強さだけがあった。
その笑顔は俺にとって最大の罰であり、同時に救いでもあった。
彼女は過去などに縛られてはいない。
いまだ縛られているのは、ただ俺自身の心だけだ。
黙って様子を見ていたマスターが、ふと口を開いた。
「あの子に必要なのは、過去を掘り返す父親じゃない。
今を認めてくれる客だ」
そこでマスターはようやくこちらに視線を向け、低く短く続けた。
「……人は手足を動かしてりゃ前に進む。
あの子は皿を運んでる。
あんたは仕事して、ここでコーヒーを飲む客になる、
それが1番ありがたいよ」
静かな声が、店内の空気にゆっくりと溶けていった。
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喫茶店の灯が落ち、最後の客を見送ったあと。
胴付きとなったこたつむりまりさ──かつて「こちゃ」と呼ばれた存在は、小さな110センチほどの体をぎこちなく折り曲げながら、店の隅に置かれたこたつさんへと身を滑り込ませた。
ぬくもりに触れた途端、ほんの少しだけ、胴付き前の名残が漏れる。
「ゆぅ……あったかいの、やっぱりすきだね……」
カウンターを拭いていたマスターが、ちらりと視線を送る。
ぶっきらぼうな声で、しかしその奥に優しさを滲ませて問うた。
「胴付きになっても、まだこたつが大事か?」
まりさはこたつ布団から顔を出し、微笑んだ。
「ゆん。だいじだよ。こたつさんは、こたのはじまりだから」
そして、少し考えるように間を置き、続けた。
「でもね、いまは……こたつのそとにも、たからものさんがいっぱいあるの。
おしごととか、まいにちあうひととか……そういうの、ぜんぶ。
……きっと、いきていくって、たからものさんをふやしていくことなんだね」
マスターは手を止め、深くはうなずかない。
ただ軽く息をついて、コップを棚に戻した。
それが、最大限の肯定だった。
静かな店に、こたつの中でゆるむ小さな吐息が広がる。
「ゆぅ……ゆぅ……」
その声は、幼さと成長を両方にじませながら、夜に溶けていった。
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今回は、
3つの別々のリクエストをミックスした一本のSSを書きました!
・社不兄さんの弟夫婦のこたつむりまりさ。
・胴付きになったカフェのおさげなしまりちゃ
・社不お兄さんのこたつむりが喫茶店で働いていたらもっと店長の役に立つため胴付きになったイラスト
思いがけず、ほのぼのとした続きが描けてとても楽しかったです。
リクエストありがとうございました!!
Pakojiryu
2025-08-24 14:30:05 +0000 UTCジョン・ドゥ
2025-08-24 12:33:51 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-24 05:08:59 +0000 UTCT3
2025-08-23 18:59:26 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:20:49 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:20:12 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:19:17 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:14:44 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:13:38 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:12:56 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:09:43 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:04:22 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:03:38 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-22 11:02:47 +0000 UTCベロン
2025-08-22 02:09:13 +0000 UTCはにぃ@でゅう
2025-08-21 22:30:46 +0000 UTC灰色猫
2025-08-21 22:27:28 +0000 UTCレイディース
2025-08-21 19:09:23 +0000 UTCbbb
2025-08-21 15:27:35 +0000 UTCK
2025-08-21 15:20:26 +0000 UTC絵贄川
2025-08-21 14:04:18 +0000 UTCトチロウズ
2025-08-21 13:43:00 +0000 UTCミリ
2025-08-21 13:28:28 +0000 UTCsaku
2025-08-21 13:22:53 +0000 UTC