前回のお話はこちら

Unauthorized repost prohibited. おくるみに包まれた「こた」の身体は、残されたお下げごとぷるぷると震えている。 近くから、A子とこちゃのはしゃぐ声が聞こえ……片目だけが、うっすらと開く。濁った瞳が、光を探すように部屋をさまよい、やがて──A子がいないことを、認識した。 「ままちゃ……? ゆう、どきょ?」 …...
A子に抱かれながら、こちゃはわくわくで、
心のあんこさんがあったかくなるようだった。
「いもーちょ、もうしゅぐあえるにぇ……!」
「こちゃ。
昨日も話したけど、妹は身体にお怪我をしているの。
だから、優しくしてあげてね。」
「ゆう! こちゃ、いもーちょとゆっくちしゅるにぇ!」
しかし、目の前に現れたこたの姿を見た瞬間、その表情は凍りついた。
片目にはパッチ。
もう片方の目は、涙と怯えで真っ赤。
お帽子を身につけてはいるが、全身に傷が走っていた。ちゅぱちゅぱと残されたおさげを吸い、震えながらこちらを見ている。
「ゆっくち……ち……」
口を開ければ歯もなく、声は掠れている。
それでも、こたにとって「おねーしゃ」との出会いはゆっくりしたものだった。
こたが「ごあいさつ」をしようとした時……。
そのあまりの姿に、こちゃは「ピィ……ユピェ……!」と喉をつまらせ、次の瞬間、ちょろちょろと温かいものが下に広がった。
「ぴえええっ……!! ま、ままちゃぁ……!! ゆっくちいいい!」
失禁しながら泣き出すこちゃを、A子があわてて抱き上げる。
「大丈夫、大丈夫……妹はね、怪我をさせられてしまったの。
怖い子じゃないよ。優しく、優しくしてあげてね」
必死に説明するA子の声に、こちゃは涙を吸い込みながら、
小さく「ごめんなちゃい……!」とうなずいた。
それでも、こちゃにとって目の前にいるのは「かわいい」妹の姿ではなかった。
けれど──こちゃは、自ゆんなりに、なんとか声をかけようとした。
「いもーちょ、こちゃはこちゃにゃにょじぇ……
ゆっくちちちぇいっちぇにぇ……」
震える妹を見つめながらも、まだ赤ちゃんなこちゃには「なぐさめる」という行為そのものが、よく分からない。ただ、何かを伝えたい、ゆっくりしてほしい
──そんな気持ちが胸いっぱいにあふれていた。
そして、次の瞬間。こちゃは小さく息を吸い、声を弾ませた。
「こりぇが、こちゃにょかっきょいいこたちゅしゃんでしゅ……!」
妹の前に、もるもると進み出ると、はにかみながらも得意げに続ける。
自慢のゆっくりしたこたつさんをみれば、だれだってゆっくりできる。
ママがそうであるように。
「こちゃのこたちゅしゃん、ふわふわで、ぴかぴかでかっきょいいでちょ?
こたちゅしゃんに、こちゃにょ、にばんめにょたかりゃもにょ!
びーだましゃんもありゅにょにぇ!」
ひゅる、ひゅると細い息をもらしながら、妹はその声に小さくうつむいた。
「こちゃ……」
A子は、その光景に胸がときめくのを止められなかった。
(こんなに上手に自分の宝物の紹介ができるんだ……♡)
小さなおちりをふりふりしながら、こたつさんを誇らしげに見せつける。
「ゆっ♡ ぬーくぬーくぽーきゃぽーきゃ♡
こたちゅしゃん、ただいまなのにぇ♡」
そしてついにこちゃは気付いた。いもうとの1番不思議なところ。
背中──そこにあるはずの「こたつさん」が跡形もなく消えている。
「いもーちょ、こたちゅしゃん、どこにゃにょ? こたちゅしゃんがにゃいと、しゃむいしゃむいにゃんだよ? こちゃはね、いつもちゅっぽりあったかいんだにぇ♡」
──その問いは、こたの胸を突き刺した。
自分には、もう何もない。
ひっぷだんすに失敗した無力を責めるように浴びせられた罵声。
その後で受けた、さらに深い傷。
あんこのにじむ皮膚、剥げ落ちた毛並み、潰れて濁ったおめめ。
欠けた歯、もるんもるんと弾んでいたはずのおちりには痛々しい痕。
まむまむもあにゃるも、裂けて壊れてしまった。
あの日、溶かされ、折られ、ちぎられ食べさせられ、泣き叫ぶ声も無視されて。
冷たく乾いた床の上で、命よりも大切だった「宝物」を失ってしまった。
命より大切だった、あのこたつさんが。
もう、どこにもない。
こちゃの言葉は、何気ない笑顔とともに、その失われたものを次々と突きつけてくる。
ふさふさのおぐしさん。
白くきらめく小さな歯。
濁りのない、星のように澄んだおめめ。
傷ひとつない、もるんもるんのおちり。
そして──背中に光る、命の象徴であるこたつさん。
「…ユピッ……ぴぃ、ぴいい……」
こたの体が小刻みに震え、涙が一度にあふれた。
身体中のあんこが焼けるように痛い。
なにもかも失ってしまった自分と、目の前で笑う「ゆっくりとした姉」。
その落差が、こたを容赦なく引き裂いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! こたちゅしゃぁぁん!!
かえちてぇぇ!! かえちぇちぇよぉぉ!!」
小さな身体をくちゃくちゃに歪ませ、こたは泣き崩れた。
「ぴぃ!?」
どうしてこたつさんがないの?
無垢な問い。
だがその問いは、こたの胸を突き刺した。
「ゆっ……ピィっ……! こた……こたは、
ゆっくちできにゃいのぉぉぉ……!!」
片目をぎゅっと閉じ、こたは震えながら泣き出した。
突然泣き出したこたに、こちゃはきょとんと目を丸くした。
「いもちょ! どうちたにょ? ゆっくちしちぇにぇ!
こたちゅしゃんにはいっちぇおちちゅくにょにぇ!」
こたは地団駄を踏むように泣き喚き、暴れまくる。
「こ、こた……!」
てんとう虫のお帽子がぱさりと床に落ち、おぐしさんを失った痛々しいハゲ頭が顕になる……。
こちゃは気づいてしまった。
こたの頭には、自分のようなふさふさのおぐしさんすら生えていない。
「ゆゆっ!? いもーちょ、へあーしゃんもないにぇ!
……ハゲちゃだにぇ」
まるで小鳥が思いつきを鳴くように、悪意もなく、ただ気づいたことを口にしてしまう。
その一言は、こたの胸に深く突き刺さった。
「ピ、ピイイ……こた、こただもん……っ! ハゲちゃじゃにゃい……っ」
こちゃは、まるで分からない、という顔でママちゃを見上げ、不安そうに首を傾げる。
「ママちゃ、ママちゃぁ……いもーちょ
こたちゅしゃんも、へあーしゃんも、どうちてないにょ?
いもーちょ、ゆっくちしちぇにゃいにぇ……」
声をあげて泣き出したこたの嗚咽が、部屋を震わせる。
A子は、こちゃがぽつりと放った残酷なひとことに胸を痛めながらも、
(赤ちゃんだもん、悪気があるわけじゃない……仕方ないことなんだ)
と自分に言い聞かせた。
そして、こちゃをそっと抱き寄せる。
「こちゃ、妹にすーりすーりしてあげて。
それから、ぺーろぺーろしてなぐさめてあげるの。
そうしたら、きっとゆっくり出来るからね」
言葉を聞いたこちゃの顔がぱぁっと明るくなった。
「ゆん! こちゃ、じょうじゅにできるにぇ!」
こちゃはもるもると妹へと近づき、
ころんと小さなからだを寄せていく。
そして、まだ涙でぐちゃぐちゃの妹のほっぺに、
すーり、すーり。
ぺーろ、ぺーろ。
「いもーちょ、しゅーりしゅーり……♡」
こちゃは赤ちゃんらしい甘えが混じったような声で、
ちいちゃな舌をちょろりと出して、ぺろ、ぺろ。
ぺろぺろは、決して器用ではない。
けれど、こちゃの小さな顔にはどこか満ち足りた色が浮かんでいた。
いもうとを慰めるというより――すりすりしたり、ぺろぺろする行為そのものが、
こちゃにとって心地よく、「じぶんのゆっくり」を確かめる甘えの時間になっている……。
「ゆっゆーん♡ ゆっくちぃ♡」
じょうずにぺろぺろできまちた! と言いたげな笑顔。
その様子に、A子は胸をぎゅっと掴まれ、気づけば頬がゆるんでしまっていた。
「……なんて、かわいいの」
それでも、小さなからだが、さらにちいちゃな存在を慰めようとしている。
その一生懸命さが、たまらなくいじらしい。
A子はそっとスマホを取り出し、
――カシャ。
音が響かないように設定して、夢中でシャッターを切った。
画面には、涙ぐむ妹と、健気にぺろぺろする甘えん坊のこちゃ。
「うっとり」する自分の顔が、レンズの反射にかすかに映り込んでいることに、
そのときのA子は気づかなかった。
一方で、ひっくひっくと震えるこたは、
目の前で展開されるその「かわいい光景」に声をかすらせる。
「いもーちょ、にゃかにゃいでにぇ♡」
こたはふらつきながらもおねーしゃにお顔を向けた。
涙でぐしゃぐしゃになったお顔に、
それでもどうにか「伝えたい」と思う表情を浮かべて。
「……ゆ、ゆっく……ち……ちぇ……ちぇいっ……ちぇ、にぇ……」
こたはひっくひっくと喉を震わせ、
歯のない口を必死に動かして、言葉を絞り出した。
まるで、それだけが自分の最後の尊厳であるかのように。
ーーーーーーーーーーーーーー
その晩
A子は、布団の中でスマートフォンを握りながら、偶然流れてきた動画に見入っていた。
画面には、三匹の赤ちゃんが、一つのこたつさんにぎゅうぎゅうに押し合いながら収まっている。こたつさんに入っているのは、動画投稿主の飼いまりちゃと、投稿主の友達が飼育している赤れいみゅ姉妹だ。
A子は思わず声を漏らす。
「え、うそ! かわいい……」
しかも、このこたつさんは投稿主が作った手作りのチョコレートと綿飴のこたつさんだという。だが、よく見ると中央の赤ちゃんは、真っ黒なお帽子をかぶっていた。
「……なんだ、こたつむりまりちゃじゃ、無いんだ……」
もしこれがこたつむりまりちゃなら、こたつさんのシェアなど、まず考えられない光景だろう。
けれど画面にいるのは、お帽子をもつ通常種のまりちゃ。
赤ちゃんまりちゃは、にこにことした表情のまま、れいみゅたちに居場所を分け与えている。コメント欄では「通常種はこたつのシェアができるよね」「かわいすぎる」といった声が並び、動画はほのぼのとした空気で広がっていった。
こちゃとこたを見やる。こたが疲れて眠ってしまったので、こちゃのスペースから移さず、今夜はそのままにしてみた。
こちゃは自分のこたつさんの中で丸くなり、安心しきった寝息を立てている。
ほのかに甘い匂いを漂わせながら、ときおり「ゆぅ、ゆぅ」と小さな寝息。
体の上下に合わせて、こたつさんの縁がかすかに揺れている。
そのすぐ横に──こたがいた。
けれど、こたつさんの中には入っていない。
入れてもらえなかったのだ。
こちゃの家に近づくように、外側へ身を寄せ、冷たい床の上に身を横たえている。
眠っているはずなのに、こたの体はときおり小さく震えた。
夢の中でもまだ、痛みや寒さから逃れられないようだった。
こたつさんの中のぬくもりを分けてもらえず、それでも──わずかに触れる距離で、姉の存在にすがるようにして眠っている。
二つの寝姿は、まるで異なる世界を映していた。
ひとりは守られた甘いゆりかごの中で。
ひとりは、守られるはずだった場所のすぐそばで。
A子はその光景を見つめながら、胸の奥に重いものを感じた。
A子はその光景を見つめ、胸の奥で言いようのない痛みに包まれた。
(やっぱり、こたつさんの共有はできないか……)
こちゃは幸せそうに眠っている。
こたは、ただ寄り添っているだけ。
その対比が、どうしようもなく残酷に見えた。
──やっぱり、こたつむりまりちゃには、こたつさんが必要なんだ。
ーーーーーーーーーーー
2日後。
夜明け前、A子は気配に目を覚ました。
こたはまた、眠ったまますすり泣いていた。
小さな声で「ままちゃ……ままちゃ……」と呼ぶ。
A子はもう何度目か分からないほどに目を覚まし、
力の抜けた手のひらでその体を包み込んだ。
眠い。
頭は重く、視界も霞む。
こちゃの探検に付き合い、食事を作り、片付けをして、こたをケアして……
それでも、A子の腕は離れない。
むしろ、こたの小さな身体をさらに優しく包み込んだ。
(……この子を守れるのは、わたしだけだから)
他の誰にも任せられない。
あの子は、痛めつけられ、拒まれ、居場所を失って、ようやく自分のところに来てくれた。
この胸にすがって「ままちゃ」と呼んでくれるのは、自分しかいないのだ。
だが同時に、不安も刺すように広がる。
今はまだ体力が足りず、泣き疲れて眠ってしまう。
だからこそ何とか夜をやり過ごせているけれど──もし元気になったら?
もっと長く泣き続け、もっと激しく求め、もっと甘えてきたら?
自分は本当に応え切れるのだろうか。
笑顔を崩さず、抱きしめ続けられるのだろうか。
「……いいんだよ、こた。
泣いても、甘えても、全部ママが受け止めるから」
自分に言い聞かせるように、震える声で囁く。
こたの涙が頬に落ちる。
その温かさに、A子の胸はぎゅっと締め付けられた。
(だって──この子を愛してあげられるのは、わたしだけなんだもの)
その思いが胸の奥で炸裂した。
疲れ切ったはずなのに、涙が込み上げ、笑みが浮かぶ。
愛おしい。
壊れるほどに、愛おしい。
もしこの小さな命を見捨てたら、この世の誰が救えるというのだろう。
「大丈夫、大丈夫だからね……ママがいるから、こたはもう怖くないんだよ」
声を震わせながら何度も繰り返す。
愛は救済であり、同時に鎖だった。
A子はただ酔うように、目の前の小さな命を抱き締め続けた。
こたの寝息が落ち着き、また短い眠りに戻っていく。
A子はその姿を見下ろし、涙を拭うことなく、ただ微笑んだ。
この命を抱いて「ママ」であり続けること。
それが自分の存在理由であり、救いであり、誇りであり、そして何よりも「運命」なのだと、A子は心の奥で確信していた。
A子の手のひらの中でこたが小さく身じろぎしている。
「こた……起きたの」
A子はそっとこたを毛布の上に下ろす。
体温はまだ心許なく、支えていなければ崩れてしまいそうだ。
けれど傷口は殆ど塞がり、出餡の滲みも少なくなってきた。
ゆっくりの生命力は、やはり強い。
「……ゆち、ゆち……! ままちゃ……」
こたはふらりと立ち上がり、ゆちゆちと三歩だけ前に進んで、またこてんと倒れた。
まだ危なっかしいけれど、確かに歩けている。
「えらいね、こた。よく頑張ったね」
A子はガーゼで身体をなぞり、残された前髪を梳いてやった。
触れられるたびに、こたは小さく震える。けれど、もう泣きはしない。
「ままちゃあ……だっこちて……?」
求めるままに抱き寄せる。
小さな体がもちっと手のひらにぴったりと収まり、その重ささえ愛おしい。
「よしよし……いい子だね、こた。ママがずっと抱っこしてあげる」
「ままちゃ……ずっと、ここに……」
かすれた声で囁くこたの目には、まだ不安が残っている。
でも、A子の腕の中で、少しずつ安心が溶け込んでいくのがわかる。
「こたが安心して眠れるようになるまで、ママは離れない」
こたはしばらくA子の手にすりすりと寄り添っていたが、
「こた……あんちん……ゆっくちだいじょうぶ……」
その声に、A子の胸は強く締めつけられた。
──でも、本当に「大丈夫」だろうか?
今の暮らしは、こちゃが元気いっぱいに探検をしたり甘えたりする、
その横で、こたはただ見ているだけ。
夜になれば虐待の記憶に怯えて泣き、A子は何度も抱き上げて眠れぬまま朝を迎える。
まだ体力が戻りきらない今は泣き疲れて眠ってくれるが、元気を取り戻したら
──もっと長く泣き、もっと強く甘え、もっと「ママ」を求めるようになるかもしれない。
それを思うと、不安が胸をよぎる。
けれど同時に、A子はこたを抱き寄せた。
(……大丈夫。わたしがママなんだから。
この子を愛してあげられるのは、わたししかいないんだから……!)
「ままちゃ、ゆっくちぃ……」
こちゃがおうたを歌ったりひっぷだんすアピールをみてみて言い出すと、すぐに騒がしさでこたの訴えもゆっくりも掻き消されてしまう。
(……こたに、ゆっくりできる時間を作ってあげたい)
A子はそう思いながら、こちゃが昨夜まで遊んでいた探検トンネルに目をやる。
そこで、ふと気がついた。
──こちゃに「探検に行かせれば」いいのだ、と。
元気を持て余しているあの子なら、きっと喜んで出ていくだろう。
そのあいだだけでも、こたをこたつさんに入れて、ゆっくり休ませてあげられる。
「……そうしよう」
A子は小さくつぶやき、こたのオムツを変え毛布に寝かせ直した。
今にも泣きそうな小さな顔を見つめながら、彼女は心の中で決意を固めていた。
ーーーーー
「こちゃ、今日も探検に行ってみない?」
A子は明るい声で呼びかけた。
「たんけんっ!? こちゃ、たんけんちゅりゅにぇ!」
ぱっと顔を輝かせるこちゃ。
小さな体を弾ませ、待ちきれないようにおちりを揺らしている。
A子はそんなこちゃを抱き上げ、そっと目を細める。
「でもね……そのあいだ、大事なこたつさんは──こたに守ってもらうんだよ」
「ゆ? いもーちょが……?」
呼ばれたこたは、びくりと身体を震わせた。
しばし黙っていたが、その目がきらりと光る。
「お、おねーしゃのこたちゅしゃん……こたが、つかっていいにょ……?」
声はかすれている。
けれど、そこには確かに期待が滲んでいた。
「うん、こたが守ってくれるなら、こちゃも安心だよ」
A子は微笑んで頷いた。
──だが、その言葉に反応したのは、こちゃだった。
「ままちゃ! こたちゅに、こちゃのこたちゅしゃん……
いもーちょがはいりゅにょ……?」
小さな眉をぎゅっと寄せ、声を震わせる。
「こたちゅしゃんは、こちゃの!
こちゃのゆっくちしたこたちゅしゃんにゃのにぇ……!」
A子は一瞬、言葉を探すように視線を落とした。
けれど、すぐにこちゃの目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの妹に──守ってもらって、ゆっくりを分け合うんだよ。
……ママもこたつさんを見ているから、大丈夫」
その声は、普段より少し強かった。
こちゃは口を開けたまま、しばらく固まり、視線を泳がせ、やがてぽつりと返す。
「ゆぅ……ままちゃがみてりゅなりゃ、こちゃ、
ゆっくち、わかっちゃにぇ……!」
その声は、どこか引っかかりを残したまま、
探検ごっこの支度へと向かっていった。
A子は、机の上にティッシュの箱や本を重ね、
定規を渡して即席の迷路を作り上げていた。
「ほら、今回の探検はお宝盛りだくさん!
美味しいあまあまもあるよ。
いっぱい見つけて、妹にも持って帰ってあげようね」
「あみゃーみゃ!♡ たかりゃもにょ!♡」
こちゃの瞳が輝く。
「こちゃたんけんたいっ! しゅっぱーちゅ♡」
おちりをもるもると小さく揺らしながら、
こちゃは迷路の入り口へと駆け出していった。
A子はそっと視線を戻し、まだ横たわるこたのそばに近寄る。
小さな体が震えながら、恐る恐る口を開いた。
「ままちゃ……おねーしゃのこたちゅしゃん……
ほんちょに、はいっちぇいいにょ……?」
A子は微笑み、頷いた。
「いいんだよ。今だけはこたのものでもあるから。
……ゆっくりしておいで」
こたは震えながら、こたつさんの縁におさげを伸ばした。
それは、自分のものを壊されて以来、ずっと夢のように求め続けてきたものだった。けれど、いざ目の前にあると、どう触れてよいのか分からない。
小さく身を沈めてみる。身体の半分まで潜り込むと、綿飴の壁がふわりと頬に触れ、甘い香りが鼻をつく。けれど、そのまま固まってしまった。心の奥で「壊される」記憶が疼いて、奥まで進む勇気を奪っていく。
そんなこたに、A子がそっと声をかけた。
「大丈夫。もっと奥まで入ってごらん。こたの体を、ちゃんと守ってくれるから」
「……まも……ちぇ……くりぇりゅ……?」
おそるおそる呟き、こたは一歩、また一歩と奥へ進んだ。
次の瞬間、全身が優しく抱きしめられる。
チョコレートの天井が頭を撫で、ふわふわのこたつ布団が全身を受け止める。
失われていた「お家」の感覚が、一気に胸に押し寄せた。
こたは頬を綿飴に埋め、泣きながら声をあげた。
涙と嗚咽のあいだから、心の底から湧き上がる歓喜があふれ出す。
あまりにも長く待ち続けた「ゆっくり」が、ようやく自分に戻ってきたのだ。
「……あったかい……にぇ……! ゆっくちだにぇ……!」
声は震えていたが、すぐに安堵の吐息に変わる。
胸の奥がぎゅうっと締めつけられ、そして溶かされていくようだった。
小さな瞳からはとめどなく涙が零れ落ちる。
けれどその涙は、悲しみではなく、久しく忘れていた「居場所」に触れた喜びの証だった。
こたつさんの中で身を丸めるこたの表情は、次第にとろんとした夢見心地に変わっていく。
外の音が遠ざかり、ただふわりと甘く優しい膜に守られている。
そこには、何も失うものはない、そう錯覚させるほどのぬくもりがあった。
──たとえそれが、ほんの一瞬の、借り物であったとしても。
その始まりは、ほんの序章にすぎなかった。
こたにこたつさんを一瞬だけ使わせてあげる──ただそれだけのこと。
けれど、その取引の背後で、すでに静かな歯車が狂い始めていたのだ。
部屋の隅には、遊戯のための迷路やアスレチックが整然と並び、甘やかな宝物がきらめきを放つ。無邪気なこちゃは歓声を上げ、弾む足取りでその小宇宙へと駆け込んでいった。
一方、こたは久方ぶりにこたつさんの前へ座り、身を沈める。
──ぬくもり。
それはあまりに優しく、そしてあまりに危ういものだった。
失った者にとって、温もりとは毒にも等しい。
たとえそれが一瞬の貸与であろうともその胸に落ちた熱は
やがて抗えぬ渇望と歪みを生む。
誰も知らぬまま、この日の「小さな貸し借り」は、
確かに運命の糸を手繰り寄せていた。
その糸の先に待ち受けていたのは、甘美な日々の延長ではなかった。
ひそやかに芽吹いたのは、愛の名を借りた影。
その影は、やがてこたたちを包み込み、
ぬくもりを与えるはずの手を、冷たく残酷なものへと変えていく。
――ほんの短い貸し借りが鳴らしたのは、
静かな破滅の前触れにほかならなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
次回

前回のお話はこちら こちゃが探検から戻ると、おさげには小さな金平糖がひとつ、 お顔は満足げにほころんでいた。 「ままちゃ、たんけんたのちかったにぇ!」と駆け寄ってくるその姿を、A子はほっとしたように迎え入れた。 「こちゃにょこたちゅしゃん! いもーちょ、 ……こちゃ、ただいまにゃにょ!」 探検から戻ったこ...
ーーーーー
最初から読む

【全6話、完結しました!】 次の話はこちら💁♀️ ーーーーーーーーーーーーー 以下ダイジェスト

前回はこちら 愛で系雑誌に掲載されたA子のポエム ◆おまけ◆ テキストですが結構エグめの描写ですのでご注意ください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 配信停止の後。 ──再生画面の周囲に、鍵マークのアイコンと共に、 「支援者限定アーカイブ」というラベルが小さく浮か...

Unauthorized repost prohibited. おくるみに包まれた「こた」の身体は、残されたお下げごとぷるぷると震えている。 近くから、A子とこちゃのはしゃぐ声が聞こえ……片目だけが、うっすらと開く。濁った瞳が、光を探すように部屋をさまよい、やがて──A子がいないことを、認識した。 「ままちゃ……? ゆう、どきょ?」 …...
リクエストの状況によりますが、
あと2回で終わりです!
誤字直しました!!(まだあったら教えてください!)
トチロウズ
2025-09-01 15:52:22 +0000 UTCきんたろうあめ
2025-08-31 02:45:13 +0000 UTCアンコ
2025-08-29 20:52:07 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:34:16 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:33:08 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:31:47 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:30:11 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:28:52 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:25:53 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:24:52 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:21:26 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:19:41 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:18:34 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:15:09 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:04:21 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:03:40 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:03:09 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 10:02:19 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 09:58:28 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 09:56:45 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 09:54:52 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 09:53:09 +0000 UTCPakojiryu
2025-08-28 09:49:28 +0000 UTC翁
2025-08-28 08:07:39 +0000 UTCT3
2025-08-27 18:46:26 +0000 UTCぽてこ
2025-08-27 12:40:56 +0000 UTC虚無感
2025-08-26 12:45:28 +0000 UTCもくたん
2025-08-25 15:11:44 +0000 UTCてんかい
2025-08-25 00:04:10 +0000 UTCbbb
2025-08-24 16:34:26 +0000 UTCoさん/おろさん
2025-08-24 15:12:41 +0000 UTCレイディース
2025-08-24 14:45:35 +0000 UTCgggg
2025-08-24 14:42:36 +0000 UTCレイディース
2025-08-24 14:38:40 +0000 UTCジョン・ドゥ
2025-08-24 13:12:49 +0000 UTCジョン・ドゥ
2025-08-24 13:00:40 +0000 UTCせら
2025-08-24 11:51:04 +0000 UTCK
2025-08-24 11:33:05 +0000 UTCボン
2025-08-24 10:51:19 +0000 UTCyuuq476
2025-08-24 09:54:26 +0000 UTCベロン
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2025-08-24 05:39:23 +0000 UTC