生皮鬼 5
Added 2021-04-01 16:14:30 +0000 UTC5皮肉と面の皮 『な? ケツでやるの気持ちイイだろう?』 翌朝、俺にカラダを返したカギロイが頭の中で語りかけて来た。 「確かにアナルセックスは良かったけど、問題はそこじゃねぇ。透哉と俺って実の兄弟なのにセックスまでしちまって、その上、恋人関係にまでなっちうとか!」 『そうは言うが、実はな、途中から俺はお前にカラダを返していたんだぞ? 弟への愛のささやきについてはほとんどが修哉、お前の口から出たお前の本心の言葉だ』 ――ああ、知ってる。 ある時点からカギロイじゃなくて俺の気持ち「まんま」の言葉が口から出ている事も、カギロイを通さず直で俺と透哉が話していた事も。 だからこそ問題なのだ。 これから先、俺は透哉にどんな顔をして生活して行けばいいんだ! 『普通にしていればいいではないか』 「それができそうにないから困ってんの! このまんまじゃぜってーお袋にばれる! ばれるに違いねぇ!」 『と、言うと思ってな、透哉の部屋から出た時、お前との熱い一夜は全部夢だと言う事にしておいた』 「はい?」 『ある種の暗示だ。自分の望みが強すぎたがゆえに見てしまったとてもリアルな夢、と言う風にな』 「と言う事は?」 『透哉はまだお前に告白していない。兄貴である修哉はまだ自分の気持ちを知らない、と言う認識で目が覚める』 「んな事まで出来るんだ」 『鬼だからな。その程度の人心操作術は使えて当然』 「まさかとは思うけど俺にもなんか、そう言うコトしてる?」 『いんやぁ? 宿主と俺とは一心同体。出来る訳無いだろう? 少し唆すのが関の山だ』 唆されて透哉とマジセックスまでしちまってんだから、やっぱこの「鬼」ってのはかなりヤバイんだと思う。 『まぁ、そう警戒するなって。俺にしても再び封印の憂き目に遭うのはもうこりごりなんでな。暗く狭い箱の中でじーっとし続けるなんざ死んだも同然だ。ま、人ごときに俺を滅する事などできねぇけどな』 「皮」になっても死なないってのはメリットなんだろうか? 俺なら頭がどうにかなっちまいそうだけど。 「そもそも、カギロイって何なんだ?」 『随分とザックリとした質問から入りやがったな』 「鬼って何? あの皮はなんなの? どうして皮になって封印なんかされていたのさ?」 『……知りたいのか?』 「まぁね。カギロイとは長い付き合いになりそうだし」 『俺としては当初の目論見通り修哉の肉体を奪い、意識を完全に乗っ取って復活するのが一番ラクでお手軽だったんだがな。 角が弱点と知られた以上、簡単な方法は取りあえず捨てた』 「龍騎や壮平が持ってる皮の『鬼』とカギロイってどう言う関係? どうしてアイツらの皮の鬼は、お前と違って、なんかこう……」 『記憶や知識が少なくなっているように見えたのか? だろ?』 「そう! その辺の違いも気になった!」 「カギロイ」が俺の中で深いため息を吐くのを感じた。 『教えて欲しいのなら教えてやっても良いが、イチから詳しく話し出すと一日かかっても終わんねぇぞ? どうする? 今日の学校はサボっちまうか?』 学校と聞いて俺はハッと時計を見た。 「うっわ、やば!」 ベッドの上でカギロイと話していたせいでいつもより遅い時間の起床になってんじゃん。 髪をセットする時間は取れそうにないから帽子で取りあえず誤魔化すとして、急いで支度にとりかからないと! 背に力を込めてスリットを作り出した俺はその裂け目から中身である本体の俺を引きずり出して皮を脱ぎ、肌の赤い鬼から 人間「松塚 修哉」の姿に戻る。 角の生えたマッチョな鬼の「皮」はひとりでに外観やサイズを変えシンプルな全身タイツになった。 「不思議だ……。かいた汗も浴びた精液も勝手に消えちまってるし、洗ってないのに臭いも強くなっていない」 「カギロイ」のモノとは雲泥の違いがあるけどチンポだけは「カギロイ」の皮膚みたいに赤くなって、「皮」と出会う前よりかは確実に大きくなっている事も不思議としか言いようがない。 勃起したって包皮は手で下げないと亀頭は出てこなかったのに、今じゃ勃起しただけでズルリと露茎してくれている。 「う~ん……、この点についてもカギロイに聞いてみないとさっぱりだな。で、どうしよう、鬼の皮は家に置いておくべきか、 持って行くべきか……」 万が一、旧校舎の図書室から勝手に持ち出したのがバレて、本当の持ち主から即返却せよと迫られた場合を想定してみると、やはり高校に持って行った方が良いような気がする。 「それに、俺以外の誰かがうっかり着ちまったら余計にややこしい事になりそうだもんな」 結論が出た所で俺は鬼の「皮」を小さく、おにぎり程度の大きさになるまで畳んでから通学用鞄の奥へとしまいこんだ。 洗面所に向かうと透哉と鉢合わせてしまった。 「お、おはよ、透哉……」 「ああ、兄貴か。おはよう」 顔を洗い終えて洗面所を出る所だったようだ。 マジで昨夜、俺とセックスした事は夢だと思っているんだろうか? 「どしたの兄貴。そんなジロジロ見てさ。俺の顔になんか付いてる? それともかっこいい俺に見惚れてた?」 皮肉な笑みを浮かべた透哉に思わずムッとした。 「は? 見惚れ? んなバカ言ってないでとっととどいてくれって! 寝坊したせいで急いでんだよ!」 「なんだ、違うのか。夢の中の兄貴はあんなに――」 「夢がどうしたってー?」 蛇口から溢れ出る暖かい湯で洗顔しながら透哉に応じる。 耳まで赤くした透哉がプイッと顔を背けた。 「い、いや何でもねぇ……。それよか、俺は先に出るから兄ちゃんも遅刻すんなよ?」 「……兄ちゃん、か」 俺のチンポがジワリと起き上がる。 昨夜のことを思い出してエッチな気分が股間から芽生える。 しかし、透哉は俺が思っていた以上に悩んでいる事を知ってしまった。 自分の本心を知って欲しいと言う「感情」と、俺に嫌われたくはないと言う「理性」の狭間で。 しかも、俺への気持ちを自覚したきっかけの一つが留学したアメリカで様々な男に犯され、凌辱され続けていたからなのだ。 昨夜のことは夢なんかじゃない、俺はお前の気持ちをちゃんと知っているんだぞ、と言ってやりたい。 けれど、透哉の熱情を受け止めるには俺の方こそまだ熟し切れていない。結論が出そうに無いのだ。 もし透哉の気持ちを、あの告白を受け入れ付き合う事になった場合、その感情は同情か、アイツへの性欲の為なのか。 或いは別に理由があるのか。 「昨夜のことだって場の雰囲気に合わせていた、って部分もあるよな? きっと」 と、こんな事を考えていたせいで朝飯を食う時間までも失ってしまい、 空腹状態のまま登校しなくてはいけなくなったのだ。 ◇ 教室に入るとすぐに壮平と龍騎が近づいて来た。 「それで?」 「どうだった?」 何となく何を聞こうとしているのかは分かるけど、早とちりして全然違う事を答えてしまっては恥ずかしい。 「もっとこう、質問内容を具体的にしてくれないと」 「バカヤロウ。朝っぱらから教室で下ネタなんて口にしづらいだろうが」 「修哉君? 察しは付いているよねぇ? キミ、昨日は家に帰ってからナニしてたの~?」 敢えて「ナニ」の部分だけ発音を変える龍騎。 まったくこいつらって分かりやす過ぎだっての! 「話してやっても良いけど、俺のチンポがヤバい事になりそうだから後にしようぜ。な? 壮平も龍騎もそうだろ?」 二人はちらりと俺の股間を見、それから自分の股間を見、壮平と龍騎で「うんうん」と肯き合ってから「あい分かった修哉クン。では、放課後は時間を頂戴するとしよう」 「俺ら三人、仲間だもんな。一蓮托生、死なば諸共、我田引水ってヤツだ」 壮平はともかく龍騎の「我田引水」は何を意味しているのか分からない。自分は自己中ですよとマイナスアピールでもしたいのかよ? 「俺は良いけどお前らこそどうなんだ? 部活があるだろう?」 壮平は学園祭の後夜祭に合唱部として歌うメンバーに入っているので、コスプレ喫茶の準備を手伝いながら歌のレッスンに励んでいるし、 龍騎は龍騎で学園祭二日目の日曜日に男子シンクロ演技の新作発表会を校内の屋内プールでお披露目する予定なのだから、部員一丸となって仕上げ段階に入っている時期だったよな? 昨日はともかく二日連続で部活を休む訳にもいかないんじゃないか? 俺の入っている軽音楽部なんて部内でバンドを組んでいる何組かが校内路上ライブをやる程度だからあんまり気にしなくても良いけど。 「それよりもこっちの方が大事だ。そうだろ? 何せあんな凄ぇシロモノを手に入れちまったんだしな」 壮平よ、アレは手に入れたと言うよりもパクった、が正解だろ? 「声がデカいんじゃないかぁ? 壮平。もちっと小さい声で話そうぜ」 「おっと、悪ぃ」 3人で固まって喋っている間にホームルームの時間になっていた。 担任の生駒先生が教壇に立っていて、今日の日直に挨拶の掛け声を促している。 「いきなりだが皆に悪い知らせがある」 挨拶を交わして着席すると生駒先生が険しい顔をしてこう切り出した。 なんだなんだ? ワルい奴が突飛な事をして警察のお世話になったとか? 或いは不純な性行為が見つかって重い処分を食らったやつが出ちゃったとか? 「学園祭が中止になる可能性が出て来た」 ――は? ざわついてた教室内に一瞬だけシーンと沈黙が訪れた。 けれど、沈黙の後は一斉に「何で? どうして?」と、前より倍ほど騒がしくなった。 「はーい、落ち着け~、静かに~! お前らがあーだこーだ言いたい事は分からんでも無い。俺もこんな事を伝えるなんて本当に嫌なんだ。 ただ、分かって欲しいのはお前たちの身を案じて、避けられるリスクは避けておこうって話だ」 そんなぼんやりした理由じゃ俺もみんなも納得しない。 クラスは騒然としたままだ。 「わーった! 分かってるって! ココだけのハナシだが、って、お前たちに教えちまった段階でココだけじゃぁなくなるんだが、ま、 それはともかく、もう少しお前らに伝えられる部分があるとするとだな、今日から部活は全て停止になった。 授業が終わり次第速やかに下校して欲しい」 それはそれでまた教室が沸いた。 「どう言うコト? 部活までダメとか、何でなんすか?」と矢継ぎ早に質問を先生にぶつける。 そんな嵐のような騒がしさが収まるまでじっと待っていた生駒先生がポツリと一言、「救急搬送されて、まだ意識が戻らないそうだ」と呟いた。 途端に教室内が静かになった。 「昨日搬送されたのは3年生の三人。昨日、水泳部と陸上部、それに映像研究会の先輩たちだ。突然倒れてしまった、と言う事らしい。 三人とも持病は無く直前まで元気そのものだったとも聞いた」 同じクラスで水泳部や陸上部に所属している生徒が生駒先生に確かめた。 「俺らには部長からそんな連絡は入ってないんすけど、何か、理由でもあるんすかね?」 「理由が何であれ間違った情報がSNSなんかで拡散しちまわないように、との判断からだと思うが、この件について外部には漏らさないようにと厳しく制限されている。 部長達が部員に知らせていないのもそのためだ」 憶測だらけの情報で個人攻撃なんか始められたら、倒れた先輩たちが回復した時にどれほどダメージを負ってしまうか。 それこそ再起不能になるほど思い詰めるとも限らない。 生駒先生もそのことを特に気にして「お前らも絶対に根拠のないデマを拡散したりするなよ? もしもそんな奴が居たら俺が退学処分にしてやるからな」と厳しく釘をさしていた。 それにしても先輩が倒れた理由とは何だろう? あり得なくはないけど熱中症になるような季節はとっくに終わっている。 特に体育会系の部員ならマメに水分を摂っているだろうし。 それに、体育会系ではない映像研究会の先輩が倒れた理由って何だ? 狭い部室内でスクワットでもしていた? まぁ、無いとは言い切れないけど限りなくその可能性はゼロだ。 皆、それぞれ疑問がデカ過ぎて処理し切れなくなったんだろう。鈍い沈黙が教室内を満たしていた。 そこにタイミング良く学級委員長がもう少し情報を下さい、と生駒先生に頼んだ。 「先生、お願いします。余計な事は誰にも言いませんしSNSについても先生の指示を確実に守ります。ですのでもう少し理由とか事情などを教えて欲しいです。 でなければ、もしも俺たちが先輩を意識不明に追い込んだリスクとやらに遭遇した時に、回避どころか対処のしようがありません」 グッジョブ! 学級委員長! さすがクラスで一番頭が良いだけのことはあるぜ! 「……学園長や教頭からはこの話も秘密にしておいてくれと頼まれていたが、委員長の意見はもっともだ。 なので敢えて教えてやろうと思うが、まだ上も混乱しているようで、あくまで噂レベルの真偽不明の情報でしかない」 前置きをしてから呼吸を整えた生駒先生。 「悪魔が出たそうだ」 今度はあまり騒がしくはならなかった。 想定外の、しかしあまりにも聞きなれた単語だったためどう反応していいのか分からない。 そんな顔にクラス全員がなっていた。 「……悪魔、ってあの、アクマですか?」 「幽霊と言うヤツも居たらしい」 悪魔の次は幽霊か。先生の口からそんな言葉が出ること自体、どこか現実離れしている。 「三人の先輩は悪魔や幽霊に襲われて意識を失った、と?」 「噂ではそうらしい。居合わせた他の部員の目撃情報からのハナシだがな」 「幻覚でも見てたんじゃないんですか?」 「部員同士のトラブルを隠すために嘘を言ってるんじゃないんですか?」 誰かが先生に言った。俺もそんな考えがちらりと脳裏を過った。 「その辺も含めて目撃した生徒には問い質してある筈だ。だが、敢えて嘘をついて隠すようなトラブルは無いらしいし、嘘を吐くメリットがまるで無い。 どうせ隠すのなら悪魔だとか幽霊だとか言わずに、黙っているのが一番だろう?」 それもそう。 先輩が倒れた理由など原因不明にしていれば目撃者は何も疑われたりはしないだろう。 むしろ、「悪魔」や「幽霊」なんて言ってしまったがために追及が酷くなったんじゃないか? いや、きっとそうだ。 一時間目の授業は結局朝のホームルームで使い切ってしまった。 教科担当の先生がやって来なかった事から、きっと今朝はどこのクラスでもこんな話を担任の先生から聞かされ、授業を潰してでも生徒の動揺を抑えるように、と言った打ち合わせがなされていたのだろう。 二時間目からは通常の授業に戻ったけど、落ち着かない雰囲気はそのまま引きずっていた。 授業を行う先生自身もどこか上の空っぽい感じで、生徒に意識を向け切れていない様子が見て取れていた。 そうして、この日最後となる六時間目の授業が終わるとすぐに担任の生駒先生が教室にやってきて、教室から追い立てる勢いで 生徒たちを下校させていった。 「親御さんたちにはメールで『原因不明の事故により生徒に負傷者が出たため、原因が特定されるまで課外活動を禁止し、授業終了後は速やかに帰宅させております』と送信してあるからな。 改めて言うが悪魔や幽霊の事だけは黙っていてくれよ?」 俺もみんなと一緒に教室を出ようとしたら生駒先生に呼び止められた。 龍騎と壮平も俺と同じく「待った」が掛かった。 他にもいるのかと思ったが俺ら三人だけが残されていた。 「何すか先生。俺ら三人で教室掃除っすか?」 面倒を押しつけられるんじゃないかと壮平は口を尖らせていた。 「いや、そんなつまらない事じゃない。ちょっとついて来てくれ。ああ、そのまま帰れるように荷物ごとな」 生駒先生はとても不機嫌な顔になっていた。 「?」 俺にも壮平にも龍騎にも、疑問符が顔に浮かんでいた。 「俺らは速やかに下校しなくてもいいのかよ?」と心に浮かんだが、言えば先生の機嫌を最悪レベルにまで落とすのは確実っぽいから止めておいた。 「あんな場所に置いていた俺が悪いとは言え、まさか封印を破られるなんて思わなかったぜ」 先生のつぶやきはあまりはっきりとは聞こえなかった。