生皮鬼 16
Added 2021-09-16 12:55:21 +0000 UTC16 影の鬼 サメガイの力を借りて壁面を抜ける。 ドロヅミのお陰でセンサーは反応しなくなったとは言え、声をひそめなるべく音を立てないよう行動する。 入り口のホールには案内看板があってフロアごとに企業の名が書かれている。 1階から3階までが『贄島土木』 4階と5階には『贄島建設』 6階から9階が『贄島興産』となっていた。 「最上階の10階が役員室、らしい。そこに贄島副理事長がいるのだろう」 「エレベーターもあるが使わない方がいいな。侵入者がいるってのがバレちまう」 アラカネとムグラにうなずきながら暗いビル内を眺め渡す。 非常灯しか点灯していない暗さだったけど見通しが効くのは鬼になっているからだが、それにしても天井が高い。 1階、2階と慎重に階段を登って3階にまで到達したのだが、1階だけでなくどのフロアも天井が5mくらいはあるだろう。 外から見る以上にこのビルは巨大なんだ。 「おいおい。次でもう10階だぞ? マジで警備員っていんのか?」 ムグラがドロヅミに不審な思いを質した。 「確かに居た。間違いなくこの目で見た。だけど……、気配すら感じないってのは一斉に休憩時間に入ったからなのかな?」 首を傾げながら階段を登り切ると、とうとう最上階。贄島がいる筈の役員室フロアに到達した。 「あの部屋に一人、……居るな」 ドアの内側に人間の気配を感じる。警備員でなければ贄島本人だろう。 「……どうする? ご対面しちまったら敵さんの弱み云々じゃなくなっちまいそうだぜ?」 「そん時ゃそん時だ。俺たちと会った記憶を消して帰ればいい」 弟の透哉にやったように対象が一人や二人程度なら俺たち鬼に遭遇したことは夢だったと置き換える事ができる。 「寝ている可能性もある。まずは中の様子を窺ってみよう――!?」 声を潜めて相談していると、役員室のドアが不意に内側から開いたのだ。 続いて人影がのそりと廊下に出てくる。 急いで俺たちは隠形の術を使って体を人間には見えないように隠す。 一瞬遅れて廊下の照明が点灯し、煌々と辺りを照らし始めた。 「……ようこそ、と言いたい所だがこんな夜分に何の用だろうねぇ? 鬼の皆さん。まずは私の自己紹介が必要かな? 隠れてもそこに居る事は分かっているんだよ?」 初老の痩せた男の視線がしっかりと俺たちを捉えていた。 予想では脂ぎったあくどい豚親父っぽいのをイメージしていたけど目の前に現れた贄島はその逆。学者や研究者が似合いそうな 紳士だった。 「ちっ! 紹介なんざいらねぇよ」 隠形の術を解いたカギロイが(=俺が)、キッと贄島を見据えた。 「君たちが学園に集めた邪気を祓い清めてまわっているのはとうに知っているんだ。 困るねぇ~。ホント困るんだよ~。 私の計画ではすでに学園長は学校移転に賛成の判を押しても良い頃合いなのに、いまだに踏み止まっている。 それって全部君たちのせいなんだからねぇ?」 アラカネやムグラたちも隠形術を解いた。 「――やっぱりな。とっくに俺らの行動はお見通しって訳か」 「それにしても我らの隠形を見破るとは。やはりただの人間じゃあなさそうだ」 アラカネが警戒しろ、と小声で俺に囁く。 「中々鋭いじゃないか。さすが鬼だ、と褒めてやろう。だけどこの体の持ち主である『贄島』と言う人間は、ただの人間に間違いはない。欲深く傲慢な思考は実に心地良いものがあった」 贄島の物言いに決定的な違和感を覚える。 自分の事なのに他人のような視点で発言しているのは何故だ? 「んな事ぁどうでもいいぜ。贄島副理事長。あんたが邪気を集め、邪鬼をわざと生み出し賀名生学園の移転をごり押ししようとしてるのはさっき自分から白状してたよな? 俺たちはその計画を止めに来た」 『俺』は贄島を睨みつけて言った。 「ははは! 理由はそれだけか? そもそも移転は贄島の私利私欲のためだけじゃない。学園の未来を思って、なんだがなぁ?」 「それでも! 生徒を邪鬼に変えてまでやる事じゃない!」 『俺』は思わず声を荒げた。 「賀名生学園の未来を思うのであれば、学園の評判を貶めるような真似はすべきじゃないだろう? あまりにも悪手ではないか?」 アラカネも静かに、しかし憤りを露わにして贄島を問い詰める。 「目的を達するためなら多少の犠牲は致し方ない事。むしろ卒業してからつまらぬ人生を送るくらいならよほど名誉なことじゃないかね?」 堪忍袋の尾がブチッと切れる音が聞こえた。 俺と、俺以外の皆の音だ。 俺の後ろにいたカイナギと、サメガイと、そしてドロヅミだった。 堪え切れなくなった三体の鬼はダッと前に出て贄島を攻撃した――だが……。 「ぐぅあ゛!?」 「ぶへっ!」 「ごはぁっ!?」 次の瞬間、その場にうずくまり呻いたのはカイナギたちだった。 「な、なん、で……、だ?」 「おい! あれを見ろ!」 アラカネの指した場所。そこには廊下の床に伸びた贄島の「影」が、しっかりとカイナギたちを抑え込んでいた。 「うえ? ど、どうなってんだ?」 「それに、この気配は!?」 急激に贄島から妖気が膨れ上がっていた。さきほどまで微塵も感じなかったのに! 「ふぅ……。いきなり襲い掛かってくるとは野蛮な鬼どもだな。もう少し影に隠れているつもりだったのに思わず出ちまっただろうが」 贄島の声や口調がいきなり別人へと変化した。 抑え込んでいた「影」がカイナギたちを掴んで次々に投げ飛ばしたかと思うと、黒い「影」はズルズルと贄島の足元から這い上がりそのまま贄島の全身を覆い尽くす! 闇のような漆黒の「影」に包まれた贄島は、全身が真っ黒なゴムタイツを着こんだようになった。 そうして、ゴキッ! グチュッ! と骨や筋肉を軋ませたかと思うとあっという間に俺たちよりも一回り大きいカラダを持つバルクマッチョな「鬼」へと変化したのだ! 「ふぅぅ……。なるべく力は温存しておきたかったが、出し惜しみしてる場合じゃねぇな」 ぼやきながら頭頂部にズブブと銀色の太い角を突き出し、両肩からも三日月のような角をグチュウと芽吹かせた。 「なるほどな。お前も俺たちと同じ鬼だったと言う訳かい」 ムグラの声を聞いた瞬間、黒ずくめの鬼と化した贄島の両眼がカッ! と開いた。 そして、紅い血の色をした瞳が俺たちを舐めるように見据えた。 「同じ? ふん、図々しい。 お前らのようなクズ鬼と一緒にするな。俺は『影鬼』。遥か昔より影に潜み、陰から人間を支配していた鬼だ」 カギロイが嘘だろ? と呟いた。 「有り得ねぇ。影鬼は一人残らず俺たちが滅ぼした鬼じゃねぇか……」 「カギロイたちが影鬼を?」 「そうだ。その筈だ」 アラカネやムグラも大きくうなずいた。 「鬼同士でもそんな争いがあったんだな」 イテテと言いながら戻って来たドロヅミたち。 「そうだ。影鬼どもは我らと違って人間を簡単に殺してしまう。精気を搾り尽くして玩具のように弄んでからな」 アラカネが忌々しいモノを見た時の顔を見せる。 「しかも、俺らがセックスするため連れて来た精力たっぷりの人間を横取りしていきやがるんだぜ? マジ迷惑だったぜ!」 「何を怒る? 人間なんぞ虫のようにいくらでも湧いてくるじゃねぇか。そっからほんの数匹吸い尽くして遊ぶ程度。鬼なら誰とてやっているだろうによ」 まるで理解できぬとばかりに呆れた表情を見せる影鬼。 「バカヤロウ。俺は、俺ら求性鬼は、人間に対して不殺の誓いを立ててんだ。ずっと性欲と快楽を貪り続けるためにな。てめぇみたいな胸糞悪ぃ悪鬼と一緒にすんじゃねぇ!」 カギロイが影鬼に中指を立てる。いつの間にそんな挑発の仕方を知ったんだ? 「ギャハハ! やはり愚かな鬼どもだぜ。しかもお前ら『求性鬼』、ときたか! 人間どもを守護する鬼の風上にも置けぬ鬼だったとはな! となると、ここで再起できねぇほどに打ち倒しておかねば後々厄介か――。さぁ、お前らも役に立ってもらうぜぇ!」 影鬼が手を自分の腹にズブンと突っ込んだかと思うと腹の中からズブズブと新たな影鬼を引き出し、いや、生み出していく。 それが4体も。 姿も形も大きさもそっくりなクローン影鬼と本体を含めて敵は5体となった。 「なんだ? あの分身から警備員の気配がする。おそらく中身は先に影鬼に取り込まれてしまったここの警備員たちだろう」 と、ドロヅミが呟く。 警報を切る時に警備員の気配を直接感じ取っていたからそうだと分かるのだろう。 「さぁて? これで6対5。まだこっちは一人少ないが全く問題無い。何故なら、そこの泥鬼が言う通り、こいつらの中身は自分がどうなっているのか何も知らない警備員だ。意識を眠らされ俺に操られている人形と化したただの人間だ。不殺の誓いが本当なら人間相手に攻撃はできないだろう? ギャヒヒッ!」 カギロイがグッと拳を握りしめた。 影鬼の指摘は事実だ。影鬼に支配され姿も変わっているとは言えあの4体の中身はただの人間。となると迂闊に手出しはできない。 「まぁったく都合の悪い誓いを立てちまったもんだよなぁ? しかも足かせになっちまう誓いの内容を俺にまでバラしちまうなんざ、マジで愚かとしか言いようがねぇな! ……良~い機会だ。目覚めてからずっと大人しくしてたからなぁ、久しぶりに暴れたくなってきたぜぇ? おいおい? んな怯えた顔をすんじゃねぇよ。 俺の気が済むまでたっぷり痛めつけるだけだからよぉ? すぐに死ぬんじゃねぇぞぉ~?」 じりじりと影鬼と4体の「クローン影鬼」が迫って来た。追い詰めた獲物を捕まえようと狙う強者の笑顔を湛えて。 「――は? 怯えた顔? ああ、お前にはそんな表情に見えてたのか? トコトン俺らって正直だな。不殺の誓いによって俺らがどんな鬼になれたかを理解していなかったのか、哀れんでいたのさ」 「ん? 哀れむ、だと?」 「ちゃんと言ったぜ? 人間を殺さぬ誓いを立てたのは性の快楽を貪り続けるために、ってな!」 カギロイが股間のチンポをグググと勃起させ、ひと際パンパンに膨張させた。 横に並ぶアラカネとムグラも隆々とチンポをおっ勃て先走りをタラリとこぼしている。 「カギロイたちに教えられて、俺ら元邪鬼だって人間はもう襲わねぇって誓った。したら、邪鬼じゃなくて新しい鬼に、身に付けた皮で性豪と化した鬼になれるようになった。だから、セックスの快楽を、愉みを知らず、人を虫けらみたいに言うアンタがつくづく可哀相になっていたのさ」 「俺様を? 我を……、影鬼であるこの俺が、か、……可哀相?」 贄島のカラダがわなわなと震えている。 「……こ、こんのクズ鬼どもがあああああ! 俺をコケにすんじゃぁねぇぇえええええーーーーーーーーっ!」 マッチョなクローン影鬼たちが一斉に俺たちに向かって襲い掛かって来た! だが、その動きは俺たちの誰にも到達する事は無く、途中でピタリととまってしまう。 「ぐぬ!? な、なにぃっ!?」 クローン影鬼の足元へ薄く伸ばしたドロヅミの「泥」が接着剤のようにクローン影鬼の足をストップさせた。 その隙にムグラが体から伸ばした「蔓」が触手となって5体の影鬼を捕縛。 なんとか「蔓」を引き千切ったかと思うとアラカネの雷撃がピシャーン! と4体のクローン影鬼に命中。 雷撃で麻痺状態に陥ったクローン影鬼たちの足をサメガイが廊下のコンクリートにドボン、ズルンと埋め込んでしまう。 俺たちの連携が決まってクローン影鬼たちは膝までしっかりと廊下の床に固定されたのだ。 「役に立たない人形どもめ。それくらいで動きを封じられちまうとはな」 贄島の舌打ちが聞こえた。だが、不敵にもまだ笑みを浮かべている。 「残るはお前だけだ」 カギロイがじりじりと間合いを詰めて行く。 「おいおい。不殺の誓いがあんだろう? だったら俺だってこのカラダの持ち主は人間なんだぜ? そこんとこ忘れてねぇよなぁ?」 「忘れてなどいねぇ。だが動きを封じればどうにでもなるってもんだ」 「だったらコイツはどうだ?」 贄島が指をパチンと鳴らした。 すると、影の中から良く知っている人物が浮かび上がってきたのだ! 「生駒先生!?」 黒い影のロープでがんじがらめにされている全裸の生駒先生が影の中から現われた! 「ぬ! おむぐぅ! なんうぐぅぅぅ! ここふぐぅぁ!」 猿ぐつわで話す事はできないが、言っている内容は何となく分かる。 なんでお前たちここへ来たんだ! と。 「人質かよ。下衆な真似をしやがるぜ」 「手段なんてどうでもいい。役に立ちそうなものはありがたく使ってやるまでだ。さぁて、これでまたまた逆転かぁ?」 カギロイがそれでも前に足を進めると、生駒先生を拘束する影のロープがギリギリと生駒先生を締めつけた。 「うぐっ! が! あ゛あ゛あ゛っ!」 マズい。これ以上近寄ったら生駒先生が絞め殺されてしまう。 アイツには不殺の誓いなどないのだ。 人数的には遥かに俺たちが有利なのに、手も足も出ない状況になってしまった。 どうしたらいい!? どうすりゃ良いんだよ!