転輪環 2
Added 2022-03-13 02:17:14 +0000 UTC2転輪変性をもたらす物 修三が次に気が付いたのはリビングのソファだった。 ハッと身を起こし壁の時計を見ると時刻は午前9時。 すわ大遅刻だ! と一瞬焦るものの今日は土曜日で会社は休みじゃないか、と修三は肩を下ろし安堵の息を吐いた。 なんとか二日酔いは免れたものの、ぼんやりとした重い頭を抱えたまま冷たい水で顔を洗い、次いでトーストにコーヒーと言う簡単な朝食を摂った。 「良太のやつ、昨夜も帰って来なかったのか」 トーストを齧りながら冷蔵庫を開けた修三は、またか、と呟いた。 昨日、出勤する前に修三が用意した夕飯のおかずには手を付けた形跡が一切見られなかった。 おかず、と言ってもコンビニで買って来ただけの惣菜とサラダ、ではあったが。 修三が37歳の時、妻の連れ子として初めて会った良太は10歳だった。 それから反抗期らしい反抗もなく、5年後、離婚した妻である母親から置き去りにされ修三の元に残った時も荒れた雰囲気をチラリとも見せなかった血のつながっていない義理の息子。 活発と言うよりかは大人しい、しかし優しく思いやりのある子に育った、と自負していた。 ただ、二十歳を超える頃から急に素っ気なくなり、家に戻らない日が多くなった。 聞けば「ダチの家に泊まってるだけ。心配いらないから」、と。 せっかく受かった大学には行かず、もっぱらバイトばかりしている事も心配ではあったが、日々の仕事に忙殺されている修三は強く指摘する事もできずにいた。 『親父こそ仕事ばっかで俺の事なんかほったらかしじゃん』 直接そう言われた事は無い。 だが、良太の顔や、仕草や、表情がそのような言葉として修三には聞こえてくるのだ。 だから修三としては良太の変化を「親離れする年齢」なのだと思う事にしたのだった。 そんな良太は今年すでに23歳になっていた。 ◇ 賞味期限が午前3時で切れたサラダをもしゃもしゃと口に運んだ修三は見るともなくテレビを付けた。 芸能界の不倫話、芸人のSNS炎上、グルメランキング、今日の運勢……。 「つまらん話題ばかりだ」 ソファの背もたれに投げっぱなしのジャケットを掴んでハンガーにかけようとした。その時、胸ポケットから「何か」が転がり出て来た。 ころころと転がりテーブルの足にぶつかって動き止めた「何か」とは翡翠の指輪であった。 修三は昨夜の事を思い出そうとした。 大半はおぼろげになっていて思い出せなかった。 ただ、翡翠の指輪を手の平に乗せた時、あるフレーズだけはしっかりと思い出す事が出来たのだった。 ――転輪環を指に嵌めれば若さを取り戻せますよ……。 バカバカしい、と頭を振る修三。 『やっほ~! おうし座のあっなた~! しない後悔より、する後悔! 何もしないで諦めたってダメダーメ! 無駄かなぁ? と思える事でもチャレンジしてみて! ハッピーな一日になるかもよ~ん!』 テレビからいやに能天気な声が修三の耳を穿った。 修三の誕生日は1月末なのでおうし座の生まれでは無い。 だが――、 「しない後悔より、する後悔……か」 有り得ないと否定したくせにくすぶる期待は修三が思っていた以上に大きかったようだ。 ずっと常識の枠からはみ出さないように、それだけを意識しヘタにリスクを取らぬよう生きて来た自分への反発も多少はあった。 持っていたジャケットを再びソファに下ろした修三は、手のひらに収まっている翡翠の指輪をそうっと右手の中指に宛がった。 「…………やっぱりな。何もないじゃないか。まんまと一杯食わされちまった」 転輪環は思いのほか修三の指にフィットした。着け心地と言う点では素晴らしいと言えよう。 ただ、マスクの男が言っていたような「若さ」に関しては期待に反して、いや、予想通り何も感じられなかった。 「離婚してやもめになったオッサンが、こんな派手な指輪をして粋がってるなんざ気色悪いだけだろうな」 派手とは言えない穏やかな翡翠色ながら普段から指輪を付けない修三にとっては違和感しか無い。 渇いた笑いさえ漏れないまますぐに転輪環を外そうとした、だが―― 「む? なんだ? 外れないぞ? どうなってる?」 指に通す時はすうっと入ったのだからすぐに外せる筈ではないか、と転輪感をぐいぐい引っ張ってみたが一向に外れない。 まるで指の皮膚と癒着でもしたかのようにピタッとくっついていて1ミリもずれない。 「これはマズイことになった」 余計な事をしちまったなと後悔し、外せそうにない指輪に苦戦する。 しかし、どんなにひねっても捻じりを加えても、キッチンにある食用油を指輪に垂らしてもうんともすんとも動かない。 テレビから今日の運勢のランキングが焦る修三に聞こえて来た。 『やったね! 第1位はみずがめ座のあなた! 人生を変えるようなラッキーに巡り合える日、だって! そんなラッキーをしっかり掴むためのアイテムはずばり指輪! きっとあなたの力になってくれるよ~!』 「バカヤロウ! 何がラッキーアイテムは指輪、だ! 俺は指輪のせいで朝からこんな目にっ! くっそ! 外れろっ! こんのぉ!」 取れない指輪と格闘するものの力尽きた修三。 もはや病院か専門家に外してもらわないと無理だな、と諦めソファに身を投げた時だった。 「……ん?」 股間が大きく盛り上がっていた。 「おいおい、なんで勃起してんだ? 俺は」 スラックスをぐんと突き上げ修三のイチモツは堅く熱く昂っていた。 こんな事があっただろうか? 勃起そのものではない。めっきり減ったとは言え朝勃ちもする時はするしエロい刺激を受ければ当然の如く勃起もする。 だが、こんな状況で、外そうとしても外れない指輪に焦りと苛立ちと、徐々に不安を大きくしているこんな状況で、エロい何かを見たり聞いたりした訳でも無い状況で、 何一つ性的な要素などなかったのに勃起してしまうなんてあるのだろうか? と。 スラックスが邪魔だと言わんばかりに解放を求める男のシンボルがギチギチと衣服の中で叫ぶ。 溜め込んでいた欲望を解き放て、と。 「うう、なんだこの気分は。ここまでムラムラしちまうなんて、何年ぶり、いや、何十年ぶりだ?」 スラックスを脱ぎトランクス一丁になる。 高く張ったテントの先は我慢汁でもうべとべとになっている。 オナニーなんていつやったのか覚えがないほどブランクは空いているが性欲がゼロになった訳じゃない。 だが、仕事と日々の生活だけで精神力が擦り切れていた修三の手が自身のペニスを慰める事はもう何年も無かったのだ。 トランクスを下げブルンと上を向くペニスを握る。 「んう……な、んだ、ここまで勃起するなんて、あったか?」 握っただけで気持ちイイ。それになにより腹部に密着するほどまっすぐ上向きに勃起するなど20代のような元気さではないか。 驚きを禁じ得ない修三の手の中で勃起ペニスがさらに成長を開始した。 「な!? 嘘だろ? おい!?」 目の前の、握る手の中での異変を直視しながら理解できない。 完全勃起状態だった筈の修三のペニスが脈打ちながらさらに大きくなろうとサイズアップしていくのだ! 「う! ぐ、く…んぅ! い、いったい、どう、なって!?」 しっかりと握り回っていた指がどんどんと開いていく。 陰茎の根元から血液を送りこまれるたびに長くなる、太くなる、大きくなる……。 サイズに比例して性欲もますます大きくなって行く。 熱く滾るペニスの熱が、マグマのようにドロリドロリと全身に巡り始める。 「うう、あ、ぁ、熱い、カラダが、熱ぃぃ……」 修三のペニスが左右の手を上下に重ねて握ってもはるかに余るほど長くなった。太さもまるでヒトの腕のように超極太に。 ぶらさがる二つの睾丸はウズラ卵くらいだったものが今や握り拳大にまで肥大している。 体内を駆け巡る熱い息吹が修三を満たしていく。包皮を這う血管が動脈のごとくドクン、ドクンと力強くポンプする。 「ぐぅぅ……、んぐ! あふ、んんんっ!」 大きくなったペニスを両手で握りながら呻いていた修三の肉体に、ついに「その時」が訪れた! 「がは! んぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!」 一杯になったコップから水が溢れ出るように、体内を満たしたエネルギーが修三のカラダを変えて行く! 「がが、カラダ、がっ! 熱いっ! 俺の! か、カラダが! あひ! あづぃ! あづぃぃぃぃーーーっ!」 汗を滝のように流しながらシワの増えた皮膚や弛んだ筋肉がハリを戻し、ボコッ、ボコッ、と大きさを増していく。 50代を超えて明らかに老化と呼べる現象が目立ち始めた修三の肉体が急激に巻き戻り、40代、30代、20代へと若返っていく。 白髪が無くなり、肌のシミは消え、加齢臭も出なくなる。 「んご! ぐふ! っぐうぁ! ふぐぅっ! うを! うひぃ!」 若返るだけではない。 当時、スポーツが好きで鍛えていた頃「以上の」筋肉が修三のカラダに構築されていく。 メキメキ、メリメリ、音を立て、ゴキゴキ、ギシギシ、骨を軋ませ、重厚なバルクを備えたメガマッチョボディに! 修三はもう一度、獣の如き雄叫びを上げた。 「う お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ーーーーーーっ!」