転輪環 5 最終話 (登場人物紹介)
Added 2022-03-16 14:49:11 +0000 UTC5男を漢にする指輪 修三がカラスのようなくちばしのあるマスクを付けた男と再び会ったのは一か月後の事だった。 間もなく日没を迎える夕暮れ時、秋から真冬へと様変わりした公園のベンチに座っていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。 「おや? おやおやおや? やっぱり貴方でしたか! お久しぶり、と言う程ではありませんが、お久しぶりでございますねぇ! あの後、転輪環を差し上げてからいかがだったでしょう?」 濃くなる宵の暗さに融ける黒いコートを身に付けた修三がマスク男に向かってニヤリと微笑んだ。 「いかがか、だって? もう大方の予測は付いてんだろう?」 「ええ、ええ! 予測はできますけれども、それでも100%とは参りません。是非、あなたの口からお話しいただけませんかぁ?」 マスクの男が揉み手をして修三に請う。 「その前に聞きたいんだが、あの指輪、『転輪環』ってのは、一体なんだ?」 すこし沈黙を置いたマスク男が小さくうなずいた。 「……ふむ。よろしいでしょう。その前にお名前を伺っても?」 「そうか、まだお互い名前も知らなかったな。俺は修三。……いや『シュウ』だ」 「シュウ様、ですね? ワタクシはジェイド」 「外国の人間だったか?」 「いえいえ、いえいえ! 生粋の日本人でございます! こ~んなペストマスクを着けていかにも怪しい恰好をしておりますが、ワタクシ渡航歴などありませんし、外国語もからっきし、なのでありますよぉ」 「…………」 「あ、失礼しました。シュウ様をからかうつもりなど毛頭ございませんから。その辺りはお汲み取り下さいませ」 「で? ジェイドと名乗る日本人はどこまで俺に説明してくれるんだ?」 「う~む、そう正面切ってお尋ねを頂いてしまうと、逆にどこから切り出したら良いものか……、少々考えちゃいますね! ええ!」 やおら立ちあがったシュウは閉じられていたコートのボタンをゆっくりと外し、全てを外し終えると前をバッと拡げた。 コートの内側は「裸」、だった。 顔は50代なのに体は20代のように若く、筋肉隆々たるマッチョなボディだ。肌蹴たシュウから濃厚な男性フェロモンがむわりと立ち昇る。 「おほ! 良きおカラダじゃぁありませんか! ワタクシが言った通りでしょう? 老いを知らない若々しいカラダ、青春の頃には確かに感じられていた甘酸っぱい情感、そして、身を焦がすほど激しく燃え盛る熱い情欲の炎! ぜーんぶ実感されてますよねぇ?」 「ああ」 短くも素っ気ない返事ではあったがシュウの言葉にジェイドは大きくうなずいた。 「で、あれば申しましょう。『転輪環』が何なのか。それは――」 ◇ 時間を一か月前に戻す。 義理の息子である良太と男同士のセックスをした次の日の朝、中指に嵌めた転輪環はするりと抜け落ちた。 それは丁度、修三が指輪を嵌めた時と同じ時刻だった。 若さはすぐに失われ初老の顔に、肉体もまたあっという間に萎んでいつもの見慣れた貧相なカラダに戻った。 だが、戻らないのは男に対し性的な欲望を抱いてしまう事だった。 「もしかして後悔してる? 俺と同じゲイになっちまってさ」 良太がランチに作ったチキンカレーを頬張りながら首を左右に振った。 「後悔……、とはちょっと違う。漠然とした不安、みたいなものだ」 良太ではなく他の男に興奮してしまった場合、その欲望を抑え込めるのか? 理性の箍が外れたりはしないか? そして、良太に嫌われはいないだろうか? 「親父の好きにしたらいいと思う。俺だってやりたいようにやってるし。そりゃぁ、俺は親父の事が好きだけどさ、かと言ってセフレと縁を切った訳じゃない。親父とヤれない時はそいつらで処理していくだろうし。 ともかくさ、せっかく若返る事が出来るようになったんだ。今まで出来なかった事とか自分を抑え込んで手を出さなかった事なんかにトライしてみんのも良いと思うぜ? 人生は一度きりだろ? 俺は……、俺は親父もシュウも応援してる」 修三と良太が昼食を食べているテーブルの上には転輪環が置かれていた。 翡翠色の淡いグリーンが美しいただの指輪にしか見えない。 「……コイツ、俺には何の効果も無かったな」 良太はどの指に嵌めてもしっくりこなかった。 「良太は若返る必要が無いだろう?」 「それは、まぁ、そうなんだけどさ。俺もシュウみたくカッコイイカラダを手に入れたいし、あんなデカいチンポもなってみたいじゃん」 「地道に日々の鍛錬で手に入れた良太のカラダの方が俺はカッコいいと思うんだがなぁ。それにしてもこのカレー美味いな。どこでこんなの覚えたんだ?」 「バイト先だよ。カレー屋で働いてるって前に言ってなかった?」 「聞いてないな」 「はぁ……、そっかぁ、俺と親父ってどんだけ会話が無かったんだろうな」 「そりゃぁ、お前が全然俺と話そうとしてこなかったからだろう?」 「はい。すみませんでした。ごめんなさい。ええと、一つだけ言い訳をしたいんだけど?」 「なんだ? 美味いチキンカレーに免じて今なら何でも許すぞ?」 「俺さ、親父が好きじゃん? でも、親父はノンケで男に興味なんかなかっただろ? でも俺はゲイだし男としかエッチしたくないし――」 「なるほどな。自分の性指向が俺にバレるかもしれないから、と避けていたのか」 「ちょっと、話の先を取らないで! まぁ、確かに親父にバレて嫌われるのが怖かった、ってのもあったけどさ、それは要素の一つでしかない。 一番の理由は、い、いちばんの、理由は……」 良太の顔が真っ赤になっている。 それを見た修三は、良太と生活を共にするようになってから初めて甘えに来た夜の事を思い出していた。 あれは元妻が前夫の不幸の関係で良太を修三に託し家を離れていた日の事だった。 「あのね、あの、修三お父さん、お願いが、あるんですが……」 コンビニで買った夕飯を済ませお風呂も入ってさぁ寝るだけ、と言う時刻。 「僕……、父さんと一緒に、その、寝てもいい、かな?」 真っ赤な顔に目を潤ませた良太が小さな肩を震わせていた。 「ああ。もちろんいいぞ? でもなぁ、父さんいびきをかくからうるさくて眠れないかも知れないぞ?」 「うん。それでも、良いんだ……」 あれからもう10年以上が経った。 カラダはすっかり成人に、今風のオシャレを意識した青年の顔になった良太。 「これ以上父さんを好きになったら、俺、我慢できなくなりそうだったから……、なんだ」 良太が潤んだ目を修三に向けた。 もう一つ思い出した事があった。 初めて甘えに来た夜。添い寝を願ったのは母親がいなくて寂しいからだろうと思っていた。 顔を赤らめていたのは子供っぽく甘えん坊な自分を悟られるのが恥ずかしかったからだろうと思っていた。 しかし、添い寝をした明け方。 修三は奇妙な振動で目を覚ました。 そうっと視線を巡らせてみれば良太が小さなペニスをシコシコ扱いてオナニーをしていたのだ。 寝ぼけながら修三は、そう言えば自分もこのくらいの歳に精通したんだっけな、と良太のオナニーは見なかったことにした。 「そうか……。あの時もそう言う事だったのか」 同じ屋根の下に居ながら片思いを秘め続けるのは至難のワザだろう。 止まっていたスプーンを再び動かしカレーを口に運ぶ修三。 口許がほころぶのは良太のカレーが美味いからだけではなく――。 ◇ 「『転輪環』は身に付けた方の運命の輪を回転させる癒しの指輪にございます」 「はぁ?」 「人生の袋小路とでも申せましょうか、不運にも行き詰ってしまってにっちもさっちもいかなくなった方にとって、運命なんて錆びて動かぬ車輪のようなモノ!」 ジェイドはニヤリと微笑んで見せた。 「ワタクシ、止まった運命の歯車を再び動かすお手伝いをしたいのです! ええ! ええ! それは私にとっても使命でありますれば! とは言え、むやみやたらに誰彼構わず老若男女を無差別に相手している訳ではございませんっ!」 ふんぞり返るジェイドがふっと空を見上げた。 「曰く、疲れた渡り鳥が翼を休めたくなった時に、そっとお力添えをできるような存在であれ、とかの方は申しました。 なれば! なればなれば、でございます! お話を聞かせて頂いた貴方のために最も効果のあるふさわしい指輪をご用意したまで! ありていに言えばお節介なボランティアでございますよ。 『転輪環』は数あるいやしの指環の一つ。他にいくつも種類の異なる『転輪環』がございます。となると当然、若返りではなく成長促進のものも、えぇ」 「で? 結局『転輪環』とは何だ?」 同じ質問をジェイドにぶつけた。 「企業秘密でっすん!」 冷たい風が葉の落ちた枝をビュゥと唸らせた。 「……やっぱり秘密か」 「ええ。秘密です。私も詳しくは知らされておりませんので」 「なんだ。聞くだけ無駄だったか?」 「おや、それはあんまりな言い様では? それはさて置きシュウ様、『転輪環』はお役に立ったのでしょう?」 「このカラダを見れば分かるだろ? 効き過ぎる程役に立ったぞ?」 『転輪環』を指に嵌めていなくてもカラダが筋肉質なのは良太に誘われてジムに通い始めた事もあったが、自分が吐き出す大量精液を飲むようになったからだ。 以前とは見違えるほど生き生きと、立ち居振る舞いにも雰囲気にも堂々たるエネルギーを感じさせるようになった修三は、もう周囲に流され都合よく扱われるるだけの会社人間ではなくなっていた。 仕事はきちんと定時で終わらせ、無駄な残業はせず、ノーと言うべき場面ではきちんとノーだと言える、ある意味「わがまま」を言えるようになっていた。 「ええ! ええ! ひと目見て分かりますとも! 思わず涎が……、おっと失礼、あまりにも見事な肉体美でいらっしゃるから、ついワタクシも本性が出てしまいました」 「なんだ? イケる口か?」 「ふふふ。そりゃぁもう……」 修三は翡翠色の指輪をポケットから取り出し、中指に嵌める仕草をした。 「それで、お前はどっちだ? 嵌めるのが好きか、嵌められるのが好きか」 「どちらも大好物でございますよぉ! ええ、ええ、貴方のお好きなようにマワして頂ければ!」 「分かった」 修三は『転輪環』を指に嵌めた。 筋肉と言う筋肉がメキメキと数段発達し、すでにマッチョだったカラダがより豪壮なバルクを得て重量級ビルダー体形に、顔は若返って20代前半のモノへと変化した。 カラダがサイズアップしても羽織るコートが裂けることは無い。下はベルトの無いフリーサイズジャージなので太ももが倍のサイズになっても問題は無い 「シュウ様さえ良ければワタクシおすすめの場所へご案内いたしますよぉ? もちろんお代など必要ありまっせん!」 「いいぞ? ただ、明日の夕方までには帰れるんだろうな?」 明日まで息子・良太は沖縄へ出かけていた。フィジークの予選を勝ち抜き本戦大会へ出場するために。 「ええ、ええ! 『転輪環』の効果が切れる前にはお帰り頂けます! ではでは、シュウ様! 濃厚且つ熱い語らいをベッドの上でしようじゃぁありませんか! さ~あ、こちらでございますよ~」 手をかざしたジェイドの前に光のリングが唐突に現われた。 「……なぁ、ジェイド。お前って本当にただの日本人なのか? 違うだろ?」 「そうですねぇ~。敢えて自分を規定するとすれば、『少し変わった日本人』――ですかねっ!」 ジェイドがマスクを外しニッコリと微笑んだ。 初めてジェイドの素顔を見た修三も笑みを返した。 「色男だな。俺の息子にも会わせたいくらいだ」 「ではシュウ様! 決して離さない様、しっかりとワタクシの手を握っててくださいねぇ~!」 うなずいた修三がジェイドの手を握ると二人とも光の輪の中に飛び込んだ。 こうして二人が消えた後、冬の夜風が吹き抜ける公園のベンチには黒いペストマスクだけが残っていた。 終 松宮修三 50歳 仕事熱心ではあるもののお人好しが祟ってしなくてもいい面倒ごとを押しつけられがち。 そのため上司には有能とは見られずさしたる出世もないまま万年係長としての在職期間を伸ばしている。 若い頃はスポーツマンとして活発に動いていたが現在はその頃の面影はすっかりなくなっている。 感情を抑えてその日その日を無難に大過なく過ごせれば良いと考えていたが、転輪環によって男同士の快楽に目覚めてからは抑える事の無意味さと我意を通すことの必要性を理解した。 松宮良太 23歳 修三の義理の息子 離婚した母親の連れ子で10歳の時に修三と出会った。 ゲイであるものの修三にはカムアウトしていなかった。 秘めた思いが良太の行動を複雑に見せていたが、素直に伝えてからは思い人にふさわしい存在になろうと大学に復学した。 ジェイド 20~30歳? 黒いペストマスクの仮面を被る男。転輪環を修三へ渡した。 日本人だと自称するが事実かどうかは不明である。 それ以外も掴みどころのない正体不明の男。 ちなみにジェイド(Jade)とは翡翠と言う意味を持っている。