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鷹取リュウゴ
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マイクロマジックミラクルビキニ 1

1雨宿り  『……う~ん、やっぱり、……ごめんなさい』 傾いた傘の先から雫が落ち、そうして花柄の傘の主は再び顔を見せること無く踵(きびす)を返して来た道を戻る。 俺は彼女の背に言葉をかける事もなく黙って見送った。 ……これで何度目だろう? 数えても無意味だとは分かってはいるが片手では足りない。 「リアルで出会いがないからってネットを使ってみても、ダメなもんはダメなんだな」 待ち合わせのロータリーには客待ちのタクシーがひっきりなしにお客を乗せては走り出し、改札に至る階段には次のタクシーを待つ人々が傘を閉じて佇んでいる。 この場にいる意味を失った俺が自宅に戻ろうと駅の階段を昇り始めた時だった。 「あれっ? 十和田さんじゃないですか! どうしてこんな所に?」 驚く顔ですら爽やかと言う単語の似合う男が俺とは逆に駅の階段を下りて来た。 「あ~、まぁ、プライベートな用事で、ちょっと」 「おっとぉ? もしかして彼女と待ち合わせしてた、とか?」 その逆だよ。 むしろ出会って「秒で」フラレてんだよバカ野郎、と心の中で呟く。 「三沢こそどうしてこんな駅に?」 「先週こっちに引っ越して来たんです。十和田さんには言ってましたよ?」 あー、昨日か一昨日だったかそんな会話をしたような気もする。挨拶のついでに。 三沢は俺と同じ頃に今の会社へ転職してきた男だ。 年齢は27。俺よりも3つ下。 部署は異なるので常に顔を合わす訳では無いが、同じ時期に来た「外様同士」と言う程度のコミュニケーションは取っている。 だが、三沢は男だ。それに、俺なんかと違ってモテやがる。 顔もスタイルも、そして性格も爽やかでカッコイイから社内の女の注目の的だ。 「もし良かったらどうですか? 飲みに行きませんか? 僕もまだ詳しくはありませんけど」 先週引っ越してきたばっかりなら詳しくなくても当然だろう。 俺も待ち合わせのためだけに来たから大雑把にしか知らない地域だ。 金曜日だがさっきの出会いが不発に終わってテンションは地を這うレベルに低い。 こんなイケメンを相手に飲む酒なんぞ自分の非モテ具合を終始突きつけられているようで決して旨くはなかろう。 「十和田さん、こっちだそうです。中々良さそうな店があるっぽいですよ」 スマホでグルメサイトを検索し、チョイスした画面を俺に見せた。 「いや、でも今日は俺は……」 三沢が俺の手を掴んだ。 「えっ?」 「すいません。ちょっと持っててもらっていいですか?」 掴んだ手に鞄を握らせた。 「あ、ああ……」 スマホを持ちながら折り畳み傘を広げようとしたから手が塞がっているのか……、て言うか、断るタイミングを逃してしまった。 「助かりました。ありがとうございます」 傘を準備して自分の鞄を持ち直すと、三沢は「僕相手に飲む酒はイマイチ美味しくないかも知れませんが、僕は、十和田さんと飲みに行きたいな、って前から思ってたんですよね」 俺は拒否る言葉を今度こそ咽喉の奥に飲み込んだ。  駅の建物から出て雨の中を進む。 バス待ちの人の列を避けてロータリーから離れれば、傘を差しながらでも歩きやすくなった。 足元の悪い中5分ほど歩いたところで三沢が立ち止まった。 「うわー……、最悪だ……、本日貸し切りかぁ~」 目指していた居酒屋に着いたのだが通常営業ではないようだ。 「じゃぁ、別の店を――」 もう一度スマホを開いて次の店を探す三沢。 ここは三沢の顔を立てて黙って傘を持っててやるとしよう。 「この近くで……えっと……、あ! あった! すみません、十和田さん。もう少し歩いてもらっていいですか?」 「ああ。構わないぞ」 三沢の後ろに付いて行く。 そして、さらに3分ほど進んで三沢が足を停めた。 「えーっ!? こっちもかよ!」 傘を落としかけて慌てて握り直す三沢。 その前に出ている看板は『本日臨時休業』の張り紙。 暖簾も無く明かりもついていない。 「くそー。ここもダメなのかぁ? 何で今日に限って」 引越して日の浅い街では馴染みの店なんてまだ作れていないだろう。ここも三沢の顔を立てて「まぁ、臨時休業までは検索したって出てこないよな」、と慰める。 「次! 次こそは!」 三沢は意気込んで再び歩きだした。  二度ある事は三度ある。 そんなフレーズが頭を過った。 『○月×日をもちまして閉店いたしました。長らくのご愛顧ありがとうございました』 「うっそだろぉ? この店もダメなのかよぉ~」 がっくりとしょげる三沢。それに雨脚も少し強くなって来た。 「今日はツイてないみたいだな。まぁ、飲みはまたの機会にしよう」 「そう、ですね。連れ回してしまってホント、……すみません」 「……まぁ、雨も強くなって来たし、少し雨宿りがてらお茶でも飲んで休憩しよう」 結局20分くらいは歩いていたので少し疲れていたのだ。 駅へ戻る道の途中にカフェっぽい店の一つや二つはあるだろうし。 「十和田さん、あれ、あそこの店、休憩できそうじゃありませんか?」 三沢が指した先にはか細く光の灯る看板が見えた。  【馬留次庵】 「うま? ばるじあん? て読むのか?」 「ダイニングカフェ、みたいですよ。メニューもそれなりにあるようです」 店のドアの前にフードやドリンク類のメニューが置いてあって、入る前に料金なんかも確認できる。 腹も減っているし味の良し悪しまでは分からないが、この店で軽く食うのもありか。 ドアを開けて入ってみる。 薄暗い照明とログハウス調の店内。昭和なレトロ感が漂う店内だったが清潔感はある。 奥に居た蝶ネクタイを結んだマスターが1人。俺たちに気が付き「いらっしゃいませ」と声を掛けて来た。 「お食事ですか? それとも、お買い物でしょうか?」 見れば意外に若いマスターだ。俺や三沢よりも年下ではなかろうか? 「お買い物?」 三沢が首をかしげてマスターに問い直す。 「初めてのお客様ですね? 当店はカフェとショップ、両方営業しています」 「なるほど。僕らはカフェの利用でお願いします」 「では、お席へどうぞ。空いていますのでご自由に」 他に客は居ない。 席についてメニューの中からさっと出てきてパッと食べられそうなモノ、「カレーライス」を注文。 三沢も俺と同じモノを頼んでいる。 お冷を飲んで「やれやれ」と一服する。 「お客さんが僕らだけって事は、この店、ハズレなんですかね?」 小声で三沢が言う。 「さぁなぁ。でも、俺もそうかも知れないと思って無難なメニューにしておいた」 「ショップって、何を売ってるんでしょうね?」 カフェスペースの中に板壁の仕切りがあり、その向こう側がショップになっているようだ。 「普通に考えたらカップとか皿とか、雑貨類じゃないか?」 「良いですね。まだお皿とか全然揃ってなくて、手頃なのが欲しいと思ってたんです」 「――お待たせしました」 マスターがカレーライスを持ってきた。 黄色いサフランライスに細かく刻んだアーモンドを散らし、ルーはさらっとしていて粘りは少ないが実にスパイシーだ。 トッピングの素揚げ野菜、レンコンやジャガイモ、ニンジンともよく合う。 「美味いですねぇ! 思った以上においしい!」 「ありがとうございます。お口に合いましたか?」 「あ、っと……す、すみません」 うっかり口が滑ってしまった、と表情を引き締めた三沢。 マスターはコップにお冷の水をつぎ足し、そしてもう一皿置いて行く。 「うん? こんなの注文したかな?」 「サービスです。よろしければお召し上がりください」 ハムやチーズに刻んだキャベツをハーブソルトで軽くソテーしたものとスライスオニオンを乗せた子鯵のマリネを中心に、ワンディッシュに数種類のオードブルが収まっている。 サービスにしちゃ豪華すぎる。結局は別料金を請求されやしないか? 不安を覚えたものの三沢は気にせず口に運んでいる。 「おおー! このハムも美味しいなぁ! 鯵のマリネも超ウマイっす!」 食べてしまったならどのみち引き返せない。 俺も覚悟を決めて食べてみる……「お、イケる味だ」  意外にも美味いカレーに、気の利いたサービスで俺も三沢もこの店への評価がグッと上がっていた。 しかし、こんな良店なのにどうしてお客がいないのか。 目立っていなくとも口コミで評判が拡散され人気店になっててもおかしくは無い筈。 つい気になってしまって俺も尋ねてしまった。 「ショップで扱っている商品のせいでしょうかね」 「? 普通に食器や雑貨を扱ってるのではないんですか?」 「どうぞご覧になって下さい」 マスターに促されて板の間仕切りの向こうへ入ってみた。 「うわぁ~」 「おおー」 際どいサイズのビキニ、そして象さんの鼻がついたブリーフ、スケスケのメッシュ地のケツワレ……。 「ショップでは男性用の下着を専門に販売しております」 セクシータイプのモノ以外に普通にカッコいいスポーティなボクサーパンツやカラフルなトランクスも並んでいる。 「……見て下さい十和田さん、フンドシもありますよ」 「凄いな……」 唐草模様や水玉の褌がある。 値段はさほど高くはない……、いや、高くはなくとも買う気は無いのだが。 「お客さんがあんまり居ない理由。恐らくこれでしょうね」 「だろうな。子連れや女性客は入りにくいだろう」 マスターに聞こえない様、ひそひそと耳打ちレベルで話す。 「記念に一枚くらい買って帰るか?」 「いえ、今の所下着類は間に合ってますんで」 俺も特に買う気は起きなかった。 飲食の代金だけ支払って店を出ようとすると、マスターが少々お待ちください、と俺たちを呼び止めた。 「出来たばかりの新作なんですが、ご来店の記念にお一つずつお持ち帰りください」 黒い紙に包まれたタバコくらいの小さい箱だ。新作、と言うのだから中身は下着なんだろう。 「いいんですか?」 「はい。是非、身に着けてお愉しみ下さい」 「あ、ありがとう、ございます」 微笑むマスターに一瞬だけ不穏な気配を感じたが、すぐに元のポーカーフェイスに戻っていた。 きっと照明の加減かなにかで見間違えたのだろう。  こうして、三沢とは美味かったものの軽くメシを食っただけでこの日は家に戻った。 雨がほとんど止みかけていたのは幸いだった。 三沢は「是非リベンジさせて下さい! 次こそは一緒に飲みに行きましょう」 と俺に宣言していた。 お前くらいのイケメンなら女と行けばいいのに。よりどりみどりだろう? と、言いかけるもののあまりにも嫉妬の醜さに心が悪臭を放ちそうな気がしたので口をつぐむ。 自分に無いモノを相手が持ってるからと言ってひがむばかりじゃ、男として、人間として底辺だろう、と思ったのだ。 顔が平凡であっても精神のありようくらい良い男でありたい。 「次は俺の知っているオススメの店に行こう。もちろん三沢も良い店を見つけたらそこにも行ってみよう、な?」 三沢はとても嬉しそうな顔を俺に向けた。 「ええ! 行きましょう! 十和田さんのオススメ店も気になります! 約束ですよ!」 いや、そこまで目をキラキラさせなくても。 とは言え、これほど嬉しそうな反応をしてくれれば俺もちょっと嬉しい。 三沢と別れ駅の改札をくぐってホームで電車を待っている間に、ふとここに来た理由、待ち合わせに指定してきた場所で出会い、即、俺を拒否った女を思い出そうとした。 しかし、女の顔は印象派の絵のようにぼやけて輪郭だけしか浮かばない。 顔よりも、俺に背を向け遠ざかっていく花柄の傘だけがじわりと浮かんでくるのだった。


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