1巨大な寄生蟲 バイトが長引いて遅くなった夜。 晃(あきら)の目の前に音も無く浮かんでいる物体は、黒光りする巨大なカブトムシのように見えた。 もちろん見た事も無い、聞いた事も無い未知の存在だ。 ◇ 深夜の公園。いつも通りの近道。 バイト先のコンビニよりも値段の安い自販機でドリンクを2本。 半額シールが貼られた弁当の入っているビニール袋にドリンクを入れ再び歩き始めていると急に小便がしたくなった。 部屋に帰りつくまで堪えられそうにない。晃は前にも利用した事のある公園内のトイレへと駆け込んだ。 邪眼模様を浮かべた蛾が蛍光灯に張りつくトイレにて用を足し、やれやれ間に合ったと息を吐いた晃。 しかし、トイレの建物の外に出た瞬間、灯りの届かない暗がりの奥から異様な気配を晃は感じてしまった。 心霊などは信じていないものの足を早めて自宅のアパートに戻った晃は、ほっと息を吐いてビニール袋をテーブルに置いた。 さきほどの妙な気配はなんだったのか? 野良猫にビビってしまっただけかも知れないな、と自身の小心を乾いた笑い声に変え 電子レンジに弁当を放り込んだ。 「3分て書いてるけど2分でいいよな」 温め時間は短くていい。ピッ、ピッと二回ボタンを押した。 そして弁当を待つ間にドリンクをひと口飲もうとテーブルの前に戻って来た時だった。 「わあっ!?」 テーブルの向こう側に、と言っても晃のほんの目の前に、角や骨のような手足を持つ黒くて歪な巨大カブトムシのように見える 楕円の球体が浮かんでいたのだ。 その大きさ、縦の長さだけで1m、横幅が少し小さい70cmくらいか。 動きを止め固唾を飲んで黒く艶やかな楕円の球を見つめながら頭の中で必死にどう対処すべきか、どう退避すべきかを考え続ける。 心拍が早くなる。冷や汗が額や手のひらに浮かぶ。 出来る限り対象を刺激せぬよう、しかし視界からは外さず注意深く見ながら距離を置こうと足の向きを変えた。 しかし、電子レンジの作業完了音で均衡は打ち破られてしまった。 晃は素早く部屋の外へ逃れようとした。 しかし、晃の動きよりも早く黒い物体は晃の背後にとりついた! 「畜生っ!」 細長い6本の手足が伸び晃を背後から羽交い絞めにして動きを封じてしまった。 掴んでいる足を引き剥がそうと、背にある黒い異物を振り払おうと必死にもがいても無駄だった。 グチ……、ギチ……ギチギチ……、と鎧のような黒い外骨格が一枚ずつ裂けて剥がれて晃のカラダにスライドして張りついていく。 「ひぃ! や、止めろぉ! た、すけて……」 剥がれて乗り移る黒い外殻の内側には不気味な肉色の細かい触手がびっしりと生えており、ウネウネ波打つ様子は密集したイソギンチャクに近い。 そんな外殻がズルズルと晃のカラダを這って「ふさわしい場所」に移動すると触手でさらにしっかりと密着する。 続けてそれら触手は、衣服などまるで無駄と言わんばかりに晃のジーンズやトランクス、パーカーを融かして吸収すると生身の晃の皮膚との生体融合を開始した。 「んひぃ!? ……んっ! んぐぶっ!」 脚も腹部も、腕も、指の先まで這って来た黒い外殻によって覆われ、最後に残っていた晃の頭部が角のあった外骨格のひと塊に後頭部からバクン、と飲み込まれた。 何も見えない。 息をしようにも触手がズルズル入り込んで呼吸ができない。口ももちろん開ける事が出来ない。 「むぐぅ! ううううっ! んぐうぅぅーーーーっ!」 悶える晃の股間に後ろから脚の間をくぐってワニの尻尾のような黒い外殻がズルンと前に出てきて股間を覆う。 「んむ゛! むぐぅ゛! っっぐむぅぅーーーーーーっ!」 触手を通して皮膚との一体化が進む。 皮膚が終わればその内部へ、筋肉へ、骨格へ、内臓へ、神経へとあらゆる器官が外殻と、そこから生えている触手と混ざり合い、 溶け合い、彼我の境界を消して細胞単位で文字通り合体して一つになっていく。 晃の頭部が完全に外殻と融合してしまうと再び視界が戻り呼吸も可能になった。 「がは! はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁ……」 股間を覆った外殻が晃のチンポを内部で新たなモノへと作り変えて行く。それも、驚くほど短時間で。 角の部分と晃の脳神経が繋がった。すると、角はまさしく触角としての働きを始めた。 「はぁ、はぁ、はぁ、ん゛っ! ふうううっ!?」 全身を覆う黒い外殻と晃が一体になると、間を置かずカラダが膨張し始めた! 「こ、今度は何だ? 何が起きているんだ!? ぁがががあはぁぁーーーっ!」 首が太くなる。肩がボコボコと盛り上がる。僧帽筋と三角筋が凄まじい勢いで発達したからだ。 続いて広背筋がベキベキ隆起し分厚く幅広い背筋を形成すると黒い外殻もそれに合わせてしなやかに拡がり各パーツとの隙間は生じさせない。 前に戻れば大胸筋と腹筋がメキメキ割れて前に突き出す。 上腕も下腕が倍以上に太くなり、それは太股も同じく大腿筋の急激な増量によって見違えるようなサイズへ成長。 「はっ! んぐぅ! 俺は、はぁ、はぁ、ぐぅ、どうなっちまって、ん゛ぅ……」 そこに立っているのは黒い全身鎧を身に付けたマッチョな男。 昆虫のような外骨格に包まれている凄まじい肉体美を備えた異形の存在であった。 最後に、股間を包んでいたやや色の浅い外殻がモゾモゾと膨らみ、盛り上がった頂点を中心としてグパァとX状に割けて口を開け、内包していたペニスをズルゥと外へ吐き出した。 「う゛ふぅ……。これ、俺の、チンポ、なのか?」 股間のハッチの中で改造され、様変わりした自身の性器に晃は息を飲んだ。 まず、サイズが巨大だった。 勃起しても15cmほどの長さのモノが、30cmは軽々と超え40cmはあろうかと言うジャイアントサイズに。 太さも両手で握り切れるかどうかの極太だ。 陰茎の根元から裏筋に沿ってびっしりと短い肉の棘が生えカリまで続いている。 エラの張った高いカリは三段になっており、それぞれの段差には取り巻くように細かい襞が付随している。 そして、亀頭の先端、ドロドロと粘液が漏れている鈴口の内部をよく見ると、細い糸のような触手が生えていた。 巨大なグロテスクペニス。昆虫のような黒い外骨格をまとうメガマッチョなカラダ。 「このチンポ……、カラダも、こいつは、何だ? 俺は何になっちまったんだ?」 誰に言うともなく質問を口にする。 疑問に続いて困惑と恐怖が頭を満たすのかと思った、が、そうはならない。 むしろ今の、黒い外骨格に覆われた異形のカラダが嬉しい、実は生まれ変わりたかったのだ、自分にとって好ましいものなのだとの感情が沸々と湧いて来る。 「俺、モンスターになっちまったのに、どうして喜んでるんだ?」 先ほどの自問に自ら「解答」を出してみたものの、自己肯定感が横溢してくる理由までは見当すらつかない。 前頭部から前に突き出している触角がペニスから漏れ続ける粘液に含まれる濃厚なフェロモン、「雄の性」の臭いを感じ取った。 鼻で嗅ぐよりもハッキリと、そして詳細に肉欲の存在を晃に嗅ぎ取らせていた。 興奮が高まっていく。鼓動が早くなる。 熱くなるカラダの昂りにまかせていると背中の、肩に近い肉がボコボコと隆起し、その隆起した肉の内側からバシュゥ! と4枚の翅が、 セミやカブトムシなどの昆虫によく見られる透ける程薄く軽い翅が噴き出した。 「んああっ! キモチイイッ! はぁ、はぁ、たっまんねぇ……」 肉体の「変化」が快感に感じられる。巨大異形ペニスの先からビュルと透明な粘液が噴き上がる。 量的には精液に見えるものの「まだ」精液では無い。先走り、我慢汁とも呼ばれるカウパー液に近い体液だ。 晃の精神が二重、三重に現在の自分自身を肯定する。心の声に納得して従う。 『新しい』生き物としての意識に染められ浸食されていくごとに甘い快感が走り抜け、より一層外見だけはなく晃の「中身」も融け合っていく。 しばらくすると、二つの単語がふっと頭に浮かび、それを端緒として脳裏へ次々とこの『新しい』肉体についての情報が流れ込んで来た。 「グロセクト……寄生……、寄生体・グロセクター……」 改めて晃は己のカラダを見渡した。 人外なのに筋肉質で逞しいカラダも、股間からもの欲しそうに涎を垂らし続けている異形のペニスも、晃をゾクリと歓喜させた。 「なるほどな。俺はグロセクトと言う寄生虫に寄生されて、グロセクターに生まれ変わったのか。つか、あれで、あのサイズで寄生蟲? 寄生蟲なんてレベルのサイズじゃねぇって! 巨大過ぎだろう! けど――」 嫌悪感が微塵も無く、繁殖行為の対象を女ではなく「男」と捉えている内面の変化はいかにも寄生され脳も意識も今のカラダにふさわしいモノへと作り変えられた結果なのだ、と晃は理解した。 「確かに俺はカラダだけじゃなく心も変わっちまった。でも、何だ? 自我も判断力も『俺』がそのまま残ってるっぽくないか? 今までの記憶もちゃんとあるし……。 前に見たホラー映画とは随分と違うんだな。あ~、でも男を襲って繁殖交尾したい気持ちは、……うん、あるな」 襲う事に対して呵責をまったく感じないあたりは「モンスター」らしいんだな、と晃は笑った。 頭部に二つある目は人間のそれとは異なりガラス質の結晶で構成された大きな複眼になっていたが、笑むと少しだけ「笑っている」形になるのだった。 「どうせ襲うならできるだけ逞しい奴がいいな。さて、誰がいたっけ? 寄生体に生まれ変わった俺の『初めて』にふさわしい優秀な雄は」 晃の中で色んな人物が浮かんでは「落選」していく。 渇きを癒し「取りあえず」の欲望を満たすためであれば、実は誰でも良い筈であった。 しかし晃は、初回の交尾は出来る限り理想に近い男とヤリたい、と思った。 人間を捨て寄生体に生まれ変われた喜びを噛みしめ、そしてこの喜びをわずかでも減じる事無くむしろ上積みするためには雄としてレベル高い男を相手にすべきだ、と考えたのだ。 ビクっと異形ペニスが頭を振った。 「――そうだ。近くに居たじゃん。円(まどか)だったらラグビー部だしガッチリしてるし、『初めて』の相手にふさわしいよな。ああ、ふさわしい。早くアイツと交尾してぇ」 背に力を込めると翅がふわっと拡がりブブブと羽ばたく。 晃は窓を抜け、昇ったばかりの下弦の月が輝く夜空へと飛翔した。