15異物 七五三鬼が3本目の動画を『レンの特撮チャンネル』に投稿した数日後。 チャンネル登録者数が早くも1万人を超えてくれて嫌でも顔がにんまりと微笑んでしまう七五三鬼の元に、隣室で活動する「SF研究会」の部員である同学年の鈴木と言う男がやって来た。 「特撮同好会メンバーである七五三鬼なら無論見てるだろ? あの特撮チャンネルの動画をさ」 内心「俺がグロセクター・レンってバレてしまったか?」と、焦りを覚えたものの鈴木は立て板に水で七五三鬼に口を挟ませず持論をまくし立て始めた。 「いやいや、あの動画が凄い所は特撮を謳いつつもそこはかとなく溢れ出るリアリティに在ると思うんだよ俺。 だってな、なんとなくCG風に仕上がっているけど違和感のない動きや発言、ちょっとした仕草まで完璧にヴィラン、いや、昆虫怪人として一分の隙も無い仕上がりになってんだよ。 もしかしたらホントに居るんじゃないか? 俺の目の前に現われるんじゃないか? って思える程にな。 七五三鬼ほど特撮マニアじゃない俺でもあのカッコ良さはビンビンに伝わってくるぜ。最新動画のグロセクター同士での本格的な戦闘、いやぁ、あれは熱かったな! 高い樹の上に跳んだり岩を割るアクションだってとても合成やCGには見えない優れものだ。もしも七五三鬼がまだその動画を知らねぇってんなら教えてやるから絶対見た方がいい!」 「へ、へぇ~、そんなにカッコ良かったんだ? それなら是非チェックしておかないとな~、うむうむ」 グロセクター・レンが自身であるとバレていた訳じゃないと知ってホッと胸を撫で下ろす七五三鬼。 しかし、次の鈴木の言葉は妙に七五三鬼の胸に引っかかった。 「怪人で思い出したが……」 眼鏡フレームをクィと上げた鈴木に七五三鬼は今度こそ自分の事か? と身構えた。 「――ここだけの話なんだけどな、アイツは怪人じゃないか? って噂があってな」 「っ! お、俺の事か?」 精神干渉の「力」をいつでも使えるよう目に込めて鈴木の返事を待った。 「バカ言え。七五三鬼みたいなのはただの特撮オタクだっての。そうじゃなくて、経済学部の先輩に江藤って人がいるんだが、その人、実は怪人じゃないか、なんて囁かれてるんだよ」 「ま、……マジで?」 七五三鬼はそうっと眼に込めた「力」を分散させた。 「ああ。SF研究会としては江藤さんは宇宙人にカラダを乗っ取られている説を推すつもりなんだが、他にもちらほらそんな噂が立ってる人がいてな、 宇宙人説一本だけでは少々弱い感じがするんだ。UFOの目撃情報はちっとも入ってないからさ」 「へぇ~」 「うん? 珍しいじゃん。七五三鬼ってばこの手の話題、特撮と同じレベルで食い付いて来るのに」 「いや、面白いと思ってるよ! マジで! ただ、その、ほら、えっとアレだよアレ。あの――」 「うん?」 「こ、根拠? そう! 江藤さんて先輩がどうして怪人なんて噂されるのか根拠が分からないから、何とも言えないなぁ、って思っちゃって」 「ふぅん、根拠ねぇ」 鈴木が眼鏡フレームをクィックィッ、と二度押し上げた。 「七五三鬼にしちゃ珍しく慎重、いや、鋭い指摘だな。逆に、痛い所を突いてきたとも言える」 「そ、そうかなぁ~? えへ、えへへへ~?」 「端的に言うと江藤さんや他に噂されてる人には共通点がある。それは、どうやら数日間の記憶が無いって点だ」 「記憶が無い? 記憶喪失?」 「その通り。それともう一つが、記憶を失った後の性格に違いが見られる、と」 「記憶が無くなってしまったのなら不安で弱気になったりするもんじゃないのか?」 「そうは言うけど数日、失っているのは長くてもほんの4~5日だってハナシだ。俺らだってボーっとしてたら一週間くらい何やってたか思い出せない事もあるだろ? 酒とか飲んでたら簡単に飛んでしまうじゃん。その程度で噂されるほど弱気になったり不安に苛まれたりするかぁ?」 「まぁ、そうかも知れないな……」 「と言う訳で、俺は江藤先輩は宇宙人に乗っ取られている説を強く推すつもりだ。性格が変わったのも宇宙人が江藤先輩になりすましているから、と見ている」 「『見ている』、ってお前、本人が聞いてたらどうすんだよ? 宇宙人ってのが事実なら真っ先に江藤先輩に消される のは鈴木じゃんか。つうか、他に噂されてる人たちまで宇宙人乗っ取り説が通るんなら、俺ら大学に来てる場合じゃないだろ? とりま逃げないと」 「逃げたいのはやまやまだが、来週締め切りのレポートを仕上げて提出しないと単位がヤバイんよね俺」 「む? もしかしてドイツ語のアレか?」 「そそ。コピーも書き写しも不可だから自力でやんないとダメなアレ」 「やべぇ、俺まだ半分もできてねぇ」 「おお! 同士よ!」 鈴木がグッと握手を求めて来た。 七五三鬼は鈴木の手を握り返した。 「鈴木よ、江藤先輩に消されちまう前にドイツ語に消されないようにしないとな」 「言えてる。……つうか、七五三鬼も性格変わってなくね? なんか前よりもちょっぴり色気が出て大人っぽくなってる?」 ◇ 鈴木が七五三鬼に話した「噂」は、大学を含めたこの地域全体にてじわじわと拡がりを見せていた。 「数日間の行方不明、あるいは記憶喪失」とその後の性格や態度の変化。 そんな「噂」の対象とされるのは決まって男性。男だけ。女性には一例も見られない。 「中村主任、体調不良で休んでから部下に優しくなった気がするんだが」 「加藤くん、風邪が治って学校に来られるようになったのは良いんだけど、あんなに陰気だったかしら?」 「噂」された人物への評価は上がるモノも有れば下がるモノもあった。 いずれにせよ、ひたひたと静かに拡がり始めた「噂」は街全体の見通しを不明瞭にし、薄い雲のように影を落とし始めていた。 そんな頃だ。 西から順に長い雨季に入った日本列島の頭上は前線による厚い雲で日照が遮られ、物理的に暗い日々が続いていた。 バイト帰りの晃はしとしと降る雨を傘で受け、足元の水たまりを避けつついつもの公園を通って自宅のアパートへ帰ろうとしていた。 『ぅあ! ぐううっ!?』 小さく聞こえた呻き声。と、同時に生臭い精液臭と一緒に卑猥な性フェロモンのニオイが流れて来た。 (円か賢哉さんあたりが『食事』でもしてるのか? それにしてはこのニオイ、なんか変だな……) グロセクターのフェロモンがクチナシの花の香りに似ているとすれば、晃の鼻先に漂う今のニオイは「はちみつ」の甘い香りに近い。 自然と晃の足はニオイの発生源へ近づき、またしてもあの公衆トイレの裏手へと来てしまっていた。 「おーい、誰かそこで『食事』してるのか~? 少しばかりニオイを出し過ぎてると思うんだけ……ど、――っ!?」 トイレの建物自体が邪魔になって街灯が届かない暗闇に居た「ソレ」は、シルエット的にグロセクターと異なっていた。 触角が2本、腕が左右に3本ずつ伸び、下半身の尻に当たる部分にはずんぐりとした巨大ドングリのような尾部が付随していた。 「えっ!? お、お前は? ……あっ!」 「ソレ」が背中にあった二対四枚の翅を羽ばたかせた瞬間、晃の手にしていた傘が煽られ水滴が顔にかかった。 「ぶわっ! くっそ!」 目に入った水滴を手で拭い、なんとか視界を取り戻した時にはすでに「ソレ」は影も形も無くなっていた。 ただ、残っていたのは雨に混ざって土に染み込もうとしていた大量の精液の白い粘つきだけ、であった。 ◇ カフェ『モーニングウッド』の営業時刻が終わろうかと言う時刻。 歳の頃は桐吾とさして変わらない30代半ばくらいの男が入店した。 ブランドものらしき品の良いスーツを着こなしたサラリーマンの男は、ズカズカと空いてる席に腰を下ろすと「もうすぐ閉店時刻なのでオーダーはストップさせて頂いているんですが」と謝罪するスタッフを無視してじろじろと周囲を見渡していた。 「聖店長~! なんかあのお客さん、気味が悪いんですけど~」 対応し切れないと訴える若いスタッフに代わって桐吾がサラリーマンの男が座る席へ向かった。 「恐れ入ります、本日の営業は間もなく終了となりますので、日を改めてお越し願えませんか?」 「ヴァ……」 「う゛ぁ? はい?」 サラリーマンの男の目が桐吾に向けられた。 しかし、その瞳は眼球と呼べるモノではなく、眼窩は黒い粘液だけで満たされていた。 「ちょ!? お前、もしかして――(寄生体か)!?」 最後の言葉を寸前で飲み込んでたじろぐ桐吾に対し、サラリーマンの男は濁った声を発した。 「ヴ、ヴ、ァ、タラシィ、シハイ シャ、ヴ、コノカラダ、ハ、ワレラ、ガ、ショウアク、スル、ヴァ――」 片言のような日本語を呟いた男は不意にテーブルに突っ伏して動かなくなった。 「店長~、その人、どうしちゃったんですかぁ~?」 恐る恐る桐吾の後ろからスタッフが様子を窺いに来た。 危険を感じていた桐吾はスタッフを近づけてはならない、と考えた。 「あ、ああ~、そう、きっと酔っ払いだったんだろうね。うん。後は俺が引き受けるから君たちは先に上がってくれるかい?」 「大丈夫ですか~? 店長にお任せしちゃっても~」 「もちろんさ! こう見えても俺は武術の心得がある。暴れ出したって俺なら対応できるけど君たちは無理だろう? 手に負えなければ警察を呼ぶし、ね? まぁ、そうなる前にこの人の知り合いか誰かを呼び出してお帰り願うつもりさ」 桐吾はどんと胸を叩いた。 「じゃ、じゃぁ、すみませんが私たちはお先に失礼します~」 残っていた客はすでにカフェを去っていた。トラブルの気配を察知していち早く避けたようだ。 こうしてカフェの店内にはサラリーマンの男と桐吾の二人だけになった。 状況を見計らったかのように突っ伏していたサラリーマンがブゥンとバネのような反動を伴いながら上半身を引きおこした。 「ヴ、ヴァ、ワレ、ニ、ソノ、カラダ、ヨコセ……、コノ、ニンゲン、ヨリモ、ヴ、ヴヴ、ワレ二、フサワシイ……、オマエ、ノ、ソノカラダ ヲ……」 サラリーマンの男は唇を全く動かさずに声を出していた。そんな不気味な発声や禍々しい気配にたじろいでいる時だった。 「桐吾ー! お疲れ様~! 雨が強くなってきたから迎えにきちゃった~!」 異様な空気を「全く読まない」まま賢哉は朗らかに店内に入って来た。 桐吾とサラリーマンの男が賢哉の方に顔を向けた。 「あれ? その人間……」 「逃げろ! 賢哉! コイツ、多分人間じゃねぇ!」 「うわぁ! なんて美味そうなニオイ~! 我慢できない~!」 手に持っていた二本の傘をばらばらと落とした賢哉が舌なめずりをしながら寄生体・グロセクターに戻った。 そこからはまさに「一瞬」の世界だった。 席を蹴って賢哉に飛びかかろうとしたサラリーマンの男をさらりと躱し、翻った勢いのまま賢哉はサラリーマンの男の腕を掴んで床に叩き落として仰向けにする。 そして男の口をこじ開け唾液を流し込み、たちまち股間を大きく膨らませると、素早くチャックを下ろしてチンポを引きずり出しケツ穴でずっぽりと咥え込んだ。 ここまでがほぼ3秒以内だった。 「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ーーーーーーッ! ヤ゛メ゛ロ゛ォオオオオオーーーーッ」」 「ううっ! 先走りも美味しい! なんて旨味が濃いんだ! ああっ! 欲しいっ! もっと! もっと僕に! 僕のアナルにたっぷり注ぎ込んで欲しいぃぃぃーーーーっ!」 「ヴァ゛! モ゛ウ、イグ! イグイグイグイグ! オレガ! オレ、ソノモノガ! スイトラレ、テ、クワレルッ! クワレテシマ、ゥ、ヴヴヴーーーッ」 ―ビュルル! ゴビュ! ドビュドビュドビュ! ブジュジュジュッ! ズグビュル! ブッビュゥゥーーーッ! 「美味いっ! 超美味い~! はぁぁぁ~! こ、こんな! こんな精液初めてだよお~」 極上なる精液の味に全身をビクビク震わせる賢哉の尻の下で、サラリーマンの男は気絶して微動だにしなくなっていた。 「……け、賢哉?」 「あっ! 桐吾! 一緒に帰ろう! 寂しくなっちゃったんで迎えに来たんだ!」 「いや、そいつは良いんだが、その人は……」 「あーっ! あんまり美味しそうだったからつい襲っちゃった! てか、桐吾に『食事』シーンを初めて見られちゃった~。うう、ちょっと恥ずかしい~。でも、とっても美味しかったから食べれて良かった~」 サラリーマンの男のチンポを尻の中に沈めたまま賢哉がモジモジと照れた。 「はは、……まぁ、賢哉の食事の様子が分かって俺も勉強になった、かな。だが、この後どうするんだ?」 「いつもなら、前もって僕に食べられた時の記憶を消してしまうか、夢だったんだと思い込ませるか、の処理をするんだけど、 この人はそんな準備をする前に襲っちゃったからね~。仕方がないな。目が覚めた時に処理するよ」 「あ、ああ、それはやっておいた方が良いな。ただ、グロセクターのまま店の中にいつまでも、って訳には行かないだろう? しかも、その人の上に乗っかってる光景はまんま『怪人に人間が襲われている』恰好そのものに見えちまう。 だから賢哉、そろそろ姿だけでも人間にできないか?」 「ん、うーん? あれ? ちょっと無理っぽい。この人の精液を全部消化し切るまでダメみたいだ」 「だったら大急ぎで戸締りをしちまうから賢哉はその人を連れて先に帰っていてくれ。ええと、早く!」 「わ、わかった~。じゃぁ、先に帰っておくね……」 サラリーマンの男をひょいと担いで肩に乗せた寄生体はそのまま店から飛び去ろうとした。 「待った、賢哉」 「うん?」 振り返った寄生体の頭部外殻に桐吾は「チュ」と口付けた。 「傘、持って来てくれてありがとうな。助かった。色々とな」 「うん!」 ブゥンと翅を震わせ雨の夜空に向け飛び立った恋人見送った桐吾は、後片付けをそこそこにして速やかにカフェを閉じ、 賢哉を追いかけるように自宅へと戻った。