16タイムライン 次の日、カフェ『モーニングウッド』には臨時休業の札が掛けられた。 小雨の降る中やって来た人々は皆一様に残念がったが、苦情を言う相手がいないため来た道を戻るしかなかった。 ◇ カフェの店頭に休業札を掛けに走った桐吾が戻って来た。 それでも時刻はまだ早朝と言うべき時間帯であった。 「ただいま! あれからどうなった?」 頭や肩の雫を払いながら桐吾がリビングのドアを開けた。 「桐吾~! お帰りなさい~! やっぱり僕が飛んだ方が良かったんじゃない~?」 「いや、さすがに明るくなって来てるのに寄生体の姿じゃマズいって」 リビングにはすでに晃、円、七五三鬼、白鳥が集まっている。 「あの人は?」 「もうお引き取り願いましたよ、桐吾さん。必要な情報は聞けるだけ聞きましたし」 円に続いて晃が答えた。 「取りあえずあの人の記憶の中から俺たちに出会った事やあの人にとって思い出したくも無さそうな記憶は省いておきました。 それが難しそうな部分は全部夢って事にして」 「あの人の話は驚きも驚きだったっすね。 百木も初耳だったみたいで目を丸くしてた!」 七五三鬼に水を向けられた白鳥が「よせやい。驚きはしたが目を丸くまではしてなかっただろう?」とたしなめた。 ――さて、時間を整理し「パズル」を今一度見えるカタチに組み立てて行こう。 「サラリーマンの男」=仮に「A氏」としておこう。 A氏は五日前、出張先での仕事が予想外に早く終わったため自宅へ直帰する前に「遊んで」帰る事にした。 一流と呼ばれる商社に勤務し数十万円もする品の良いスーツを着こなすA氏の遊びとは、彼のリッチさとは裏腹に学生たちも集うごく普通のゲームセンターに行く事だった。 「俺はね、高級クラブや洒落たバーで酒を飲んだり女を侍らせて遊ぶよりかはゲームの方が好きなんだ。仕事でめい一杯人と接してるんだから遊びの時くらい一人で遊びたい」 ならパチンコでも良いのでは? と問うと「タバコ臭いのはもっと苦手なんだ」と眉をひそめる。 さて、夕方のゲームセンターは中々の活況を呈していた。 定番のプリクラ機やUFOキャッチャーを素通りしてA氏は目当ての対戦型アーケードゲームに向かった。 「よしよし。久しぶりに操縦できるな」 機動する戦士ロボットのコックピットを模し、パイロット気分を満喫できる半個室タイプの三面ドーム型画面を前に 着席したA氏は、パスカードを読み込ませて設定済みの自キャラを呼び出しコインを投入、ヘッドセットを着けていざ出撃! しようとしたのだが――、 「うお!? 画面がブラックアウトだとぉ!? いや? 待て待て、何だコレは……」 スタート画面がいきなり暗転し黒一色になった、かと思いきや画面の下部ではゲージが動いているではないか。 要するにパッチ更新かアップデートのタイミングでスタートしてしまったのだな、と気楽に構えてゲージが100%になるのを待っていた。 「さて、ゲージも消えたしいよいよ始められるぞ」 しかし画面は相変わらず黒一色のまま。さすがにこれは不具合、故障の類ではないか? と考えていると画面がドロッと融けてA氏の頭を飲み込んだ。 「うわぁ!? ぐぶ、ぶふぅっ!」 黒い粘液は耳や目、鼻や口、穴と言う穴からA氏の体内に侵入し、A氏の中で自己増殖とA氏の肉体改造を開始した。 「ヴ、ヴヴ、ココ、ハ、ウルサイ、ハヤク、コノカラダノ、シハイ、ヴァヴ、ニクタイ、カイゾウ、ヲススメ、ネバ、ヴヴ……」 瞳を黒一色にしたA氏はいつもの習慣で鞄を持ち、ふらふらとゲーム筐体から下りて賑やかなゲームセンターを後にした。 翌日、A氏は異様な性欲を感じつつも普通に出社して仕事をこなした。ムラつくチンポをなだめるため社内のトイレでオナニーしたのはこの日が初めてとなった。 二日後、A氏は夢精で目が覚めた。ぐちゃぐちゃに濡れたトランクスを洗濯機に放り込み微妙にいかつくなっていた体を疑問に思いながらも出社した。社内のトイレで4回も抜いてしまう程精力が溢れていた。 三日後、射精の快感で目が覚めた。「ううっ! と、止まれっ! 止まってくれぇっ!」 何度も達して精液が放出される。しかも精液は白と言うよりかは灰色に見える。 止まない射精と快感に悶えていると、カラダがバキバキと音を立てて変化し始めた。 筋肉と言う筋肉が肥大し、肩や肘には角のような突起が生え、眼球が融けて黒いドロドロの粘液になってしまった。 その変化が余りにも心地よくてA氏はついに意識を手放した。 「ヴヴ、ツイニ、コノニンゲン、ヲ、スベテ、ショウアク、カンリョウシタ……。ノコル、ハ、セイショクキノ、キョウカ、ノミ……」 四日後、A氏がやって来たのは郊外にある大学の近くだった。中身はもちろんA氏では無くなっている。 ただ、元となるA氏の記憶が多分に影響していたのだろう。郊外にある大学とはA氏の母校であり、晃や円が通う大学でもあった。 近くには桐吾が営むカフェ『モーニングウッド』も立地している。 そんな大学近くの雑木林に身を潜めたA氏は次なる支配対象とすべき「男」を求めて周囲を窺った。 ただ、改造の過程で体内に宿った謎の生物は不満を覚えていた。 (コノ、カラダノ、セイショクキノウ、ハ、ヒンジャク。アレホドキョウカ、シテモ、タリナイ、ワレワレ、ガ、ハンショク、スルニハ、マッタク、タリナイ) A氏のカラダに宿った謎の生物はA氏の生殖器に不満を持っていた。 数日かけて精巣や陰茎を肥大させてきた筈なのに、ほんの数ミリしか大きくならず射精能力も普通の人間と変わりない。 精力や性欲だけは「立派に」巨大化したものの肝心の武器が強化できていないなどハナシにならない。 謎の生物はA氏よりも優れた肉体へ乗り移る事を決意した。 A氏は単なる奴隷として使役し、本体は望ましい肉体を持つ人間、播種性能により優れた「男」を求めて再び移動しようと考えたのだ。 ほどなくA氏はカフェで働いていた桐吾を発見。外見的特徴、及び内包する生殖能力の高さに「ひと目惚れ」し、桐吾のカラダに引っ越すべく行動を開始した。 ただ、謎の生物にとって不運だったのは桐吾に手を伸ばそうとした瞬間、賢哉に発見されてしまった事だった。 A氏の中の謎の生物は寄生体に変貌した賢哉を即座に「敵」と判断し自身の獲物である桐吾から遠ざけようと、撃退しようと試みた。 が、戦闘能力は寄生体・グロセクターとなった賢哉に遠く及ばす一瞬でマウントを取られ謎の生物「ごと」精液として全て賢哉に吸収、そして消化されてしまったのだ。 賢哉のアナルと結合していて見えなくなっていたが、もしもA氏のチンポから噴き上がる精液を目視できたとすればそれは白い粘液ではなく 黒みを混ぜた灰色の精液だったと知るだろう。 後に残るは肉体強化改造を施され意識を失ったA氏だけ。 賢哉によって桐吾と賢哉が同棲するマンションに運び込まれたA氏は覚醒と同時に賢哉や集まった寄生体・グロセクターたちによって精神干渉を受けた。 どうして桐吾や賢哉を襲ったのか。 どうして人間のフリをしていたのか。 いったい何があったのか等を引き出し、A氏に残留していた謎の生物の記憶をも抜き取りゲットした。 明け方、桐吾はA氏が眠っている内に、と片付けの途中だったカフェに向かい臨時休業の札を掛け、店内のイスやテーブルを立て直し、 洗いかけの食器類を洗浄して、出勤予定だったこの日のスタッフに『急に申し訳ないが今日は都合で店を開けられなくなったから休みと言う事でよろしく』とメッセージを送り、そうして再び自宅へと戻った。 その間にA氏は先の精神干渉の結果、全ての情報を賢哉たちに明け渡し、グロセクターについては「夢」だと書き変えられ、朝まで人間の賢哉たちとセックスしまくっていた事にすり替えられてからマンションを後にした。 以前のA氏よりもはるかに前向きで明るく、自信に溢れた男臭い性格になって。 「―と言う訳」 「ふうん、まぁ、あの人も結果的には無事で良かった、て言って良いんだよな?」 腕を組んで聞いていた桐吾がとりあえず納得したと賢哉に告げた。 「で? 謎の生物って何だったんだ?」 「細菌の一種でした。感染すると人間のカラダを支配して意識を奪ったりカラダを改造したり、そして、他の人間へも精液で感染して拡がっていくタイプの」 円の答えに桐吾はぞぞっと鳥肌を立てた。 「え? じゃぁ、なに? 俺も感染してらあんな風になってたかも知れないって事? うわぁ、恐ろしいねぇ~」 「それがさぁ、桐吾。あの人に残ってた『細菌』の記憶では、どうも桐吾には感染するだけじゃなくて本体ごと乗り移ろうとしてたみたいなんだ。 平たく言うとあの人は保菌者として操りつつ頭脳にあたる本体を桐吾に移し替えようと、ね」 「それはそれで超怖いって! 結局は俺が俺でなくなっちゃうって意味でしょ!」 グロセクターの全個体が「うん」と肯いた。 「うん、……て、あっさりしてるなぁ君たち。こんな未知の、恐怖の細菌の存在が世間に知れたら大パニック必至だよ? まだニュースにもなって無いところを見るとあの人が第一号なのかも知れないけどさ」 「俺たちみたいに隠れてるだけかも知れないですね。ただ、あれだけ攻撃性が強くて人間の意識を丸ごと飲み込むタイプであれば、いずれは隠し切れないと思いますけど」 円の意見に桐吾は「確かにそうかも」と相槌を打った。 「それはそうと賢哉。お前の方は無事なのか? 明らかに大丈夫っぽいから聞くのが遅れてしまったけど」 恐怖の細菌を根こそぎ精液として男から取り込んだのだから、何らかの異常があってもおかしくはない。 「それが全然。全く何も無いよ。むしろより元気になっちゃった。またあの精液を味わいたいな、って感じ」 「賢哉のハナシだと細菌に感染した男の精液は他の人間の精液よりも数倍美味かったそうだ。俺も味わってみたかったぜ畜生」 「百木、百木~、俺もめっちゃ味わってみてぇ~。他に保菌者がいないか探しに行ってみようよ」 七五三鬼が白鳥に寄りかかって甘えていた。 「……あのさ」 しばらく黙っていた晃が口を開いた。 「七五三鬼が耳にした噂って、この謎の細菌が原因じゃないか?」 七五三鬼が反応した。 「あ~、確かにそうかも知れないっすね。ただ、噂もここ数日は聞かなくなってましたし信憑性がイマイチでしたから俺もちょっと忘れてましたけど」 「ただ、噂の正体が細菌だとしたら晃、もっとあの人みたいに狂暴化する人が増えそうなもんじゃないか? それに、数日記憶が無い、って部分、寄生体の誰かが感染した人から精液を奪って記憶を消したとすると、そいつは一体どこの寄生体なんだ?」 円の問いかけに賢哉も七五三鬼も白鳥も「自分では無い」と否定した。 「どこの寄生体かは知らないが、賢哉さんがあの人にやった事と噂の内容がかなり合致してる気がしてさ」 否定されてしまった晃は自分の着想に対する自信がどんどん薄れていった。 ここで桐吾&賢哉の部屋のインターホンが鳴った。 カメラのモニターを覗くと制服を着た中学生くらいの男の子だった。 「誰だろ? 知らない子だな」 時刻はまだ朝の8時を過ぎた辺り。 しかし、中学生ならそろそろ登校しなければならない時間帯でもあった。 「取りあえず俺が出るから、賢哉たちは人間に変身して警戒しつつ控えていてくれるかい」