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鷹取リュウゴ
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淫体海月は斑に倣う 2   《続・淫水海月は朧に浮かぶ》

第二幕  呼応するように激しく求め合った一夜が明けた。   興奮が静まると千尋の触手は体内に引き込まれ、皮膚の色や質感も人間に近い姿に戻った。 ただ、会陰のヴァギナや下腹部の斑(まだら)な変色は消えずに残っていた。 「……千尋、お前、本当にそんなカラダになっちまって良かったのか?」 満足した表情を浮かべて眠る千尋の下腹部を撫でる。この内部で俺と千尋の子供、いや、受精した卵が本当に作られているのだろうか? その卵が孵ったら、それは人間なのかそれとも……。 「いや、卵がどうとかは後回しだ。俺の場合はともかく病気でも無い千尋をこんなカラダに変えやがったのはやっぱり許せねぇ。 八木の奴、何を考えて千尋に手を出したんだ? まさか、俺が手に入れて渡した新しいクラゲを試したかっただけ、なのか?」 寝顔だけを見ていれば千尋は以前と変わりない千尋だ。 だけど、首から下を視界に入れればひと目で違うモノになったと理解できる。ジムに行っていたとは言えまるで別人のようなマッチョなカラダ。萎えてもなおふてぶてしくぶら下がる巨大なチンポ。 ふぅ、と深く息を一つ吐き出した俺はベッドから起き上がり、顔でも洗いに行こうかと足を運ぶ。 ――ベキッ! 部屋のドアを開けようとして床に脱ぎ捨てられた千尋のパーカーを踏んでしまった。 すると、何かが壊れる奇妙な音がした。 パーカーを拾い上げてみたらポケットからプラスチックの小さな容器と中身が漏れた注射器のセットが落ちて来た。 「む? 何だコイツは……。千尋の大事なモノだったのか? しまったな……」 幸い足に注射針が刺さらなくて良かったと安堵しつつ振り向いてみたが、千尋はまだスヤスヤと寝息を立てている。 起きたら壊しちまった事を素直に謝るしかないな、と思いつつ漏れた液体で汚れてしまった千尋のパーカーを洗濯機へと運ぶ。 「ともかく、八木には問い質す必要がある。命を救われた身とは言え、それとこれとは別だ。千尋との取り引き内容ってのも気になるしな」 そして、千尋のカラダを元通り人間に戻してやらなけれならない。 延命治療のため進んでこのカラダを実験素材として提供した俺なんかとは状況も何もかも違うのだから。 ◇  電話を掛けても全く八木からの応答がない。 ならば、と八木が勤める病院、つまり八木の実家でもある総合病院の敷地に併設された先端医療技術研究センターに向かった。 無論、未承認の医術を施した場所は八木だけが出入りできる研究センターの地下にあり、建物そのものは一見するとごく普通の研究施設となっている。 「申し訳ありませんが『八木 実』先生は今朝早くパリへと出発されました。お戻りの予定は六か月後となっております」 受付カウンターにいた事務スタッフの女性が抑揚に乏しい声で俺に告げた。 逃げられたのか? と一瞬脳裏をよぎった。 だが、前に会った時、「近々パリに行く事になってしまったよ。親父じゃなくて僕を、って指名されちゃったもんでね。ま、病院経営よりも研究の方が性に合ってるから別に構わないんだけど」と言っていた事を思い出した。 「じゃぁ千尋はずっと放置かよ! くそっ!」 一縷の望みをかけ事務スタッフに更なる質問を投げた。 「八木先生のほうから俺に対して何か引継ぎと伝言とか、そう言うのはありませんでしたか?」 「長月様に、ですか? 少々お待ちください。確認して参ります」 受付から奥へと下がった事務スタッフの女性は5分ほどしてカウンターへ戻って来た。 「お待たせしました。長月様への伝言などはございませんが、先ほど先生を空港まで送った運転手がこちらの封筒を、もしお見えになられたら渡すようにとの指示を先生から申し付かっていました」 『長月 海里くんへ』とだけ書かれた白い封筒を俺は受け取った。 女性スタッフに「中身は知っているか?」 と聞くと、個人情報に触れる恐れがあるため「いえ、存じませんね」と言う。 用件が済んだらとっとと帰れと言わんばかりのオーラを放つ女性スタッフへ軽く頭を下げ研究所の外に出た。 出たタイミングで俺のスマホが着信を告げた。 『兄貴? 朝からどこに? 俺、さっき目が覚めたばっかなんだけど社長から出て来いって連絡来ちゃってさ、仕方ないから出社しようと思うんだ』 「お、おお、そうか。俺はその、散歩つうか買い物にな? しかし、社長直々に呼び出されるとはお前も大変だなぁ」 『まぁ、締め切りの近い案件があったから仕方がないんだよね。遅刻扱いにはしないからとにかく来てくれ、って』 「そこまで言われたら出ざるを得ないよな。なら、俺の事はいいから気を付けて行って来い」 カラダの事がバレない様に、との意味も込めて。 『う、うん……。そう、だね。気を付ける。じゃぁ――』 俺の意図がちゃんと伝わったようでホッとした。 「しかし八木の野郎、数日じゃなくて半年もパリから戻って来ないとはな」 千尋のカラダを元に戻す事も、千尋と交わした取引内容も八木の口から聞けやしない。 ボヤキながら事務スタッフから渡された封筒を開く。 中から出て来たのはカードタイプの鍵とメモ書き一枚。 『成田空港 第2ターミナル 地下一階コインロッカー 14番』 コインロッカー? のカードキーを何故俺に? ロッカーに何を保管してあるんだ? それにしても成田空港まで取りに来いとはな。電車しか足が無いので片道2時間はかかる。 しかし、確かめに行かねばならない。俺のため、ではなく千尋のためになるかも知れない「何か」があるかも知れないのだ。 きっと八木も俺の行動を予測しているだろう。 明らかに八木の手の上で踊らされている事に腹立たしさも倍増だがやむを得ない。 俺は八木病院から最寄り駅に走り、成田空港に向かった。  ――2時間後。 俺は成田空港の中のメモにて指定されたコインロッカーにやって来た。 「ええと? 14番は、と。あぁ、こいつか」 あらかじめ電子マネーで保管できる最長日数分の料金が収納されているようだ。 カードキーをかざすと『残金は返却できませんがそれでも取り出しますか?』とのメッセージが表示された。 俺は躊躇わず解錠ボタンにタッチし14番のロッカーを開けた。 「またメモ? それと、こっちは?」 大きなロッカーの中にはまたメモがあり、薬品を封入する袋が入っていた。 『海里くん。もしくは千尋くんかな? どちらでも構わないがもし現状が受け入れがたくなったなら用意した薬を飲んで欲しい。 君たちであれば苦しむこと無く旅立てるモノだ。おっと、苦情はやめてくれよ? そのカラダを望んだのは君たち、なのだからね?』 俺はその場でメモを破り薬を袋ごと「燃えるゴミ」の箱へ投げ込んだ。 「クソが! 誰が死ぬかよ!」 カートを引いて歩いていた何人かの旅行者がギョッとした眼を俺に向けた。 視界の端では空港警備員がじろりと俺を睨んでいるのも見えた。 マズイ、と感じた俺は速やかにその場を離れ空港を去る事にした。 都心に戻る電車の中で俺たちのこれからについて考えた。 俺はまだしも千尋は元通りにしてやりたい。しかし、八木が戻るまでの半年の間、千尋のカラダに「更なる」異常は起きないのだろうか? 俺自身の例で言えば、八木が培養していたクラゲ組織を体に移植し定着するまでは数週間かかったし、癌化した細胞がクラゲの力で消滅するのも2か月を要した。 さらに、カラダがクラゲに近づき触手が生えたり透明になったりし始めたのも癌細胞が消えてから2週間かかった。 「――そっから性欲が抑え切れないと判断してすぐに休職手続きを取ったのはベストな判断だったな。あれはさすがにヤバかった」 船上で寝起きを共にする海洋調査員仲間のカラダや股間を見ては、俺自身も興奮し仕事が手に付かなくなるのだから。 自宅に戻ったところで膨らんだ性欲の暴走は止まらなかった。 常に勃起していたし常に男とのセックスや精液を求めていた。 一日に何度もオナニーして耐えようと試みたが無理だった。 自分自身の精液を口にしてみても乾きは癒されなかった。 三十路も中盤の男が、日がな一日仕事もせずオナニーに耽る。自嘲の嗤いが自然と込み上がってしまう。 それでいて少しは抑えきれたのかと言うと、「結局はダメだった。カラダを透明にしては何度も男を襲っていたしな」 千尋が仕事に出かけている時、あるいは寝静まった頃合いに自分の精液を飲んでカラダを透明にし、旨そうな精液の持ち主を探しては襲い掛かっていた。 相手の不意を突く動きであった事と、クラゲ人間と化した後に増した筋力のお陰で腕っぷしが強そうな男であっても容易に組み伏せる事が可能だった。 また、麻痺毒を使えるようになったおかげで悲鳴を上げられることもなかった。 つまり俺は――人間に害を為すクラゲの「バケモノ」になったのだ。 ある時はジョギング中の学生を、ある時は一杯ひっかけていい気分になっている中年を、そしてまたある時は千尋が通っているジムの更衣室に忍び込み、逞しくて美味そうなガタイをしていたトレーナーや利用客の男たちを襲っては「食事」を行っていた。 抵抗が激しい時には麻痺毒を追加して動きを封じ込めもしたが、大抵の男は始めの内こそ嫌がるもののあっさりと俺の触手の快感に堕ち、見えないバケモノ相手に更なる凌辱を求めてくるのだ。 例えば、斎藤とか言うトラック運転手と水野と言うジムインストラクター、そして、「蓮田」と名札にあった警察官は透明状態が切れるぎりぎりまで俺のチンポや触手を求め、全身が精液とクラゲ由来の粘液まみれのドロドロになっても猶、行為の続きを求めて縋りついて来る程だった。 「……いや、これからの事を考えなくちゃならないってのに、何エッチな行為を思い出してんだよ俺は」 膨らみ始めていた股間を指先で弾き、まだ早い、昼間だぞ? とご機嫌を取る。 そうだ。 千尋は何故あんなにも短時間でクラゲの組織がカラダに定着したのだろうか?  さらに、千尋のカラダのクラゲ組織はどこまで千尋を「クラゲ化」するのだろうか? ヒトとしての部分はどの程度残るのか? 「常に触手が出っぱなしになったりしたら、とてもじゃないが仕事は無理だろうし外出だって不可能だ」 それだけじゃない。 俺のように性欲が暴走しやしないか。本当に卵を産卵するようなカラダに変化したのか。今後、ヒト並みの生活は維持できるのか。 「いずれにせよ生活するには金も要る。だが、俺が海洋調査員の仕事に戻るのはまだ無理だろう。性欲の制御がちっとも安定しないしな。 調査船の中で何日も過ごさなくちゃならないのに二日くらいで我慢が効かなくなってボロが出るだろう。 いくらか今までの貯えがあるとは言え何年もは維持出来やしない。千尋はまだ社会人になって2年目だからそこまで貯蓄があるとは思えないし」 肉体面、精神面、そして金銭面において不安要素がいくらも浮かび上がって来る。 さらには八木が日本に戻って来るまでの半年、その半年の間、千尋のカラダに更なる異変が起こらないか。 半年後に八木を捕まえられたとして千尋を元通りにできるのか、できないのか……。 悶々と思考の袋小路に陥りながら途中の駅にて成田発のスカイライナーから八王子方面行きの快速電車に乗り換えた。 ――と、思ったのだがこの時の俺はよほど周囲が見えていなかったようだ。 聞き覚えの無い停車駅を案内する車掌のアナウンスにハッと顔を上げた時には、動きだしていた電車は再び都心からかなり離れてしまっていた。 「うわ、ここ、どこだ? ◯◯駅だと?」 こう言う時、海洋調査員として長く南洋に居た経験が足を引っ張った。 要するに、海の事には詳しくなったモノの陸に関しては高校生、いや中学生レベルの知識すら無い、と。 窓から見える風景はもちろんの事、駅名を聞いても咄嗟にどのあたりか分からない。 スマホでなんとか調べてみてようやく現在地が判明する、という迷子ぶりを発揮した。 「う~ん、次の駅で降りて引き返すか」 乗り換え検索したスマホの情報を信じて次の停車駅で降りた。 そうして反対側のホームに行こうとして足が止まった。 「は? 事故により動いていない?」 張り紙の横に立っている駅員に尋ねた。 「ええ。先ほど踏切に進入した車が列車と接触しまして。人的被害は幸いな事に無かったのですが事故の処理に手こずってまして……」 「いつ復旧します?」 「それは、まだなんとも……。車をレッカーした後は線路の点検などもありますし……」 できるだけ千尋が帰ってくるまでには俺も戻りたい。ただ、こう言う時は焦っても無駄、という事を経験的に俺は知っている。 そもそも俺がぼんやりして乗るべき電車に乗らなかったのが悪いのだから、と切り替えて大人しく待つ。 しかし、待っている間に俺の腹の虫が鳴った。 「そういや朝から何も食ってなかったな。ザーメンとメシは別腹だしなぁ」 加えて、クラゲ人間と化した俺のカラダはかなりのカロリーを必要とする高コスト体質にもなっていた。 恐らくだが、いくらでも食べられた高校時代の頃よりも量を食べるようになっている。 意識が胃に向かうと余計に何か食べたくなる。今すぐ食欲を満たさずにはいられなくなってしまう。 「仕方ない」 初めて訪れる駅、そしてその街。 駅前はそれなりに繁華で賑わっている。飲食店など駅近くでいくらでも見つかるだろう。 ひもじい胃袋をなだめながら手頃な食事処を求めて歩く。 目に留まったのは「慰昆堂」と書いてある小さい木札が掛けられたドア。 何の料理を出す店かは判断できないが何となく招かれているような気がした。 もしも高級フランス料理店だとか「おまかせコース」しかない料亭だった場合はすぐにドアを閉めて去ればいい。 扉を押すと軽やかにドアベルが鳴った。 「お、いらっしゃい~。これはこれは、かっこいいお客さんだ」 「うん? ここは飲食店じゃない?」 ハズレだったか。 目に入ったのは骨とう品や和綴じの古文書、呪術的な雰囲気を湛えた人形や仮面、かと思えば隣には最新型スマートフォンやデジタルグッズ。 こう言う雑多な品物を扱う店を雑貨屋と言う事ぐらいは知っている。 カウンターに座っていた男が入って来た俺に向け声を掛けたようだ。とすると、この男は店のスタッフなのか。 「残念だけどここは飲食店ではないな。見ての通り、雑貨屋だ」 「そのようですね。じゃぁ失礼します」 「待った。ちょっと待ってくれ。ここに来るのは初めてなのだろう?」 「ええ。そうですが?」 「ならば偶然じゃ無くて必然だ。君はこの店に招かれ辿り着いたのだから」 「は? 言っている意味がちんぷんかんぷんなんですけど?」 上品なスーツを身に付けた眼光鋭い男性だ。年齢は俺と同じくらい。スーツ越しでもハッキリと分かる逞しい胸板の上にある顔は、男のセクシーさをむわっと匂わせるイケメン。 そんなイケメンが訳の分からない事を口にする。何て言うか、おつむが残念なイケメンなのだろうか? とは言え、千尋と結ばれる前の性欲暴走状態の俺だったら速攻で精液を奪いにかかるくらいの「高品質」な雄であることに違いない。 今すぐそうしないのは、単にそんな気分にならないだけの話だ。 「そんなにも警戒しないでくれ。ついでに言うと俺はこの店の者じゃなくて常連客の一人だ」 「なんだ。そっちも客だったんだ。取りあえず俺は腹が減っていて飲食店を探してただけ。雑貨屋なら用はないな」 変に引き止められて買わなくてもいい物を押しつけられては困る。とっとと出よう。 「まぁ、そうおっしゃらずに。コーヒーが入ったので飲んでいきませんか? もちろんお代は頂戴しません」 常連客のスーツの男とは異なる声を背中越しに聞いた。だが、今はコーヒーよりもちゃんとした食事を摂りたいんだよ。 「いや、コーヒーじゃ無くて俺はがっつりメシを――」 ドアノブに手を掛け今しも外に出ようとした俺の鼻にまろやかで香ばしいコーヒーの薫りが飛び込んだ。 ゴクリと咽喉が鳴った。 たかがコーヒーだぞ? 一杯くらい飲んだところで腹は膨れちゃくれないぞ? 料金は不要と言っているが飲みながら営業トークを受ける羽目になるのだぞ?  であれば答えは一つだ。『せっかくだけど遠慮しておきます』、と断るしかない。 ――なのに、俺の口から出た言葉は逆だった。 「じゃぁ、せっかくなので一杯ごちそうになります」 振り向くと銀色の仮面をつけた青年がカウンターの奥に居た。その青年が俺のためにコーヒーを淹れてくれていたようだ。 今の今まで常連客の男以外、気配すら感じなかったのが不思議だ。 もっと不思議なのはさっきまでこの店から出る気で満々だったのにコーヒーが飲みたくなっていた事だろう。 何故か? ううむ、思い付かない。ちんぷんかんぷんだ。空きっ腹がギュルルと鳴いてやがるのに。 「オーナーが淹れるコーヒーは絶品なんだ。俺が保証する」 常連のスーツイケメンがカウンターの椅子を引いてくれた。そこまで美味いコーヒーなのか、と期待値が上がる。 「へぇ。そりゃ楽しみだ」 オーナーと呼ばれる青年が妖しい仮面をつけているのは気になったものの、まずはと目の前に差し出されたカップに口を付けた。 「うは! 美味ぇ! こんな! こんなに美味しいコーヒーって! 嘘だろ!?」 物静かな店内で思わず大声を出した事を詫びた。それぐらい美味しかった。 「そこまで喜んで頂けるなんて。お出しして本当に良かった」 飲み始めたら止まらずあっという間にカップを空にしてしまった。 「おっと、いけね。つい一気に飲み干しちまった」 「お代わり、まだまだありますから。どうですか?」 銀仮面のオーナーがたっぷりと残っているコーヒーサーバーを俺に見せた。 「良いんですか?」 「ええ。もちろんです」 俺はすぐに二杯目を所望した。ついでにどうぞ、と出されたジャムサンドもまたこの上なく美味で、薫り高いコーヒーと絶妙の相性だった。 「ふぅ……。サンドイッチまで頂いてしまって本当にありがとうございます。しかし、これも無料でいいんですか?」 「もちろんです。お代など頂きません。ここは飲食店ではありませんし」 「そうそう。ここはオーナーが気まぐれに開いている雑貨屋さん、ですもんね?」 隣に座ったスーツイケメンが恐縮する俺を和ませるかのように絶妙の間合いで会話に入って来た。 量的には全く足りない筈なのに空腹感が激減した俺は、ようやく落ち着いた目で店内やこの場にいる人物を見渡した。 銀仮面のオーナーは声が若く感じるから俺よりも年下だろう。仮面を付けているのは何らかの理由があるに違いない。酷い火傷あとが残っていてそれを隠すため、あたりか。 隣に座るスーツイケメンは、間近で見てもやはり性的な魅力をたっぷりと湛えた「雄」を感じさせる男だ。 鋭い目をしているものの視線が合えば「ふふ」と微笑し「かっこいい」プラス「かわいい」まで加味させる。見ていたこっちが照れてしまうじゃないか。 「――い、いやぁ、なんつーか、雑貨屋さんらしく色んなものがありますけど、良い雰囲気ですね」 おべっかなんかじゃない。 様々なアイテムが所狭しとごちゃっとしている割に、圧迫感も乱雑感も無い。不思議な調和が感じられる。見ていて飽きない。 「ありがとうございます。新しいモノも古いモノも、そして洋の東西を問わず店頭に並べているだけ、なんですけど、お客様には そのように感じられるんですね? アイテムたちも喜んでおりますよ」 「あははは。まるで商品が生きているような物言いですね。オーナーの仮面もユニークだし、とても面白いです」 「面白い、と言えばお客様も相当じゃないですか? 人間じゃない方を店内にお招きするなんて本当に久しぶりですし」 「は?」 「おや、いけませんね。言い方がよろしくない。人間じゃない、ではなく別の生き物が混ざっている人間、と表現するべきでした」 「オーナーは時折天然ぶりを発揮してくるけど悪気は全く無いから気にしないでやって欲しい」 スーツイケメンがやんわりフォローを入れる。 だが、ソコじゃないだろ?  気にしないでくれ、と言われたって気にするに決まっている。オーナーが天然だ、という部分じゃ無く。 「ど、どうして? 何でそんな事が分かるんだ?」 銀色の仮面の奥を覗き込むように見上げる。 瞬間、背筋がゾクリとした。 何故俺が、普通の人間じゃないと、くらげと融合した「くらげ人間」だと分かった? 天に誓ってもいい。俺はオーナーともスーツの男とも初対面だ。 「何でか、って? そりゃぁ、こう見えて私、人間観察は得意ですから。それに、人間じゃないお客様と接する事もありますし」 「ダメだよ雲居さん。それじゃあ余計にお客さんを混乱させるって。ほら、今にも逃げだしそうな顔になってるでしょう?」 そうだ。逃げないと。何かヤバい。この店も、オーナーも。 俺はイスから腰を浮かし靴のつま先の向きを斜めにしていた。 隙を見て、ドアの向こうへ。俺の秘密、俺の正体を見破った二人から逃れなくては。 「申し訳ありません。回りくどかったですか? 須崎さんから見ても?」 オーナーに須崎と呼ばれたスーツの男は首を左右に振った。 「違いますよ雲居さん。このお客さんにその言い方だとストレート過ぎるんだ。まずはお客さんの話をうかがってから、にした方がいいと思わない?」 「ああ、そうだったんですね? つい私とした事が。――こほん、失礼しました。当店にいらっしゃったお客様は、いずれかのアイテムに招かれた、アイテムと縁を持つお客様です。そのアイテムが何かは、お客様の事情をお聞きした上で私が最もふさわしいモノを紹介させて頂いております。 さて、前置きはこれくらいにしてお客様が抱えておられる事情、私にどうぞ聞かせて下さい」 「え? いや、俺は……」 須崎が俺の背後に立ち肩をぐっと押さえた。 「大丈夫。何も恐れる事は無いさ。むしろ君にとっては何らかの解決策になるだろう。オーナーは決して悪いヒトじゃない。いや、ヒトでは無いと言う意味においては君よりも濃厚に人とは異なる存在だけども」 「は、はい?」 カウンターに三杯目となるコーヒーが置かれた。 ふくよかな香りが猜疑心で固くなった心に浸み込んで、ほぐされて、俺は、俺は……、おれ、は―― ◇  「……で、千尋まで俺のせいで八木の処置を受けちまって、必要じゃないのにクラゲ組織を植え付けられ俺と同じクラゲ人間になっちまった。 ああ、ようやく俺が人間じゃなくても好きだと、クラゲのバケモノでも良いと、俺たち結ばれたってのに……。 何とか千尋には元の、人間のカラダに戻ってもらいたいんだが処置した八木がいなけりゃ俺にはどうする事もできない。 でもって八木は半年経たなきゃパリから戻って来ないらしく、その間に千尋の身に何かあったら、と思うといても立っても居られないんだ」 「なるほど。そのような事情だったのですね」 「ああ。俺はともかくアイツだけは、千尋だけは護ってやりたい。俺が八木の処置を受けたのもよくよく思い出せば千尋と会えなくなるのが嫌だったから、って……、え? ――ええっ!? 俺、なんで初対面のあんたらにべらべらと洗いざらいぶちまけてんだ!?」 「まぁまぁ。そこは気にしないで」 とは言え、他人が聞きゃ与太話もいい所。到底信じられる訳がない。クラゲ人間だの透明化だの漫画やアニメの見過ぎと笑われるのがオチだ。 「しかし、なるほどねぇ。中々な厄介な事情だな」 嘘だろ? 疑いも無く信じてんじゃねぇか。腕を組んで俯く常連客の須崎は心底俺を心配してくれている、ように見える。 「そうですねぇ。この世で一番難しいのは『元通り』にする事、かも知れません。カラダにせよ心にせよ、他者との関係にせよ」 須崎と同じく全く疑っていないオーナーが神妙に呟き、次いで俺を注視する。 仮面の奥の瞳は暗くて見えないが、瞳がまっすぐ俺の方へ向けられているのを感じる。見た目からして謎めいているけどこの人たちを信じて良い、のだろうか? 「一つ、提案したいアイテムがございます」 オーナーは棚から小さな木箱を下ろした。 蓋を開けるとどこにでもありそうな丸くて白い石が二つ入っている。ウズラ卵を一回り大きくしたくらいだ。 「このアイテムは『ピグマリオンの精巣』と呼ばれております」 「精巣!? つまりそれって……」 「俗にキンタマ、とも称されるモノですね」 ですよね!


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