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鷹取リュウゴ
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変新性活 インモラルグローブ 11

11とある「元」社畜が語るのは 桜舞う道。おろしたてのスーツを着て歩く多くの学生たち。 そうか。今日は大学の入学式なのかぁ。 俺にもこんな時代があったんだよな~。 卒業して8年しか経ってないのに遥か大昔に感じるよ。  「ちょ!? 待って……、ねぇ、あの人、怜音(れおん)に似てない?」  「ホントだ! 怜音よねきっと! 思い切って握手、お願いしちゃおうか……」  すれ違った袴女子の声を耳にした俺は掛けていたサングラス越しに周囲を窺った。 何人かの女子が俺の存在に気が付き、ちらちらと視線を飛ばしてくる。 ……うん、これはマズい。 俺は声を掛けられる前に速やかにその道を後にした。  「お忍びでの探索ってのはやっぱり限度があるね」 これほど人目が多いと少々厄介な事になりそうだ。今日の所は引き上げて改めて出直して来よう。 通りかかったタクシーを停めて乗り込む。 行き先を告げると春色に霞む街の中へと車は走り出した。 ◇  俺が本名のままモデルデビューしたのは2年ほど前。 モデルになる前、大学を出てすぐに入った勤め先はいわゆる超の付くブラック企業だった。 身も心もボロボロになり、夢も希望も将来を考える思考力も摩滅し、人間ではなくロボットそのものになっていた俺。 いつも通り給料に反映しない残業を長時間こなし、くたびれ果てたままバスに乗り込み、一瞬まどろんでから降りたらそこは見知らぬ場所だった。 「どこだ? ここ……」 幸いなことに戻りの最終バスはまだあった。 が、一時間近く待たねばならない。バス停の周囲には戸建て住宅やマンションしか見当たらない。 いかにも郊外の住宅地らしい光景。 喫茶店でもあれば助かるのに、と思って眺めていると近くにまだ営業中っぽい雑貨店を発見。 ベンチの無いバス停の前に一時間も立つくらいなら雑貨でも見てた方がマシではないか。 木のドアを押し開け中に入って見る。時間が時間だからもう終わってるのかと思いきやドアは開いた。 アフリカの部族面やケルト紋様のタペストリー、神獣が彫られた銅鏡があるかと思えばスマートフォンやCMで宣伝中のゲーム機も。 古伊万里の絵皿の横にはワインレッドが美しいベネチアングラスが並んでいる。 時代も産地もごちゃまぜで、骨とう品の横には派手めな男性用下着も陳列されている。 「いらっしゃいませ」 物静かで、それでいてふんわり温かみのある声が店の奥から聞こえた。 「すみません。何のお店か分からずに入ってしまって。もうすぐ閉店の時間ですか?」 「いえ。お客様がいらっしゃる間は営業時間です。特に決まってはおりません。もしかして次のバスをお待ちですか?」 「はい。その通りなんです。一時間も待たなきゃダメみたいで。いたらご迷惑でしょうか?」 「いえいえ。お気になさらず。バス待ちの時間つぶしにご来店されるお客様もいらっしゃいます」 鼻先に良い香りが流れて来た。上品なコーヒーの薫りだ。 「いかがですか? コーヒーをお淹れしました。もちろんお代はいりません」 「いいんですか?」 咽喉が鳴った。図々しいじゃないか、ともう一人の俺が言う。 「はい。お嫌いでなければ」 ここで初めて声の主を注視した。すると、店奥のカウンターで銀色の仮面をかぶった男が微笑んだ。 正直、少しギョッとした。だが、カウンターの上には湯気をくゆらせたカップが俺を誘う。 「驚かせてしまってすみません。この仮面は顔の傷を隠すために着けているのです」 「そ、そうなんですね」 「さぁ、冷めないうちにどうぞ」 勧められるままにカウンター前の席に腰を下ろし、艶やかな褐色を湛えるカップを傾ける。 「あ、美味しい……」 飲んだ瞬間、意識が洗われた気がした。 「お口に合った様で良かった」 「こんなに美味しいコーヒー、いえ、コーヒーが美味しいなんて事、今まで忘れてました。それをこのコーヒーは思い出させてくれた。 俺、仕事中にコーヒーなんて何度も飲んでいたのに。美味しいともマズいとも感じて無かった」 「よほどお仕事に集中されておられたようですね」 「集中……? いえ、むしろ……」 何故か俺は初対面である雑貨店の主人に自分自身の事を洗いざらい話していた。 コーヒーを飲むごとに堰を切ったようにあとからあとから言葉が溢れていく。 仕事が辛いのに、早く辞めたいのに、朝になると頭の奥が麻痺してゾンビのように出社し上司にも客にも詰められる。 そうして辞めようと思う気持ちも、その他の感情も薄れてなにも感じなくなり自分が自分ではなくなっていく。 「……それで俺は、アイツとも別れちまって、ほんとうに一人ぼっちになって、仕事をこなすだけの機械になっていたんです。 このままじゃもっとダメになるって分かってはいるのに……、今の暮らしを、自分を変えなくちゃもっとダメになると分かっているのに……」 「お別れした彼氏さんに未練は?」 俺は首を振った。 アイツって言っただけでどうして相手が男だと分かったのか若干気にはなったが、話しのどこかで俺が男しか好きになれない人間だと言ったのだろう。 「もう、無いです。連絡先どころか顔も思い出せない。ただセックスさえできれば良かったんでしょう」 「そうなんですね」 雑貨店の主人は俺の話を否定も肯定もせず、ただ静かに、じっと耳を傾けていた。 「すみません。つまらない話しを長々と聞かせてしまって」 「いえ。私はつまらないとは思いませんでした。お客様がどのような方かを知るのはとても楽しいですから」 「でも俺の身の上なんて本当につまらないですよ」 「ダメになる前にお客様は、今の生活や自分を変えたいと?」 「思ってはいますが、そんな情熱、何年も前に失ってしまいました。俺の人生はこのままずっと変わらないでしょう」 「……そんな事は無いと思います。お客様の中にくすぶっている熱意、欲望、色んなモノ、ご自身では気付いておられないようですけど、ちゃんと息づいて存在しておりますよ。 なので、それらを刺激して目覚めさせてあげてはいかがですか? もう一度起こして上げれば夏美さんはきっと変われます」 いやに食い下がるんだな、と銀仮面の主人を見やる。しかも俺、また気付かない間に下の名前まで喋っていたんだ。 雑貨店の主人はカウンターの上に二つの薄い紙袋を置いた。 「この子(商品)たちがあなたの元に行きたがっているようで。引き取ってやってもらえませんか?」 「なんですか? これは」 「中には『コピーグローブ』が入っています。一つの袋に一枚ずつ。左右一対なので二枚」 「グローブ? 手袋、ですか」 真冬では無いから欲しいとは思えない。 「おいくらかは分かりませんが手袋はいりません。それに、金もそんなに持ち合わせていないですし」 「お代は……、そうですね、コーヒーと同じく不要と言いたい所なんですが――」 「さすがにタダじゃないでしょう?」 「はい。タダではありません。この商品はインキュバスの精液とピンクスライムの粘液を元にして稀代の錬金術師が錬成した面白い手袋なんです。夏美さんでしたらお役に立てるかと」 雑貨店の主人は『コピーグローブ』なる手袋の使い方や効果を俺に語った。 そして、心底驚きはしたものの冴えない俺を励まそうとするあまりの冗談、つまりは嘘だろうと受け止めた。 「ええ、構いません。お客様が信じるも信じないも。また、使うも使わないもご自由です。念のため一つ注意を。手袋なので二枚一組なんですが、普通の手袋のように左右を同時に使うと喧嘩して効果が消えるそうなので使う時は一枚だけ、 片方だけにしておいてください。 改めて使い方や詳しい説明を確かめたくなりましたら手袋と一緒に封入されているペーパーをご覧ください」 口許に微笑を湛えながら銀仮面越しの真顔で怜音に告げる。 「いえ、やはりこの商品は買えません。本当に持ち合わせなどありませんし」 今日も「いつも通り」上司に業務上のミスを脅され、俺個人の金で補てんしたから持ち合わせなんかほとんどゼロ。 ミスそのものが俺のせいではなくこの会社のいい加減さに由来していると知りながら怒鳴られるのを避けるため、言われるがままに自腹でなんとかしていた。 「この商品のお代は、後日私にどのような体験をされたか、お話に来て頂く事、です」 「……は?」 「このアイテムを使ってどんな経験をされたか聞かせて下さい」 「え? お金じゃなくて話しにくる、ですか?」 「そうです。ご足労願って恐縮ですが、またこちらまでお越しください」 「本当にそれだけ、ですか?」 「ええ。それだけです」 悪質な詐欺だろうか? 受け取ったが最後、あとから法外な請求が来るのではないか? ただ、もしかして、本当に雑貨店の主人が語ったような効果があるのなら……、いや、ある訳がない。 自分のモノや他人のモノをコピーして貼りつけられるなんて。 でも、本当にそれが可能ならば……、俺は、変われる……。変わりたい……。惨めな「今」から少しでも抜け出したい。 「分かりました。ではこの商品を――」 二枚の紙袋を手に顔を上げた。 すると、銀仮面の主人の顎にぱっくりと裂けた傷口が見えた。 「この商品を買わせていただきま……、ひっ!?」 傷口の内側、何だアレは……。びっしりと生えた獣毛? どうしてそんなモノが皮膚の下にあるんだ? 「おっと。いけませんね。お客様、何を御覧になったかは存じませんが、本日の営業はここまでにさせて頂きます。 そろそろお乗りになるバスも来る頃ですし。 さぁ、お使いになられましたら必ず当店にお越しください。いいですか? 必ず『お支払い』に来て下さいね」  「…………はっ!?」 一瞬、目の前が暗くなった。 そして再び目を開け周囲を見れば、バスの中に居た。 「お客さん、どうかされたんですか?」 「えっ!? い、いや、何でも……」 腕時計と行き先表示を見れば確かに乗ろうと思っていた最終バスに間違いない。 ほんの5、6時間後には再びくたびれたスーツを着て出社するのだが、それでも帰宅するため乗り間違えたバスから正しい帰路へ戻るために。 「俺は……、俺は今まで何を? どこで何をしてた?」 乗るべきバスを間違え、そして、再びこのバスに乗るまでの間、俺は……。 胸のポケットでカサリと音がした。 気になってポケットに手を入れると中から二枚の封筒、いや、紙の袋が出て来た。 中身は――「こ、これは……」 薄いピンク色の手袋が一袋に一枚。合計二枚。 ようやく記憶がおぼろげによみがえってきた。 俺は確か銀仮面を付けた主人のいる雑貨店に居た。そして、不思議な効果を持つと言う手袋をもらった、いや、買ったんだ。 手袋の代金は「もう一度あの雑貨店に赴き、手袋を使ってからどんな体験をしたのかを銀仮面の主人へ伝える事」 だが、バス停の名が思い出せない。 どんな名の店なのかも分からない。 周囲の風景もあやふやで……。 「だけど、夢なんかじゃない。この手袋があるのが証拠。なら、不思議な効果も本当に……」

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