1空転 「それじゃぁ皆の近況を教えてもらおうか?」 放課後の空き教室に集う俺たち。 タケルも俺もショウの視線を受けゴクリと咽喉を鳴らした。 「では俺から。『松原 タケル』! この2か月間のアタックも空しく玉砕しましたぁっ! しばらく再起不能っ! ぐっはぁ!」 「次! トキオッ!」 「イエッサー! 『河島 トキオ』! アタック以前にターゲットが見当たりませんっ! 戦線に復帰できませんでしたぁ!」 タケルが「では最後に、ショウ閣下! お願いしますっ!」と言うと、ショウは席を立って頭を深々とさげた。 「無念であるっ! 目標はすでに! すでに未知の敵に確保されていたのだっ! ダメージ甚大! 兵站維持できず! 戦闘不能なりっ!」 「な、なんという……、まさに恐ろしい……」 「閣下までもが、惨敗でありましたか……」 俺もタケルも頭を抱えるショウを直視できずため息を漏らす。 爽やかな風が吹き抜ける教室には俺らしかいない。 そこで何をやっているのかと言うと、彼女ゲット大作戦の結果報告会を行っていたのだ。 小学校からずっと仲良しの俺たち三人組。試験前の追い込みから夜のオカズまで何でも教え合ってきた大事な仲間。 高校に入ったら俺も含めて彼女が欲しい、セックスやりてぇが口癖になった非モテ童貞の同士でもある。 窓から吹き込む風と共に港から出て行く漁船の音が聞こえてきた。 眺めると漁にはもってこいの青い空。波は静かで空よりも青い海面すれすれを海鳥がのどかに飛び交っている。 『久方の 光のどけき 初夏の日に しづこころなく 傷をなめ合う』……か。 「あ~、マジか~。俺もだがお前らもまた童貞記録を更新しちまったのかぁ~」 シンプルにフラれてしまったタケルが無念さを吐き出す。 「今回はかなり良い感じだったのによぉ~。まさか大学生の彼氏持ちだったなんて……。うぅ、俺は、俺は悲しいっ!」 良い報告ができそうだとドヤってた先週のショウの笑顔が切なすぎる。 「むぅぅ、タケルとショウに比べたら俺はまだマシなのかもな。気になる子が見つからなかっただけだし」 「トキオッ! のん気に構えている場合かよ! 出会いが無いのはもっとピンチだと心得よ!」 「受け身じゃ何も始まんねぇぞ! まず接触対象を増やしていなければチャンスなんか来ねぇ!」 二人のルーザー(敗者)にそんな事言われてもなぁ、と思うものの、確かに、と納得する部分も無きにしも非ず。 高校三年になって早や二か月が過ぎようとしている。 それぞれ彼女ゲットに向け努力はしていた。 スポーツに励み、勉学にも取り組み、女受けを意識した身だしなみにも意識を向け、その甲斐あって落ちこぼれることなく受験の波に乗って行ける見通しも立った。 だが―― 『大学に入ってから彼女を作れば良い、な~んて考えは甘いっ! のんびり気楽にしていた結果はどうだ? 俺たちの今、この惨状をどうみる? 周りは次々とハートを瞳に宿し歓喜に沸いている中、俺らはずっとお寒い童貞街道ばかり突っ走っちまった。 焦りは禁物だが時間は有限。ぼちぼち急がなければ大学に行っても高校の二の舞になるのは火を見るよりも明らかだと思わないか? だからさ、高校生活における最終年次になった今こそ本気を出そうじゃないか!』 二か月前のショウはこんな風に言って拳を突き上げ、俺にも自分にも発破をかけていた。 なのに、……なのに、だ。 成果は誰も掴めていない。保留案件すらゼロのまま。 持てる魅力の棚卸しは幾度もやって来たが、果たして今回の敗因は一体何なのだろうか。 「俺ら、マジ親友だよな?」 唐突に、前後の脈絡もなくショウが不気味に呟いた。何が言いたいのだろうか? 「ああ。その通りだ。天は我らを見放しても俺はお前らを見放さない」 タケルまで。 ショウの変なテンションに乗っかるんじゃねぇ。嫌な予感しかしねぇからさ。 黙っていたら二人の死んだ魚みたいな目が俺に向けられていた。そんな! 俺もかよ? 「ショウもタケルも俺の大切な友である。俺らの友情は不変。唯一無二の刎頸の友よ」 読みたくはないが空気を読んだ。そして、仕方が無いのでそれっぽい言葉を並べて合わせておく。 ショウが俺とタケルの手をグッと掴んだ。 「俺は! 俺たちは! ここに同盟を締結する! かくなる上は抜け駆けはしない、と! 高校卒業まで俺たちは童貞を貫く! もう彼女なんていらねぇ! なぁ、そうだろ? タケル! トキオ! お前らも同盟に加わってくれるよな!」 おいおい、二か月前と言ってる事が真逆じゃねぇか。 「ショウ! さすがだぜ! 俺も同じ事考えてた! 俺らの魅力を理解できる女が現われるまで潔く童貞を護っていこうぜ! 待てば海路の日和あり、だ!」 タケルよ……、窓から出港する漁船を見てそのことわざを思い出したんだろ? でもま、俺みたいに出会いすら無い奴からしたらショウもタケルも勇敢だよ。尊敬するよ、そのアグレッシブなとこ。 「了解だ。俺も加わろう。3人そろって『童貞同盟』の結成だな。この二か月、どうやら俺たちは焦って空回りをしていたんだ」 握り合う手が一段と強く堅くなっていた。 「ようし! 恋はお預け! セックスも取り置きだ! 性欲の解消は右手とオナホで処理して行こう!」 ◇ そんな不毛な会議をしてから2週間が経った。 例によって空き教室に集まった我ら『童貞同盟』三人衆。 口火を切ったのはまたもやショウだった。 「さてさて、同盟の皆さん。俺から大事なお話しがあります」 机に肘をついて手を組むショウ。いっぱしの策士か紳士気取りか? 「おや? 何でしょう? 良い知らせですかな?」 調子の良いタケルは大抵ショウに乗っかるんだよな。 「いや、もうそう言うのはいいから。早く頼むって」 こうやって俺はツッコんで落とすのがいつものパターン。 「んだよぉ、トキオはつれねぇなぁ。大事な話しってのは、俺ら童貞同盟の結束をより強固にできるアイテムをゲットした、って内容だ」 「アイテム?」 「結束を強固に?」 俺とタケルのポカン顔に満足したのかショウはニンマリと微笑んだ。 「ああ。聞いて驚け! ジャジャーン!」 ショウは鞄の奥底からハンドクリームの容器を取り出した。冬場以外はあまり必要じゃないだろうに。もう6月なんだが? さすがにタケルもどう返していいか迷っているようだ。 二人して口を吐いて出たのは「夏に向かっては手荒れ防止よか日焼け止めのほうがまだ……」、的な意味合いの言葉。 「おいおい、ハンドクリームなんか出す訳無いだろ? こいいつはな、童貞膜をつくるクリームなんだ」 「「童貞膜!?」」 ニュアンスではなく文字通りタケルとハモった。 蓋も側面もローマ字しか見当たらないクリームの容器。外国製なんだろう。 「うひひ、そう。『童貞膜』だ。分かりやすく言うと女の処女膜の、男版さ」 「いや待て、分かりやすくなってないから」 タケルもさすがにツッコむよな。 「そうだそうだ。俺たち女じゃないしマンコも無いのにどうすんだ」 ショウは俺とタケルを手で制した。 「まぁまぁ、同盟諸君よ。落ち着きたまえ。先々週の同盟締結を経て俺は考えていた。卒業まで童貞を貫く。足並みを揃えて抜け駆けなどしない。そう誓い合った。 だが、所詮は形の無い言葉だけの机上の空論、儚い口約束でしかない。違うか?」 ……ショウよ。 言い出しっぺのお前がそこまで言うか? まぁ、ややこしくなりそうなのでこの場は黙っておいてやるけど。 「だから俺は考えた! 俺らの約束を! 誓いを目に見えるカタチにしてやれないか、と。そうしたらうってつけのモノがあったんだ。そいつがコレ。 ジャーン! 『チェリーエイド』~! こいつは誰かとセックスすると破れる膜を作るアイテムなのだ!」 「なるほど。それで処女膜じゃなくて童貞膜」 「……ええと、つまり?」 タケルは何か納得したようにうなずいたけど、俺はまださっぱり。 もうちょい追加説明プリーズ、カモン。 「俺の英語力フル回転で訳した内容をかいつまんで言うと――」 『チェリーエイド』を適量、指で取って性器(要するにチンポ)に塗布すると、薄い皮膜となって性器を覆う。 その皮膜は自分の体液では溶けたり破れたりしないけど、自分じゃ無く他人の体液に触れると容易く剥がれてしまう。 なので性器が誰かと性的接触を行うとすぐに「ヤった」のかどうかが分かる、と言うシロモノらしい。 「――だもんで、自分の小便や精液なんかじゃ落ちたりはしない。あくまで誰かとのセックスや性的な接触によって相手の体液が付着した場合にのみ失われる」 それってつまり、ただ単にセックスしたかどうかを判別するテスターじゃね? 「チェリーエイドで童貞膜を作っておけば俺たちの中の誰が抜け駆けをしたのか一発で見破れる。もちろん俺はお前らを信頼しているから裏切る真似なんて決してないだろう。 それでも魔が刺す事もあるかも知れない。折れそうな心を、薄らぐ意志を、倒れそうな理性を、保ち支える抑止力として童貞膜を作り、お互いを見張り、ゲフ、ゲフン、ではなくて、見守り合おうじゃないか」 もしもーし? それっぽい言葉で飾り立ててはいらっしゃるようですけど、何言ったのかご理解できてござるかー? 今の発言は矛盾だらけだぞ~? 信頼してんならお互い見張る必要も抑止力もいらねぇよな~? 「ふむ。良いアイデアだ。俺は賛成」 は? マジかよ、タケル、ここはせめて反対してくれよ。 「ま、待った待った。そんな膜でチンポを包んじまって大丈夫なのか? 小便や精液で剥がれないほど強力に張り付くんだろ? おかしな事にならないか?」健康不安の視点から異を唱えさせてもらう。 自己練だけでいざ本番って時にチンポが使えなくなったりしたらどうすんだ? 悔やんでも悔やみきれないぞ? 「そう言うと思ったからあらかじめ俺自身の身体で実験してやった」 立ち上がったショウが念のため誰も居ないかを確かめてからスラックスのチャックを下げ、中からチンポを引っ張り出した。 「うわぁ……、えっぐぃな……」 「黒っ! 真っ黒だ!」 ショウのチンポは真っ黒だった。つやつやと光を反射していて、まるで黒いゴム膜が覆っているように見える。 竿だけじゃなく玉袋まで黒い皮膜で包まれていた。 「三日前から使い始めてみたが痒みも痛みも何も無い。違和感すら感じないな」 仮性包茎の先端をひん剥けば黒い亀頭がヌゥ、と出て来る。 「小便も出したしオナニーもしたがこの通り。童貞膜は全くビクともしない。風呂に入っても変化なしだ」 「ホンマすごいやん。真っ黒なチンポってめっちゃエロいんやなぁ」 どこ見てんだよタケル。しかも部分的に関西弁変換って。 「な? 凄ぇだろ? こうやって膜で覆っておけば俺も含めて抜け駆けしたヤツは誤魔化せないのさ。使い方は簡単。適当に取ってチンポに塗るだけ」 ショウから『チェリーエイド』を受け取ったタケルは「なら俺も早速」と、ズボンを下げ、露出させたチンポにヌルヌル塗りつけてしまった。 クリームそのものは白いのに、チンポに塗られてしまうとたちまち黒く変色。空気に触れても指先に乗せていても変色しないのに。ちょっと摩訶不思議だ。 「ほら、次。トキオも塗って童貞膜を作っておこうぜ」 タケルが俺に『チェリーエイド』ポンと寄越す。 こうなると俺もこの場で塗る流れ、になるよなぁ。 ちょっとため息をついてから俺も股間を晒し、チンポとタマにクリームを塗ってやった。ほんと、友情ってなんか奥深いよな。涙を禁じ得ないよ。同調圧力って素晴らしいなぁ(皮肉) 童貞膜を作るクリームを塗り終えて黒光りするチンポを見下ろす。すまぬ、我がムスコよ。このような姿にさせちまって。 心の中で詫びているとケツをグッと押し拡げられた! 「うわ!? 何すんだ! てめぇ!」 尻を引っ込める前に素早く差し込まれた指が俺の肛門をヌリュンと撫でた。 「はひぃぃ!?」 「これで良し」 幸いにも肛門を撫でるだけでそれ以上の侵入は無かったが、あまりにも無体な仕打ちに俺は抗議した。 不意打ちとは卑怯なり! 人の心は無いのか! 「そんな怒んなよトキオ。いやさ、性的接触ってよく考えたらケツを使う事も有り得るな、と気付いた訳」 「有り得ねぇよ! 俺もお前らもホモじゃねぇだろうが!」 タケルとショウが苦笑いを浮かべて俺の肩を掴んだ。 「な、なんだってんだよ?……、気味が悪いな……」 「あのな? よく聞いてくれ。俺もタケルも、お前もさ、性欲が半端無くなっちまったら何をやらかすか分かんねぇだろ? もう女じゃなくて男でもいい、なんて思っちまうかも知れねぇ。 欲に目がくらんでケツを差し出しちまうかも知れねぇ。 だがな、それでもセックスはセックスだ。そうだろ? 相手が男でも抜け駆けは厳禁。童貞同盟に例外は存在しない。 故に、ケツにも童貞膜を張っておいた方がいい、と思ったんだよ俺は。たった今閃いたんだ」 言いながらショウもタケルもケツを出して自分の指を差し込んでいる。 もちろん指先には童貞膜を作るクリームを乗せて、だ。 「それはそれとして、だ! 不意にケツ穴を触られたらビックリすんじゃねぇか!」 肛門への塗布を終えズボンを引っ張り上げた二人がじろりと俺を見る。 「な、なんだよ……」 「なぁ、トキオって可愛い声出すんだな?」 「俺も思った。トキオとならヤれんじゃね?」 う、嘘だろ? ショウ? タケル? お前らこそ、正気なのか? 「……ば! ばば、ばかやろうっ! お前らこそ俺を変な目で見んじゃねぇ!」 性欲が半端無くなって暴走しかけてるのはお前らだったんじゃないか! 自分の事を棚に上げて「万が一」とかマジでクソだろうが! 「……いや、やっぱ女じゃないから無理だわ」 「だよな! トキオにツッコんだらチンポが折れちまいそうだ」 ショウもタケルもガッハッハと笑っちゃいるけど、マジでビビったぞ俺は。 だって、さっき俺を見つめた二人の目がマジモードだった気がしたからさ。