染野と笛吹のネット販売戦略に協力を続けている俺。 隣に住んでいたインフルエンサーの助言と提案を受けてとある学園において生徒から直に聞き取りをさせてもらえることになった。 学園に向かったら向かったで入り口に到着したら急に染野と笛吹の姿が見えなくなった。 ちょいとギスってるっぽい二人の事だから本格的にヒートアップしてやしないかと焦ったものの意外と和やかな雰囲気で戻って来やがった。 立ちションくらいでほっこりできるのかは分からんが。良しとしておこう。 さて、今回俺たちを案内してくれるのは磐城と言う美術科担当の教員だ。 眼鏡が似合うお堅い雰囲気の見た目。 警戒心をそのまま乗せたような堅い表情だったがこちらの話はちゃんと聞く耳をもっておられて一安心だ。 さて、いよいよ生徒たちから生の声を聞いて回るのだがその前に、話の流れ的に磐城先生の作品に触れる展開になった。 それはそれで別段どうってことはないのだけれど、実際に磐城先生の作品を目にした俺はその卑猥さ、いや、特色にとても驚いていた。 もちろん営業スマイルでもって微塵も驚いた雰囲気は出さないように努めたが……。 * 明けましておめでとうございます! 今回はエロシーンの無い幕間的な展開が主となっております。 ただ、キャラの秘密に触れる部分が含まれてますので是非読んで頂きたいと思っております! それでは、本年もどうぞよろしくお願いします! 皆さまにとって、今年も良き一年でありますように! ****** 6美術教師・磐城 人気ユーチューバーかつインフルエンサー『ZINC(ジンク)』こと、お隣さんでもある梅室さんと対面した翌日、 キャンプ用品メーカー「ポラリス」に出社した俺が席につくや否やスマホに一通のメールが舞い込んだ。 『おはようございます梅室です。昨日はお越しくださいましてありがとうございました。早速本題に入らせて頂きます。 こちらの提案にて高校生たちの生の声を聞いてみて下さいと申し上げましたが、どの高校へ赴くか目星は付いておられますか? まだ白紙の状態でしたら私の母校、彗星学園高校にて調査してみてはいかがかでしょうか。こちらの高校であれば私がお世話になった 教員とすぐに連絡が取れる状態ですので、その教員を通して高校内で動けるよう手配が可能です。いかがでしょうか? ご返事待ちしております』 シンプルなメールながら梅室の言いたい事は明確だった。 要するに「ひと肌脱ぎますよ」と言ってくれている。 昨日の話し合いだとなんとなく突き放された感があったけれど、こうやってフォローしてくれるのだから少なくとも気に入られたに違いない。 染野と笛吹にもこのメールを見せた俺は、ただちに『よろしくお取り計らいください』と梅室に返事を送った。 ◇ 「思ったよりも展開が早いですねハル先輩。とんとん拍子どころか連打ですよ連打」 言いながら親指をクイクイ動かしている染野。コントローラーのボタンを押す動きなのはゲーム好きな染野らしい喩えだ。 「おい、ビシッとしとけよ染野。もうすぐ彗星学園に到着するんだ。せっかく梅野氏が用意してくれたチャンスをふいにする気か?」 笛吹が言う通りもう目の前に学園の正門が見えている。 「まぁ、笛吹もそこまでカリカリすんなって。チャンスは確実にものにしたい気持ちは分かるけど、染野に当たっても仕方が無いだろ? なんかイヤなことでもあったのか分かんねぇけどさ」 正門の横に守衛室があった。 「俺が行ってくる」 その間にさっさと仲直りしておけよ、と一言いい残して小さい通用口の柵をくぐった。 「失礼いたします。本日来校の上、美術科の磐城先生にこちらをご案内頂く予定になっています『ポラリス』の四万、と申します。 後ろの二人も弊社の者です」 守衛室の中の警備服を身に付けた初老の男が眼光鋭く俺たちを一瞥し、手元のバインダーを一枚めくった。 「はい、確かに。来客予定にお名前が確認できました。念のため身分を証明できる物はお持ちですか?」 俺は顔写真入りの社員証を守衛の男に提示した。 「ありがとうございます。それでは、こちらの名簿に皆さま全員のお名前と、御社の電話番号をご記入ください。 それから、学園内ではこちら『ご来賓』の氏名札を首から下げておいて下さい」 三人分の氏名札を預かり染野や笛吹の分の名前も記入して振り返ったら二人の姿が消えていた。 「は? いない? アイツらどこに?」 「どうされました?」 「あ、いえ、向うの自販機にドリンクでも買い行ったんでしょう。すぐに戻って参ります」 俺は焦った。 マジでアイツら仲直りじゃなくて喧嘩してんじゃないか? と。 ◇ 「……笛吹先輩もヴァンキッシャーだったとは驚きっすよ」 「うっせぇ、それは俺の台詞だ」 染野と笛吹は学園の壁の陰にてひそひそと話していた。 「お互い『ヴァンキッシュ』の中じゃこっちの姿じゃなくて仕事用の姿に変身して正体を隠してるから、こんな身近にヴァンキッシャー居ても分からないんすよねぇ」 「そりゃぁそうだ。互いに身バレを防ぐためにボスが決めたルールだしな」 『ヴァンキッシュ』本部の中では変身した姿で行動する。それが創設者でありボスが決めた規則だった。 姿カタチを変えられるスライム人間にとって、人間の時の「本来の姿」こそが最大の弱点となり得る。 それ故、ヴァンキッシャーは他のヴァンキッシャーの「本来の姿」について一切問わない。聞かれたとしても答えない。 年齢も容姿も地位も過去も、「人間」に紐づくあらゆることが『ヴァンキッシュ』では消滅し、対等なライバル(競争相手)として それぞれが思い描くセックスの愉しみ方を体現するため外見を変え、性器に工夫を凝らし、男としての魅力に磨きをかけてからサブスク会員に向けてのサービスを提供していく事となる。 それがたとえ人間として「実の親子・兄弟」だったとしても故意に正体を明かさぬ限り互いの真実を知る事は無い。 ただ、そのような規則があっても偶発的に相手の正体を知ってしまう事は起こり得る。 今回の染野と笛吹のように。 「――しかし、何で俺がヴァンキッシャーだと分かった?」 笛吹が染野に質した。 「そりゃ分かりますって。今朝の笛吹先輩ってば俺がハル先輩に送ったボディソープの匂いをさせてたっすから。それと、ハル先輩の 『ヴァンキッシュ』利用履歴をチェックしてみたら昨夜もちゃんとヴァンキッシャーの誰かとセックスした記録があったので、そこから察したんすよ」 「……それだけでか?」 「いえ。それだけじゃないっす。俺が呟いたスライムって単語にぴくっと反応したっすよね? それでああ、やっぱり、って」 「くそぅ。トドメはカマかけられてまんまと引っかかっちまったのか。……ま、バレたもんは仕方ねぇ。言っとくがお前と揉める気は無いからな。その辺はお前もきちっとわきまえてくれ」 「当然っす。俺も笛吹先輩と事を構える気なんて毛頭ありません。ヴァンキッシャ―同士と言ってもお互い干渉しないのがマナーっす」 「ライバルとは言え同業者だもんな」 「その点については俺も異論は無いっすけど、もしかして笛吹先輩……、何気にハル先輩を狙ってんすか?」 「狙うも何も。俺らはプリズナー(囚人)が一人でも増えりゃ収入がアップすんだし、アイツに限らず会員はできるだけ虜にしたい。それはお前もだろ?」 「まぁそりゃぁ、そうですけど……。――あ、ハル先輩がこっちに来てるっす」 「む? ならこのハナシはここまでだ。アイツの前でうっかりボロが出ねぇようお互い気を付けようぜ?」 「そっすね。分かりました」 「おおいっ! どこ行ってんだよっ! 黙っていなくなられたら驚くだろうが!」 「あ~、すみません、急に小便がしたくなっちゃって……」 「悪ぃ、俺もだ。染野と連れ立ってこっちでスッキリさせてもらってた」 「んだよもう。会社を出る前にトイレ済ませてたくせに、そんな早く小便が溜まったのかよ? あれか? 頻尿なのか?」 染野と笛吹は互いに顔を見合わし、ふっ、と不敵に笑った。 「どっちがモノにしても恨みっこ無しですからね?」 「よし。受けて立とう」 「は?」 二人の会話の意味が掴めず戸惑う四万の前で、染野と笛吹の二人は今度こそ朗らかに笑っていた。 「ま、まぁ、なんか知らんが仲直り出来たっぽいので良しとするか……」 ◇ 「初めまして、美術科を担当しております、磐城(いわき)と申します。よろしくお願いします」 黒縁眼鏡が似合う彫りの深いイケメン教師だった。 警察官とか軍人なんかのお堅い制服が似合いそうな印象を受けた。 彗星学園の校舎に入り、守衛から教えられたとおりの廊下を進むと美術教員室なる部屋に辿り着いた。 俺たちと挨拶を交わすとすぐに別の会議室とやらへ誘われた。 「あの教員室では他の先生方や生徒の出入りもありますので」 落ち着かないから場を変えようとの配慮のようだ。 移動した会議室の中、四人だけで小さいテーブルを挟んで向かい合った。 「今回こちらへ伺った我々の目的など梅野さんからお話は聞いておられますか?」 「ええ。もちろんです。御社のキャンプ用品の何が高校生たちに受けるのかを探りたい、とのお話だったかと」 お堅い制服が似合いそうなのは顔立ちだけじゃなく姿勢や表情、話しぶりからもより一層強く感じた。 「そうなのです。弊社も遅ればせながら個人のお客様、特に若い方々へのアピールをネットを通じて行っていこうと考えまして、梅野さんにお知恵をお借りしたんです。 すると、こちらの学園でトレンドを探ってみてはとのアドバイスを頂戴しまして」 笛吹がさらっとこちらの事情と要望を磐城先生に念押しした。 磐城先生は全くの無表情で小さくうなずいた。 「かしこまりました。その程度の事でしたら問題ありません。ただ、ランダムに生徒から話を聞いて回るのは少々効率が悪いかと思います。 なので、私が顧問をしている美術部の生徒と、キャンプ用品に知識のある登山部の生徒に当たってみてはどうですか?」 「ありがとうございます。そうさせて頂きます」 俺が頭を下げると染野も笛吹一緒に頭を下げた。 「申し訳ないんですが、生徒に話を聞く際には私もご一緒させて頂きます。見知らぬ人物が来たと警戒する生徒もいるでしょうから」 警戒しているのは磐城先生も、だろうな。 教育に関係のないただの会社員がずかすかと学校内に入って来てる訳だし。 「お願いします。その方が我々にとってもありがたいです」 放課後になるまでは磐城先生に彗星学園のあらましや、このところの教育にまつわる問題などの話を聞いていた。 正直言ってさほど興味のない話題だったので耳に入っても右から左へ流れ去って行くばかりだった。 さすがに話題のネタが尽きたのか、俺たちのつまらなそうな雰囲気を察したのか、微妙にプライベートな話題に切り替わった。 「キャンプ用品メーカーに勤める皆さんもキャンプには行かれるんですか?」 「そうですね。頻繁に、とは参りませんが最低でも年に一度は行っております」 「それは良いですね。自然の中に身を置くと雑念が洗われてリフレッシュできますし」 「磐城先生はどうでしょう? キャンプに行かれたりは?」 「私はあまり……。こう見えてインドア派なので黙々と製作を行っている事が多いですね」 「製作と言うと美術作品の?」 「そうです。教師ではなく個人で色々と製作しております」 ここで染野が口を挟んだ。 「どのような作品か拝見してもいいですか?」 この染野の発言で初めて磐城先生が動揺した。他人に見せるのは気恥ずかしいのかも知れない。 「失礼しました。うちが者が勝手言いまして」 「いえ、あの、こちらこそ……。気にしないで下さい。えと、私の作品をご覧いただくのは構わないんですが、その、 テーマがテーマなので誤解されるかも、と思いまして」 「そのような心配はご無用かと思いますが、磐城先生にもご都合があるでしょうし、厚かましい事を申し上げてしまって大変失礼いたしました。 染野には改めて私から指導しておきますので、どうかご容赦ください」 笛吹と一緒に頭を下げる。やや遅れて染野も頭を下げた。 「いえいえ! どうか頭を上げて下さい! こちらこそアーティストの端くれながら妙な事を口走ってしまいました! 作品を見ていただいてどう感じるかは見た人の自由なのに。 そう、自由に表現したモノをどう捉えるかは私が気にする事じゃないのです。たとえ誤解が生じようとも……」 「……磐城先生?」 何やら凹んでいるような気がした。具体的には分からないが。 「……ほとんどは自宅のアトリエに保管していますが、いくつかは美術科の資料室に置いているのです。よろしければご覧になりますか?」 そう言って磐城先生は席を立った。 となると「いえ結構です」とは言えない。 俺たちも腰を上げ磐城先生の後について行くことになった。 ◇ 彗星学園高等学校、この日の6限目の授業が終わった。 部活がある者以外は帰宅し、部活を行っている生徒だけが残った。 美術部の生徒が美術室に集まってきた。 その生徒たちが製作作業に手を付ける前に俺や笛吹がいくつかの質問をさせてもらった。 染野はメモ係だ。 磐城先生は口を挟むことなく俺たちの行動を見守っている。 と、言うか、磐城先生の視線が少し熱を帯びている気がして、意識して視界に入らないように立ち回っていた。 なぜそんなにも気を張っているのかと言うと―― ――『こ、れは!?』 美術資料室に保管されていた磐城先生の作品。 デッサンや油彩、そして塑像などのいずれも「男子生徒のヌード(裸体)」がテーマだった。 俺だけじゃなく染野や笛吹も意外だと言わんばかりに目を見開いていた。 「どの作品も性器まできっちり表現されているんですね」 「はい。少年期特有の未成熟さ、とでも申しますか。成人男性にはない未来への芽吹きを感じる部位はきちんと自分のイメージに落とし込んで作品に反映させる事が大切だと考えています。そのため性器は特に念入りに手を入れました」 笛吹がうなずいた。 「私は磐城先生の作品、とてもいいな、好きだな、と感じました。専門では無いので的を射た言葉は使えませんが、少年から大人に変わりゆく一瞬を性器に込めている気迫を感じました」 俺も染野も笛吹の反応に便乗して、露骨過ぎないように「私も素敵だと思います」等々を追加。 そんな俺たちの反応を見た磐城先生はぐっと警戒心を落として表情を和らげた。 「ありがとうございます。そのように褒めて頂けると製作者冥利に尽きます。皆さん、謙遜されていますがアートを分かってらっしゃいますね」 いえ、ゲイジュツは素人以外の何者でもないです。口には出さないけど。 「理解ある皆さんだと分かっていたらもっと私の作品をご覧いただいても良かったですね」 「ちなみに、ご自宅の方に保管されている作品もこちらと同じテーマですか?」 「ええ。そうです。やはり好きなモノ以外は興が乗りませんし」 ちなみに聞いた答えがコレだと言う事は、磐城先生、もしかして少年愛がご趣味でらっしゃる? ――だとしても、それは磐城先生の自由だし、性の世界には正解も不正解も無いのだと俺は思っている。 かくして、美術部、登山部の生徒たちからキャンプだけではなく最近の流行や興味のあるモノについて生の声を聞けた。 手ごたえを感じた俺たちは、磐城先生ならびに出張で不在だった学園長にも感謝の意を伝えて頂くようお願いし、彗星学園を後にした。 あとは社に持ち帰って具体的にどの商品をネットで「推す」のか、どのアイテムを梅室さんに拡散してもらうかなどの検討に入る。 が、それら具体的な動きは上層部から直接命じられている笛吹と染野に譲り、協力者としての俺の出番はここらで一旦終了させてもらう。 得意先への宣材品の配布やらマスメディアへの広告案件などリミットに余裕があったとは言えいつまでも放置できないし。