4艶冶の男 仕事の帰りにジムに行くと「ミスターパーフェクト」も来ていた。 そして、なぜか俺を見つけるなりまっすぐこっちに向かって歩いて来る。 もしかして俺じゃなく後ろに居る誰かに用か? と思って振り向いたものの誰も居やしない。 「どうも、初めまして」 やっぱ俺か! 「ど、ども」 「いきなり声を掛けてすみません。そちらのトレーニングが終わってからで構わないので少しお時間を頂けませんか?」 丁寧で腰の低い紳士な物言いながら、どこか逃げられない雰囲気をも感じてしまう。 「あ、はい……。構いませんが、一体何のお話しなんでしょうか?」 「それはここではちょっと……。後ほどお願いします。では、私も適当にトレーニングをしていますので、終わったら改めて声を掛けて下さい」 一通りのメニューはこなしたもののちっとも身が入ってなかった。 「ミスターパーフェクト」が俺に何の話だろうかと、そればかり気になってしまって。 時折視線を送ってみたものの向こうはチラリとも俺を見ない。 今日もはち切れそうな筋肉美を周囲に見せつけ、他の男に無言のマウントを取りまくっているな、と恐れ入るばかりだった。 ◇ ジムの近くにあるカフェに「ミスターパーフェクト」と一緒に入った。 時間が遅い目だけにさほど客は入っていない。 二軒隣の居酒屋は大盛況で、酔っぱらいたちの賑やかな声が外にまで漏れていたが。 「『篝 悠里(かがり ゆうり)』さんとおっしゃるんですか」 もらった名刺には見慣れない文字があったので読み方を質した。 「そうです。読みにくい名前ですみません」 「あ、いえ。俺の漢字力が乏しいだけなので気にしないで下さい」 俺の方からも名刺を渡す。企業名と氏名のみの素っ気ないタイプだ。 「さて――」 篝さんが声のトーンを一段落として本題に入った。 「お声を掛けたのはすでにお察しかも知れませんが、森本さんのお友達の件です」 「友達の件?」 「ジムでよく話をされている仲の良い人がいらっしゃるでしょう?」 「ああ。中林のことですか」 中林の事が知りたいなら本人に声を掛けるべきじゃないか? 俺の口から何を聞こうと言うのか。 身構え警戒する俺を見てか、篝さんは眉尻を下げ頭を下げた。 「すみません。本人に聞けばいいのに、と思っておられますよね?」 ここは曖昧にせずズバッと返す。初対面の相手なら猶更。個人情報的にも危ういし。 「はい。本人が居ないんですから、陰口になるような行為は慎むべきかと」 「その点はお気になさらず。中林さんの不利益になる事を聞こうとしている訳ではありませんから」 では、なにを聞きたいのか? 余計に怪しい。 「結論から先に申し上げますね。俺、えっと、私は、中林さんのカラダについて聞きたいのです。すでに彼が魔淫花なのはご存知ですよね?」 「っ!?」 「そして、魔淫花の彼に花粉を与えているのでは?」 「ちょ、ちょっと待って、待って下さい……。篝さん、アナタ、一体……?」 不意打ちもいいところだ。何故この男は、篝と言う男は中林が人間から魔淫花になっている事を知っている? もしもその通りだと答えたら、中林を怪人として拘束し、研究機関などに連れ去るつもりなのか? 「何やら不穏なモノを想像しておられるようにお見受けしますが、そうではありません。どちらかと言うと俺、いえ、私も彼と同じ存在なのです」 なんだか話のテンポが折れるので「俺」呼びで通してもらう事にした。 が、その前に、だ。 「はぁ?! 篝さんも魔淫花だって!?」 目の前にいるマッチョイケメンも緑色の怪人になるだと!? 「少し声が大きいですね」 今度は俺が詫びた。 「信じるか信じないかは森本さんの自由ですが、魔淫花と言う単語を知っている事と中林さんが魔淫花だと知っている点で俺を判断して下さい」 そうきたか。信じるかどうかを俺に委ねるようでいてボールは渡していない便利な言葉だな。 「まだ信用はしきれていませんが、この場はひとまず信じます」 「ふふ、賢明な方で安心しました。頭から信じると言う人や、見え透いた嘘を吐くような人でしたら俺も腹を割って話せませんし」 イケメンの笑顔が怖いと感じるなんて。底が見えない恐ろしさ、とでも言うべきか。 「それで、中林がそうだとして、俺なんかから何を聞きたいんです?」 殊の外話す事など無い、と言う意味も込めて問うてみた。 「では、率直にお聞きしますが、森本さん、中林さんに花粉を与えました? そして彼は森本さんの花粉で受粉できましたか?」 「は? え? はい?」 「そして、中林さんは魔淫花の種を産み出せたでしょうか?」 「それを、それを聞いてどうするつもりだ?」 つい語尾が荒れてしまった。 「魔淫花の種はとても危険なモノなのです。何故なら、その種を植え付けられた人間もまた魔淫花になってしまいますので」 そいつは知らなかった。 て事は、中林も誰かから魔淫花の種を植え付けられて魔淫花になったんだよな? まさか、落ちてた種を拾い食いして、とかじゃないだろうし。 いや、待った。その前にこの男は中林と同じ存在だと言っていなかったか? 「いやに詳しいのは篝さんも魔淫花だから、ですか?」 「ええ。その通りです。私が魔淫花に転生したのはもう10年も前になりますが、人知れず魔淫花の種を回収し、無闇に増殖しないよう努めているのです」 「どうしてそんな事を? 篝さんにメリットはあるんですか?」 「もちろんあります。魔淫花の種って普通に土に植えて栽培したらそれはそれは美しい花を咲かせるんです。しかも、土から咲いた魔淫花には実が成りません。一代限りで再び土に還ります」 「ええと、その、咲かせた花が美しいってのは分かりましたが、それと篝さんとのメリットがどう結びつくんです?」 「本業が花屋なので売るんです。販売して儲けにするのです。希少な花なので高値で売れるんですよ」 「篝さん、お花屋さんなのですか」 「名刺にも書いてあるんですが……」 もうもらった一度名刺を見た。 氏名の上に小さく『フローリストアトリエ・カガリ』とある。 「つまり、危険な魔淫花の種を集め、その種から花を咲かせて売りたい、と?」 「はい。その通りです。この話を魔淫花である当人にしますと100%にべもなく断られちゃうのでまずは近くにいる人を、つまり搦め手からアプローチしようとの思惑で森本さんにお話ししています」 何かが引っかかる。それが何なのかはまだ見えていないのだが。 「いかがですか? 誤って中林さんの種を取り込んでしまったら森本さんまで魔淫花になってしまいます。そんな危険な種子を放置しては置けないでしょう? 俺はすでに魔淫花なので取り込んでしまっても養分になるだけで害はありませんし、何より適切に扱う心得がありますから」 「……ところで、もう一度確認したいんですが、篝さんは本当に中林と同じ魔淫花なんですか?」 今一つ篝と言う男の本音が見えない気がした。魔淫花を捕獲、研究しようとしている悪い奴だとも限らないからな。 うん? モンスターを捕獲するなら悪い奴じゃないんじゃないか? いや、だが中林を連れ去るつもりならやっぱり悪い奴だろうし。 「それほど気になるのでしたら場所を変えないとダメですね。となると、そうですねぇ……、ホテルにでも行って俺の正体を見て頂くしかないですね」 篝さんが俺を見てニヤリと微笑んだ。正体を見せるだけ、で済むのだろうか? 「どうします? 俺は別に構いませんが」 ここで会話を終わらせては篝の真意が見えないままだ。単に俺へ協力を求めているだけなら少なくとも危害は加えないだろう。 「……行きましょう。ホテルへ」 カフェの明細を掴んだ篝が席を立った。 引き締まった腰に食い気味なジョガーパンツは脚の長さよりも篝の股間の膨らみを誇らしげに見せつけている。 サイズが相当大きいのだろう。勃起したらどれくらいになるのか。また魔淫花に変じたら中林みたくとんでもない巨根になるのだろうか? 包皮が花びらみたいに開花するのだろうか? 「あの、あんまりココばかり見ないで下さい。反応してしまいますから」 照れる篝。さりげなく手を入れ股間のポジショニングをしていた。 ハッとした。 俺ってば無意識のうちに男の股間を見つめていたのだ。 中林とのセックスの記憶がまだ新しいからに違いないが、我を忘れて男の股間を見つめているなんて、まるでただの変態ではないか。 サッと篝の腰から目を逸らした。 「でも、気にしてもらえて光栄です。俺の雌しべ、なかなかのモノだと自負してますから。あっちの姿になったらじっくり見てやって下さい」 もう一度視線を送ったらイチモツをピクつかせていやがった。 見ないでと言ったり見せつけようとしたり。この男の本心はどっちなんだ?