スランプの脱し方なんざ人ぞれぞれ違ってて当たり前。 そんなことは百も承知していながらいざ自分がそうなってみると、どうすれば脱する事ができるかがまるでイメージができない、分からない。 ポルノ専門のプロ作家デビューしてそれなりに食えていたけれど、遂にネタが尽き果てこの仕事とはオサラバかな、なんてお先真っ暗になっていた。 そんな情けない様子を見かねた担当編集が俺の元へ誰かを寄越すと言っていた。 それって誰なの? と、もう一度聞こうとしたらネット会議の画面を閉じて終了しちまった。 さぁて、どんな助っ人が来てくれるんだ? 萎えしぼんだ心のイチモツを刺激して、ムクムク勃起させてくれると期待していいんだろうな? ******** 1スランプとの向き合い方 『先生~? そろそろ本気出してくださいよ~。かれこれ一年も動いていないじゃありませんか~。新作を書いていただかないと私のクビが危いんですが~』 PCのモニター越しに深々とため息を吐いているのは俺の担当編集だ。 リモートで新作の打ち合わせを行っているもののコレと言ったアイデアが浮かばず、ネタの種すら出ていない状況だった。 「これでも俺はね、本気であれこれひねり出そうとしてんだよ? 別にのんびり食っちゃ寝ばっかしてたわけじゃないから!」 俺の仕事は作家。 それも、エロい小説ばかりを手掛ける官能小説家ってやつ。 『そこまで言ってないじゃないですか~。ともあれ、どうか先生、機嫌を直して下さい。先生の新作には私もですが、 ファンの皆さんも首を長くして心待ちにしているんです。 出釜先生の新作で思いっきりヌきたい! 最高のオカズにさせて欲しい! ってコメントが我が社に一杯届いてるんですから!』 俺のペンネームは名前は「出釜 乱人(でかま らんと)」 プロデビューしたのは5年前。同人作家時代を含めると執筆歴は10年になる。 「そうは言うけどもさぁ、俺の人気なんてもう鳴かず飛ばずじゃないか。販売部数だって出すたびに減っていってるし……。 俺に発破をかけるためコメントがいっぱい来てるとか大袈裟に言ってるんだろうけど、どっちかって言うとさ『出釜の小説は飽きた』っていうクレームの方が多いんじゃないの?」 『んなこと無いですって先生~。この前だってちゃーんとファンレターをお渡ししたじゃありませんか~。それに、今どきの読者はネットで閲覧しますから紙の本の売り上げだけでは判断できないって先生ご自身でおっしゃってたのをお忘れですか~?』 眼鏡の奥で眉がハの字になっている生真面目な編集を見て、さすがにこれ以上彼を責めても可哀相だと悟った。 ……分かっている。 分かっているんだ、俺だって。 ネットでの閲覧数や過去作品の売り上げを加味したら人気がガクッと落ちた訳ではないって事くらい。 むしろ売り上げ的には微増に転じていてありがたい限りだ。「今になってどうして?」と疑問に思う程に。 だからこそ新作をものにし、再びエロ小説家として他の売れっ子作家さんと並びたいと思いはするものの、意欲に反してこの一年、あれほどモコモコ湧いていたエロいイメージが、文字化したいと思えるほど我が身を滾らせるイヤラシイひらめきがちっとも思い浮かばないのだ。 性欲が落ちた訳じゃない。 チンポは勃起するしシコればちゃんとイク事もできる。むしろセックスしたくて欲望で充血する肉棒はいつもはち切れそう程。 だもんで、俺が今問題にしているのは小説に使えるレベルの基盤になるネタ、細切れのワンフレーズではなく物語として読むに堪える熱いエロネタが思いつかない、って点なのだ。 「そりゃぁ確かにネット読者の存在も大きい、とは言ったさ。でもさぁ、俺に対する期待とかは確実に下がってる気がするんだよ。俺の書くエロ小説なんてもう飽きられつつあるんだ……」 『むむぅ、困った先生だなもう~。これじゃちっとも打ち合わせにならないじゃないですか~。 それに、ネタに詰まってらっしゃるからって自分を虐めてもいい事なんて無いんですけど~?』 「でもね。出ないモノは出ないの。脳みそをいくらシコってもイけないんだから仕方がない」 『要するにスランプってヤツですね? 私が担当させて頂いている他の先生がたも多かれ少なかれそういう時期を経験しておられますが、ちゃーんと乗り越えて復活なさってますよ?』 キリっと表情を引き締め真剣な眼差しを俺に向ける。 俺が女なら確実にトキメイてしまうようなイケメンなんだよな、この編集クンは。俺なんかを相手にしているのが勿体ないくらいにさ。 「他の先生方がスランプを乗り越えられる特別な才能をお持ちだからだよ。俺にそんなものは……」 『そーんな事無いですって! 出釜先生にだってちゃんと才能はお有りです! だから! ご自分を卑下するのはもう止めて今はスランプなのだと認めた上で、少しずつでも新しいネタ作りを始めようじゃありませんか!』 グッと右手の拳を挙げ鼻息を荒くする編集。 そうだ、俺がデビューした時もこんな風に熱く語ってくれたんだっけな。 5年前、俺の前に現れて、『趣味ではなくプロとして読者の股間を熱くさせてやろうじゃありませんか! 出釜さんが世に送り出すエロい物語にはその力があります!』って口説いてくれたんだ。そうか、あれからもう5年も経ったのか。 『――んせ、せい――』 年に平均して3作。ざっくり数えて15作を執筆し、『読者が選ぶ凄いエロい小説!』に2作、選出されたりもしたんだよなぁ。 確かに選ばれるだけあって俺自身あの2作は格別の出来栄えだと自負している。 あの頃は次から次にイメージが浮かぶものだから気付けば12時間くらい、飲まず食わずでも平気でずっとキーボードを叩いてたりしてたよな。 『――先生! おーい! 先生~! 聞いてますか~! おーーい! 出釜 乱人先生ぇ~!』 熟女から美少女までド定番のエロネタも、鬼畜なネタも甘々な純愛ネタも思い付くまま書き散らかして、俺自身も自分が紡ぎ出す文章に少なからず興奮を覚え、チンポをシコりながら楽しく書き進めてこられたんだ。 それこそ本気でオナる時間を削って執筆してたよ、マジで。 『もう~! 聞いてるんですか! 先生ってば! お一人で物思いに耽ってしまわれてちゃ困るんですよ~! このリモート会議の後にはそちらに向かって頂くよう手配してますから、ちゃんと対応してくださいね! きっとですよ! お願いですから!』 「……へ? 手配? 伺う?」 『やーっと意識をこっちに戻してくれたんですね。い、い、で、す、か? この会議の後、先生のお宅に訪問されますので、ちゃんと新ネタ作りの相談をなさってください! そして、くれぐれも失礼の無いようにお願いしますね!』 「訪問て? そもそも誰が来るんだよ?」 と、聞こうとしたら手がマウスに触れデスクから落ちそうになった、のを何とか受け止めたのだが、その拍子で画面上のカーソルが画面右上の「×」ボタンをクリックしちまって画面が閉じてしまった。 「ふあ!? やっちまった!」 だからリモートでの打ち合わせとか会議って苦手なんだよ。 慌てて再接続を試みたけど編集はすでに別の誰かと通話状態になっている。まぁ、俺と相当長い事話してたもんなぁ。 「後で編集にはちゃんと謝っておくか……、で、結局誰がココに来るんだ?」 ◇ 「初めまして。大久保です。よろしくお願いします」 若ぇ! 高校生か? 玄関ドアを開けると青いパーカーに紺のデニムと言う実にシンプルな服装の少年が立っていた。 「あ、ええと、君が編集の言ってた人、なのかい?」 「そうです。イラストレーターの大久保です。出釜先生の作品もいくつか拝読させて頂いています」 イラストレーター? 絵描きの人だったのか! でも、なんで俺の所にイラストレーターが来るんだ? 「念のため聞いてもいいかい?」 「なんでしょう?」 「大久保クンて高校生?」 明らかに大久保は顔をしかめた。ムッとさせてしまったようだ。 「そんな訳無いでしょう? 先生の読者なんですから高校生な訳ないじゃないですか。 このナリでもれっきとした成人です。正確に言えばもうすぐ24歳になる23歳です」 「わ、分かった。取りあえず中に入ってくれ」 不愉快にさせた上にいつまでも玄関先で応対するのも気まずい。 「ではお邪魔させて頂きます」 執筆作業に使う部屋とは別の、応接用に使っているリビングに通す。 ソファに座ると大久保クンがバッグの中からノートPCを引っ張りだした。 「そいつは?」 「自己紹介として俺が描いた作品を先生に見て頂くため持参しました。ネタ作りに役立つかどうかは分かりませんが」 なるほどな。 大久保クンのイラストを見せてもらいつつ新作のネタをひねり出せ、ってハナシだったのか。 肝心な部分を聞きそびれていたがようやく把握できた。 画像フォルダをクリックして中身を展開させた大久保クンが、少し恥ずかしそうに「どうぞ」と画面を俺に向ける。 「じゃぁ、拝見させてもらいます」 俺は表示されたイラストを順にスライドさせて眺めて行く。 「おお~! 凄いな! なんて綺麗なんだ! しかも細部まで手が込んでてちゃんと描きこまれてる! うわ~、いいなぁ!」 俺の作品をいくつか読んでいると言うだけあって、唇に指を当てもの欲しそうに見上げる巨乳美女も、男の立派なイチモツを軽く咥えて煽り目線でご奉仕している美少女も、また、他のイラストもとても煽情的で俺のイメージにある「エロス」ってのを可視化したようだ。 これほど感激したのはそれらが「写真」ではなく「イラスト」だったからかも知れない。 リアル画像だと妄想を差し挟む余地が少なくなる。それは夜のオカズには良いかも知れないが、小説のネタ、その前提となるイメージや妄想を膨らませる、と言う点においてはフィクションのイラストの方が合っているのかも知れない。 大久保クンは少し顔を赤くして俺が出したお茶を口にしている。 横を向いて目を合わせないようにしているところが初心でカワイイもんだ。 マジで23歳なの? やっぱ高校生じゃないの? と間近で見ていても未成年に見えてしまう。 それはともかくとして、大久保クンの画力は確かだ。 この若さでここまでしっかりと描けるなんてまるでプロみたいじゃないか。……みたい、じゃなくてプロだったな。 失礼、失礼。ついつい見た目に引っ張られてしまう。 ともかく、目を見張りながら素晴らしくエッチなイラストの数々を鑑賞していると、20件目にして次のイラストがなくなってしまった。 このフォルダに収まっているイラストはこれで終わりか。もっと他の作品も見てみたいものだ。 無いモノは無いので仕方なく最初のイラストに戻ってもう一度拝見していこう、と、カーソルを大きく動かしてみたらウィンドウが最小化してアンダーバーに引っ込んじまった。 「おっと」 再びウィンドウを最大にしようとした時、デスクトップに『G』と名の付いた別のフォルダの存在に気付いた。 「ん? G? こっちにも大久保クンのイラストがあるのかい? どれどれ」 「んぐ!? げほ! ごほ! ま、待って! そ、そっちのは!」 大久保クンがお茶にむせながらグラスを置いて「そっちのフォルダは開けないで!」と口にしたのだがそれよりも早く俺の指は『G』フォルダをクリックしちまっていた。 「ぬおお!? こ、こいつは!?」 いかつい筋肉マッチョが四肢を縛られ別の男のチンポを荒々しくアナルに突っ込まれているイラストが! 犯されている男の筋肉に浮き出た血管。ケツ穴に収まり切れず逆流して溢れ出る濃厚な精液。 にじむ汗、垂れ落ちる涎――、精緻且つ生々しい描きぶりにてチンポがドドンと屹立し画面の中央に聳えている。 「それは! だ、ダメですって! そっちのフォルダーは先生には関係ないものです!」 大久保クンは大慌てで俺の手からノートPCをもぎ取った。もぎ取って俺に背を向けた。 その焦りぶり、慌てぶりは一つの事実を俺に示す。 「……ええと、答えられなかったら答えなくてもいいんだけど、大久保クンは、その、男の方が好きな、ゲイの人、……なのかい?」 初対面かつ依頼された仕事で会いに来ただけの相手に聞くべきじゃないだろうし、スルーされても文句は言えない。 それでも聞かずにはいられなかった。それだけ目に入ったイラストのインパクトが凄かった。 チッ、チッ、チッ、と置時計の秒針の音がいやに大きく耳に届く。 おもむろに大久保クンが口を開いた。 「先生は……、ゲイとか、そう言うのって、気持ち悪いですか?」 「うーん? どうだろう? 一応エロ作家の端くれとしてBLもゲイ小説も、ビアンものも読んだりはしたけれど嫌悪は無かったな、うん、別に嫌じゃない。むしろこう言う世界もあるんだ、凄いな、って思った記憶がある」 「……でも、先生はノンケ、あ、いわゆるストレートでしょう? 書いておられる作品は全部ストレートものですし」 「言葉を選ばなくたって大丈夫だから。ゲイ用語だって理解できるし普通に使ってくれて構わないよ。 まぁ、確かに俺はノンケ向けのエロ小説しか書いて来なかったけれど、それは湧きやすいイメージとニーズがたまたま合っていたから、って側面が大きいんだよなぁ。 だから、ゲイものを見ても気持ち悪いとか思わないよ? 大久保クンがそうだったとしても同じ」 背を向けていた大久保クンが少し俺に向き直った。 「……ほんとう、ですか? 俺に気を遣ってないですか?」 「ああ。本当の本心さ。むしろ俺の作品にもゲイ的な要素を上手く採りこめられればもっとエロくて面白い小説になるんじゃないか、って考えているくらいだ」 大久保クンが完全に俺の方に向いた。 「なら、先生を信じます。お察しの通り、俺は、……ゲイ、……です」 顔は赤いまま。だけど視線は床に落ちたままだ。 「うん。了解した。実はさ、俺の友人や知り合いの作家の先生の中にもゲイの人はいるんだ。だからやっぱり特別驚きはないかな」 「そうだったんですね。ちょっと安心しました」 「てか、勝手に別のフォルダーを開けてしまって本当に悪かった。性指向を聞き出した事も含めて、この通りだ」 俺は大久保クンの許しなく他の画像フォルダーを開いた事も、流れでカミングアウトをさせた事に対しても頭を下げて謝罪した。 「いえ、もう良いんです。むしろ簡単に開けられる場所に置きっぱなしにしてた俺が悪いんですし」 改めてお詫びの気持を伝え、噴いたお茶の代わりに新しい飲み物を用意するため冷蔵庫に向かった。 キッチンからリビングに戻ると大久保クンがノートPCを再び俺に向けた。 「うん?」 「俺が今日、先生のお宅にお邪魔したのは、先生の新作のネタ作りのお手伝い……、です。なので、先生が先ほどおっしゃってた、 『俺の作品に上手く採りこめられればもっとエロくて面白い小説になる』のなら、もし、嫌じゃなければ、こっちのイラストも、ネタ作りに役立てて下さい……」 勇気を振り絞って言葉を紡ぎだしているのが見て取れる。 まだ会って1時間も経っていないけど、大久保クンは本当に真面目でまっすぐな心の持ち主なんだな、って思う。 「良いのかい? じゃぁ、拝見させてもらおうかな。大久保クンの絵、俺、ひと目で好きになっちゃったし」 と言うと、顔をさらに真っ赤にして口をパクパクさせている。 そんな大久保クンを見ていると、相手は同じ男なのにちょっぴりエッチなイメージを持ってしまうんだから、スランプってのはつくづく意地悪だよな。