お待たせいたしました! 支援サイト4周年記念【続編・スピンオフ祭り!】作品をお届け致します! 今回は『阿頼耶識の淫角』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13140901 のスピンオフとして『末那識の慾尾』を妄想させて頂きました。 阿頼耶識にも登場した人物が出てまいりますがどのような物語になったかは、是非ご自身の目でお確かめください! ******** 1図書館にて まるで本物の異世界人がこちらの世界を旅しているような紀行文を図書館の棚で見つけた。 『東京人外紀行』 『この世界には人間だけではない。人間ではなく人外と呼ばれる者たちも多く存在している。 あなたの隣人や友達の中にも人間に見えているだけで人間では無い者もきっといるだろう。 この紀行を著している私もまた人間ではなく人外の一人である。見える人だけに見える額の角がその証拠だ。 そんな私が人外としての視点で地元とも言うべき東京の各所を訪ねてみた。 見慣れた景色の中から新たな発見をするたびに私の敏感な部分が歓喜し、ムクリと勃ち上がる心地良さを味わっていた。 読者にもその時の感覚の幾ばくかを味わってもらえれば望外の喜びである』 逆・異世界本みたいなものか? なんて思いながら読み始めたら面白くて一気に読み終えてしまった。 内容はタイトル通り紀行文らしく東京のいくつかの場所に赴き、その場所の特色を人ならぬ「人外」の視点で解説している。 ただ、使われている単語や表現が何気にエロい。 直接的ではないのだが返って読み手の想像を掻き立てるものがあった。 例えば――、 『多くの参拝客や観光客がくぐる浅草寺の雷門を通り抜ける時に私が想像していたのは、此岸の煩悩を滅し寂滅為楽の境地を経て涅槃の浄域に入るといった物ではなく、我先に狭き門を押し通り、菩薩の身へ受精したいと願う欲望剥き出しな精子たちのそれであった。 現に角の有る者たちの局部は泥中から伸びる蓮華のように高く隆起し、頭部の角も甘露を垂らさんばかりに膨らんでいる』 と、言った風なのだ。 受け止める俺の感覚の問題かもしれないが。 「そんなにも東京には人間じゃない奴が多いんだろうか?」 途中まで読み終えた本を脇に置きスマホのSNSを見れば相変わらず下らないネタばかり。 自傷行為に似た露悪趣味や必要のない言葉の揚げ足取り。瘴気のような二枚舌と浅ましい自己粉飾。 増えるばかりのハラスメントに減る事のない憤懣と怨嗟。救世主が今の世にいるならのたうつ「不機嫌」の濁流に飲まれ、 世を救う前に溺れ死んでしまうに違いない。 だが、一番不愉快なのはそんな世の中を構成する塵芥の一つが俺だと言う事だ。 「バッカじゃねーの?」 思わず口に出てしまう。 無言を旨とする図書館の、そこかしこからの白い目が鋭い矢となり俺を射抜く。 思わず本で顔を覆って防御を試みるものの抗しきれず書架からあえなく撤退。 前線を大きく下げ窓際を陣地とし、もう一度『東京人外紀行』を広げてパラパラとめくる。 「角……、か。角じゃなくて尻尾のあるヤツはいないのか?」 壁にもたれたまま窓の外を見下ろした。 降り注ぐ初夏の日差しと風にそよぐクスノキが生み出す緑陰によって、中庭はさながら一枚の絵のような空間になっている。 ベンチではドリンクを片手に仲間と楽し気に話す学生、必死に友達のノートを書き写す者、カフェで買ったホットドッグを口一杯に頬張る学生、などが見えるものの尻尾を持つ「同類」など一人もいない。 「……やっぱいるわけないよな。『尻尾』が生えているヤツなんて……」 他の人とは違う俺。人間では無く人外と呼ばれるであろう俺。 だから俺はこれから先も日の当たる場所になど出られない。 人目にできる限り触れないよう暗い所でただ息をし、小さい穴から世界を覗き見ては息を殺してじっとうずくまっているだけ。 砂時計の砂が全て落ち切るまでじっとしていなくてはならない。 将来の夢だとか、やりたい事なんかは考えずに、ただじっと静かに。沈殿する澱のように、祈るように、静かに……。 ◇ 『尻尾』がいつ生えたのかははっきりと覚えている。 母が不倫の果てに父と俺を捨てて家を出ていった日。そして、父が俺を殺そうとした次の日だった。 ごめんな、と泣きながら俺の首を絞める父の顔を見つめていると、なるほど15年で俺の人生は終わるのか、などと妙に達観した感慨を抱いていた。 結局、父の指は俺の命を完全に奪う前に緩み、意識を失った俺を残して一人、深夜の峠道にて交通事故を起こして死亡した。 そこは、父が母と初めてのデートの折に夜景を見た展望台のそばだった。 翌日、病院のベッドで意識を取り戻した俺は父の最後の顛末と、自身のカラダに起きた異変を知った。 「尻尾? いや、何も生えていないよ? ほら? 何も無いだろう? ショックで気が動転しているのか。 取りあえず今は何も考えずにココロの回復に努めよう。 いいかい? 何も考えなくていいからね?」 白衣を着た若いドクターの名札には内科や外科ではなく心理療法科と書かれていた。 だから俺は、俺に尻尾が生えたように「見えて」「感じて」いるだけで実は生えていないのだ、と、思うことにした。 腰の違和感もまた、首に残った父の指の痕と同じだろう、と。 入院そのものは短期間で終わり、俺は誰も居なくなった家に戻った。 父の葬儀はすでに終わっていて遺影と位牌だけがリビングの傍らに置かれていた。 隣に住んでいる外聞をいたく気にする祖父母は俺のことも含めて父の存在も無かった事のように振る舞った。 当然のことながら母は祖父母の憎悪の対象となったものの母が姿を見せた事は一度も無かった。 「もうすぐ高校生なのだから一人でも生活はできるだろう? ああ、食事なんかは弁当や食材の宅配を使えばなんとでもなる」 叔父が連れて来る孫娘に向ける目とは別人のような冷たい視線を俺に投げつけていた祖父ではあったが、父の後を追うように半年後、末期癌であっさりとあの世へ旅立った。 そして祖父に続いて次の年には祖母も息を引き取った。 俺は大学進学を機に父が残した家を引き払い東京へ出ることにした。 幸いなことに父の死は自殺では無く単独交通事故の扱いで処理されたため、それなりの金額が遺産として俺の許に残っていた。 「兄貴(父)が残した金を狙ってあの女(母のこと)がすり寄ってくるかも知れん。拓斗、お前だってこんな田舎町では 何かと息苦しいだろう? こっちは俺に任せてお前は東京で頑張れ」 俺が東京へ行きを決めた話をすると叔父は満面の笑みで俺の意見に賛同した。 その笑みと賛意の裏を俺は知っていた。 祖母が亡くなる直前、叔父は自身に有利な遺言書を作って遺産のほとんどを独占していた。 俺がその事に気付いて異議を申し立てはしないかと気を揉んでいたことも。 「心配しないで下さい。父に代わって叔父さんが祖母の最後を看取ったのですから、受け継ぐ権利について俺はとやかく言うつもりはありません」 俺の返答を聞いた叔父は、今度は能面の様な無表情を俺に向けていた。 ◇ 棚に戻す前に本の奥付を確かめた。 著者・書名・発行者・発行日、などが記載されている最後のページをメモに書き写す。 「この本を書いたのは『坂井 斎(さかい いつき)』先生、か」 大型書店に行けばまだ販売しているかも知れない。無ければ古書店をあたってみよう。 「こんなにも執着するなんて我ながら意外だな」 呟くと尻尾がズルンと伸びスラックスの外に飛び出た。 何故か俺の尻尾はスラックスを破ることなくそのまま布地を通り越して外側に露出する。 幻影のようなのに俺が触れればそこに「在る」感触がする。実体が在るのか無いのか未だに判別ができない。不思議な尻尾。 「どうして俺にはこんなものが生えてるんだろう?」 4年前の、死に損なったあの日から数えきれないほど繰り返した問いを、俺は再び口にする。答えてくれる者など居ないと知りながら。 『ちゃんと分かる人に聞いてみなきゃダメなんじゃない?』 ハッとしてもたれた壁から肩を離し、耳に届いた声の追って再び窓の外を見た。 クスノキの陰で顔や全体の姿は見えないが中庭の片隅で会話していた女子学生の声だった。 レポート用紙を片手に「提出期限いつだっけ?」とか、「単位がマジヤバイ!」などと騒いでいる。 きっと締め切りが迫っていて周りの友人に救いを求めている、という場面のようだ。 「分かる人に聞かなくてはダメ、か……」 ビクンと揺れた尻尾は俺のほのかな期待を表している。 『東京人外紀行』の奥付から著者名をじっと見つめた。 ダメで元々。 頭がおかしい奴だと思われたって仕方がない。 それでも、話くらいは聞いてくれるのではないだろうか? 下らない妄想だと思われるのがオチだろうか? 見つめていると著者名の文字が俺を手招いているような気がした。 どうしてそんな気がするのかは分からない。 分からないなりに俺は考えた。イメージした。 暗い場所で砂時計の砂が落ち切るのを待つ事に飽きて旅に、――鮮やかに彩られた絵のような中庭と、棺のごとく堅牢な壁で護られ万象を宿す図書の楽園から、 手探りでしか進めない未知の世界へ、果てない荒れ野が拡がる失楽のエデンへ旅に出たくなったのかも知れない。 「……バカじゃねぇの?」 自嘲のつぶやきはあまりにも小さくて、俺以外の耳には届かなかった。