メンズブラで新しい魅力を手に入れよう 1
Added 2024-07-29 09:00:00 +0000 UTC1白と黒 俺の前には二つのブラジャーがある。 もちろん、違法に手に入れたものではない。自分でお金を出し購入したモノで、正真正銘俺が所有するブラジャーである。 趣味として? いや、誤解してもらっては困る。女性用の下着をコレクションするために買った訳じゃない。 そもそもコイツは女性用では無く男性用のブラジャー、なのだ。 『メンズブラが貴方の新しい魅力を目覚めさせます』 偶然辿り着いたサイトに踊っていた謳い文句。他にも色々と書いていたのだが、要するにこの一行を目にした俺は、 サイズとか色を選択し、ショッピングカートの数量欄をゼロから1に変更し、住所や氏名、連絡先の空白を埋めてOKボタンをポチっていた。 次の日、早くも配達されていたピンク色の2つの丸いカプセルそれぞれに一つずつブラジャー、もう一度言うが「男性用」のブラジャーが入っている。 サイトの表記通りに言えば『メンズブラ』だ。 二つあるのは2個注文したためで、発送ミスではない。 「……いざ、実物を前にすると、……なんか、妙な気分になるな……」 だが、買ってしまったモノを一度も使わずしまいこむなんて勿体ない。 ポチった時の自分を思い出し、あの時の「勢い」を再び呼び覚ますべくカプセルを回して中身を取り出す。 開けた瞬間ふわりと柑橘系の甘く爽やかな香りが広がった。メンズブラには香り付けがされていたのだ。 「……軽い」 そして薄い。 生まれてこの方、男性用であれ女性用であれブラジャーなるものに触れた記憶が無いので、他のブラジャーと比べてどうなのかは分からないが、 胸を隠すカップの部分は思ったより小さく、そして向こうが透けて見えるほど布が薄い。 肩紐になるストラップに腕を通して背中でホックを留める構造になっている。 色は白と黒。 サイトには紫やピンクと言った他の色もあったがこの2色を選択した。 地味で目立たないだろうと思ってチョイスしたのだが、こうして見てみると結構目立つ。 ベージュとかグレーだったほうが良かったかも、と思ったがもう遅い。 肌に直接触れる下着というものは返品不可なのだ。 注意事項にわざわざ太字で記載されていたから、色違いに変えて欲しいと言うリクエストも受け付けてはいないだろう。 冷静になって手に取った。どうしてこんなものを注文したんだよ俺は、と昨晩の俺に問い質したい。 部屋の中には俺以外誰もいない。 メンズブラが届いた時から現在に到るま部屋の中では一人きりの状況に変化はないのに、周囲を見渡しやはり俺だけである事を確かめる。 ドアの鍵が掛かっているのか、もう一度見に行く――よし、ちゃんと施錠できている。 シャツを脱ぎ上半身ハダカになった。 女性用ではなく、あくまで男性用のブラジャー、『メンズブラ』だと理解はしてても心臓はドキドキと高鳴り 鼻息が荒くなってしまう。 もう一度振り返って見たが――大丈夫、誰もいやしない。 「光岡にそんな趣味があったとはな」と、嘲笑する者も、軽蔑する者もいやしないのだ。 目を閉じ、深呼吸し、念仏のように『新しい魅力を目覚めさせる』『新しい魅力を目覚めさせる』と唱える。 唱えていたら先週あった合コンのワンシーンが脳内に蘇えってきた。 「なぁ、光岡。これから予定ある? 無いんなら来いよ。てか、来てくれ。予定してた1人が急に欠席だ、ってライン来ちゃってさ」 人懐っこい白石は合コン相手の女子はどこどこの大学であるとか、清楚系の子が多いとか、追加の情報を俺に伝える。 「ダメならダメだとすぐ答えてくれ。他のヤツあたってみるから」 白石の横で不愛想な顔の黒崎は、迷ってる時間は無いと言わんばかりに即断を迫った。 「いや、俺も行く。参加させてくれ」 拒否る訳がない。俺だって彼女は欲しい。 大学に進学すれば出会いがあるだろうと思っていたが、全然そんな事はなかった。 無論、進学する前にも出会いなど一つも無い。 二十歳になっても童貞のまま。慰めてくれるのは右手だけ。 このままじゃマズい。自分から動かなくてはダメだ、と分かっちゃいるのだが、どう動いたらいいのか 分からない。 踏みだす事ができない。 だから、合コンの誘いはありがたかった。 たとえ急場をしのぐ数合わせメンバーだとしても、何かきっかけにはなるんじゃないか? と。 だが、結果は、……無残に終わった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 男が4人、相手の女子も4人と言う構成だった。 席ごとに天井まで届く間仕切りがある半個室の居酒屋にて自己紹介をして行く。 白石、黒崎、そして美浜と名乗る俺の知らない男。最後が俺。 ついで、向かいの席の女子も順に名前や今ハマっている物を俺たちに伝えた。 「へぇ~? 凄い凄い! みんなテニスやってるんだ? かなり上級者? てか、俺と黒崎はサッカーやってんだ。んで、美浜は水泳。 んで、えっとぉ? 光岡はなんかやってたっけ?」 俺は首を左右に振った。 「あ、そっか。んでんで? 今日もテニスで汗を流した帰りって感じなの?」 白石はすぐに矛先を女子に戻した。 「そんな訳ないじゃないですか~」 「だよね! 俺もそう! ちなみに黒崎がキーパーで俺はフォワード。あ、ええと、フォワードってのは攻撃専門って感じのポジションって事だよ」 白石は自分をアピールしつつ場の話題を引っ張っていた。 美浜と言った男もタイミング良く冗談を挿し込み女子を笑顔にさせていた。 黒崎は相変わらず不愛想なままだったが、顔が良いから女子の視線を終始集めていた。 俺は―― 「光岡は休みの日とか何やってんの?」 「光岡もスポーツやって見れば? 美浜なんて高校ん時にバタフライで全国大会出場してるくらいに ガチガチのスイマーなんだぜ?」 「光岡っの好みのタイプって?」 「あ、じゃぁ、光岡の趣味って?」 「光岡は、えっと、取りあえず、楽しんでる?」 白石のアシストパスに対し、俺は常にボールを受け損ねてしまった。 この場において噛み合わない歯車となってしまった俺。白石は当然ながら俺に向ける言葉を抑え、 俺はフィールドから除外された存在になった。 取り残された俺はもくもくと料理をたいらげ、さほど好きでも無いビールを我慢して飲み干す。 会話に加われない分、お代わりして飲み続ける。飲み放題プランだから料金的には痛まない。 しばらくして不意に尿意が募りトイレに立った。 その時、白石だけじゃなく黒崎もホッとした表情を見せた。 ただの小便だけだが長目にトイレに居ようと俺は思った。 個室に入って便座に座ったまま時計を見ていた。あと5分くらいはここに居よう。 すると、背中の壁越しに声が飛び込んできた。 合コン相手の女子たちの声だ。 「あの光岡ってヤツさぁ、超つまんないね~」 「だよね。無口でも黒崎くんだったら許せるけど」 「あ? もしかしてユイって黒崎くん狙いなの? あたしもなんだけど~?」 「美浜くんもカッコイイじゃん。肩幅とかがっちりしてて逞しいし。 身長も高いし、スタイルが全然イケてるよね」 「ね、ね、白石くんは? 話してて分かるけどちゃんと気遣ってくれるのが好感持てるわ~」 「――で? 光岡は?」 「ないない! 絶対ない! 少しも魅力を感じない!」 「で・す・よ・ね~」 声が筒抜けに聞こえている。壁の向こうは女性用のトイレだったようだ。 便座に座ったまま身じろぎもできず動けなくなっていた俺は、5分ではなく15分くらい個室に籠っていた方がいいな、と視線を落とした。 女子たちの声はやがて小さくなり遠ざかっていった。 男の前ではできない率直な意見交換と、誰狙いなの? と言った牽制も兼ねたミニ会議だったようだ。 壁向こうの女子たちの気配がなくなると入れ替わるように俺の籠る個室を誰かがノックした。 「光岡くん? 入ってる? 体調大丈夫か?」 この声は美浜と言う男の声だ。俺は渋々扉を開け、取りあえず問題無い、と答えた。 「……いや、でも、なんか顔色悪いぞ? マジで調子が悪いんだったら俺が送るからさ」 初対面ながら美浜と言う男は俺を本気で心配してくれていた。 「いや、でも、まだ合コンの途中だし、俺を送ったりしたら君だって迷惑だろ?」 美浜は真面目な顔でこう言った。 「そんなの別に迷惑じゃない。また機会があったら会えるだろうし。そんな事よりもさ、調子悪いんだったら無理しないで帰ろ? な?」 「…………じゃぁ、悪いけど……」 体調はまったく問題無いが、精神的なダメージは大きい。それに、このまま参加していても場をシラケさせるだけなのも明白だ。 「お先に帰らせてもらうよ。でも、一人で帰れるから美浜くんは俺なんか気にしないで残って楽しんでて」 気遣いはありがたいが、やはり彼まで巻き添えにするなんてやはりできない。 女子たちの人気だって高いのだから。 だが、美浜は首を左右に振って俺をきちんと家まで送る、ときっぱり口にした。 「なぁ? 本当に良かったのか?」 居酒屋を出た時、もう一度聞いた。 「構わないって。それよかちゃんと歩けるか? ほら、荷物持ってやるよ」 「あ、いや、別に歩けるし荷物も自分で持てるから……。でも、……ありがとう」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 美浜は本当に俺を部屋の前まで送ってくれた。 嫌な顔ひとつせず部屋に着くまで水泳の事や、最近あった出来事を面白く俺に聞かせてくれた。 「家に戻ってからも調子がおかしいって思ったら俺を頼ってくれて構わないぜ。ああ、そうだ。連絡先を交換しよう」 俺と美浜は携帯のアドレスを交換した。 「じゃぁ、また会おうぜ光岡くん……。う~ん、何だかしっくり来ないな。……あのさ、苗字じゃなくて下の名前で呼ばないか? 俺はカズって呼んでくれ」 美浜の下の名は「一馬」と言う。 「分かった。なら、カズも俺の事はナオで良いから」 光岡尚樹、だから「ナオ」。 「OK、ナオ。そんじゃ、ちゃんと回復しきるまで無茶なことすんなよ~」 「ああ。ありがとう。大人しくしとく」 別に体調がおかしい訳じゃないのに「流れ」で否定し切ることもできず、カズまで巻き込んで一緒に帰らせてしまったことに申し訳なく感じ、俺は頭を下げた。 「お辞儀って、おま……随分と丁寧な奴だなぁ」 笑いながら手を振るカズ。 いや、丁寧とか、そんなんじゃないんだ。マジで悪いなって思ってるからなんだよ。 部屋に一人になった途端、トイレで聞こえた女子たちの声が頭の中にリピートされ出した。 「―光岡には少しも魅力を感じない―」 顔は黒崎に、トークは白石に、そして体格だとか気遣いとか色々な面で総合的に美浜に及ばない俺。 「魅力っつってもどうすりゃいいんだよ?」 答えが分からないまま鏡の前でいろんな表情を作ってみたり、裸になっていろんなポーズを取ってみた。 見慣れた平凡な顔は笑顔も平凡で「花」は無いし、のっぺりとした肉体は力んでみても筋肉質に見えたりはしない。 ひどく虚しくなった俺はなげやりな気分のままベッドに横たわり、スマホで「魅力」について検索をしてみたりしたのだ。 どこをどうやってそのサイトまで辿っ行ったのかは良く思い出せない。 適当にタップを繰り返している内に男性用下着のサイトを表示していた。 セクシーでカッコイイボクサーやビキニに心が動いたが、いずれも高価で手が出ない。 俺が普段穿いているパンツは一体何なんだ? と、舌を巻いていると、「メンズブラ」なる見出しを見つけた。 見出しに貼られたリンク先に飛ぶと、初めにこんな一文が目に飛び込んだ。 『さぁ! メンズブラで新しい魅力を手に入れよう!』 メンズ? 男に? でもブラはブラだろ? 俺に女装趣味は無いんだが。 画面を閉じようとしたが何故か閉じることに躊躇いを覚えた。指が画面をスライドさせ次の宣伝文句を俺に見せる。 『当店のメンズブラはただの男性用ランジェリーでもフェティッシュなコスチュームでもありません! 貴方の持っている隠れた魅力を引き出すだけでは無く、新しい魅力を創造する【魅力提案型】ブラジャーなのです! メンズブラは貴方の新しい魅力を目覚めさせます!』 魅力…? 魅力! そうだ! 俺に欠けているのは魅力! 手に入れられるものなら手に入れたい! 読むほどにメンズブラに引き寄せられ、どうしても買うしかない、と購買欲が高まって行く。 『このサイトを御覧になったアナタ! 今がチャンス! な! な! なんと! 驚きの90%オフ! お求めやすい魅力価格でアナタの新しい魅力をゲットできるのです! もちろん税込み! 送料無料!』 ボクブリだとどれも5千円近くしてたのに、メンズブラは500円!? おお! 安い! これだったら2個買っちゃおう! 色は5種類か……ベージュ、グレー、白、黒、紫……って、紫はまず無いな。ベージュやグレーもなんだかぼんやりした色味だし、 ここは白と黒を選んでおこう。 サイト内のカートに2つ入れ、あとは指示に従って必須事項を埋めていく。 最終確認ボタンを押したら、すぐにメールで「ご注文承りました」と反応が返ってきた。 そして、 ――――冒頭部分に戻る。