25終局 「クロム……、じゃなくて松宮先生は高校を辞めたあと何処へ行ったんでしょう?」 「さぁな。自分探しの旅に出たんじゃねぇの?」 「杉原はいつもこんなに素っ気ないのか?」 「いえ、そんな事はないですよ? ベッドの上では一番の甘えん坊さんですよね?」 雲居が経営する雑貨店の、こじんまりとしたカウンターにガタイの逞しい男が3人も座れば互いの肘がぶつかり合う。 そんな様子に目を細める蜘蛛の妖異のオーナーは、空いたカップに新しいコーヒーを注ぎ彼らの前にそっと置いた。 「それにしても、あれから2か月ですか……。早いものですね」 雲居の柔らかな声のせいか何年も前に起きたことのように聞こえる。 同族を吸収し尽くし巨大魔竜人と化したクロムによる破壊的な地球離脱は、レットたち獣人ヒーローや須崎などの異能使いによって阻止された。 双星山の頂にある双成神社において、クロムに吸収され精液へ変えられていた魔竜人たちは雲居によって精液から肉体や人格を復元され全員が元に戻った。 後にレットや須崎、そして獣人ヒーローたちにクロムを倒させたのは精液を人間へと復活させるための力を温存するためだったのだろう、と指摘された雲居は「さぁ、どうでしょう? 私の出る幕が無かっただけかと」と微笑んで言葉を濁していた。 「こんにちわっす! こっちに饗庭野さん来てますか?」 「いらっしゃいませ。 ええ、いらっしゃってます」 木製のドアを押し開けて入って来たのは「沢村 亮真」だ。 「あっ! やっぱりここか! 何度もメッセージ送ってんのになんで反応しないのかな!」 苦笑した饗庭野が両手を上げて沢村をいなす。 「ちょっと朝から立て込んじまってさ! 悪い! この通り!」 頭を何度も下げる饗庭野に渋々沢村は「分かったよ、もう」と表情をやわらげた。 「んじゃぁ、俺は帰るとすっか。依頼が溜まってるみてーだし」 レットがカウンター席から下りた。 「そんなに殺到してるんですか?」 「大きな案件はないんだがな、獣人がらみの相談は山ほどあるようだ」 須崎に軽く説明したレットは雲居や饗庭野にも目礼だけ残して去ろうとした。 が、沢村の前に来ると耳に唇を寄せて「饗庭野とばっかじゃ飽きるんじゃね? 俺ともセックスしてくんねーかな?」と、耳に息を吹きかけてから出て行った。 「んひゃぅ!」 「ちょ! 杉原のヤツ!」 「まぁまぁ、アレでも気を遣っているんでしょう。沢村さんを危ない目に遭わせてしまった、とね。さあ、沢村さんもコーヒーいかがですか?」 空いたレットの席に座った沢村は温かく香るコーヒーを口にし、いまだに整理の付かない疑問を雲居に投げかけた。 「……こうやって、復活できたのは感謝しているんですが、どうして、俺は魔竜人のままにしたんでしょう? 東城や、その弟くんや仮島先輩はただの人間に戻ったのに」 「ん~、理由の一つはクロムの黒精液を飲み過ぎたため、精神に刻み込まれてしまったクロムへの盲目的な崇拝を解除する必要があったからです、と以前にお話ししたと思うんですが」 「ええ、それはすでに聞いていますけれど……」 「沢村さんを魔竜人にしたままなのは、饗庭野さんの体液の助けもあったと思われますが、完全に独立した自我を形成されていると判断したからです」 「完全に独立、っすか……」 「はい。生体兵器として命令を実行しなければ、と思いながらも早い段階から疑問に感じていたり、人間に「種」を寄生させたい気持ちはあるけれど、人間を支配する気はもう無い、と聞きましたから」 「ゼロになったんじゃなくて少しはあります。魔竜人の力、繁殖力は明らかに人間を上回っていますから。ただ、誰でもじゃなく、ヤりたい奴とだけ交尾したくなったので「種」づくりは滅多にしないだろうな、って」 「ですって? 聞きましたか饗庭野さん。沢村さんに愛されてますね~」 軽く咳込んだ饗庭野が「茶化さないでください。俺はもう魔竜人になる事はありませんから」とナプキンで口元をぬぐった。 「俺だって雲居さんのことはものすごく愛してるんですが」 「須崎さんまで……」 照れる蜘蛛の妖異を前に、カウンターの男たちがドッと笑い声を上げた。 その陰で雲居は「本当は彼らから「種」を分離させた訳じゃないので厳密には魔竜人のままなのですけど、『変身はもう不可能』、との記憶に埋め込んでいるので変身できないだけなんですよね」 と、呟いているのだった。 ◇ 夕暮れの空にたなびく雲の茜色が藍色へ、草の葉を揺らす風がぐんと冷たくなった頃。 崩壊した社殿の片隅、取り込んだエネルギーが空になり巨大だったカラダが小さくなったクロムは天を仰いだまま雲居に「殺してくれ」と小さく呟いた。 「シロをここに磔(はりつけ)たのは俺のせいだ。俺をお前から庇おうとして、……糸に捕まる寸前、「種」に自我を移した俺を蹴り上げ、神社の外へと逃がしたせいでシロは……」 「それでシロさんの自由を取り戻して、ヴィスカムに還してあげようとされたんですか? まったく無茶なことを……。集めたエネルギーを上手く扱えたとしても人間のカラダをベースにしたままでは、ヴィスカムにたどり着く前にボロボロになっていたでしょう」 「…………」 「あなたの思惑通りになるのか否かは敢えて申しませんが、一つ、お伝えしたいことがあります」 「……なんだ?」 「はい。あなた方の母星、ヴィスカム星は千年ほど前に無くなってます」 「……は?」 「クロムさんとシロさんが氷河期の地球で眠っていらっしゃった間にヴィスカムを照らす恒星が急激に膨張し始め他惑星侵略は二の次になっていました」 「な!? なん、だと?」 「二度目の救援が来なかったのも、次の命令が届かなかったのもそのため。他の惑星に進出していたヴィスカムの方々も現地の細菌や気候変動に負けて残念ながら生き残ってはおりません」 「別惑星の奴らもだと?」 「さらに決定的なのは、膨張した恒星が千年前に超新星爆発を起こしてしまいヴィスカム星も蒸発。爆発後の姿は『かに星雲』と呼ばれて地球からも観測できます」 「爆発? 蒸発? つまりは滅んじまったってことか」 雲居は深くうなずいた。 「はっ! はは、あははははは! なんだそいつは! 俺とシロが必死に生き延びようと苦しみに耐えている間に! 母星の連中も他の星に向かった奴らも、みんな先に滅びちまってたのかよ! あーーっはははは!」 肩を震わせ笑っていたクロムがピタッと動きを止めた。 二つの目は光を失い虚ろに、なにも見えていないようだった。 「……俺もシロも、何万年も、何千年も、何やってたんだろうな? ヴィスカムから救いの船が、次の命令が来ると信じて耐えてた時間が、まるで、まるで無駄じゃないか……」 「それでも、あなた方は死ななかった。『種』の状態で休眠していた期間が長いとはいえ、寄生先の人間のカラダを換えれば不滅の存在。望めばこの先もずっと――」 「嫌だね。もう俺はこりごりだ。シロを救うどころかヴィスカムが消滅しちまったのなら、本当の意味で捨てられたんだ。少なくとも生きている意味はねぇ。……もう、楽にさせてくれ……」 「それはできません」 「…………なぜだ。指一つ、巻き付いている糸を引けば俺の首が落ちるんだろ? 前に会った時のお前なら迷わずやってたはずだ?」 「殺さない理由は単純です。あなたが異星からの侵略者ではなくなったからです」 「なに?」 「シロさんはとっくにこの星の一部として生きる覚悟をお持ちでした」 「…………シロが?」 「ええ。もう一度よく話し合ってみてください。一年前、無理に交尾し合った時のようなものではなく、静かにゆっくりと向き合い、きちんと素直な気持ちを」 「…………」 「それと、現在の寄生相手である人間の声も聞いてあげてくれませんか?」 「人間? この『松宮 黒夢』の?」 「クロムさんの意識が強すぎてかき消されているのでしょうけど、ちゃんとあなたの中に、埋み火のように松宮さんの意識もあるはずです」 「…………」 むくり、とクロムは身を起こした。そして、山の稜線の上に輝く星を見つめた。 「俺は、同族を、仲間を喰らった……。故に、復活したアイツラに合わせる顔が無い。いや、袋叩きにされるのならそれでも構わないが、ともかく、謝っても謝り切れない事をやらかした。 だから――」 「だから?」 「だから俺は、償いたい。地球人のことを知って、俺にできる事を知って、シロのように覚悟を決めて生き続けられる、いや、最後には地球上の生物として死を迎えられる存在になりたい」 「いいですねぇ。私はまだ人間観察が楽しくて死など考えられませんが、クロムさんのお気持ち、分からなくも無いです。こう見えて私、あなたよりちょっぴり長生きしておりますから」 「くそっ、こんなのが地球の先輩か。まったく食えねぇなぁ」 「そうですそうです。私なんか食べたところで呪いの苦さと因縁の酸っぱさしか味わえないですよ? レットさんの浄化精液のほうがまだ美味しいでしょう」 「そういう意味じゃ無ぇよ。……お前さ、前に会った時よりも――」 「少しは人間に近づいたでしょ?」 「いや、前よりもっとひねくれてやんの――、あだ! だだだだだ!」 クロムの尻尾に巻き付いていた蜘蛛糸がギュン! と絞られた。 「どうせ再生するんですし、尻尾くらい千切ってもかまわないですよね~?」 「だぁーーーっ! や、やめろぉ! いでぇーーーっ! ストップ! 頼む! ストーーーーーップ」 ◇ 饗庭野のアパートに初めて入った沢村は、ごく普通の、あまりにも中年男臭さしかないダサい暮らしぶりにがっくりと肩を落とした。 「あ、あのさ……、まだ35歳なんでしょ? こんな地味な部屋にしなくたって……」 取り込んだまま床に置きっぱなしの洗濯物。テーブルには干からびた食べかけのパン。その横にはとっくに期間が過ぎたセールのチラシや開封されてすらいない郵便物。 「そうは言うけど、この部屋に戻ることの方が少ないんだぜ? 仕事が仕事だけにさ」 「だとしても……、せめてパソコンくらい買い換えようよ! なんでこんな旧型の化石みたいな機種を使ってるんだ!」 沢村は黄ばんだブラウン管モニターと15年ほど前に販売されていたPC本体を指さした。 「う、動いてくれてるし、ネットも繋がってるし、捨てるにはもったいないし……」 「ダメです! あまりに古いパソコンはセキュリティがぜい弱で乗っ取られる可能性が高くなるんですよ! 情報を扱う者として、それ、一番ダメでしょう!」 「むぅ……、まるで編集長かお袋のようだ。――お袋なんていないけど」 「俺は悍馬さんの保護者じゃなくて恋人でしょ? 好きだからこそカラダだけじゃなく生活も若々しくあって欲しいんです」 背伸びして抱き着いた沢村が顎を上げた。 饗庭野は求めに応じて沢村にキス。軽いフレンチキスではなく舌を絡めてのディープなものに移ると、股間がムクムク頭を持ち上げエロい欲求が高まっていく。 「はぁ、ダメ……、悍馬さん、セックスしたくなっちゃう……」 「エッチな恋人だな。まぁでも、俺もヤりたくなってたところだ」 「気が合うね、俺たち」 「変身しちまうか? それとも人間のままでおっぱじめるか?」 「今回は変身しようかな。スリットマンコで悍馬さんのチンポを咥えたくなってきたし」 「よし、今度もいっぱい雌イキさせてやるよ」 意識をすべらせ人間から魔竜人へと切り替えようとした沢村だったが、ふと顔を上げ饗庭野を見た。 「そういえばさ、悍馬さんはどうしてあんな不思議な体液を作れるんだろう? クロムの黒精液を飲んでも洗脳されないなんて」 いつかは聞いてみようと思っていた疑問だった。 「俺はな、実はミュータントなんだ。人間のような姿をしちゃいるがアメーバとかプラナリアに近い生き物でな、基本的には見た相手とうり二つに変身できる。能力も含めて、ね」 饗庭野のカラダがぐにゃぐにゃうごめきヒトの沢村そっくりになった。 「と、まぁこんな感じで声も真似できる。だが、気を抜くとすぐにほら、元通り、冴えないオッサンに戻っちまうんだが、ここで便利なのがあの体液だ」 「精神やカラダの状態を固定する体液だよね」 「そう。その体液を作りだした本人が自分に使うとどうなる?」 「……なるほどね、変身先も固定できるって訳か。それでずっと魔竜人になってたんだ」 「そういう事。この能力がないと俺みたいな無名のフリーライターは飯を食っていけないのさ」 「ねぇ、悍馬さん。悍馬さんの『本当の姿』を見せて欲しい……。フリーライターでもなく魔竜人でもない、何者にも変身していない『素』の悍馬さんを」 「亮真……」 「ダメ……、かな?」 切なくうつむく沢村の姿に饗庭野はこれまでになく甘酸っぱいものが込み上がっていた。 (これが、これが恋なのか? ああ、ダメだ! 亮真の期待に応えたい! 亮真が喜ぶ顔が見たい! こんな、こんな気持ちになったのは初めてだ!) ミュータント饗庭野。実は沢村に初めて本気の恋をしていた。 「だ、ダメじゃない! けど、亮真を幻滅させるかも知れないんだ!」 「見てみないと分からないよ……。でもさ、悍馬がどんな姿になっても幻滅はしないな。だって、俺はそれだけ悍馬の事を愛してるんだから」 「よ、ようし! それなら見せちゃおうかな! いや、見てくれ! 俺の真の姿を!」 饗庭野が現在の「饗庭野 悍馬」でいる状態を固定する体液を打ち消し、幾重にもかけた変身を解除していくと、最後に現れたのは―― 終 追記: 『松宮 黒夢』はレットが所属するヒーロー事務所に採用された。仲介したのは雑貨店オーナーである雲居だったと饗庭野のメモ帳に記されたのは事件から一年後の事だった。 また、破壊された双成神社が再建されず荒れたままになっているのは秘祭に用いる神宝を失った上に、秘祭のために男性を軟禁状態におくなど法に触れる事案が明るみに出たためであった。 告発した双星村の駐在によると『どう見たって神社ではなく神様に見立てた人を閉じ込める牢獄でしたからね。あんな施設、認める訳にはいかないです、はい』 元村長など主だった者は書類送検などの処分を喰らい、双成神社を悪用した面々は一掃された。 そして、龍神の体液を用いた農業も不可能になったため翌年の村の収穫物は他の地域の60%程度に落ち込んだ。 その影響もあったのか2年後に双星村は辰ヶ引町に吸収合併された。 【人物紹介&設定メモ】 『H大学生とその周辺』 沢村 亮真 20歳 大学生2年生 ノンケ大学生だったが友人からもらったディルドにより赤魔竜人になり男に目覚める。 東城 我門 20歳 大学生2年生 理学部バイオ学科の学生 チャラ男だった春休み中にマッチョに。青魔竜人。 仮島 彩陽 21歳 大学3年生 亮真と同じアパートの大学生。亮真によって種を寄生させられ緑魔竜人になった。 『双星村と双成神社の関係者』 芦森 健介 27歳 双星村交番に勤務する警官 狼型獣人 重村 作次 77歳 双星村の元村長 双成神社の氏子総代 代々魔竜人を神と崇め、魔竜人の精液を農業に利用している。 与義 方円(シロ) 33歳 双成神社の唯一の巫人 神の依り代として年に一度行われる秘祭の秘儀「繁根の儀」の時にはディルドを自身に挿入、寄生させ白い魔竜人に変生する。 依り代になっている期間は糸の呪いによって神社の境内地から出られず村人以外との接触は全く持てない。 『辰ケ引高校の人物』 東城 吾門 16歳 高校2年生 我門の弟 ひ弱な体質だったが急に頑強な健康体になった。 横道 京介 16歳 吾門のクラスメート 不良 袋小路 渡 16歳 吾門のクラスメート 不良 波多野 光洋 35歳 辰ケ引高校・体育科教員 松宮によって魔竜人にされた。 松宮 黒夢(クロム) 24歳 辰ケ引高校・生物科教員 ディルドに入っていた竜人型寄生生物に寄生され、教え子である高校生にも寄生させている人物。黒魔竜人。 『そのほか』 饗庭野 悍馬 35歳? フリーライター 実はただのライターではなくコピー能力を持つミュータント。本業は情報屋。 何者にも変身可能、また、どれほど体を改造・改変されようとも新たに再生し元に戻れる。 レット 杉原 列人(すぎはら れっと)27歳 ヒーロー派遣業【Unlimited Mix Heroes Co.,Ltd.】のヒーローの一人 擬性獣事件に対して最も事件解決に寄与した人物。狼獣人にも変身可能。 レットの浄化精液には擬性獣を浄化するだけでなく、凶暴な獣人を鎮静化させる力を持っている。 バレット ヒーロー派遣業【Unlimited Mix Heroes Co.,Ltd.】の代表。元の名はアポロ 人類絶滅の危機に瀕した未来からやってきたバイオロイドであり、敵である擬性獣のボスになろうとしていた人物を恋人に持つ。 須崎 遼平(すざき りょうへい) 33歳 総合電子機器メーカーに勤務するサラリーマン 「雲居 アラン」のパートナー。移転した慰昆堂の隣のマンションに住んでいる。 かつては慰昆堂の客の一人だったが、とある出来事によって巨大なペニスとマッチョなボディを手に入れた。 (詳しくはPIXIVに投稿済みの小説『糸』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8869045 をご参照ください) 雲居 アラン 年齢不詳 雑貨店・慰昆堂のオーナー。正体は蜘蛛怪人。人面マスクで普段は人間に擬態している。 怪人とは言え人畜無害だったが、須崎との出会いにより人間に対し更にフレンドリーになった。 売っている物はオーナーが買い集めた物だけでは無く、人づてに流れて来たモノも多い。 趣味は人間観察。