聖夜のマッチョパーティ 6
Added 2018-12-26 16:16:45 +0000 UTC6月光遥かに 部屋にそのまま戻っても落ち着かない気がしたのでカフェコーナーで暖かいドリンクをもらって船の後尾にある広いデッキに来てみた。 ドアが自動で開く。真冬の海風にカラダがぶるっと震える。 それもそうだろう。ビルパン一丁のままで船外に出ようとしているのだから。 だけど、頭が冴えて丁度いいかも知れない。この船に乗ってからずっと自分や他の人の筋肉に興奮しっぱなしで、緊張状態が続いていたようなものだったから。 それに、思いっきり分厚くなった筋肉のお陰ですぐに凍えるような事も無さそうだ。 ところどころにクリスマスイルミネーションが飾られたデッキには他に誰もいないようだ。 デッキの端でも風はそこまで強くはない。天空の高みより月の光が海と船とを眩しく照らしている。 ホットドリンクをひと口飲んだ俺は、マッチョライブショーで見た「キョウタロウ」こと「きょうちゃん」の思い出を紐解いた。 初めて出会ったのは中学一年の入学式の後。 自分のクラスが発表され先生の誘導に従って指示された教室に入った時だった。 「きょうちゃん」こと「阿弓恭太郎」は出席番号順になっていた教室内で、俺の一つ前の席に座っていた。 俺が自分の席に座るとすぐに振り向いて「なぁなぁ、俺、恭太郎! よろしくな!」と、屈託ない笑顔を寄越して来た。 「よ、よろしく。俺は淡島、冬賀(とうが)」 「へぇ~! トウガかぁ、名前かっけーな! 俺もそんな名前が欲しかったぜ」 「恭太郎だって悪くないと思うけど――」 「コラ! 阿弓! そろそろ前を向いて静かにしなさい!」 入って来た先生によって恭太郎との初めての会話はこれで途切れた。ただ、席順はしばらく変わらなかったし、 何かにつけ出席番号順になる事が多いから、恭太郎とは自然に会話する機会が多く、仲良くなるまでそれほど時間はかからなかった。 「うわ! しまった! 宿題のプリントやっておくの忘れてた!」 「きょうちゃんは忘れっぽいなぁ。しょうがない、俺のを見せてあげるから早く写しておきなよ」 「トウガ~! 助かる! マジありがとうな~」 明るく積極的で好奇心旺盛なきょうちゃんには忘れ物が多かった。それが唯一の欠点だろう。 俺は頻繁にそんなきょうちゃんをフォローしていた。 そして、次第に「きょうちゃんは俺がいなきゃダメだな」と思い始め、さらにその思いは「きょうちゃんは俺より下だ」と言う 上下の関係を内心では築いていた。 そんな歪な友情を抱きつつ、表面的には普通に仲の良い友達として振る舞っていたのだが、年末も間近い12月のある日、 俺の友情が間違いだったと気付かされる事件が起きた。 「うわわ! やっべぇ! 体操服持ってくんの忘れてた!」 きょうちゃんじゃない。 俺が忘れ物をしてしまった。滅多に忘れ物なんかしなかった俺は、すぐに体育の先生に厳しく叱られ、罰を言い渡される場面まで想像し、 パニックに陥っていた。 「くっそぉ~、どうしよう~! こんな寒い日にパンイチで体育受けるなんてマジ勘弁して欲しいよぉ~」 「トウガ、落ち着けって! 体育の授業は幸い3限目じゃん! 2限と3限の間は休憩が15分だし、お前んちはダッシュすりゃ片道5分で着くじゃん。 走ったら何とかなるって!」 「だったらきょうちゃんが俺の家まで取りに行ってくれよ。俺、そんなに走るの早くねぇし、いつもは俺がきょうちゃんを助けてるし……」 即拒否るかと思いきやきょうちゃんは笑顔で俺にこう言った。 「だよな! たまには俺もトウガの役に立ちたいと思ってたんだ! じゃぁ、俺に任せとけ! 超スピードで お前に届けてやるから!」 こうしてきょうちゃんは2限目の授業が終わるや否や、勢いよく教室を飛び出し、そして、そのまま学校には帰ってこなかった。 きょうちゃんは俺の自宅の手前で車と接触し、事故に遭っていたのだ。 幸い命に別状はなかったが足を骨折する大怪我を負ってしまった。 数日後、恐る恐る病院に見舞いに行くと、俺が何かを言う前にきょうちゃんはこう言った。 「トウガ~、体操服届けられんくてすまんかった~。トウガの役に立てるチャンスと思って猛ダッシュしてたらドジっちまったぜ~」 「…………そう、じゃない。悪いのは、俺の方じゃないか。体操服なんかどうでもいい……、きょうちゃんが 死んだら、どうすんだよ……」 「……トウガ?」 足にギプスを嵌め、頭にも包帯を巻いたきょうちゃんを見て、俺は思わず泣いてしまった。 あんな事言わなきゃ良かった! きょうちゃんに俺のミスの尻ぬぐいをさせようなんて思わなきゃ良かった! 泣き出した俺をきょうちゃんは優しく慰めてくれた。 これじゃどっちが見舞われているのか分かんねぇな、と俺が言ったのかきょうちゃんが言ったのか、ハッキリしない。 二人同時に呟いていたのかも知れない。 それからもきょうちゃんを見舞いに行ったが一度も俺に恨み言を言わなかった。 一週間ほどして冬休みに入って間もない頃、きょうちゃんの頭の包帯が外れていた。 目じりからこめかみに一本の傷跡がくっきりと残っている。 「どうよ? ワイルドだろ? 俺の強さが一段と強調されたかのような傷じゃね?」 「頭をぶつけてもそう言えるって事は、知能は相変わらず低いままだな。つうか、よりバカになったんじゃね?」 「このやろう~!」 俺ときょうちゃんはこれからもこうやってふざけ合えるほどの親友だと安堵し、声を上げて笑った。 年が明けて入院がひと月を経過した頃、病室にきょうちゃんの姿は無かった。 「阿弓くん、足の方は順調に回復していたのだけど、脳の中に血腫、つまり頭の中に血の塊が見つかったの。 放って置いたら命に関わるとても危ない状態でね。それを取り除くために専門のドクターがいる都内の病院へ転院して頂いたの。 申し訳ないけど、どこの病院とまでは具体的には教えてあげられないのよ。個人情報保護って最近特に厳しくなっているの、キミも知ってるでしょう?」 尋ねたナースは俺にそう告げるとすぐに別の患者の元へ去っていった。 病院からの帰りに遠回りしてきょうちゃんの住む家に行くと、すでに「売り家」として引越しした後の状態だった。 そんな、無人の家を冷たく照らしている大きな月が、とても印象に残っている。 こうして俺はきょうちゃんを見失い、いつしか二十歳になっていたのだ。 「――あの日、以来かぁ」 『あの日、ってどの日のハナシなんだ? トウガ』 「きょうちゃん!?」 「冗談だ。トウガに黙ったまま引越しちまった『あの日』以来だな」