形状記憶コンドーム ブランク編 1
Added 2019-04-21 14:21:51 +0000 UTC1悩める大学生 人通りがすっかり少なくなった午後10時。 高架下にある小劇場から出て駅へ戻ろうと階段を上がり切った瞬間、「金沢 秀一(かなざわ しゅういち)」は急ぎ足に通り過ぎようとしていた人とぶつかってしまった。 「うわっち!?」 「おおっと!」 大きくよろけたものの何とか踏ん張って転倒はしなかったが、金沢はぶつかった相手に文句の一つも言わなければ気が済まなくなっていた。 相手の男が単に小石が靴に当たった程度のように平然としていたのも癪に障った。 「おい! 急にぶつかってくるなよ! ちゃんと前を見て歩けオッサ……ン……」 「いやぁ、申し訳ない! 急いでいたものだから。見たところ怪我は無いようだけど、ほんと、すまなかった」 睨みつけたものの相手は酒臭いオッサンでも、クソ生意気なガキでもなかった。 目鼻がすっきりと整っていて思わずハッとするほどカッコいい青年。短くそろえた清潔感のある髪。 緑色のパーカーの首元には銀色のドッグタグネックレスが煌めき、グレーのジーンズには派手目な金色のバックルがついたベルトを締めている。 そして、青年のコーディネートがサマになっている事以上に際立っているのは高い背丈と逞しい体格であった。 喧嘩をすれば確実に負ける――細身で腕力に自信が無い金沢は、自然とそう「断定」した。 「あ、いえ。こちらこそごめんなさい。俺も不注意だった」 青年は金沢よりかは少し上なんだろう。20代半ば、くらいだろうか。 今年成人式を済ませた金沢よりかは大人びた落ち着きがある。とは言え発散される雰囲気は若く溌剌としていて、ここの所悩みを抱えている金沢と比較すれば一層エネルギッシュな印象を与えている。 そんなイケメン青年がふと視線を細め金沢を凝視した。 「な、何? 何なんだよ……?」 「あ、いえ。特には何も無いんですが、う~ん、この反応……こんな所に……」 「は? 反応?」 青年は金沢の「中身」まで見透かすような視線を投げつけたかと思うと、ハッと腕時計の時刻を見て慌て始めた。 「ぶつかっちゃって本当にすまなかったね! それじゃぁ僕はこれで!」 バッと手を上げ立ち去っていく青年。しかし、数歩進むと再び金沢の元に舞い戻って来た。 「へ? ま、まだ何かあるのか?」 「ねぇ、君。学生さんかな? もし良ければ、アルバイトしてみない? 一応これが連絡先だから興味があったら是非連絡して欲しい」 一枚の名刺を金沢に押しつけるように手渡した青年は、今度こそ足早に去ってしまった。 【コンドーム製造・販売 コンバート社】 『グリードマンタイプ担当・加賀美 具里人(かがみ ぐりと)』 名刺を見て理解できたのは青年の名が加賀美と言う事と、所属する会社がコンドームの製造と販売を行っている、と言う部分だけだった。 「こ、コンドームの会社の人だったんだな……ってことはエロいバイト? まぁ、そんな訳ないか。きっと工場の製造作業員でも募集してんだろうな」 聞いた事の無い社名であったし、避妊具メーカーなんて特に意識してチェックをする訳もないので、金沢は興味を持てないまま無造作に名刺をポケットへと突っ込んだ。 そして、駅へ向かって歩き始めると同時にスマホを掴み、ずらりと並ぶ発信履歴の中から誰かへとコールした。 『ただいま、電源が入っていないか、電話に出ることが、できません。ピーと言う発信音の後に、メッセージをお入れ、下さい』 「またかよ? 透の奴、今日もハッテン場に行ってるのか?」 舌打ちしてもう一度コールする。しかし、スマホの向こう側からは同じボイスが返ってくるだけだった。 ラインの画面を立ち上げて見ても3時間前に送ったものに「既読」はまだ付いていない。 乱暴にスマホを閉じた金沢は怒りを抑えきれず、そばに設置されていた自販機を思いっきり蹴とばしてしまった。 すると、自販機の上に放置されていたガラス瓶が転がり金沢の頭を直撃した。 「いってぇっ! 畜生っ!」 普段の金沢ならこんな悪態をついたりはしないのだが、交際相手への悩みや鬱憤が積もりに積もっている事もあって、苛立ちが募っているのだ。 「マジで最悪だ! 手伝いに来てくれって言うからわざわざ来てやったのに飲み物の一つも寄越さねぇし! 芝居はクソつまんねぇし! 何で手伝う俺がチケットの金も負担しなきゃいけねぇんだ!」 出血は無いものの頭の痛む部分を何度も手でさすりながら金沢は毒づいた。 演劇仲間の友人の頼みで小劇場での公演を手伝いに来たものの、散々な対応を受けてしまった事も彼の怒りを増幅させていた。 せめて缶チューハイでも買って飲もうかと財布を開けたものの、覗き込んだ金沢は肩をがくりと落とした。 「……電車代は何とかあるけど、明日からどうすりゃいいんだ。マジで飢えちまうじゃん、俺」 財布に紙のお金は無い。あるのは硬貨ばかりで合計600円程度であった。 経済的な問題によって金沢の怒りは「ひとまず」沈静化した。ただ、新しくより切実な「悩み」が増えたため、 金沢の気分は沈静を通り越して消沈の域にまで来てしてしまった。 「……そ、そういやさっきの人、アルバイトがどうとか言ってたな。聞くだけ聞いてみるか……」 折り目のついてしまった名刺をもう一度ポケットから取り出し連絡先の電話番号や住所を確認する。 「勤務時間や条件が折り合えばラッキーなんだけどな」 そして、給料を前借りできるかどうかも聞くだけ聞いてみよう、と金沢は心に決めた。 「演劇部の奴らも素寒貧ぞろいだしな。恥を忍んでダメ元で頼むしかない」 金沢に名刺を渡した青年の姿を思い出していた。 優しく甘いマスクのイケメンであり、屈強と言う二文字がまんま当てはまるがっちり体形の偉丈夫。 匂い立つような男臭さも兼ね備えている色男でもある。 「……あの人、絶対モテるだろうな。つうか、あんなかっこいい人に迫られたらうっかりOKしちまうかも。あ~、俺もあんな顔であんな体格になってみたいぜ~」 金沢は加賀美の姿に変身して劣情の赴くままどデカイチンポ(金沢の脳内補正最大)を使ってセックスする姿を想像した。 たちまち股間に向かって熱い血液がドクドクと流れ込み出すのを感じたが、ふと連絡が取れない「透」への怒りが再燃してしまい、頭を上げかけた肉棒はあっけなく縮んでしまった。 「金沢 秀一(かなざわ しゅういち)」は精光大学に通う2年生である。 年齢は二十歳。 演劇部に所属しており役者の卵として日々のレッスンをこなし、そして勉学にも励んでいる。 そんな金沢の「悩み」として、まず一つは経済的な問題であった。 実家からの仕送りで基本的には生活に困窮しない筈なのだが、演劇部への部費と言う名の「持ち出し」や、 公演を行うたびに生まれる「赤字」の補てんなどで毎月のようにフトコロが空っぽになっていた。 割の良いバイト先を見つけても稽古や知人の公演手伝いなどで急な欠勤がしばしば起こり長続きできない。 それに、演劇部の中では並み居る先輩たちを抑えて「主役」に抜擢されていたため、バイトを優先するのは憚られていた。 「悩み」のもう一つは金沢の交際相手について、であった。 金沢の交際相手は「石川 透(いしかわ とおる)」と言う。 同じ大学に通う柔道部の主将であり、年齢は二つ上の22歳。大学4年の男である。 互いに意識し始めたのは昨年の学園祭の時だ。 学内の大ホールで金沢が演劇部の定期公演「はぐれ侍」にて主役の「はぐれ侍・藤堂斬一郎(とうどう ざんいちろう)」を演じていた際、殺陣のシーンで誤って舞台上から落下してしまったのだが、 最前席から咄嗟に駆けつけ助けたのが鑑賞に来ていた「石川」だったのだ。 石川が間一髪で滑り込み、自分のカラダをクッションのようにして金沢の落下をやわらげたため金沢は傷一つ負う事なく、芝居を最後まで続けることができたのだった。 金沢は恩人の石川を見てひと目惚れし、石川もまた金沢に惹かれ、気持ちを寄せるようになっていった。 そうして学園祭の一か月後、クリスマスも間近な頃に石川から告白された金沢は即OKの返事を出した。 両想いだった2人の交際は順調に進んでいくのかと思われたのだが、そうはならなかった。 石川は金沢が考えていた以上に性欲が大きい絶倫で、とんでもない性豪タイプの男だったのだ。 金沢もセックスが決して嫌いな訳ではなく、好きな相手とは思い切りセックスを楽しみたいと考えていたのだが、 石川はひと晩に何度でもイケる精力の持ち主であり、柔道選手らしい鍛えられたがっちりした体躯に30cm級の巨根をぶら下げ、激しく貪り合うセックスしか頭に無い性獣だったのだ。 そんな「質より量」を求める石川に反して金沢は「量より質」を重視するセックスを望んだ。 石川の30cmもある肉棒は長さと共に太さまでも極太であったため、石川のアナルではどうやっても受けきれるシロモノではなかった。 タチもウケも両方で快感を味わいたい石川に対し、金沢はウケだけしか石川に許さなかった。 そして、一発イけば満足して萎える金沢とのセックスは、石川にとって到底満足できる「量」では無い。 石川は次第にハッテン場へ行く機会が増えていった。 最初はこっそりと金沢に隠れて行っていたものの頻度が増えればおのずと隠し切れなくなった。 金沢は満足させてやれない自分を嘆き、石川の不満を解消するためであれば、と石川のハッテン場通いを黙認することにした。 ところが、石川はハッテン場では飽き足らず、金沢の親友にまで手を伸ばし始めたのだ。 「透っ! どうして俺のダチにまで手を出そうとすんだよ! ハッテン場でもまだ足りねぇってのか!」 「ああ。足りねぇんだ。つうかさ、お前だって俺のチンポを受け入れようって努力はしてんのか? 俺だって お前に突っ込んで思いっきりぶっ放してぇって、いつも口にしているのに」 「……そ、それは」 「このカラダ、見て見ろ」 石川がバッと衣服を脱ぎボクブリ一丁になった。 「引き締まってて大胸筋や腹筋が割れて、うっすら脂肪が乗ったメチャクチャイヤラシくて魅力的なカラダだよな? 俺だけじゃなくお前もそう思うだろ? だから我慢できねぇんだよ。俺は毎日毎晩俺自身のカラダで発情してんだよ。俺の淫乱なカラダは常にセックスを求めて止まないんだよ。お前だってこんなエロいカラダだったらどう思うか考えてくれよ」 「だ、だからって、俺の親友にまでモーションかけるなんて……」 「俺の誘いに悪い顔しなかったのはアイツらの方だぜ? 嫌だったら無視して相手にしなければいいだけだ」 「で、でも……」 「でもじゃねぇ!」 「っ!?」 金沢の怯えた表情に石川はハッと我に返った。 「悪ぃ……。言い過ぎた。色々言ったけど一番大事に思ってるのは秀一なんだ。ただ、性欲は別物なんだ。 マジでお前とさ、もっと激しくがっつりセックスして気持ち良くなりてぇんだ。 だけど、それが叶わないのだから他に求めちまう。マジで悪いとは思ってるよ……」 石川と激しくぶつかってからしばらく金沢は考えた。 しかし、時間が経って改めて冷静になってみると、結局これはただの浮気行為を「もっと」認めろ、と言ってるのであって、 金沢の心情を無視している状況に変わりがない事に他ならなかった。 「俺の知らないところで知らない人と性欲を処理すんのはまだ許せる。だけど、俺のダチに手を出すってのは やっぱり許せない。それとこれとでは次元が違う。 俺とダチとの関係が壊れるだけじゃないか。何が『俺の淫乱なカラダは常にセックスを求めて止まない』――だ。 自分のカラダに欲情しちまうナルシストの身勝手な意見なんて、俺、知らねぇっての!」 金沢は石川にそう憤るものの、別れると言う選択肢は何故か浮かばなかった。 ココロとカラダは別物、と言う石川の気持ちに理解できる部分はあったし、やはり自分のとのセックスで満足させられない「引け目」もあった。 そして、石川とはセックス以外の部分では非常にウマが合うのだ。 柔道選手として日々精進し、柔道部員を引っ張る主将らしいリーダシップは尊敬できるし、金沢の大好きな演劇についてもよく話を聞き、決してつまらなそうな反応を見せない。 3か月に一度の新作公演には必ず観劇に来てくれる上に、通し稽古で夜遅くになる日には必ず迎えに来てアパートまで送ってくれる。 そんな優しい一面を知っているためセックスの相性だけで関係を断ち切るなんて金沢には難しい事であった。 それ故に、石川に対する理想と現実とのギャップに悩んでしまうのだった。 『ピロン♪』 金沢のスマホにラインの着信を告げる音が鳴った。 「源太? どうかした?」 発信者は金沢の親友の一人、「小松 源太」であった。 『あ、あのさぁ、一応言っておこうと思ってさ」 「うん?」 『石川先輩、また俺を誘って来たんだけど』 「えっ!? ま、また?」 『これから水泳部の奴らとカラオケオールすんので、って断ったんだけど……』 「けど?」 『俺がダメだって知ったら風介に連絡入れたみたいで……』 風介とは「七尾 風介(ななお ふうすけ)」と言う人物であり、金沢のもう一人の親友であった。 「風介にも?! あ、アイツはぁ!」 いくら俺たち3人ともゲイだからっつっても、見境なしにアタックすんじゃねぇ! と言いかけ、ここがまだ 駅前の表通りである事を金沢は思い出した。 「で? 風介は? どう返事したの?」 『多分、断ってると思う。風介は体操部の合宿がもうすぐじゃん? 夜遊びしてる暇は無いからさ。それに……』 「そ、それに?」 『お前の彼氏を寝取るような男じゃないだろ? 風介は』 「あ、ああ……そう、だ。そうだよな。うん、源太の言う通りだと思う」 『なんか、こう言うのって先輩の行動をチクってるみたいで気が引けるけどさ、お前に隠しごとするほうがなんか、ダメだろうって気がして、 一応伝えておこうと思った次第』 「あ、ありがとうな、源太。わざわざ。それにしても何でお前らを誘うかな? ちゃんと俺止めてくれって言ったのに」 『それは、石川先輩の誘いを拒否れないコトがあったから……あ、今のはナシ、聞かなかった事にしてくれ』 「えっ?」 『じゃ、じゃぁ、一旦切るわ。またな』 金沢はラインの切れたスマホをじっと見つめながら、源太がうっかり口を滑らせて出た言葉を頭の中で何度も反芻していた。 「もう、透と源太はヤっていた? 俺に内緒で繋がっていたのか? ふ、風介もそう、なのか?」 隠しごとはダメと言っていた源太自身が俺に隠れて透とセックスしていた? 金沢の脳裏には親友の源太と風介が石川ともつれあってセックスに興じるイメージがありありと浮かんでいた。 一度でも関係を作れたからこそ石川は親友2人にたびたび手を出していたのではないか? と黒く苦い感情が 金沢の胸に広がって行った。 隠れて石川と肉体関係を持っていたのであれば、どうして先ほどはわざわざ連絡を入れてきたのか? 何か別の意図があって誘いがあったと話したのだろうか? 「…………ダメだ。頭ん中こんがらがって来た。明日は部も講義もサボろう」 金沢は気分の「置きどころ」を探しあぐね、深いため息を吐いた。 そうして、帰りの電車代を差し引いたら300円ほどしか残らない財布を見て肩をがっくりと落とす。 「――まずは、カネ、か。飢える訳にはいかねぇもんな」 金沢はもう一度深くため息を吐いて、貴重な小銭を券売機に投入した。 * 《ブランク編はお題箱(https://odaibako.net/u/tak_ato_ri)に投稿して頂いたアイデアを元に執筆した作品です。 お題の提供まことにありがとうございました!》