粘土男の性事情 1男と不思議な雑貨店
Added 2019-12-29 13:58:10 +0000 UTC1男と不思議な雑貨店 帰りのバスの中でうっかり寝過ごしてしまった。 慌てて降りたがそこは初めての見知らぬ場所。 通りの反対側にあるバス停に渡り、戻るためのバスの時刻を確かめる。 「くっそ~。次のバスまであと一時間もあるのかよぉ~」 まだ最終バスがあるだけ救いだったが、それでもただの住宅地のバス停で一時間も待つのは甚だ辛い。 ざっと見渡したところコンビニも無いし喫茶店も無い。自販機すら無いのでドリンクすら飲めない。 バス停から離れて休める所を探しても良いが、迷子になんかなってしまったら今度こそ終バスを逃してしまう恐れがあるので止めておこう。 仕方なくスマホをいじって時間をつぶそうとしたら電池の残量がかなりヤバイ。 こう言うのをお手上げ、と言うのだろう。 開いたスマホを閉じ、バス停に設置されている冷え冷えのベンチに座る。 師走の風が襟もとを吹き抜け背中がゾクリとした。 「これじゃ風邪引きコースまっしぐらだ。こうなるんだったら飲み会になんか出るんじゃなかった」 同僚の一人から相談したいことがあると言われ、そいつが前もって予約していた店に同行した。 店に着くとすでに他の同僚たちが待っていて、俺を含めると総勢5人になった。 「黒野さん、聞いて下さいよ。こいつ、来月結婚するんです」 「は?」 俺を誘った同僚が近々結婚すると聞かされた。 「それはめでたいな、んで?」さほど親しくも無い俺がなんでそのハナシを聞かされねばならんのだ? と言いたい所だったが、それは寸前で飲み込んだ。 「あまりお金をかけたくないんで、内々でお披露目パーティだけしよう、と二人で話し合ったんですが……」 簡単にまとめると、同僚とそいつの彼女は「地味婚」にしようと決めた。 節約した分は新婚旅行と新居の購入費用に充てたいらしい。 ただ、あまりにも地味に過ぎると貧相な思い出になりそうなので、それなりに盛り上げて欲しい。 ついては、参加メンバーのカンパを募って少しばかりは派手にしてもらえまいか? と、言う内容であった。 つまり、俺もその盛り上げ役として、具体的には財布の一人として加わって欲しい、と言いたいのだ。 他の同僚たちはそいつと親しいからノリノリで聞いているものの、俺は内心シラケたまま話を聞いていた。 まぁ、それでも今後の「会社内」でのつきあい、ってのもあるし適当に合わせてはいた。 お披露目パーティのイメージはそいつの中で出来上がっているようで俺の協力を確認できれば、あとは普通の飲み会になっていった。 「……普通にご祝儀を包むよりか高くつくんじゃないか?」 年末のボーナスをアテにして新しいスマホをゲットしようと考えていたのに、とんだ出費になりそうだ。 時計を見ればまだ10分も経過していない。 あと50分も待つのかと思うとゲッソリしてしまう。 通りを見渡せば時間が時間だけに人影は全く無く、家々の明かりが静寂と暗闇の色を引き立たせている。 「あれ? あんなところに雑貨屋?」 普通の民家だと思っていた建物に看板がかかっているのに気付いた。 大きなマンションの陰に隠れるような立地。通りから一歩下がった感じで建っているためひと目では気づかなかった。 窓やドアからも照明が漏れていて今も営業中のようだ。 暇つぶしに丁度いいな、と思った俺は再び通りを横切って雑貨屋に入った。 近づいて看板を見れば『慰昆堂』と書かれている。 暖かい店の中は古い懐中時計やアンティークドール、手の込んだキルトや絨毯、値の高そうな宝石まで置いてあった。 雑貨店と言うよりかは骨とう品店みたいだな、と見ていると、別のスペースには最新型スマホやゲーム機なんかも置かれている。 「いらっしゃいませ。お探しの品物はありましたか?」 「あ、いやぁ、どんなお店かな~? と思って入って来たもんですから、特に目当てとかはなくって」 「そうでしたか。では、ゆっくりと見て回って下さい」 オーナーにしてはやけに若い青年が柔らかく微笑むと、すぐに俺の側を離れた。 しつこく商品を勧めてこないのはとてもありがたい。 買うつもりはないのだが面白い模様の入った民族衣装や色鮮やかなアクセサリーを眺めていると、再びオーナーが俺に声をかけた。 「よろしければコーヒーはいかがですか? サービスですのでお代などいりません」 鼻をくすぐる香ばしいアロマ。 普段の俺なら遠慮して断りそうなものだったが、何故か素直に「それじゃぁ、いただきます」と答えてカウンターの席についてしまった。 空気が乾いているから咽喉だって相当乾いていたんだろう。 紫色の蜘蛛が描かれたカップに琥珀色の液体が湯気をくゆらせている。 ひと口含むとコク深い苦みの中にほんのりと甘味を感じられ、鼻腔を上品な香りが通り抜けた。 「おお~! 美味いっすね! こんなに美味しいコーヒーは初めてだ!」 感激をそのまま口に出して顔を上げると、若い青年オーナーの顎にあった大きな傷跡が目に入った。 「お口に合ったようで何よりです」 オーナーの気持ちを損ねないように視線をサッと外したものの、逆にオーナーが俺を気遣って話してくれた。 「ああ、この傷ですか、目立ちますよね? ですが、私には必要な傷なんですよ。むしろこれがないと本当の私になれない、と言いますか……」 「そういうモノなんですか?」 「ええ。ある方がとても気に入って下さいまして。人間よりも人間らしい、と褒めて頂きました」 「人間よりも人間らしい?」 まるで、オーナーの正体が人間ではない、みたいな奇妙な褒め方だな。 「まぁ、詳しくは言えません。秘密です」 ニィッと笑って口に指を立てるオーナー。年齢は俺と同じか俺より若く見えるのに何十年もこの世界を見てきたような落ち着きを感じさせる。 「ところで、お客様――」 「はい」 「当店には商品がお客様を呼ぶことがあるのです。――呼ぶ、と言うと語弊があるかも知れませんが、お客様の元へ行きたい品物が、お客様を招くのです」 「はい? ええと、それは、つまり?」ここにきてにわかに営業トークか? と身構えた。 「ありていに申しますと当店の何かとご縁がある、と言う意味です」 「はぁ、なるほど……」 「どの商品と縁があるのかは、お客様のお話を伺ってみないと分かりません。ですので、お客様が今、何に困っているのか、あるいは、何を求めていらっしゃるのか、聞かせて頂いても構いませんか?」 オーナーの目の奥が妖しく光ったような気がした。 「……特に困った事なんて……。ただ――」 「ただ?」 努力家と言う訳では無いにせよ世間一般に置ける「普通」だとか「常識」から外れないよう、決定的な失敗を犯さぬように生きてきた。 それなりに評価の高い大学に進み、それなりに名の知れた企業に就職し、派手な争いも無く、それなりに人付き合いをこなしてきた。 それで良いのだと思っていた。一度でも選択を間違えると這い上がれない時代にはこんな生き方しかないのだ、と。 しかし、一方では「それなり」ではない何かを求めていた。 27歳にもなると同僚の中には結婚するヤツも出てくる。 子供だって持っているヤツもいる。 育児がキツイ、しんどい、と苦労話を俺にしてくるが、どことなくその苦労が幸せである、とも聞こえてくるから不思議だ。 かと言って俺は育児にも結婚にも興味は無い。 興味があるのは同性だけ。男だけだ。 けれどセックスの経験は今だにゼロ。前も後ろも童貞ってヤツだ。性欲が無い訳じゃない。 普通レベルがどの程度かはよく分からないが、ムラムラしてしまう事もちゃんとある。 セックスだってやりたいんだ。だけど、性欲の発散はずっと右手で、ソロで済ませて「それなり」の快楽で満足だった。 ずっと「それなり」で良かった。でも、もうそろそろ「それなり」じゃなくて、心の底から燃えるような、 これまでの自分をぶっ壊せるような、「常識」も「普通」もかなぐり捨てて一心に情熱を滾らせられるような―― 「……抑えていたモノを開放したいんです。セックスも含めて手ごたえが。がっつりと生きてる実感と言うか、 夢から覚めて本当の自分を表に出したい、と言うか。。 とは言え、今までの人生を否定するつもりは無いんです。でも、一度もセックスもせず本能をくすぶらせたまま過ごすのは、やっぱり違うんじゃないか、って。 かと言って後々炎上したり面倒な目に遭うのはまっぴらですけど……。 ぶっちゃけ自分からアクションを起こさないのに心を熱くするモノを求めているんですよね。 こんなの都合が良すぎますね……、って!? あれ? ちょっと待って? 何で俺、自分の性的な事まで喋ってんの!?」 恥ずかしさが込み上がって来てまともにオーナーの顔が見れない。俺が男好きだと知ってドン引きしてるんじゃないか? 残り少なくなっていたコーヒーカップを持ち上げグイッと一気に飲み干す。 冷めたコーヒーは随分と苦く感じる。 「なるほど、よく分かりました。そう言う事でしたらお客様はこちらの商品に呼ばれたのかも知れませんね」 「は? こちら、って?」 オーナーの青年は俺のカミングアウトなど別に何でも無いと言う風に穏やかに微笑み、カウンターから出ると店内の一角へと足を運ぶ。 そうして、すぐに戻って来ると俺の前に一つの「土人形」を置いた。 「これは?」 「こちらは特別な粘土で作られたクレイゴーレムです」 「ゴーレム?」 10cmほど、手のひらサイズの素朴な土人形だ。ゲームでは良く聞く単語だが詳しい事は覚えていない。 ロボットみたいに命令すると動く人形みたいな物だったろうか? 小さいわりに筋肉と男性器の表現だけはしっかりとしたカタチになっている。 「魔力は完全に抜けていますので勝手に動いたりはしませんが、性質としての効力は保存されています」 「じゃぁ、元ゴーレムと言った方が正しいのかな?」 「その通りです。この、元ゴーレムをお使いになるとお客様のご不満を解消できるかも知れません」 「コイツが?」 擦りきれて目鼻も判然としない小さい土人形が俺の気持ちをどう満たしてくれるのだろう? 「俺はこう言った人形や、古代の魔法とか呪いなどに興味ありませんが」 「いえいえ、鑑賞用でも、おまじない用でもありません」 オーナーの青年はそう言うと、コーヒー豆を挽く電動ミルの中に放り込んでしまった。 「えっ!?」 ドガガガ! ガリリリ! 数秒鳴り響いたかと思うと土人形は粉々に砕かれ哀れな粉末になってしまった。 「良いんですか!? 砕いちゃって!」 貴重なモノだったんじゃなかろうか? 「構いません。こうしないと飲み込みにくいですから」 「飲み込みにくい? て、ことは――」 「ええ。この粉末を飲むのです。害はありませんからお腹を壊したりはしませんよ」 「でも、元々は土、ですよね?」 「そうです。土、粘土です」 話している間にオーナーは、茶色の粉末を綺麗な缶の中に入れ俺の前に差し出した。 引くに引けない、とはこの事だろう。 商売上手なオーナーだ。頼んでいないにしてもここまでされてしまったら支払うしかないじゃないか。 「いくらなんですか? もし足りないようならクレジットカードを使うしかないんですが」 「お代は、そうですねぇ……」 オーナーは顎の傷跡を撫でながら目を伏せて思案した。 ぼったくられたらどうしよう? そんな店に入ったことが無いので対処方法が分からない。 値段を聞く前に椅子を蹴って出てしまおうか。 「……お代は、お客様の体験談、で、いかがですか? この商品を使用されてどのような体験をされたか。 それを次回お越しの際にお聞かせいただきたいのです」 「体験談? そんな事でいいんですか?」 「はい!」 屈託のない笑顔を俺に向けた。改めてみればこの青年オーナーは実にイケメンではないか。 顎の傷に目が行ってしまいがちだが、こうやって笑顔を見れば絵に描いたような美青年だ。 「その程度でいいんだったら、いくらでもお話ししますけど――」 「ところで、差し出がましいようですが、最終バスの時刻まであと1分になっています」 「うわ! もうそんな時間ですか! じゃ、じゃぁ、俺はこの辺で失礼します!」 「はい。ご来店ありがとうございました! それではまたのお越しをお待ちしております! 必ず、使用した結果を私にお話して下さい。約束ですよ!」 「分かりました! また来ます!」 渡された粉末粘土の缶を手に店を飛び出し、向かい側のバス停に走る。 バスはすぐにやって来て、肩で息をする俺を乗せて発車した。