SamSuka
鷹取リュウゴ
鷹取リュウゴ

fanbox


粘土男の性事情  2粘土男の誕生

 美しい幾何学模様が施された青い缶の中には、粘土で作られたゴーレム人形をすり潰した粉末の土が入っている。 二千年ほど前の古代遺跡から発掘されたゴーレム人形は、いわゆる娼館において男娼たちが上客に買われやすくするために使用されていたモノだ、と若いーナーは付け加えた。 そんな貴重な品を惜しげも無く砕いて俺に渡してしまうなんて。善意だけでそこまで出来るものなんだろうか? それに、オーナーとの約束を律儀に守る必要だって無いのではないか。 けれど、コイツを飲めば長い間くすぶっている俺の不満が解消できるのかも知れない。 自分自身でこじらせてしまった抑圧の日々に、一瞬でも溌剌とした爽快感が手に入るかも知れない。 『騙されたと思って飲んでみて下さい。一皮剥けた新たな自分と出会えるでしょう』 オーナーの言葉を思い返す。やけに自信ありげでその場しのぎの適当な感じでは無かった。 「そうだな。騙されたと思って試して見るか……」 蓋を開けて臭いを嗅いでみるとほんのりと甘い香りがする。良い香りだ。泥臭さは感じない。 花のような、それでいてスモークしたチーズのような。 「本当に腹を壊したりしないのかな?」 訝しみながらも結局俺は、土をスプーンで掬い口の中に放り込み、すぐに水で咽喉の奥へと流し込んだ。 「……うう、マジで飲んじまった。けど、結構美味いじゃん。意外とザラザラ感が残らないし」 むしろこれほど飲みやすい「粘土」などに、効果など無いんじゃないか? とさえ思えてきてしまう。 さては、雑貨屋のオーナーにからかわれたか、或いは、薬じゃなくとも信じて飲めば効果が現れると言う「プラシーボ効果」を期待して俺に与えたのか。 そう言えば、どの程度の量を飲めば良いのか聞いていなかった。 スプーン一杯ではなく、缶の中全部かも知れない。 毒を食らわば皿まで、などとも言うではないか。 ならば――。  俺は缶の中にあった「土」を何回かに分けて全部飲み込んだ。 すると、恐ろしいほどの眠気が俺を襲い、部屋着に着替える事もできず俺はその場で眠りに落ちた。 ◇  「…………ふあっ!?」 ガバッ! とカラダを起こして時計を見れば午前3時。外はまだ夜だ。 眠っていたのは3時間ほど。 スーツも脱がずに寝落ちしてしまうなんて、徹夜の仕事明けでもないのに珍しい事だ。 ともあれ、歯磨きと着替えをしてからもう一度寝直そう。 眠たい目をこすりながらジャケットから順に脱いでいく――って、あれ? ジャケットの袖が裂けているじゃないか。 それに、スラックスも太ももから下が引きちぎられたみたいに無くなって……。 うん? なんだこの胸の膨らみは。Yシャツのボタンも無くなっているし。 違和感を覚えた俺は急いでボロ布になってしまったスーツを脱ぎ、素っ裸になった。 「うわわぁっ!? ど、どうなっちまったんだ!? 俺のカラダが!」 驚きのあまり眠気が吹き飛んだ。 むしろこれで驚かない奴が居たらそれこそ頭がおかしいに違いない。 何故なら、俺のカラダがとんでもないマッチョに、ムッキムキなマッスルボディになっちまっていたからだ! 「す、凄ぇ~! マジで俺のカラダ? まんまボディビルダーじゃん……まさか、これって夢なのか?」 急いで鏡に向かって確かめる。 「うお!? 俺の顔が俺じゃないっ!」 まるで歴戦の勇士のような浅黒い褐色の肌に、くっきりと太い眉。黒い縁取りのある目元が見開かれ驚きの表情を浮かべている。 日本人離れした筋の通った鼻と色っぽい唇。 少し角ばってエラの張った顎を太い首が支えている。  「す、すげぇ……マジで俺の顔なのか? イケメン過ぎるだろ……」 脂の乗った雄の色気を湛えた顔は、見れば見る程惚れ惚れとするワイルドな美男子ぶりを示している。 「夢、なのか? もしかして俺、まだ目が覚めていないのか?」 頬をつねって確かめる。 ―グニュ 「へっ?」 ど、どうなった? 俺の頬は? 今の……、なんか変な感触だったぞ! まるで、皮膚では無く別の柔らかい「何か」をつまんだような感じがしたんだが……。 恐る恐るもう一度鏡を覗き込んだ。 「うげぇっ!? マ、マジですかぁっ!?」 思いっきりつねった頬が、指でつねった状態で変形していたのだ。 痛みは無い。全く感じない。いや、触れれば触れた感触はあるのだが、全然痛くないのだ。 こんなにもえぐれているのに。 変形した部分をつんつんと突いていると徐々に形は滑らかになって、深い指痕がモコモコ埋もれて滑らかになる。 「こ、これって、まるで――」 粘土? 粘土だ。 試しに腹筋をグーで押してみた。 すると、押した拳の形がくっきりと腹筋に刻み込まれる。 「うわ! うわ! えっ!? な、なんで、こんな事に?」 腹に力を込めるとめり込んだ部分がグググとせり上がって元通りになってくれた。 今度は指を突き立ててグッ! と押し込む。 ズブ! ズブブ! ズブゥ! 「ど、どんどん入る……。うわっ! か、貫通しちまった!?」 腹の真ん中に突き挿した指のサイズの風穴ができている。 それでも痛みは無く出血もしない。 覗き込めば後ろの壁が穴の向こうに見える。あり得ない光景だった。 穴の開いた部分に力を集中させると穴は徐々に塞がって、そんな異常など無かったかのような腹部に戻った。 「えーと、つうことは、なんだ? 俺のカラダが粘土みたく、いや、粘土そのものになっちまってるのか? 原因はやっぱりあの雑貨屋でもらった土、以外にないよな? 特別な粘土でできたクレイゴーレムつってたし。 いつまで粘土のままなんだ? 元の、普通のカラダに戻れるのか?」 その前に、こんなカラダで仕事ができるのだろうか? ……いや、できる訳が無い。 モノとぶつかっただけでも変形してしまう柔らか粘土ボディ、だ。 何も触れずに一日過ごせるか? そんなのは不可能だ。 満員の電車で押されただけでも、握手を交わしただけでも――、右手で左手をギュッと握ってみた。 すると、指がひとつの塊りになり、太い一本の棒状に変形してしまった。 「……や、やっぱりこうなるのか……」 力を込めてブンブンと振っていると、固まった棒は枝分れして指に復元してくれたが。 こんな状態を見た人はどう思うだろう? 気味悪がって嫌悪するのではないか?  それ以前にこの顔は俺の顔じゃない。古代ローマの拳闘士みたいなこの顔やマッチョなカラダはきっと粘土人形のモノだろう。 「絶対に引くな、これは。ドン引き間違いなし、だ」 バケモノ扱いされる予想図がありありと浮かぶ。 休もう。 病気と言う事にして仕事は休むしかない。 そして、あの雑貨屋をもう一度訪問し、この粘土ボディを何とかしてもらうのだ。 「あ、あれ? 雑貨屋の場所は、どこだった? 確か……。ええと? 何と言うバス停の……。 いや、待てよ? バスなんか使ったか?」 店の佇まいもオーナーの若い青年の顔もはっきりと思い出せるのに、店の場所だけがおぼろにぼやけて思い浮かばない。 いくら思い出そうとしてもどうやって辿り着いたかが出てこないのだ。 「……じゃぁ、慰昆堂にもう一度行くにはどうしたらいいんだ?」


More Creators