1オナニー専門店 「セックスしたのはいつだったっけな……」 会社と家の往復に疲れて誰かと気持ちイイ事をしたのは随分と昔。 一人前に仕事をこなせるまではと脇目もふらずに奮闘し、後輩にも上司にも頼りにされるようになった事は嬉しいが、 それとは別に色恋をたしなむ余裕すら持てないまま今日のこの日、30歳のバースデーを一人寂しく迎えてしまうとは。 自分で言うのもなんだが見た目は悪くない。 友達からも「藤堂はイケメンで羨ましいよ」と言われてきたし、会社でも女性陣からの視線を常に感じる程度にはモテている。 ただ、俺は女には興味が無く男しか愛せないのでモテるなら男からモテたい。 新社会人になってしばらくまではセックス相手に困ることは無かったが、仕事にどっぷり浸かり始めてからはそんな相手も 居なくなっていた。 となれば自分の性欲を解消するのはもっぱら自慰、オナニーになる。 勘違いしないでほしいのだが俺はオナニーを否定する気はさらさらない。 手軽に気持ちよくなれて後腐れも無い。そしてオカズを使うとしてもホテルに行くよりかは遥かに低予算で済む。 中一でチンポを弄る気持ち良さに開眼して以来、セフレが居ようと居まいとオナニーは欠かしたことが無い。 「とは言え、だ……。いよいよ三十路に突入って日に隣に誰もいないのは寂しいもんだよなぁ」 気になる奴が居ない訳じゃない。 しかしそいつはノンケだから俺の事はただの「会社の先輩」としか見ていない。 玉砕覚悟で告るにはリスクが大き過ぎる。俺はこの会社もこの仕事も気に入っているし職場の雰囲気を気まずくするような行為は積極的に排除していきたいタイプでもある。 故に自分が男好きのゲイである、と言う事も完璧に隠しているのだ。 お陰で定期的に上司から「君に良い話があるんだ――」と結婚相手を勧められてしまうのも玉に疵と言った所。 その都度「意中の相手がおりまして」とかわし続けて来ているものの、この手がいつまで通用するのかは俺もそろそろ不安にはなっている。 師走目前の街角には、年末前の静かな晩秋をしっとりと楽しもうとする恋人たちの姿が目に付く。 せっかくの誕生日なのだからと残業を控え早めに退社したが、これじゃぁかえって目の毒だ。 気分をリフレッシュするどころか我が身の侘しさにうちひしがれて、鬱モード突入待ったナシ。 「いや、そんなのダメだろ俺! 誕生日に祝う奴が自分一人でも気にするな! セックス相手が居なくたって右手が恋人! 右手が俺の恋人だろ! ――って、うわ! 口に出てた!?」 そばを通りかかった通行人たちの目から慌てて逃れるようにしてビルの角を曲がる。 ずんずん歩いて振り返るとさっきの場所からはだいぶ離れたためホッと安堵の息を吐く。 そうして落ち着いて周囲を見渡せば最寄り駅とは真逆の普段は来ないエリアだったので見慣れない店がいくつも目に留まる。 オシャレなカフェに雑貨店、若い子向けのセレクトショップ、カジュアルな古着屋に中古レコードショップ。 ごちゃごちゃとした中にも趣味心を満たしてくれそうな店舗が並んでいて、そんなお店を見ながら歩くのは気分転換にいかにも良さそうだ。 「ケーキ屋でもあれば買って帰ろうか。たまにはスイーツ欲も満たしてやらないと」 そんな「気まぐれ」を叶えてくれそうなスイーツショップをそれとなく探しながらさらに先を進んで行くと、奇妙な看板に 気が付いた。 【自慰専門店・スイートバルジ】 「自慰? オナニーの専門店? 普通のアダルトショップとは違うのか?」 店名の下に『18歳未満は入店できません』との断りと、『男性オンリー』と書かれていた。 「スイーツじゃぁ無いけど気になるな……。せっかく見つけたんだし入ってみるか」 オナニー愛好者の一人としても見過ごせない。 ケーキじゃないけどバースデーの記念にアダルトショップで夜のオカズをゲットするのもアリだろう。 ドアを開ければもう一つドアがある。 手前にタッチパネルのモニターが設置されていて「イエス・ノー」でチェックしないと二番目のドアは開かないシステムのようだ。 『ご来店は今回が初めてですか?』 イエス。初めてだ。 『18歳以上ですか? 年齢を証明できる免許証などはお持ちですか?』 イエス。免許は常に持ち歩いている。得意先に会社の車で行く場合もあるし。 『男性ですか?』 イエス。染色体的にもがっつり男だ。 『自慰、の意味はご存知ですか?』 イエス。18歳以上で自慰を知らなかったり、しない男なんているんだろうか? 『最後に、性的指向はゲイですか?』 ここまで尋ねると言う事は、薄々感じてはいたけどゲイ向けのショップなんだろうな。 一応背後に誰も居ない事を確認してから「イエス」 『質問は以上です。ありがとうございました。どうぞおはいり下さいませ』 メッセージに続いて自動でドアが開いた。 白を基調とした清潔感ある店内にはガラスのショーケースが並んでいてさながらケーキショップのようだった。 「わぁ! いらっしゃいま~せ~! ようこそ~! 自慰専門店・スイートバルジへ~」 異様に明るい声色で入店の挨拶を俺にしてくれたのは猫ちゃんみたいな男の子だった。 口許から覗く二本の八重歯。丸っこい顔にふわっとウェーブのかかった茶色い髪。 アダルトショップなのだからこの男の子も立派な成人男子だんだろう。 「初めてのご来店ですねぇ? 詳しいご説明など必要でしょうかぁ~?」 「あ、ええと、どんなお店なのかな? と思って入ってみたんで少し一人で見て回っていいですか?」 「わぁっかりましたぁ~! ではでは、商品について聞きたい事がありましたら、気軽に声をかけて下さいね~」 「っと、その前に、いいすか?」 「はぁ~い!」 うう、笑顔が、笑顔が無邪気過ぎて眩しい! と、目を細めてる場合じゃ無い。 「自慰の専門店、なんですよね?」 「はい~。そうなんです~。オナニーに役立つグッズを色々と取り揃えております~」 「てことは普通のセックスアイテムは少なめ?」 「ん~? セックスにもお使いになれる商品もありますが~、まずは自分の気持ち良さをトコトン追求しちゃいましょう、って言うのがコンセプトって感じです~」 ショーケースの中にはスイーツのようにカラフルな「オナホ」が並んでいる。自慰の専門店なのだしきっとオナホが主力商品なのだろう。 隣には「アナルプラグ」や「ディルド」もある。アナルオナニーは俺もするけどチンポほどには気持ち良く感じないから頻繁にはやらない。 尿道オナニーをする人用に「ブジー」もあるし、乳首弄りを助けるクリップや「乳首責めローター」なんかも陳列されている。 そして、壁面の書棚には男しか出演しないアダルトDVDや写真集が豊富にそろっていた。 一通り店内にある商品を見て感じたのは、やはり「オナホ」の多さだった。 ざっくり店に出ている商品の半分は「オナホ」だと言える。 「どうですかぁ~? 気になる商品はありましたでしょうか~?」 「いやぁ、オナホがとても多いんですね」 「やっぱりオナニーと言えばチンコ弄りがメインですし~、オナホはとても人気なんですよ~」 「こっちの注射器みたいなのは何なんですか?」 「それはシリンダーの中にチンポを入れてバキュームするオナニーポンプでっす~。デカくする効果もあるそうですけど微妙らしいのでサイズアップを目的でお求めになるのはオススメじゃぁ無いですよ~」 「なるほど」 ちゃんと効果の有無まで教えてくれるのは誠実だよな。 この店の方針なのか、店員の男の子の性格由来なのかは分からないけど。 ともあれ強引に勧めてくるような気配がないのも気に入った。 「実は俺、今日が誕生日なんですよ」 「わぁあ! おめでとうございます! お兄さん、おいくつになられたんです~?」 「丁度30歳。いよいよ中年呼ばわりだよ俺も」 「ええ~? カッコいいじゃないですか~! イケてる30代なんて男として一番美味しい年代じゃぁないですか~?」 「だけど祝ってくれるパートナーはいないし、オナニーグッズを買って自分を慰めるしかないのは寂しいものさ」 まさしく「自を慰める行為」だよな。言っている内に余計に切なくなってきちまったぞ。 「うう~ん、パートナーが居てもオナニーは別ですよ~。デザートは別腹ってのと同じかと~。 でもでも、気になる人はいらっしゃらないんですか~?」 「居る事は居るんだ。でもそいつはノンケ」 「ノンケさんですかぁ~。だったらハードルが高いですねぇ……」 しかも職場や部署が同じだから告って玉砕もできず余計に難易度が跳ね上がっているんだ、と心の中で呟く。 「あっ! じゃぁじゃぁ~、こちらはどうでしょう~?」 ポンと手を打った店員の男の子がショーケースの中から一本の「オナホ」を取り出し俺の前に置いた。 カタチは円筒形。薄いピンク色の弾力のあるシリコン製のよくあるタイプのもの。 「こちらのオナホは『コネクト』シリーズの新作で~、『コネクト・ディベロッパー』って言います! 使い心地も抜群なんですけど、思っている相手のアナルと連結する機能が付いているんですよ~」 「は? 連結? 繋がっちまうってコト?」 「そうなんです~。連結するんです~。もちろん直接じゃなくてリモートになりますけど~、オナホにチンポを挿入したらそのまま相手のケツにもお客様のチンポが入ってくる感覚が伝わるんです~。感覚がリンクするんですよ~」 「冗談でしょ? そんな事あり得ませんって」 誠実な店員さんだと一瞬でも気を許した自分がバカみたいだ。 「本当ですっ! 僕、お客様に嘘は言いませんから!」 「だけど、オナホを通して他の人のアナルと繋がるなんて信じられない……」 「そこまでおっしゃるのでしたら、代金は結構ですから一度使ってみてください! んでもって、ちゃんと僕の言っている事が本当だと分かったら支払いに来て下さい!」 「代金って、おいくらなの?」 あまりに法外な値段だったら事実がどうあれ買えないけれど。 「税込み2200円ですっ!」 あ、普通だ。それなら支払える。 どうせ冗談か誇張に決まっているんだろうけどその程度の価格なら敢えて「引っかかって」買い取っても構わない。 お店と揉める気は無いのだし。 財布からお金を取り出し渡そうとしたら頑なに拒否されてしまった。 「ダメダメ! ダーメ~! ちゃんと僕の話が事実だってことを確認してから~! じゃないと僕、嘘ついてお客さんを騙した事になっちゃうもん~!」