第二体操の1 ジャスティスレイブ現る 「ねぇねぇ、あれって本当なのかしら? 世良ちゃんもご存知ぃ~?」 業界で名の知れた敏腕プロデューサー・河豚野が言っているのは一週間くらい前から噂が広がっている「あの」件だろう。 日の出テレビのフロントに入った途端、派手なピンク色のスーツで俺の前に立ち塞がった。 「まぁ、噂だけは耳に入ってますけど、詳しい事なんて何も知りませんよ」 「んまぁ! だったらこの後、じっくりお話しない? 寒鰤坂のダイニングバーで。席も予約してある――」 『ゼランさーん! お話の所ちょっとすみませんが、新しい衣装のサイズ合わせ、お願いできますか?』 通路の奥から俺を呼ぶ大きな声。ナイスタイミングだぜ! 衣装さん。 「はい! 了解っす! すぐに行きます!」 「ちょ、ちょっ!?」 「じゃぁ、悪いですがこの辺で、お話はまた後日!」 サッと河豚野の横をすり抜けテレビ局のフロントから衣装さんの元へと向かう。 俺を誘い出せず悔しがるプロデューサーには悪いが、ホッと胸を撫で下ろしてしまう。 何故か、って? だってさ、河豚野プロデューサーは、飲んだら俺にベタベタ甘えてきて暑苦しいんだよ。 「それで、新しい衣装ってのはどこに?」 衣装室に入ったものの、テーブルの上に用意されたものは……無い。 「いえ、衣装合わせってのは咄嗟に出た嘘です。ゼランさんがお困りかなぁ~、って思いまして」 てへ、といたずらっ子のように微笑む年若い衣装さんは、気を利かせて俺を河豚野の魔の手から助けてくれたのか。 「おっと、そう言う事か。サンキュー。助かったよ」 「いえ、これぐらい……俺もあなたのファンですし……、あ、あの……」 「衣装さん、名前は何て言うんだい?」 「あっ! お、俺、鯵山(あじやま)って言います! 鯵山慎吾っす!」 「慎吾か。なぁ、慎吾、今夜、俺と2人だけの衣装合わせをしてみないか? 昨日買ったビキニが似合うかどうか、 チェックして欲しいんだが、予定は空いているかな?」 「わ! わわ! 分かりましたぁっ! よ、予定なんて兄貴のためだったら無理矢理でも空けます! 有っても 無くても兄貴最優先ですっ!」 「ん? 兄貴って?」 「うわ、しまった! すみません、ゼランさん! つい、いつもの調子で呼んでしまって!」 「いや、いいさ。兄貴でいい。お前の中じゃいつも『兄貴』って呼んでくれてんだろ? 親しみがこもってていいじゃん」 「あ、兄貴ぃ~~!」 衣装の鯵山慎吾は自分の勃起に気づいていないのか、股間をモッコリ膨らませたまま瞳をうるうるさせている。 そんな感激モードの鯵山に「じゃぁ、また、後でな」と言い残し、衣装室を後にする。 廊下に出た途端、今度はADの加治木が他のスタッフたちと小走りに横切って行った。 これからロケハンなんだろう。この前ヤった、いや、会った時に旅行番組で四国へ渡るとか言っていたもんな。 遠隔地のロケは機材の重量もさることながら、現地での時間配分や段取りの組み方が難しそうだ。 あとでメールにてねぎらっておこう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 俺が「体操のお兄さん」としてテレビデビューして早、ひと月。 初回の「楽しいヘルシーライフ」の放送後、視聴者の反響凄まじく、すぐさま契約は延長、ピンチヒッターではなくレギュラー出演に、そしてギャラも2倍に更新された。 さらには新たに企画された別の番組への出演までオファーが来ていた。 俺の本当の目的である日本征服までは軍資金がいくらでも欲しい所。 悪の組織「ルガルム」、その総統閣下の忠実なる配下、幹部である四天王の一人として日本を手中におさめ、 1日も早く総統閣下にお喜び頂くのが俺の本当の目的であり使命だ。 「新番組、ですか。了解しました。で、どんな番組なんです?」 「『イケてるメンズ浴場』、と言う番組です。色々な温泉やスーパー銭湯を巡って紹介する内容となっています」 「じゃぁ、俺は風呂に入って『ここの泉質は、単純温泉で~』ってな話をすればいいのか」 「そうですね。そして、お風呂に入りながらストレッチをして頂いたり、ポーズを取って頂いたり、シャワーシーンはお色気濃厚な感じでお願いするかと」 ん? えらくポルノっぽいじゃないか。 「他に出演者はいるのかな?」 「間もなく決まるそうです。ですが、メインは世良さんになりますよ」 …………まぁ、深くは考えるまい。軍資金を集めるのが優先だ。 人気なんていつまでも有ると思うのは大間違いで、あっという間に飽きられる事だってあるだろう。 テレビ出演が急に無くなり収入が絶える前にできるだけ稼いでおかねば、また窮乏に喘ぐ日々が待ち構えているのは明白だ。 俺の人気が上がると同時にニックネームが付いた。 さっき、衣装の鯵山慎吾くんが口にした通り、「ゼラン」だ。 俺のコードネームがニックネームになるなど不思議な気分だが、呼ばれてみると案外悪くない。 組織で部下の戦闘員たちに訓練を施していた時みたいな気持ちにさせてくれる。 「ゼラン様!」「ゼラン将軍!」「ああ~ん、ゼランの兄貴ぃ~」……おっと、最後のはベッドの中での呼ばれ方だ。 ――ともあれ、新番組への出演も決まったし軍資金集めはさらに順調に進んでくれるだろう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 河豚野プロデューサーが言っていた「噂」ってのは、数日前から現れると言う「正義のヒーロー」を指している。 サラリーマンが深夜、タバコを煙らせながら家に帰ろうと歩いていると ――「こんな夜中に歩きタバコとは許せん! とりゃぁっ! ジャスティスレイブ参上ーーっ!」 全身をピッチリとした青いタイツに身を包み、頭部にはフェイスマスクを被った男がサラリーマンの前に降り立ち、驚きのあまり口から落としたサラリーマンのたばこを奪い取る。 或いは爆音で走るバイクの前に飛びだし、ひとしきりお小言を述べてから立ち去ってしまう。 こんな話がすでに9件。 ヒーロー気取りの変質者なのか、本当に善意で街の治安を守ろうとしているのかは人によって意見が分かれている。 『徘徊していたお爺さんを家まで送り届けた』との噂もあれば、路地裏の暗がりで「一人」で暴れていた、なんて噂まで。 ただ、そんな「噂」、俺には無関係、どうでもいい事だ、と思っていたのだが……。 「ジャスティスレイブ参上っ! こーんな夜中にふらふら歩く不審者め! とっとと帰らねばお仕置きしてやるぞっ!」 衣装の鯵山くんとたっぷりセックスを愉しんだ俺は、帰る途中にふと小腹がすいてコンビニに寄り道した。 その後にだ――「噂」の主に遭遇しちまった。 立ちはだかったのは全身青いピッタリタイツにプロレスラーのような派手なマスクで顔面を覆った奴だった。 逞しい筋肉がタイツ越しにも見て取れる。随分と鍛えているんだろう。股間までもがこんもり盛り上がっていてイチモツもデカそうだ。 「お、おいっ! 何をじろじろ見ているっ! こ! こらこらっ! 俺のムスコんとこばっか見てんじゃねぇっ!」 身をよじって両手で股間を隠す。ああ、恥ずかしい恰好だって自覚はあるんだ? 「そんなナリしてるからだろ? んで? なんだ? 帰れってか? 言われるまでもなく俺は今、コンビニから家に帰る所なんだがな」 「ううむ、僕、……いや、俺を見ても動じないふてぶてしさ……。そしてそして、お前の全身から発せられる奇怪なオーラ。オーラと言うか雰囲気! 貴様ぁ! 只者ではないな! どこの何モノだ! 力ずくでも口を割らせてやるっ!」 俺から間合いを取るようにスっと後ろへ下がったジャスティスレイブは、ひと息で電信柱のてっぺんにまで跳んだ。 一度のジャンプでここまで飛べる人間などいない。すると、本当にコイツはヒーローなのか? ……だとしたら俺の敵だな。 「力ずくでも、だと? ハッ、俺も甘く見られたもんだなぁ、ルガルム四天王が一人、鋼鉄のゼラン、戦闘能力は総統閣下からのお墨付きなんだぜ?」 久しぶりの戦闘になる。 このままの姿でも戦えない訳ではないが、念のため変身しておくか。未知の敵なのだし。 油断して足元をすくわれたら「四天王の中でも最弱」呼ばわりされちまう。 「変身っ! バトルフォーム!」 Tシャツとジーンズを引き裂きながら筋肉と言う筋肉がギシギシ唸って肥大する。膝下や肩の一部が硬化し鋼鉄の装甲(アーマー)と化す。 そして、生身の皮膚とメタルアーマー部分とが混在したサイバネティクス外装を形成。 長方形のバイザーが両眼を隠すと、額の中央から鋭く尖る角のような高感度センサーがズブズブ生えてくる。 さらに頭部全体をメタリックなヘルメットが包み込む。 最後に肩の装甲からズニュルと伸びたケーブルが後頭部と繋がり、脳と各筋肉との情報を超高速で受け渡す神経バイパスとして機能する。 「なっ!? 変身だと? お、お前は!」 「ふう~、久しぶりだぜ。この姿(バトルフォーム)を取るのは。4か月、いや、5か月ぶりか?」 「ま、まさか……、メタルファイターの、メタルブラック? いや、そんなバカな……、あれは、ただの特撮ドラマ……き、貴様ぁっ! マジで何者だ!」 電柱の上から大声を発するとは。それこそ近所迷惑じゃないか。 「正義のヒーローさまが何うるさくしてんだよ。場所を変えるぞ。ついて来い」 小走りで(と言ってもバトルフォームなので秒速15mくらいだが)住宅街を抜けると広々とした運動公園がある。 案の定ジャスティスレイブも俺を追って来てくれた。 他の人間が居ないのを見て取ると、俺は足を停めた。 「逃げる気か! 待てぇっ!」 「ここまで来れば大丈夫だろう。さて、俺の正体を知りてぇ、って言ってたよな? だったら教えてやるよ。 俺の名はゼラン。またの名を『鋼鉄のゼラン』。ルガルム四天王の1人であり総統閣下の忠実なる部下である。 ええと、ジャスティスレイブだったっけ? お前が俺の邪魔をすると言うのならこちらこそ力ずくで排除するのみだ」 「はぁ? ルガルムぅ? 聞いた事ないな、そんな組織。この日本を手に入れるのは我々『ビースレイブ』だ! 弱小組織の小者が出てくるんじゃねぇ!」 今にも攻撃を仕掛けようと腰を落とし拳を突き出して構えるジャスティスレイブ。 だが、今の言葉を聞いて俺は理解した。 こいつは、ジャスティスレイブは「正義のヒーロー」なんかじゃない。 俺と同じ日本を支配しようとする別の組織の構成員だ。 言い方を変えれば俺の手柄を横取りしようとしている連中の一味と言う訳だ。 「失礼な奴だな。お前だって同業者――って、わわっ!」 ダァンッ!! 拳をいきなり叩きつけてきやがった! 寸前で躱してカウンターパンチをお見舞いしてやる。 ヒュッ! ――ズゴッ! 「グフゥッッ!」 左のボディブローが驚くほど綺麗にジャスティスレイブの右脇腹にヒット。 ぐぅ、とうめいて地面に崩れ落ちるジャスティスレイブ。 ……あ、しまった、さじ加減を間違えてうっかり殺しちまったのか? 無駄な殺生はならぬと総統閣下から言い付けられていたのに。 「……うぅ、ぐ、ふ、や、やるな……俺の渾身の一撃を避けながら、わき腹に重い一発……顔でなかったのには礼を言う……だが……」 ああ、無事だったか。少しホッとする。だが左脇じゃなくて右だぞ「右」。やっぱり無事じゃないようだ。 「だが? 何だ? まだやる気か?」 ――総統閣下、申し訳ありません。コイツに止めを刺さねばならないようです。ですが、これも日本を手中に収め、総統閣下にお喜び頂くため。 さらには総統閣下の無上の慈悲と無窮の恵愛を、日本に行き渡らせるため必要かつ最低限の避けがたい流血である、とお許しください。 心の中で平伏して謝罪の気持ちを述べていると、いきなりジャスティスレイブが土下座した。 「なっ!?」 45度で合わせた指先まできちんと揃った手の位置、膝の開き具合、足の屈し方、背筋をぴしっと伸ばしたままガバッと伏せて額を地面に擦りつける。 非の打ちどころのない綺麗な土下座を全身で見事に表現し、ひと目見て「降伏」と「謝罪」の意を訴えているのだと理解できる。 「お、おい? なんだ? それ」 「負けました。降参です。僕にはもう戦う気はありません。どうか見逃して下さい。誠に申し訳ありませんでした」 拍子抜けだ。構えていた腕を下ろし、拳を緩める。 「…………で?」 「で、って言われても、その、言葉の通りなんですが。つまり、僕はもうあなたを攻撃しませんから、あなたも これ以上はしないで下さい、って事で……僕、ヒーロー怪人になったけどやっぱり喧嘩は苦手なんです」 「ヒーロー怪人? なんだそりゃ」 「あんまり詳しくは言えませんが――」 ジャスティスレイブの話をまとめるとこうなる。 『ビースレイブ』は日本を手に入れようと狙う悪の組織だ。 怪人をヒーロー風に仕上げて人心を油断させてから掌握し、徐々に民衆の意識を操ろうと目論んでいたようだ。 ただし、 「僕たちの組織ってあんまり余裕が無くって、僕の能力だってお金が無いから変身と微妙な肉体強化までしか改造出来ていないんですよね。 もっと強くなりたければ自力で稼いで来いって。あと300万円くらい……」 弱小組織って言葉はブーメランじゃねぇか、と思ったが口には出さないでおいた。 「身につまされるハナシだ。所詮は金の力が最強なんだよなぁ」 我が日本支部の手狭さや、からあげちゃんが一個追加されただけで幸せな気分になれる日々を思えば他人事では無い。 「ですよね! 僕もそう思います! 組織の命令通り人々の心を掴もうとして頑張っていますけど、この程度の強さでは限界があるんです! この前だってドリフト走行をしていた暴走車を止めようとしたんですけど、危な過ぎて近寄れないまま見送っちゃったし」 「征服する前に交通事故で死亡とか、笑い話にもならんな」 「でしょう? もうちょい肉体改造をしてくれてたら車なんて簡単に弾き飛ばせるんですがねぇ~。 あ~、改造費が欲しいよ~」 「だったらこんな事やらずにちゃんと稼いで金を貯めるほうを優先すべきじゃないか? たまたま会ったのが俺みたいな、話の通じる奴だったから良いけど、 もっと凶悪で問答無用な敵が現れちまったらどうすんだよ?」 「そうっすよね。やっぱ先に戦闘力の強化をもっとしてもらわないと。僕だって薄々分かっていたんですけど、早く組織に貢献したいし、 何より、ボスの笑顔を見たくて――」 俺はジャスティスレイブの手をがっちり握り締め、うずくまっているカラダを引き起こした。 「俺も同じだ。早く総統閣下に喜んでもらいたい。だが、日本征服は思ったよりも困難でな。 何よりも軍資金が必要なのだと痛感している所だ。 だが、諦める訳には行かない。前向きに考えるんだ。努力すれば夢はかなう。お前だってそうだろ?」 ジャスティスレイブがプルプル震えている。涙を拭こうとして手を顔に伸ばしたがフェイスマスクが邪魔で届かないようだ。 「あ、ああ! あんたの、いや、鋼鉄のゼランさんの言う通りだよ! ありがとう! なんか元気が出てきた!ゼランさんの言葉、胸に響いたよ!」 気持ちが折れて挫けそうな戦闘員を何度も励ました経験が俺にはある。その時の記憶がふとよみがえってきた。 「脇腹、大丈夫か? 俺も殴って悪かった」 「いえ! 僕から先に手を出したんですから気にしないで下さい! 回復能力だけは最高値に改造してもらってるんで、もう痛みもありませんし折れた肋骨だってほらこの通り!」 腕をグルングルン回して全快した事を俺に見せる。つうか骨折しててあの凛とした土下座は見事と言うほかあるまい。 「そうか。なら良かったな。俺はそろそろ帰るが、お前も今夜は帰ったらどうだ? 明日からも頑張って行こうぜ。お互い」 「ありがとうゼランさん! 僕、もっと頑張るよ! ゼランさんこそ僕のヒーローだ!」 「違うぞジャスティスレイブ。俺は悪の将軍、鋼鉄のゼラン。正義のヒーローでは無いからその点だけはおさえておいてくれ」 第二体操の2へ続く