第二体操の4 潜む者 「ゼランの兄貴ぃ、あの話、知ってますか?」 御門との同居生活が始まって3日目の事だ。 収録打ち合わせのため日の出テレビジョンに顔を出すと、俺を見つけた衣装の鯵山慎吾が神妙な面持ちで駆け寄ってきた。 「話って、あのヒーローみたいな怪人が出没するって噂の話か?」 いまだにヒーロー怪人「ジャスティスレイブ」の噂が回りまわっているんだろう。しかしてその実体は御門だった訳だが。 「いえ、それが違うんです! 報道局の副部長さんちの……」 「うん?」 俺の予想は外れていたようだ。 鯵山の言う「あの話」とは、日の出テレビジョン報道局、副部長の鰹木(かつおぎ)の息子が三日前から行方不明になっている事についてだった。 鰹木副部長の大学生の息子は、いわゆる遊び人タイプとはまったく逆の「お堅い」真面目な学生クンらしい。 親である副部長でさえ「人生で羽目を外せる期間の内に少しくらい外して遊んでも構わないのに」、と口にする程に。 そんな息子が三日前フラりと居なくなってしまった。スマホも財布も部屋に置いたまま、身一つで消えてしまったと言うのだ。 「ダチのとこにでも行ってんじゃねぇの?」 このご時世、財布を忘れてもスマホだけは忘れないような気もするが。 「いや、それがですね、スマホの電話帳に登録されてた先に全て問い合わせたそうなんすけど、どこも来ていないってコトだったそうで。 それに何より財布も持たず、無一文でどこかに出かけるって、あり得ないでしょ?」 飲まず食わずで3日にもなると改造された俺でも割とヤバイ。 戦闘時にバトルフォームへと変身するエネルギーが足りないだけじゃなく、平常時でもちゃんと動けるかどうか。 そういや、日の出テレビで体操のお兄さんの仕事をもらう直前の俺ってば、資金枯渇のあおりで一日一食だけの日々が続いてたんだよな。 あれも中々キツかったぜ……。 「兄貴? どうしたんすか? この話、つまんないっすか?」 「あ、いや、違うんだ。すまん、続けてくれ」 鯵山の声が俺の意識を現実に戻す。 「それで、もしかして事件や事故に巻き込まれたんじゃないか、って警察に届け出たらしいんすけど――」 鰹木副部長が最寄りの警察に行くと、「あなたで10人目なんですよね。一体何が起きてるんだか……」といきなり言われたそうだ。 聞ける範囲でどういう意味か、と問えば、 「消息を絶ったのは3日或いは4日前。いずれも10代後半から20代前半までの若い男性ばかりが立て続けに行方不明になっちゃって、署は対応に困ってるんです」 全員が自分から身を隠すような理由は見当たらず、さりとて悪い連中とつるんでるような背後も無し。 中には彼女とデートの最中に「ちょっとトイレへ」行ったまま戻らなかった者もいたりした。 「……てことは、地域限定の行方不明事件ってことになるな」 「さすがゼランの兄貴! 話が早いっすね! その通りなんですよ。副部長の自宅がある網破魔(あみはま)市だけで連続行方不明が起きてるみたいっす」 網破魔市ってのは我が日本支部や日の出テレビのあるこの街とは隣同士。漁港のある海岸沿いの街だ。 この後、収録打ち合わせの時にも副部長の息子を含んだ連続行方不明の話題で持ちきりになった。 何せ同じ会社に行方不明者の家族である副部長が居るのだから当然と言えば当然なんだろうが。 大々的に報道されていないのは警察から要請があったからだ。 もしも連続誘拐事件だった場合、犯人をいたずらに刺激して最悪の結果を招かぬように配慮せよ、と。 にわかに騒々しくなってきた日の出テレビから共同生活をしているマンションに戻って一時間ほどすると、御門も外出先から帰ってきた。 「たっだいまー! ふぅ~、今日も疲れた~!」 「おう。お帰り。そうだ、今日、テレビ局でこんな話を――」 と、言いかけてハッとした。 まさか、御門のヤツが犯人じゃねぇだろうな? コイツの組織「ビースレイブ」の指示で若い男を拉致っているのではないか? 「はい? どうしたんすか? ゼランさん」 少し迷ったが俺は御門に話した。 「うわ~、怖いっすねぇ~。何すか? その連続行方不明って。宇宙人にでも攫われちゃったんでしょうか?」 「うん? てことはお前が拉致ったんじゃないんだな」 「当たり前じゃないっすか! そんな非道なことはしません! 『ビースレイブ』は志願した者でしか構成されていませんからね! 無理矢理引っ張り込むような真似、する訳ないじゃないですか!」 ビースレイブも我が「ルガルム」と似た採用方針を持っていたのだな。 「……そうか。お前の仕業じゃぁないのか」 「違いますよ、そんな命令来てませんし。つうか、いっぺんに10人も来ちゃったら、ビースレイブでは持て余します! 予算オーバーっす!」 思った以上に「ビースレイブ」は少数で活動しているようだ。確かめてみたいが逆にこちらの内情を問い返されるのが関の山、なので敢えて聞かずにいよう。 「ところで、若い男を拉致ってんじゃないなら昼間はどこに行ってるんだ? 日の出テレビに行ってる訳でも無さそうだが」 「あれ? プロデューサーさんから聞いてませんでした? 僕、テレビの仕事をちゃんとこなせるようになりたくて勉強させてもらってるんです」 「勉強?」 「はい!」 聞けば、俳優養成学校、アナウンサー研修、メイク教室、ボディビルジム、日笠原流作法道場等々……。 「テレビに出ても恥ずかしくないよう準備しておきたくて、良さそうだなって思ったとこ全てに通ってるんです! 全部ド短期詰め込みコースですけど!」 御門は真面目だなぁ、俺なんかなーんもやって無いのに。 「お陰で蓄えてたお金が全部無くなっちゃいましたけどね! まぁ、ギャラが入って来たらなんとかなるかなーって」 「おま! 手持ちの金、マジで全部無くなってんのか!?」 「まぁ、全部ってのは喩えで、少しはありますけど」 「どれくらいなんだ? 残り」 御門は財布を取りだし中身を確認した。 「ええと、645円っすね。でも、残りの講習費用の大半は分割払いにできたんでラッキーでした!」 「一つ聞きたいが、お前の住まいは賃貸か?」 「はい。そうっすね」 「家賃は組織が?」 「いえ、僕が」 「ギャラってのは基本、収録が終わってからって知ってるよな?」 「ええ。知ってます。それが?」 「『イケてるメンズ浴場』の収録日は少なくとも来週以降になる。その前にこのマンションからは出て行くことになる」 「そうですね。後残り3日で残念ですがゼランさんとのキモチイイ生活は終わりです」 「自分の部屋に戻ってからの食費とかどうすんだ?」 「…………あ!」 「次の家賃の支払いや、講習費の残りはギャラで足りそうか?」 「あ、ええと、家賃と合わせて、ええと、ええと――うわぁあああああ! た、足りない! 間に合わない! 足りないっす! ゼランさん、全く足りない! ど、っど、どど、どうしましょう!?」 どうしましょうじゃねぇよ! 先に気づけよ! 自分への投資は大いに結構だけどな、なんで収入のスケジュールをちゃんと考えずに決行してんだよコノヤロウ! 「うわ、わわわ、ま、マズい、これはマズいよぉ~、組織に怒られる! 絶対厳しい罰を食らっちゃう! 最悪だ! 削除処分されたっておかしくない!」 「ビースレイブ」では失敗をしたら削除、つまりこの世からおサラバしなけりゃいけないのか。 可哀相だがこれもまた組織ごとのルールなので俺からどうこう言うつもりは無い。 ちなみに我らが「ルガルム」においては不殺が基本になっているので、せいぜい「解雇」されるのが関の山だが。 忠誠を誓った組織からクビを言い渡されたりしたら、俺など気が狂ってもおかしくないだろうな。 「仕方ねぇな、事情を話してプロデューサーからお金を借りるっきゃないんじゃないか?」 「……すでに借りてます。これ以上はもう……」 「他にアテは?」 御門は大きく首を左右に振った。 「バイトは?」 「受講時間を作るため辞めました」 「友人は?」 「僕がヒーロー怪人になるためには、これまでの人間関係を全て白紙に戻すのが条件だったので……」 「じゃぁ、親、兄弟もダメってか?」 「その通りっす……」 俺は考えた。 御門は別組織の人間だぞ? それも、同じく日本を手に入れようと狙っているライバル、ぶっ潰すべき「敵」じゃないか。 たまたま同じテレビ番組に出演しようとしているから仲良くなっちまっただけで、もしもこの仕事がなけりゃ御門には「敵」だって事しか残らない。 なのに、 なのに俺は―― 「……仕方ねぇ。……ギャラもらって、ある程度支払いが落ち着くまでは俺の部屋に来い。 またお前が突拍子もないヒーローごっことかやり始めたら目障りなんだよ。 だからこれは情けじゃねぇ。 お前を監視するために目の届くとこに置くだけ、だからな」 「ゼ、ゼランさぁん! ありがとう! 恩に着ます! 助かります! ありがとう! ありがとう!」 「その間の食い扶持は後払いだ。ちゃんと払ってもらうからな」 不本意だがこれ以上の手段が思い付かなかった。 御門の気分が沈んで「イケてるメンズ浴場」の収録がダメになったりしたら元も子もないからな。 いわゆる『情けは人のためならず』、ってやつ? と、まぁ、こんなやり取りを御門としていたためもあってか、連続行方不明事件についての話は御門とこれっきりでおしまいになっていたし、俺自身もそこまで深く考えたりはしなくなっていた。 そうして、快適なウィークリーマンションでの共同生活が終わる日まで夜は御門とセックス、昼の空き時間は四国から帰っていたADの加治木くんや音声くん、警備員の兄さんと局内の個室でセックスを愉しんだりしていた。 あっという間に共同生活最終日。 「世良っちゃんっ! いよいよ第一回目の浴場収録日が決定したわよ~!」 河豚野プロデューサーが「イケてるメンズ浴場」のロケ決行日を晴れやかに伝えて来た。 が、その直後、衝撃的な言葉を続けて俺に言った。 「それとね、もう聞いたかしら? 衣装の鯵山ちゃんが一昨日から行方不明なの……。スマホに電話しても出ないし、家主さんと一緒に部屋の様子も見に行ったんだけど、やっぱり見当たらなくって……」 鰯田ディレクターが深刻な表情をさらに険しくした。 「連絡できる相手も全て確かめましたが、どなたも心当たりがないようです。あまり考えたくはありませんが、報道局、副部長のムスコさんと同じく――」 「まさか、連続行方不明に!?」 まだ少年ぽさの残るいたずらっ子のような笑顔の鯵山慎吾。 パッツパツのビキニを穿きローションプレイでの快感に喘いで涙をこぼすエロい鯵山慎吾。 一生懸命俺にふさわしい衣装を見繕って合わせてくれる真剣な鯵山慎吾。 出会ってからさほど一緒にいた訳じゃないが仕事だけのつき合いじゃない。思い出される様々な表情とカラダとカラダで交わった記憶が蘇ってくる。 彼とはこれからも長くヤりあっていきたい男の一人である。 今後、鯵山にその気があれば俺のルガルム直属の部下に抜擢しても良いと思っているほどに。 そんな「お気に入り」の鯵山慎吾が一体どこへ? 仕事を放り出し、だれにも事情を言わずどこかへ行ってしまうなど考えられない。 聞いた話によると連続行方不明になった者は10代後半から20代前半の若い男だけだ。とすると、鯵山も何者かに狙われ、連れ去られたに違いない。 何の証拠もないが、俺の直感がそう訴えているのだ。 そして、鯵山を拉致したのは我が「ルガルム」でもなければ御門の属する「ビースレイブ」でもないとすると、 俺が把握していない別の悪の組織による犯行かも知れない。 なら警察任せにしていたら解決なんて無理だろう。 ……調べてみるしかないな――だが、どうやって? 第三体操の1へ続く