7ひとまずの解決 俺たちが洞窟の人質を救出に行った翌日には、行方不明だった11人が全員無事に戻ってきたニュースでもちきりだった。 ――と、言いたい所だったが新聞はおろかテレビニュースにもネットにも出ていなかった。 あの日、結局のところ日没を過ぎても俺たちはセックスをし続け、夜の闇に紛れて洞窟から出て日傘山を下りていった。 そして、俺たちが完全に山から離れた頃合いを見て警察に通報、ただちに洞窟の出口付近で待機していた11人を発見し彼らを無事に確保、事件は一気に解決、と言う流れになった。 念のためギリィに命じて彼らからは俺たちに関する記憶を消してもらった。 だが、翌々日もそのまた次の日も連続行方不明事件の続報は一切報じられる様子が無かった。 痺れを切らした俺はギリィに聞いた。 こういう様々な情報はこの男が一番掴んでいる筈だから。 「将軍もすでにお察しかと思いますが、連続行方不明&拉致誘拐事件については政府から圧力があったようで、そんな事件は無かった事になっているっすね」 「ギリィ、お前ならその理由も知ってるんだろ?」 「はい。拉致されていた男の中に有力な政治家のご子息が居たようです。そして、そのご子息は表向き『ブラン大学に留学中』となっていました」 ブラン大学とはヨーロッパにある名門中の名門大学の一つだ。 「なるほどな。留学中の息子が何故日本に戻っていたのかは疑問が残るが、事件そのものがもみ消された訳は理解した」 「それと、シャドウについてなんですが……」 「むしろそいつらの方が肝心だよな。俺たちルガルムの脅威になるのか否か」 「おっしゃる通りです。ただ、申し訳ありません。こちらはあまり詳しい情報は得られませんでした。 噂通りアバラスカ共和国が人質になっていた者たちと接触していたかどうかについてもハッキリそうだと 断言できるほどの確証はありません。 ただ……」 「む? なんだ?」 「彼らの記憶を覗いて見たところ、外国人らしき人物と携帯電話で会話していることは確かです。流暢な日本語でしたが微妙にイントネーションが異なっていましたので」 「通話履歴とかで探れそうか?」 「その線は難しいですね。恐らく日本国内で発信しているんでしょうし携帯の持ち主と会話している人物が同一とも思えません。 盗難、までは行かずとも『借りた』携帯で人質たちに連絡を入れているくらいの用心深さはあるようです」 「ハッキリ敵だとは言えない存在だったが、シャドウを5体も倒し、シャドウ化用の人質たちを解放してしまった。ならば向こうさんとしてはすでに俺たちを敵と見なしているだろう。 ギリィでさえ全貌を掴めないような用心深い相手だったら猶更俺たちは注意深く行動しなければならないな」 「将軍の言う通りかと。引き続き調査は行いますが、巧妙かつ手ごわい相手と見るべきでしょう。 『ビースレイブ』みたいな弱小組織とは雲泥の差があります」 「ゼランさん! たっだいまー! え? 何々? もしかしてウチの事を話してました?」 「相変わらず元気だなぁ、御門さんよぉ」 「はい! 僕は元気だけが取り柄ですからね!」 「あーもー、分かった分かった。さっさと部屋に入って飯食って寝ろ」 「……うるさい奴め。将軍の皮肉も通じないとはなんたる低能さだ」 「は? 何か言った?」 ギリィは御門を無視しそっぽを向いた。やはりギリィは御門、いやジャスティスレイブに対してだけ何故か子供っぽい反応を示す。 「んで、ですねぇ、部屋に戻る前にこちらの方たちと合流しちゃいまして――」 「は?」 「世良っちゃぁん! アタシよ! 河豚野! 体調は大丈夫? 風邪引いたって聞いたから心配で心配で!」 「こんばんわ。鰯田です。お加減は如何ですか? 見たところ大丈夫そうですが」 ピンクのスーツと地味な灰色のスーツが御門の後ろから顔を覗かせた。 そう。 日傘山の洞窟に行った日は『楽しいヘルシーライフ』の収録日だったが風邪と偽って収録を延期してもらっていたのだ。 だが、河豚野プロデューサーと鰯田ディレクターが揃って俺の部屋に訪問するなんて……。 ……何だか嫌な予感がするぜ。 「御門さんから聞きましたが、先日の共同生活でとてもウマが合ったそうで、引き続きこちらで共同生活中だとか。 世良さんの新番組にかける意気込みには感謝しかありません」 「そうなのよ! 御門ちゃんから聞いてびっくり! でもでも! そんな世良ちゃんに朗報よ!」 「ろ、朗報?」 「そうなのよ! 残念だけど『イケてるメンズ浴場』のロケは結局没になっちゃったんですけど、世良ちゃんメインの番組が新たに制作決定よ!」 「は? お、俺がメインの? 別番組?」 「そうなの! しかも今度は日の出ローカルじゃなくて全国ネット番組なの! 放送時間は深夜なんだけど、ギャラも待遇も破格なのよぉ!」 「え? ええと、あの、話が見えないんですけど?」 「説明いたします」 鰯田ディレクターが落ち着いた声で淡々と俺に語る。 俺を主役にしたドラマの企画が進行していると言う。 「世良さんを正義のヒーロー『光の勇者・ゼラン』そして、御門さんはゼランを時には助け、時にはライバルとなる『マッドジャスティス』として悪の組織と戦う。つまり特撮ドラマとなっています」 「ど、ドラマですか? あの、しかしですねぇ、俺、演技なんて勉強したことありませんし……」 「大丈夫よ世良ちゃん! いつもの世良ちゃんで十分だから! あと、戦闘シーンはちゃんとしたスーツアクターさんにお願いするつもり!」 「世良さんには無理なお願いと承知しているのです。しかし、スポンサーからの強い要望がありまして、 日の出テレビとしても、無下に出来ない状況になっているのです」 鰯田ディレクターがとても辛そうな面持ちで内情を訴える。 よほどの巨大スポンサーが動いているんだろう。 「むしろチャンスよ世良ちゃん! このドラマで好評を博したら、あなたの知名度と好感度はうんとアップするし、 お仕事だってもっともっと来るようになるのよ! それに、このドラマを演じるにあたってギャラはドラマ一本で100万円よ!」 「ひゃ! ひゃくまん!?」 1クール撮影すりゃ、それだけで1200万じゃねぇか! 「急がせて悪いんですが返事はここでお願いします。今日中にスポンサーに対し、世良さんが主演を承諾したか否かを伝えないといけなくて。 御門さんからは快諾を頂いているので、あとは世良さんだけなんです」 「へへっ! 僕もギャラは100万って聞いちゃったら、断れないですよ~」 お前……そんな簡単に引き受けちまって良いのか? 「『楽しいヘルシーライフ』はどうなるんですか? もう俺はお払い箱って訳ですかね?」 「そんなのあり得ないわ! 世良ちゃんのお陰で驚きの視聴率を叩き出している『楽しいヘルシーライフ』から世良ちゃんを降ろすなんて!」 河豚野が頬に両手を当て、ムンクの「叫び」みたいな口になっている。 「プロデューサーの言う通りです。引き続いて『楽しいヘルシーライフ』も出演をお願いします。 世良さんの『体操のお兄さん』コーナーだけ、女性だけではなく男性からの支持も非常に高いんです。 むしろ私としては『楽しいヘルシーライフ』に一層の注力をお願いしたいところなんですが……」 「鰯田ちゃん! それは言わないお約束!」 「どう言う事です?」 「実はね、ドラマの撮影は日の出テレビじゃなくて、サンシャインテレビが主体になるの。だから、撮影そのものも日の出テレビじゃなくってサンシャインテレビで行われるのよ」 少し悔しそうな顔をした河豚野。しかし、すぐにいつもの飄々とした顔に戻った。。 「ウチの『親局』だから顔を立てたんだけどね、『楽しいヘルシーライフ』の仕事だけは世良ちゃんから奪わないでって言って死守したの! だって世良ちゃんはアタシが見つけた逸材なのよ! そう簡単に 取られてなるもんですか! ってね!」 河豚野と鰯田が一瞬だけニヤッと目を合わせた。 うん。やっぱりこの2人って良いコンビなんだな。テンション高く派手な河豚野と地味で物静かだけど 骨太な鰯田。 日の出テレビジョンが地方局ながら名番組をいくつも手掛けられてきたのはこう言う個性あるスタッフが ちゃんと機能しているからなんだろう。 「では、俺もお2人の顔を立ててドラマ出演のお話、受けさせて頂きます」 河豚野も鰯田も途端に笑顔を見せた。 「ありがとう世良ちゃん! 絶対悪いようにしないって約束するわ! サンシャインテレビにアタシと昵懇のプロデューサーがいるのよ! その人が世良ちゃんを直接見るよう手配してあげるから! 大船に乗ったつもりでドラマ撮影に臨んでいいのよ!」 河豚野と昵懇? むしろその方が怖いんだが……。 「鯨山と言う方です。私も存じ上げていますが河豚野さんに勝るとも劣らぬ人物ですよ。 頼りにされて大丈夫です」 鰯田ディレクターがそう言うのなら大丈夫なんだろう。 「さて、アタシたちは早速スポンサーやサンシャインテレビにこの件を伝えに行くわ! 電話じゃなくて 直で話して欲しいって言われてるの! それじゃぁ世良ちゃん! また会いに来るわね!」 「病み上がりの中、お時間を取って頂いてすみません。私も河豚野プロデューサーと同行して関係各所の調整に行かなくてはなりませんので、この辺で失礼します」 河豚野と鰯田が玄関から姿を消すと、室内は一気に静寂が戻った。 「……ドラマか、俺にできんのか?」 「できると思いますよ。ゼラン将軍であれば」 「うお! お前、そういやずっと居たんだな」 「はい。将軍たちの会話の邪魔にならないような『存在』になっていましたから」 狭いアパートの部屋の中なのに、ギリィが居る事をすっかり忘れていた。 きっとギリィは俺や河豚野たちの意識に止まらない様、精神的な死角に入る術を行使していたんだろう。 ふと横を見ると御門はテーブルに突っ伏して眠りこけてやがる。 まったく呑気なもんだ。 金に釣られて後先考えずにOKしたんだろう。だが、コイツも演技なんてできんのか? 俺以上に大根だったらどうすんだよ? 二日後、俺の元へ初回の台本や設定資料などが届けられた。 番組名・【光の勇者ゼラン】 主演『光の勇者ゼラン』役・世良鉄也 副主演『マッドジャスティス』役・御門正義 敵の首領『ナイトメア』役・六波羅親太朗 敵の手下『シャドウ』役・久米田田無 「ろくはら? 久米田? 聞いた事ない俳優だな……もしかしてこいつらも新人だとか?」 スーツアクター・トラッドアクションクラブ(TAC)の皆さん。 初回ロケ地・アリエン湖(アバラスカ共和国) 「は? あ、アバラスカ共和国だと!?」 メインスポンサー・大魔境製薬 協賛・アバラスカン航空 ・アバラスカ工業 ・アバラスカ政府及び大使館 「うわ、アバラスカ関係一色じゃねぇか……」 大魔境製薬と言やぁアバラスカから来た外国人社長がトップだった筈だ。 「一体……どうなってやがる……?」 「将軍、これは敵の宣戦布告と見て良いでしょう。やはりシャドウの背後にはアバラスカの存在があるんです。現地には将軍を消すための罠がしかけてありますよ」 いつの間にか後ろから資料を覗き込んでいたギリィが俺の想像をズバリと言葉にした。 「敵が我々をルガルムの一員だと気づいているかどうかはともかく、洞窟のシャドウを倒したのが『体操のお兄さん』こと世良鉄也なのだ、と知っているんでしょう。 ジャスティスレイブは間抜けですが、我々の秘密を漏らすほどの間抜けではありませんから、どこか別のルートから情報を得たんでしょうね」 いやいや。 別のルートじゃなくて、人質解放作戦の日に日傘山に登る俺たちを、バカみたいに手前の場所で変身しやがったジャスティスレイブや特攻服にチェンジしたギリィを敵に目撃されてたんじゃねぇの? と思ったが、 今更言った所で状況が変わる訳も無いから止めておいた。 「向うがその気なら我々も迎撃の準備を整えなくてはなりません」 「だがギリィ。一応俺たちはドラマの撮影でアバラスカに行くんだぞ? 御門以外の共演者だって行くんだろうし。 いきなり戦闘開始、って訳にもいかんだろう?」 「その通りです。基本的には撮影中の事故に見せかけた方法を取るでしょうね。将軍はその罠を避けつつ共演者や日本からのスタッフを巻き添えにならないように守り、アバラスカの刺客を倒していく、と言う展開になるでしょう。 ご存知かと思いますが向こうの警察や公安はまったくアテにできません」 独裁国家の警察、だもんな。グルになっててもおかしくは無い。 「俺は一足先にアバラスカに潜入し、現地での敵の動きを探ります。全てが敵なのか、あるいはアバラスカの一部がそうなのかも含めて。 将軍におかれては、そうっすねぇ……身近に内通者が居ないかどうか気を付けて下さい」 ギリィはすぐに俺の部屋から去った。 数時間後にはアバラスカに到着している事だろう。 さて、ジャスティスレイブ・御門正義にはこの事実をどう伝えようか? 怖気づいて自分は日本に残ると言い出すか、或いは「それなら僕たちでやっつけちゃいましょう」なんて 明るく宣言するのか。 「総統閣下、俺の日本支配は順調に進んでおります! ……と言いたい所なんですが、今しばらくご猶予をお願い申し上げます。 必ず! 必ずやここ日本を落として御覧に入れますので、どうかその日まで俺にお任せください!」 俺はルガルム本部のある方向に額づき、総統閣下のお姿を思い浮かべながら宣言していた。 終