皆さんこんにちは。本日は私の大好きな本のうちの1冊、森茉莉の著書"枯葉の寝床"についてのお話です。ネタバレを含む可能性がありますので未読の方はご注意ください。最近また読み返して苦しくなったので書きました。好きだけどしんどいので数年に一度しか読み返す勇気がありません、、
多分初めて読んだ同性愛文学作品がこちらだったと思います。長野まゆみ先生と思いきや、ですね、しかもこんな重たいお話。
人によってはメリバ?なのかもしれません。一般的な目線で言えば全然バッドです。いわゆる闇の腐女子方はめちゃくちゃ刺さると思われます。
古本で手に入れたもので、旧字体や旧仮名のオンパレードです。それがまた作品の世界観を重厚なものにしていて私はとても気に入っています。(例えば実態という感じはこんな字でした→實態)
この作品を読んでからというもの、一気にこの薄暗さのある匂い系小説たちにどハマりした時期がありました。読後の胸苦しさが、何かすごく貴重なものを得た気分になるというか、妙に病みつきになってしまうのです。
ちょっと話が逸れてしまうのですが、私は不思議なことに文学作品での同性愛作品と漫画での同性愛作品では好む内容の傾向が極端に異なっているようです。漫画では専らさらっと読めるライトなものを好みますが、文学作品だとなぜか重ためのものを好みます。どうしてかな、すごく分析してみたい。
森茉莉の文体は本当に絢爛という言葉がぴったりで、言葉が装飾品のようです。人によってはくどいと感じる方もいるかもしれせんね。本当に耽美で、作品全てから美に耽ることに引きずりこまれてしまいます。軽く読み返そうとパラパラっと頁を眺めるも、気づくと冒頭からしっかり読み返してしまいます。
登場人物
■日仏の混血の美丈夫・ギラン
作家兼大学教授 (執着溺愛攻め)
「レオをどこまでも、どんな世界の果てまでも追ひつめ、抱きしめて、この手から離したくない。」
■美少年・レオ
自堕落日本人大学生 (奔放小悪魔受け)
「ギはもう僕を愛してないの?」
ここにオリヴィオというもう一人の男と、レオの邂逅により物語は破滅へ向かいます。ギランの嫉妬に灼かれて苦しむ様子や、抑えていた衝動のままもたらした結果の描写にみている方も苦しくなります。どうして、なんで、、と、思わずにいられなかった。
一番心が痛んだのは死んだレオを愛おしむ描写の数々でした。切なさでどうにかなりそうです。優しく触れるのも、優しく語りかけるのも、生きているうちに、慈しんでいて欲しかった。私はすごくまともだから、永遠に自分のものにすることに、それにどんな価値があるとも共感には至りません。けれどこれは物語の否定ではありません。これで良かったのです、そうでなければならなかったと思うのと同じく、やっぱりギランを否定しておかなければと胸苦しさに焚きつけられるのです。
声を聴いたり、また新しく言葉を紡いでくれることもなければ、二度と笑顔をみることもできず、温みのあるからだに触れることも二度と、叶わないのに、どうして人のうちには愛おしさと憎しみが共在できてしまうのかな、と考え巡らせてしまいます。
長くなってしまったけれど、こんな長文SNSではとても共有できないから、ファンボックス、本当に始めてよかったな、と改めてしみじみしました。頭や心を整理するのにとても良い場所だと感じます。
既読の方もこれから読んでみようと思う方も、ぜひ、感想をきいてみたいな。私は好きじゃなかった、の意見も聞いてみたい。もちろん共感でも嬉しいけれど。
サムネに使っている絵は、次回の更新時に共有しようと思います。ツールの練習で描いてみたレオです。それから、ご支援金で初めて画集を購入させていただいたので、そのご報告などできればと思います。
今回も最後までご覧くださりありがとうございました。
次回もどうぞお楽しみに!