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パッカーと画家(8) となりのトトロみたいな村

旅行をしていると「昭和」を感じる場所を見つけることがよくある。ネパールのポカラや、ラオスのチャンパサクとか……。何をもって「昭和」と言っているかというと、村の雰囲気だろうな。アニオタのみんなにもわかりやすく例えるなら、となりのトトロの雰囲気だ。コンビニなんかないけど食料雑貨店があって、舗装されてるんだかされてないんだかわからない程度の道があって、野良犬が居て、電気はあるけど頼りなくて、なので日が落ちると一日が終わるような、そんな場所。小さい村はだいたいそうだけど、しかしある程度人口が多い方がいいな。それなりの病院がネコバスで行ける範囲にあるくらいでないと不便だろう。それに小さい村は関係が密になりすぎてよくない。その点ポカラ(ネパール)はとくに雰囲気がよかった。


ところでだが、野良犬は昼と夜でまったく別の顔をする。昼の野良犬はけだるそうにソロでその辺に横になって通行の妨げになっているものだが、日が暮れると眼光が鋭くなり、群れて人間を追いかけ、吠えるようになる。オオカミじゃん。ポカラでも野良犬が怖かったので、知り合い旅行者の部屋にお呼ばれして帰りが遅くなったときなどは、複数人で送って行ったり泊まっていったりしたものだ。


現代日本と「となりのトトロみたいな村」のいちばんの違いは家と外との境界線が曖昧なことだと思う。古き良き日本でいう縁側というやつだと思う。娯楽が無いことが境界を曖昧にさせる一番の理由だろう。そういう村では人々は手が空けば家と外の境界線で一息ついた。娯楽がないので人々はご近所でよく話をしていた。話をしなくても外を歩けば人の顔が見えた。そういう村では不良外国人のぼくはカメラを持って出かけたり、ずっと本を読んで一日をすごしたり、日記を書いたり、絵を描いたり、本当に何もしなかったりして一日を過ごすのだが、日が落ちる前には市場や食堂で食事を済ませる。そのあとは夜の準備をする。つまり、コンビニが無いので日が落ちてから小腹がすくと成す術がない。だから商店でスナックを買ったり、ペーパーを買ったり、ろうそくを買ったり(停電が珍しくない)と村を歩くわけだが、一日が終わる時間帯なので村の人々は仕事を切り上げて家と外の境界でくつろいでいたりする。一週間も滞在していれば知った顔も増えてきて、いろんな人に声をかけられたり、声をかけたりする。


もちろん毎日が平穏に終わるわけではない。マダガスカルのイファティという漁村ではある日、村が騒然としていた。少女が泣きわめきながら逃げ回り(ごめんなさいと連呼していたのだと思う)、母親と思しき太った女性がこちらも泣きわめきながら棒を振り回して少女を追いかけていた。聞けば、少女が目を離したすきに弟が海でおぼれ死んだのだそうだ。こういう村が騒然となる雰囲気もとなりのトトロには描写されていたが、現実はあまりにもいたたまれなかった。


それでもぼくは「となりのトトロみたいな村」が好きだった。大好きだった。バックパッカーはどうやらこういう雰囲気にあこがれる傾向がある。バックパッカーといっても「時間のある学生のうちに最初で最後のつもりで」と日本を飛び出した者はその限りではないが、定職に就かず何度も海外に飛び出すような輩はやっぱり日本社会を窮屈に感じているのだと思う。自分探しならぬ自分の落ち着ける場所探しだ。自分にとっての「楽園」探し。この楽園探しはおじい様おばあ様世代ならば「つまりヒッピーです」といえば通じる。アニオタのみんなにわかりやすく伝えるならば、スナフキンだ。ヒッピーのロールモデルはムーミンに出てくるスナフキンだ。スナフキンもムーミン谷が気に入ったよそ者であり、不良外国人である。


レオナルド・ディカプリオ主演のザ・ビーチ(2000年)という映画があるが、まさにバックパッカーにとっての「楽園」をテーマにしている。ザ・ビーチの主人公がやはり社会に閉塞感を感じてバックパックを背負い旅に出た青年。その彼がたまたま存在を知ったのが、タイのどこかにあって公権力の及ばない楽園、ザ・ビーチ。そこにヒッピーたちが集まって楽しく暮らしていた。冒頭からそれがハッピーエンドにはならないであろうことが示唆されているし、実際ハッピーエンドにはならない。


ザ・ビーチがスナフキンと違うのは、スナフキンはよそ者であるのに対し、ザ・ビーチではヒッピーたちが集まってコミュニティを作ってしまっている点だ。このヒッピーコミュニティは実際世界各地に存在し、ぼくもタイ北部にある日本人ヒッピーコミュニティを訪問したことがある。ぼくが訪問した時は数家族居たものだが、調べてみたら現在の住民は一人だけなのだそうだ。こちらもハッピーエンドにはならなかったということだろうか。


日本人ヒッピーコミュニティの雰囲気はとても良かった。半自給自足くらいの生活だったと思う。もともとは作家が始めたプロジェクトで、村のための土地もその人が手配したようなことを言っていた。みんなアートに興味があり、音楽だとか絵本だとかで稼ぎながら半自給生活をしていたのだと思う。それにみんながみんな定住しているわけではなく、ぼくのように流れ着いた旅行者もいた。


ヒッピーコミュニティを見ていると、ぼくが何を好んでいて、何を嫌がっていたのかがわかってくる。クソみたいにプライドが高くて他人を信用していなくて、心を開けないぼくは、人に使われたくないのだ。人に使われるのも、人に何かしてもらうのでさえ嫌なのだ。お金をもらってさえ、あれをやれ、これをやれと言われたくない。お金払ってさえ、誰かにあれをやれ、これをやれと指図したくない。人に教えを請うのも苦手で、とても語学学習も学習効率が悪かった。でも自分一人で失敗するのはそれほど苦ではなかった。他人と一緒に失敗するのが嫌いだ。誰かに勝つことも居心地がわるく、負けることもおもしろくない。


その点、半自給自足は良い。最高に経済効率が悪くて居心地がよい。しかし最高に経済効率が悪くてQOLが低いのも事実。アートは良い。誰かの目的に組み込まれなくて済むし、居心地がよさそうだ。ぼくは芸術家になりたいと考えるようになった。早い話、どうやらぼくは資本主義が嫌いなのだな。しかし「タイのヒッピーコミュニティで暮らすか? 自給自足の生活をするか?」と問われるとためらう。ぼくに芸術的才が無い理由がこれだと思っている。ぼくは理想主義という虚無にフルスイングすることができなかった常識人なのだ。絵もパッとしない。小説を書いても誰も読んでくれない。根っから資本主義を拒絶しているわけでもない。ぼくは「となりのトトロみたいな村」を外から眺めていることしか出来ない。

パッカーと画家(8) となりのトトロみたいな村

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