新体操部の悲劇 【リクエストより】
Added 2021-12-30 09:11:02 +0000 UTC【飼育編】 翼は麻理の家まで来ると手早く、車から毒虫を下ろすとリードの端を門扉に絡ませてその場を去った。 そろそろ睡眠薬が切れる時間だなぁと翼は思いながら、マンションに着くと車を停めて、家へと戻った。 麻理の家が見えるベランダから、毒虫の様子を観察する。 人通りは多くはないが、永井家の前を通る人はいる。 不審なそうに大きく距離を取り、毒虫を回避していく人がほとんど。 中には近寄って名札を確かめるツワモノもいた。 しばらくして、麻理が目覚めた。 遠目でも分かるほど動いている。 毒虫が動き始めるとそれに誘われるように人が一人、また一人と集まり始めた。 騒がしさに気づいたのか、それとも買い物に出た妻の帰りが遅いのを心配してかは、分からないが麻理の夫が出てきた。 声は聞こえないが、集まった群衆を散らせて、毒虫を抱えて敷地内へと入ってしまった。 群衆は散り散りになり住宅街は静かになった。 一方、毒虫は庭の芝生の上にいた。 口はあいていて話すことは出来るので、夫と何か話しているようである。 翼は毒虫に盗聴器を仕掛けたのを思い出して、イヤホンを耳につけると声が聞こえてきた。 「さっき話してたあの子たちの顧問の先生が偶然現れて、スーパーまで車で送ってくれるって言われて」 「乗ったのか?車に」 強い口調で尋ねる夫。 「うん、娘たちに酷いことをしたから直接文句を言ってやろうと思って」 「ねぇ、私どんな姿なの?」 麻理の質問には答えずに家の中へと入ってしまう夫。 そしてすぐに姿見を持って戻ってきて、麻理の姿を見せる。 「え、何これ?私なんでこんな姿になっているの?」 麻理が今の自分の姿を見て慌てふためいている声が聞こえてくる。 そして夫に懇願する。 「早く家の中へ入れて、これを脱がせて!」 しかし、夫から返ってきた言葉は翼も予期していないものだった。 「そうだね、ところで君の姿は何だと思う?」 麻理は体を横に大きく振ってから答える。 「分からないわ、なんなの?」 夫はゆっくりと立ち上がり、麻理を見下すようにして言った。 「毒虫さ、まるで君の心の中を見ているような姿だ」 「ねぇ、あなた、そんな事はいいから早く家に入れて脱がせて、お願い!」 夫は麻理の言葉を無視して話を続ける。 「今回、娘たちに起こった事は君が招いた事だと僕は確信したよ、君は学生時代から今も変わらず周りの人たちを傷つけてきたんだね、その姿とっても似合っているよ」 そう言うと、家の中へと入ってしまった。 麻理は毒虫のまま放置されたが、家族に助けを求め続けた。 だが、家からは誰も出てこなかった。 しばらくして夫と娘たちが家から出てきた。 しかし、麻理を助ける訳ではなく外出の為、娘たちは奇異の目で麻理を見ながらそのまま出て行ってしまった。 麻理以外は食事にでも出かけたのだろう。 翼のイヤホンからは庭で毒虫の姿のまま、泣き続ける麻理の泣き声だけが聴こえていた。 イヤホンを外して翼も食事を摂ることにする。 食事を準備しながら、これまでの事を思い返す。 恵理と友理の母親が麻理先輩だと知った、そのすぐ後に偶然街で奈々先輩と香代子先輩と出会った。 久しぶりの再会にカフェでお茶をした。 共通の話題はやはり高校時代の麻理の悪口に。 そこで翼は新体操部の顧問をしていて、教え子に麻理の娘たちがいる事を伝えた。 すると、昔年の恨みがあったのか、2人は里美先輩を呼び出して仕返しを翼を含めて4人で計画して今日実行に移したと言う訳だ。 しかし、まさか麻理は家族からも嫌われる存在になっていたとは正直、翼は驚いていた。 イヤホンからの泣き声も収まり、翼も食事を終えた頃、麻理の家族が家に帰ってきた。 夫は大きな荷物を庭に運び込み、それを組み立て始める。 娘たちは買い物袋を持って家の中へそそくさと入ってしまった。 夫が組み立てたのは、大型犬が入れるような犬小屋。 犬小屋の側には鉄の杭を地中深く打ち込んでいる。 まだ、泣き疲れて眠ってしまっている毒虫を夫は移動させてリードを杭に固く結びつけた。 娘たちは犬用のごはん皿2つにご飯と水を入れて毒虫の前に差し出した。 家族は毒虫に一言も声を掛ける事なく、家に入ると鍵を閉めてしまった。 眠りから覚めた毒虫は目の前に置かれたご飯と水を食する。 掴む事の出来なくなった手を使いながら。 そして、排泄を催すと草むらに入っていき用を足す。 まるで、人間らしさもなく動物のように。 翼は数日観察を続けたが、毒虫は庭で動物の扱いを受け続け、餌は与えられるものの家に入れてもらえる気配は一向に見えてこなかった。 翼は毒虫となった経過を3人の先輩たちに動画をつけて報告し報復は完了した。