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ごむらば
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死霊の館

私は鷹島 萌(たかしまもえ)。 上京し都心の大学2回生。 1回生の時は地元へほとんど帰らずに大学生活と一人暮らしを満喫していたのだが、ふとした時実家が恋しくなった。 そして、地元の友達にも会いたくなり、2回生の夏休みは地元で過ごす事にした。 大学の夏休みは2か月と長い。 ただ、実家にいるだけだと、母親から何を言われるか分かったものではない。 そこで地元でアルバイトを探した。 地元にはこの春アミューズメントパークがオープンしたのは知っていた。 そこに私にピッタリの夏休み期間限定でのスタッフ募集を見つけて応募する事にした。 そして、見事に採用された。 なぜアミューズメントパークかというと、友達に会えるかも知れない。 そして、私の初恋の人 久城 暁斗(くじょうあきと)くんにも。 彼とは高校の3年間同じクラスだったが、ほとんど話した事はない。 そう、私の片想い。 私は高校でも優秀な方だったので大学へ進学した。 一方彼は、毎日のようにヤンチャをしていて、高校卒業後、地元で就職したと聞いていた。 だから、アミューズメントパークで働いていれば、もしかすると会えるかも知れないと淡い期待を抱いていた。 夏休みに入りアルバイトが始まった。 通常のスタッフの中には知った顔もあり、なぜかかホッとする。 期間限定アルバイトの担当は、期間限定のホラー館の中の仕事。 つまり、お客さんを驚かせる役だ。 私の担当はゾンビの着ぐるみを着て、樽の中に入りホラー館の中を歩くお客さんを驚かせる役という知らせが事前に来た。 ゾンビの着ぐるみ作製のため、事前に採寸したものを送るように指示があった。 そのため、アルバイトの初日の研修時にはすでに私専用のゾンビの着ぐるみが2着準備されていた。 私の他にも同じように樽に入るゾンビは2人いた。 24歳の茅場 紗奈(かやばさな)さんと27歳の花輪 綾(はなわあや)さん。 2人とも私よりお姉さんだった。 2人とも私と同じような体型だった。 ゾンビはどちらかというと痩せている方が感じが出る。 しかも着ぐるみを着てもある程度の細さが要求された。 だから、私たちが選ばれたのだと思った。 ゾンビの着ぐるみの着方を説明してもらった後、早速ゾンビになる。 かなり、リアルに作られたゾンビの着ぐるみ。 浮き出た背骨がマジックテープで固定されているので、背骨を引っ張ると『ベリベリ』と音を立ててマジックテープが外れたその下にファスナーが見えた。 そのファスナーを開いていくと、ゾンビの着ぐるみを着る事ができる。 着ぐるみの中は何を着てもいいし、裸でもいいと言われていたが、私はTシャツとスパッツを持参していたので、それに着替えた。 ネットで事前に着ぐるみに入る時に着る服で検索をかけておいたのを参考にした。 しかし、紗奈さんと綾さんは水着を着ている。 紗奈さんはビキニ、綾さんは競泳水着。 「あれ?萌ちゃん水着じゃないんだ?」 紗奈さんに言われて私はキョトンとした顔をしていた。 「萌ちゃんには説明されてなかったのかなぁ?ゾンビの着ぐるみを着て樽に入ってその中をローションで満たされるんだよ、だから水着なんだよ」 「えー、聞いてないですよ!」 その会話を更衣室の外で聞いていたスタッフの環さんが声をかけてくれる。 「今日はゾンビの着ぐるみを着て樽に入って感触を確かめてもらうだけですから大丈夫ですよ」 綾さんが言う。 「萌ちゃん、よかったね」 「ハイ!」 そして、みんなで笑った。 その後は3人とも初めてのゾンビの着ぐるみを黙々と着る。 足を通すと腐った皮膚の下に私の足が入っていき、腐った皮膚の上の骨がより飛び出す。 まるで私の足が腐ってしまったように見えるほどリアルな出来栄え。 頭以外ゾンビの着ぐるみを着た。 体はところどころ腐り、陥没し骨は剥き出して折れている箇所もかなりある。 土葬されたら私もこうなるのだろうと容易に想像ができた。 私以外の紗奈さんと綾さんも自分の着ぐるみに覆われた体を見て触って何か感触を確かめている様だった。 そして気づいた事は3人とも全く違うゾンビである事には正直、驚かされた。 いよいよ、頭の部分を被ってゾンビになる。 私のゾンビはほとんど骨が剥き出しで長い髪の毛が後頭部だけ残っている。 紗奈さんのゾンビは顔半分が骨で半分が腐っている。 髪の毛は本人と同じくショートカットだが、左側の髪はなく耳もなかった。 綾さんは顔全体が腐っていて髪は長く残った髪はところどころ禿げていた。 いずれも背中のファスナーを上手く隠すための工夫のように思えた。 背中のファスナーを閉めて、背骨と髪で隠すのは3人で協力して行った。 準備ができたので更衣室を出ると、スタッフの環さんが私たちの入る樽を準備して待ってくれていた。 そしてスタッフの環さんから説明が始まる。 __________ 開演中はこの樽に入って中には、先ほど話にもありましたように、緑色に着色したローションを流し込んでいます。 ゾンビに着替え終わると今と同じように樽を並べて準備していますので、中に入って下さい。 誰がどの樽でも構いません。 全て同じ樽です。 スタッフが樽に入ったゾンビを決まったエリアに運んで行きます。 樽の底にはキャスターがついているので誰でも運べます。 現場に着くと、金属のベルトで樽を固定をします。 お客さまがぶつかっても、外れる事がないので安心して下さい。 現場で樽の中に緑色のローションを流し込みます。 みなさんは樽の蓋が閉まっても呼吸できるスペースを確保して下さい。 目安は樽の中の覗き穴です。 そこから外が見える位置まで頭を下げて頂ければ樽の蓋は閉まります。 スタッフは樽の中に手を入れて、樽の一部が半透明になった箇所に自分の手を当てた。 外は明るいので見えますが、暗い場所なので中のゾンビはほとんど見えませんのでご心配なく。 後はお客さまが近づいてきたら、蓋を頭で押して手を出して頂ければ結構です。 ゾンビが得体の知れない粘着性のある液を垂らして出てくればかなりの怖さがありますので。 _________ とスタッフの環さんは説明を締め括った。 「何か質問ありますか?」 私は手を上げて聞いてみた。 「樽から体や手を出して、ローションが樽の外に垂れてもいいんですか?」 スタッフはウンウンと頷いてから答える。 「樽から得体の知れない液が垂れていたらどうですか?分かっていてもかなり怖いと思いますよ、という事は垂れていても全く問題ありません、むしろ垂らして下さい」 次に紗奈さんが手を上げた。 「トイレとか休憩はどうしたらいいですか?」 スタッフの環さんはまたウンウンと頷いてから答える。 「トイレは基本的には済ませておいてください、休憩は1人ずつ交代で取ってもらいます」 「お客さまの流れにもよるのですが、誰かが休憩に入っている時は2人での対応となります」 紗奈さんは納得したように頷いていた。 「他にありますか?」 次は綾さんが手を上げた。 「一度、どんな感じなのか樽に入って運ばれて現場を見てみたいのですが」 スタッフの環さんは少し考えて、「1人ずつ行きましようか、現場も見て頂いた方がいいと思いますので」と。 まず初めに綾さんが樽に入って蓋をして移動する。 覗き穴から綾さんが覗いているが、樽も汚れているのでゾンビの顔はカモフラージュされて分かりにくい。 更衣室からバックヤードの特別なルートで1分ほどで現場に着いた。 スタッフの環さんは樽の固定を始める。 そして、綾さんに尋ねた。 「どうですか?感じ掴めましたか?」 「はい、大丈夫です」 「ちなみにですが、お客さまはあちらから来られます、お2人向こうから歩いて来て頂けますか?」 私と紗奈さんはスタッフの環さんの指差す方向から樽に向かって歩いてみた。 照明の加減もあり、樽は目に着くが中に何が入っているかまでは分からなかった。 「どうですか?」 樽の中で私たちを見ていた綾さんは樽から顔を出して答えた。 「大体のイメージは掴めました、ありがとうございます、ただ…… 」 綾さんが口籠る。 「どうしたんですか?何か問題でも?」 「はい、樽の中での楽なポジションを探していたんですが見つからなくて」 綾さんがそう言うとスタッフの環さんが返す。 「大丈夫ですよ、ローションを流し込みますので、樽の中で着ぐるみの浮力があるので今ほど辛くないと思います」 スタッフの環さんの回答に3人とも「なるほど!」と声を出して納得した。 その後、私と紗奈さんは樽移動は容易に想像できたので遠慮し、樽の中からの見え方だけを確認した。 スタッフの環さんは思い出したように言う。 「あと一つ言い忘れていました、本番ではこれを咥えて貰います」 取り出したのは穴の開いたマウスピース。 「これは笛のようになっていて、咥えていると呻き声しか出なくなります、今日は質問もあると思いましたので省かせて貰いました」 こうして、アルバイト初日は説明を受けて終わった。 着替えて最寄り駅まで3人で帰る。 話題は質問している風景がシュール過ぎたということ。 ゾンビの紗奈さんや綾さんが真剣に手を上げて質問している姿は正直、笑ってしまった。 それは自分の姿も同じなのだが。 ホラー館でのゾンビとしてのバイトが始まった。 インナーは紗奈さんや綾さんに倣って水着にした。 ただ、水着を準備する時間もなく、実家にあったスクール水着を仕方なく使う事にしたのだが、それが意外な事実に繋がる。 2人ともそのスクール水着を見て懐かしいと言うので、出身高校を聞いてみた。 すると、偶然にも3人とも同じ高校。 つまり、紗奈さんも綾さんも私の先輩だった。 バイトに入るとあの先生がまだ居るのとか、体育のマラソンがキツかったとか共通点が多く、始まるまでと、終わって帰る時の話題には事欠かなかった。 もちろんそれに加えて、お客さんの反応や失敗談も語りながら楽しく過ごせた。 バイトに慣れてくるとゾンビとしてお客さんを驚かせる工夫を考えて実践するなどする余裕も出てきた。 最近では、覗き穴から友人を見つける余裕まで出てきた。 友人の時は特別サービスで驚かせたりした。 そんな順調で楽しいホラー館のバイト生活にトラブルが発生した。 トラブルが起こる時は重なるもの。 その日は私にとって最悪の日となった。 事の始まりは前日に友人たちと久しぶりに会って夜遅くまで遊んでいた事に始まる。 朝起きるとバイトギリギリの時間になっていた。 バイトはなんとか間に合ったのだが、新しく買った競泳水着を忘れた。 ギリギリに出勤して、水着を忘れた私に紗奈さんがアドバイスしてくれた。 「萌ちゃん、着ぐるみに裸で入ると気持ちいいよ」 私はその言葉に動揺を隠せず真っ赤な顔で紗奈さんを見た。 紗奈さんは至って普通の顔で言う。 「先週、私も水着忘れたんだ、水着を入れたつもりで別のカバンで来てしまって」 頭をポリポリ掻いている。 そう言えば、先週1日だけ紗奈さんが変な時があった。 いつもはギリギリにゾンビの着ぐるみに着替えるのに、その日は誰よりも早く着替えて顔だけ出していた。 そして帰りは用事があるからと言って、私は綾さんと2人で帰った日があった。 あの日、水着忘れてたんだ紗奈さん。 私は少し気分が楽になった。 紗奈さんに続いて綾さんからも。 「裸だとすごく快適でいいわよ、でも人に見られてるからって興奮しちゃダメよ、着ぐるみの中が大変な事になっちゃうから」 と私が動揺しまくり顔を真っ赤にする事を平然と言ってしまう綾さん。 「綾さん聞いていいですか?」 「何?」 綾さんは淡々と着ぐるみに足を通して話す。 「どう大変だったんですか?」 「うーん、着ぐるみを自分で洗わないといけないくらいかな」 サラッと言えるところは大人なのか、それとも個人的なものなのかは私には分からなかった。 紗奈さんが言う。 「私たち着替え終わったから向こう向いといてあげるから、サッサと着ぐるみ着ちゃいなさい」 私は少し潤んだ目で頷くと裸になり、着ぐるみに足を通し始めた。 足を通そうと頑張っていると、私の耳にヒソヒソ話が聞こえてくる。 「そうよ、やっぱりピンク」 「そうでしょ、私の言った通り」 私が顔を上げると2人はガッツリ私の胸を見ながら、私の乳首の色について話していた。 「もう!見ないで下さい!!」 私が大声で2人に怒ると、手でゴメンゴメンという仕草をしながら、呻き声しかでなくなるマウスピースを咥えて、私に背を向けて互いの背中のファスナーを閉めてスタンバイを始めた。 私もなんとか裸でゾンビの着ぐるみに入ると恥ずかしさもあり、すぐにマウスピースを咥えて頭を被った。 着ぐるみを着た私を見て、2人は私のところにやって来てお詫びとばかりに丁寧にファスナーを閉めてくれた。 準備が整ったので更衣室を出て、樽の中へ入る。 いつもより若干遅いが想定内、そのまま現場まで2人のスタッフに手分けして私たちは運ばれていった。 樽を固定する作業をする新人スタッフの新美さん。 ローションが綾さん、紗奈さんの順で流し込まれていく。 そして、紗奈さんのところでローションが無くなった。 スタッフの環さんは新人スタッフの新美さんに指示を出す。 補充用のローションを取って来てと。 新人スタッフの新美さんは慌ててローションを取りにいき程なくして戻ってきた。 紗奈さんと綾さんをスタッフの環さんが担当し、私1人に新人スタッフの新美さんが1人で対応してくれた。 「ローション、流し込みますね」 私はハイと答えたいが、呻き声で驚かせて頭からかけられるかも知れないと思ったので、ジッと黙ってお任せした。 程なくして、準備が完了、館内にオープンを知らせる曲が流れた。 1組目のお客さんが入ってきた。 紗奈さん、綾さん、私の順で逃げ惑うお客さんを驚かせるのだが、私のところにきたお客さんを驚かそうとしたが、体が動かない。 “え、なんで?“ 体に力を込めるが全く動かない。 お客さんはそのまま私の樽を素通りしていった。 次に来たのはカップル。 紗奈さんや綾さんでかなり驚いている。 だが、そのカップルの男性は驚かされた事に少しキレ気味だった。 嫌なお客さんはたまにいるが、仕事は仕事。 割り切って、私の前に来た時、体が動かないので足を踏ん張り全力で飛び出した。 すると蓋が弾け飛んだ。 “痛いぃ“私はそう叫んだのだが、実際は恐ろしいほどの呻き声。 おまけに樽の中のローションまで男性客にかけてしまった。 服にかかったローションを触る男性客、ローションはあり得ないぐらい伸びて男性の指から離れない。 「お前、何つけてるんだよ!」 激昂した男性は私のゾンビの顔を掴んで力一杯引っ張る。 普通なら体が飛び出すほどの力で引っ張られてるのに樽から体が抜けない。 『ビチッ、ビチビチビチ』 聞いた事もない音ともに急に涼しくなる。 男性は手にはゾンビのマスク、そしてそこから何かが垂れていた。 咄嗟の事だったが、私は男性の顔をしっかりと見た。 「久城くん?」 「え、鷹島?」 久城くんの視線は私の顔を見ているようだが、その奥も見ている。 私は自分の体に視線を落とすと、左胸が剥き出しになっていた。 「きゃあああああああ!」 私は館内中に響き渡る悲鳴を上げてすぐに胸を隠した。 紗奈さんも綾さんもすぐに私の元へ飛んできて紗奈さんが私の体を覆い隠してくれた。 綾さんは久城くんの前に立ち塞さがる。 悲鳴を聞きつけてやって来たスタッフの環さんが、久城くんカップルを別室へ誘導。 ホラー館は臨時休館となり、涙が止まらない私を紗奈さんと綾さんはずっと優しく自分たちの体で私を覆い隠して、更衣室まて樽のまま運んでくれた。 更衣室に着くと、綾さんがバスタオルで私の体を包んでくれた。 お客さんをアミューズメントパークの偉いさんが対応し、スタッフの環さんが私たちの元へ戻ってきた。 「一体、何があったの?」 私は泣きながら説明する。 「樽から出られなくなり、思いっきり踏ん張って飛び出したら、ローションがお客さんにかかってしまったんです」 今も樽から出られずにいる私を見たスタッフの環さんは樽の中のローションに触れる。 「これ、ローションじゃないわ、トリモチよ」 スタッフの環さんは何か考えて「ごめんなさい、鷹島さん、あなたは何も悪くはないわ、少し待ってて」 そう言うと更衣室を飛び出して行った。 しばらくして戻ってきたスタッフの環さんの手にはサラダ油と中性洗剤があった。 サラダ油をかけながら徐々にトリモチを外していく。 私はこうしてどうにか樽から出してもらえた。 サラダ油を落とすために中性洗剤、体についたトリモチを取るのにサラダ油も渡されて私はシャワー室へ向かった。 どうにかこうにか、トリモチから解放されて体についたサラダ油も洗い流してスッキリして、シャワー室から出てくると、樽は片付けられゾンビのまま、紗奈さんと綾さんが掃除をしてくれていた。 「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしました」 2人に謝ると「萌ちゃんは何も悪くない、怖かったよね」と綾さんが抱きしめてくれた。 紗奈さんが私の頭を優しくポンポンしてくれる。 私はバスタオルを一枚巻いた状態で2人に甘えるように大泣きした。 大泣きの理由は二つ。 2人の優しさが嬉しくて、もう一つは久城くんに完全に嫌われたと思ったから。 その後、ローションと間違えてトリモチを流し込んだ新人スタッフ新美さんからは何度も謝られた。 そして、新人に指示しながら確認せずに作業をさせてさせてしまったスタッフの環さんからも謝罪の言葉があった。 スタッフのミスでご迷惑をお掛けしたと私には慰謝料が支払われた。 そして今使用しているゾンビの着ぐるみについては破損の可能性があるため新調するので、残ったもう1着は処分すると聞いたので貰い受けた。 一方、久城くんには服を汚したお詫びとして、クリーニング代とアミューズメントパークの年間パスポートが渡されたらしい。 私は新しいゾンビの着ぐるみができるまでしばらく休みになった。 数日後、友人を伝い、久城くんから連絡が来た。そして、私の家の近くのファミレスに呼び出された。 当然、あの件でしか私に用はないだろう。 また、怒鳴られたら嫌だなあと思いながら、ファミレスに向かう。 久城くんは先にファミレスに来ていた。 私が恐る恐る席に着くと、久城くんはいきなり頭を下げた。 「すまない先日は怖い思いをさせて」 “え?え?え?どういう展開?“ 私は心の中で動揺しまくっていた。 「姉貴に誘われて、アミューズメントパークに行って行きたくないって断ったのに無理矢理、ホラー館に連れ込まれたんだ」 今日の久城くんは何となく小さく見える。 「俺、お化け屋敷とか昔から苦手で、それでそれで」 「不気味な所で樽からゾンビが次々と出てくるし、目の前からは大きな呻き声を上げて飛び出したゾンビは俺のお気に入りの服に何か付けるしで」 「それで、それで、気づいたら力任せにゾンビを引っ張ってた」 「それで、気づいたらゾンビじゃなくて鷹島が目の前にいてた、しかも……」 「ストップ、ストップ!」 私は久城くんの話を必死で止めた。 「当事者だから知ってるよ!」 私は高校3年間でこれほど話している久城くんを見た事がなかった。 しかも、かなり早口で汗を流して必死に話している姿が可愛く見えて、私は少し笑った。 「何笑ってんだよ」 「何でもないよ」 2人で笑った。 しばらく沈黙が続く。 沈黙を破ったのは久城くん。 「お前、綺麗になったなあ」 久城くんは顔を真っ赤にしている。 「彼氏とか居んのか?」 「いないよ、そんなの」 「じゃあ、俺と付き合えよ、見ちゃたし、俺責任取るよ」 久城くんは意外にも真面目だったんだなぁと思った。 「うん、いいよ、私の3年間の想いが今頃成就しちゃった」 私はすごく笑顔だったと思う。 「えー、お前もだったの?俺も3年間、鷹島に片想いしてたんだ」 またより一層顔が真っ赤になる久城くん。 私たちはお互い片想いだと思い込んで、同じ教室で3年間を過ごしていた。 久城くんは成績の良かった私に相手される事はないと諦めていたらしい。 私は言った。 「暁斗くん、よろしくお願いします」 「暁斗でいいよ!萌ちゃん」 「私も萌でいいよ」 私がホラー館に復帰してから暁斗は毎日のように、年間パスポートを使ってくるようになった。 紗奈さんと綾さんが、私の位置からは誰もいないのに、急に立ち上がる。 そして、手でどうぞと私の方を差すと、暁斗がやって来る。 私も樽から体を出して暁斗を迎える。 「今日、終わったらどこへいこうか?」 私は呻き声しか上げられないので、どこでもいいよと暁斗に甘える。 紗奈さんと綾さんは呆れたような呻き声を上げて、樽の中へ入ってしまう。 それでも私は大好きな暁斗と少しでも一緒に居たいのでしばらく寄り添っていると、綾さんが呻き声を上げた。 暁斗はビクッとして「また後で!」と言って走り去ってしまった。 “暁斗はまだ、ここのゾンビ怖いのかなぁ“ 私はそんな事を考えながら、樽の中へと戻る。 そして、考えた。 今度、貰ったゾンビの着ぐるみで暁斗の怖いもの嫌い克服してやろうと。 そんな事を考えている私の前をビビりながら通り過ぎるお客さんを私は考え事をしていて脅かさずにスルーしてしまった。 完


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