小さな恐竜になった私
Added 2023-08-03 15:30:00 +0000 UTC私、福井 遼子(ふくいりょうこ)は会社には内緒で副業をしている。 その副業は日雇いで、かつ顔出しは絶対にない。 副業とはいえ、かなり長くこの仕事には携わっている。 それは大学の時から始めた着ぐるみバイトを未だに続けているから。 着ぐるみの技術は年々進化して、今や本物と判別するのが難しいほどになってきている。 私が現在操演している小さなティラノサウルスもその一つだ。 そんな恐竜イベントで私の恋人 金沢 英人(かなざわひでと)さんから息子の暁人(あきと)くんに近くで恐竜を見てもらうべく作戦を立てた。 まずは恐竜イベントのない時に恐竜の着ぐるみを貸して貰えるように手配した。 長年勤めて信頼を得ている私はあっさりと恐竜の着ぐるみを借りることはできたのだが、この恐竜の着ぐるみは1人で着ることは絶対にできない代物。 そこで、簡単に事情を説明して英人さんに協力をしてもらえる事になった。 決行日は暁人くんが祖父母に預かって貰っている日に数時間だけ暁人くんと恐竜を会わせてあげることにした。 まずは、英人さんの家に着ぐるみを運び込む。 そこで私は着替えるのだが、その姿は正直恥ずかしい。 着ぐるみに入ってしまえばいいのだが、それまでのインナーの姿が恥ずかしい。 暁人くんのために着ぐるみを借りたまでは良かったが恥ずかしいインナー姿を英人さんに見られてしまうことをすっかり忘れていた。 その恥ずかしいインナー姿は裸で全身を覆う赤いラバースーツを着ること。 しかも、ところどころ穴が開いている。 目と口のところだけでも目出し帽を被ったようになるので恥ずかしいのだが、一番恥ずかしいのお股の部分。 長時間着ぐるみに入っているため、屋外イベントでは排尿もできるように穴が開いて、私の秘部が丸出しになってしまうのだ。 普段なら慣れた女性スタッフだけなので、気にもしないが今日はそうはいかない。 彼氏の前でそんな姿を晒すのだ。 とはいえ、一度約束して準備までしたので後には引けない。 全身をラバースーツで覆うとお股を隠して、英人さんの下へ戻った。 お股を押さえている私の異変に英人さんは気付きながらもそこには触れずに着ぐるみの準備をしてくれる。 まず私は口の中に恐竜の声を出すためのマイクとチューブが一体になったものを口へと押し込んだ。 このチューブは檻から下げられたパックから水分補給する時に使う。 水分補給の際、見た目はただの水に見えるが中身はスポーツドリンクになっている。 次に呼吸のための細いチューブをラバーマスクの分からないほど小さな穴へと押し込んでいく。 目の部分にゴーグルを付ける。 このゴーグルの電源を入れて切り替えるとティラノサウルスから見える景色が映し出され操演を助けてくれる。 そして尿道カテーテルをいつもなら挿入するのだが、今日は時間も短いし恥ずかしいのでカテーテルはなし。 英人さんは着ぐるみの背中側のファスナーを全開にして入り口を広げて着やすいようにしてくれた。 着ぐるみと表現したが、少し様相が違う。 私が今から足を通す部分はティラノサウルスのようになっているのだが、足から上の体は表皮が捲れて筋肉が剥き出しになっている。 筋肉の着ぐるみには青い静脈のような血管が張り巡らされている。 これは着ぐるみ内の冷却システムで、静脈に見えるのはクーラント液でそれを循環させる事で操演者の冷却を行える優れものだ。 ティラノサウルスの中身、筋肉の着ぐるみの短い腕に私の腕を通してから背中側のファスナーを閉めてもらい、ティラノサウルスの捲れた表皮を戻すようにして被せてもらう。 表皮を被せるように戻すのにいつも女性スタッフが苦労するのだが、英人さんは器用に私に表皮を被せ、どんどんティラノサウルスにしていく。 表皮を全て被せ終わると、鋭い歯の付いた入れ歯を着ぐるみに固定する事で表皮がしっかりと固定される。 こうしてティラノサウルスとなった私に鎖の付いた首輪を付ければ完成となる。 鎖を家の柱に結び付けて外れなくしてから、英人さんは暁人くんを連れて来てもらうように祖父母に電話をしていた。 改めて小さなティラノサウルスとなった私と対峙する英人さん。 「凄いね遼子、まるで本物みたいだ、抱きついてもいいかな?」 英人さんの言葉に私は軽く頷くと、英人さんはティラノサウルスとなった私を抱きしめてくれた。 「それにしても触った感触まで恐竜のようだ、恐竜に触れた事もないのだけれど」 そう言って頭を掻く英人さんは少年のような表情になっていた。 再び、英人さんが私に抱きつこうとした時、部屋のインターホンが鳴った。 英人さんが対応すると、暁人くんを連れてやって来た祖父母だった。 部屋へと入って来た暁人くんは、自分の家に恐竜がいることに驚き目を真ん丸にしている。 「パパすごい、どうしたの!」 興奮気味に話す暁人くんに英人さんが説明する。 「遼子お姉ちゃんが暁人のために用意してくれたんだよ、ただあんまり長い時間は一緒にいられないけどね」 笑顔で大きく頷く暁人くん。 「お姉ちゃんにありがとうって言っといてねパパ」 英人さんはウンウンと頷く。 その後ろでは暁人くんの祖父母が親子の微笑ましい光景を目を細めて見ていた。 「パパ、ティラノサウルス触ってもいい?」 そう聞かれた英人さんは答える。 「暁人には噛みついたらダメだよって教えておいたから、このティラノサウルスは大人しいよ、触ってごらん」 「うん!」 元気よく返事はしたが、暁人くんはまだティラノサウルスが怖いようで触るのに躊躇していると、ティラノサウルスはゆっくりと膝を曲げて体を低くして暁人くんが触りやすいような体勢になった。 「本当だ!パパが僕に噛みつかないように言ってくれたから大丈夫みたい」 そう言うと暁人くんはニコニコしてティラノサウルスの体を撫でた。 徐々にティラノサウルスに慣れた暁人くんはティラノサウルスにハグをしたり、最終的には背中におぶさったりした。 楽しい時間はあっという間で、英人さんが暁人くんに言う。 「そろそろ、ティラノサウルスもお家に帰らないと行けないからバイバイしようか」 ティラノサウルスを独り占めして満足した暁人くんは笑顔でティラノサウルスにバイバイした。 暁人くんは明日の夕方まで祖父母の家で過ごす。 英人さんが明日一日出張があるからだ。 祖父母と手を繋いで帰っていく暁人くんを英人さんは少し寂しそうに見送っていた。