妻を人間椅子にし満足気に眺めていた時、インターホンが鳴った。 何気に対応したのが仇となった。 訪問者は妻、和葉(かずは)の母親だった。 時々、作り過ぎたおかずを持って家へ来てくれる事があったが、まさかこんな時に。 俺は焦った、冷や汗が頬を伝うのがはっきりと分かる。 いろいろ考えを巡らせるが、何も思いつかない。 妻を今から解放している時間など全くない。 残った選択肢はただ一つ。 玄関でおかずだけ受け取り帰って貰うしかない。 そう考えて俺は和葉のお義母さんの対応をする事にした。 『ピンポーン!』 2度目のインターホンが鳴り、玄関へ向かい対応する。 『ガチャ』 「こんにちは」 「こんにちは、お義母さん」 「健斗(けんと)さん、今日は仕事お休み?」 「はい、今和葉さんは買い物に出掛けてて」 いつもの何気ない会話をして、後はおかずを受け取り帰って貰うだけだ。 「おかずをまた多く作り過ぎたから食べて頂戴」 「いつもありがとうございます」 俺はおかずの入ったバッグを受け取り、ドアを閉めようとするよりも速くお義母さんが玄関に侵入した。 「あのお義母さん、和葉さんは今出掛けているので!」 「買い物はすぐ近くのスーパーでしょ、待たせて貰うわ」 そう言うとリビングの方へとヅカヅカ入っていく。 俺もその後を追うがお義母さんを止められなかった。 「和葉はいつ頃買い物に出掛けたの?」 そう聞かれても即答できない。 和葉は今、俺とお義母さんが会話する近くにダイニングチェアとして、ここにいるのだから。 いつ頃と言われても5分、10分ではお義母さんの家の方向にスーパーがある。 だから、短い時間ではお義母さんとすれ違う可能性があるのだ。 「20分ほど前ですかね、僕はテレビを観ていたので正確な時間は覚えていませんが… 」 「じゃあ、もう少しで帰ってくるわね、あの子買い物早いからあと10分もすれば帰って来そうね」 「ええ、まぁ、そうですね」 俺の口から歯切れの悪い言葉しか出てこない。 「あら、この椅子!」 当然のように突っ込まれると思っていた。 それはそうだろ、木製のダイニングチェアの中に一つだけ革張りのダイニングチェアがあるのだから目立って仕方ない。 お義母さんに見つかってから思った、和葉の入った人間椅子を隣りの部屋に隠しておけば良かったと。 だが、今更そう思っても、あとの祭り。 そんな後悔しかない俺を他所にお義母さんは和葉の入った椅子に座ってしまった。 「あっ!」 小さな声が漏れた。 「あらこの椅子、温かいからヒーターでも付いてるの?」 「え、いや、まぁ」 また、なんとも歯切れの悪い返答をする俺。 そんな俺は椅子にした和葉が見つかるのではないかと、心臓が飛び出そうなほどドキドキしている。 「それにクッションもいいわね」 もう俺は苦笑いしかできない。 「この椅子はまるで、人の上に座っているみたいね」 お義母さんの何気ない一言が俺に多大なダメージをもたらす。 もう俺はドキドキし過ぎて口から心臓が飛び出しそうなほどであった。 「そ、そ、そうですか、気に入って貰えて光栄です」 自分でも分かるほど声が震えている。 「この椅子は何処で売っているのかしら健斗さん、教えて下さる?」 「ええ、ああ、ど、ど、何処だったかなぁ?ど忘れしたのでまた思い出したらお伝えしますね」 そう答えると何となくだがお義母さんは納得してくれたようだった。 無言の時間は異常なほど長く感じる。 ここで和葉が少しでも動いてお義母さんにバレたらと思うと、気を逸らすために何か話をしなければと思うのだが言葉が出でこない。 そんな俺にお義母さんが話し掛けてくる。 「和葉、遅いわね」 「そうですね」 また、無言の沈黙が続く。 俺の口から心臓が飛び出しそうな質問をするお義母さん。 「健斗さん、和葉は家にいるんじゃないの?」 視線を合わせられずにいる俺にお義母さんが畳み掛ける。 「台所に使ったばかりのエコバッグがあったし、あの子のお気に入りの靴もあったから買い物に行っていないんじゃないかと思ったのよ」 そう言って、仕切りに人間椅子の座面をさっきから撫でていた。 「あの子ね、昔からうちももを触られるのが弱くてね」 そう言うと少し腰を浮かせて、人間椅子となった和葉のうちもも辺りの座面を撫でた。 すると、それに耐えられなくなった人間椅子はラップで拘束された体を『ギシギシ』と音を立てて震わせた。 “あぁ、もうダメだ” 俺は天を仰ぐようにして顔を手で押さえた。 “なんて、言い訳をしよう?和葉さんにこうするように言われたと言っても信じて貰えるだろうか?” “それより何より夫が自分の娘にこんな事をしたと知ったら、ただでは済まないだろう” “自分の可愛い娘が椅子にされて、モノ扱いされているのだから” 俺の中でいろんな考えが浮かんで消える。 当然、怒りの矛先が自分に向く事を覚悟してお義母さんの方へ向き直った。 だが、お義母さんはダイニングチェアを触りながら話している。 「和葉、貴女、ちゃんと自分の事を健斗さんに話したの?」 お義母さんは強い口調でダイニングチェアに話し掛けていた。 「結婚して、もうこんな事から卒業したと思ってたわ」 「ちゃんと健斗さんと話し合いなさいよ!」 ダイニングチェアは声を発さずに、軽く頷いたように見えた。 「ごめんなさいね健斗さん、こんな娘で、ちゃんと夫婦で話し合って頂戴ね、私はもう帰るわ」 お義母さんはそう言うとそそくさと帰ってしまった。 お義母さんには初めからお見通しだった様だった。 俺の気苦労は全くの無駄であった。 俺はドッと疲れ、そのまま和葉の入った椅子に腰掛けた、 そのまましばらく俺も和葉もジッとして動けなかった。