友人の紹介でショーをしているチームに私は入る事ができた。 友人からは「キツイからやめときな!」って何度も説得されたが、私は着ぐるみの中からの世界を見てみたかった。 もちろん、面接の際は運動が得意で体力に自信がある事、そして何より子供たちの笑顔が見たいと好印象を持って貰えるように答え、採用された。 そして、今日は初レッスン。 季節は夏、Tシャツだけでも汗が滴るほど暑い。 事務所に着くと冷房の風が心地良かった。 「じゃあ、こっちで着替えて」 事務所の人に女子更衣室に案内される。 「奥の扉を出てもらったらレッスン場になってるから」 「はい、分かりました」 そう返事をして、キャミソールとスパッツに着替えた。 ドキドキしながらレッスン場に足を踏み入れた。 そこはモワッと物凄い熱気と汗の臭い、そして得体の知れない臭いが鼻をついた。 それだけで、“うわっ”と思ったのだが、目の前にはもっと凄い光景が広がっていた。 真夏の室内で、ウルトラ怪獣が数体立っていたのだ。 一人Tシャツ姿の男性が私を見つけると話し掛けてくる。 「今日からチームに入る子だね」 「はい!よろしくお願いします!」 元気に挨拶を返すと男性は笑顔で「よろしく!」と返した。 「じゃあ、こっちに来て!」 私は男性に促されウルトラ怪獣の間を縫うようにして男性のあとについて行く。 ウルトラ怪獣を目の前で見るのは初めてなので凄く興味深く観察するように見ながら、男性の後をついていった。 「じゃあ、君のはこれね」 そう言って私の目の前に現れたのはレッドキング、言わずと知れた有名なウルトラ怪獣で私でも知っている。 そのレッドキングの背中が大きくぱっくりと開き、壁にもたれ掛かっていた。 「これって?」 「ああ、今からこの着ぐるみを着てレッスンするから、さあ入って入って」 躊躇する私に男性は声を掛けてくる。 「彼女たちもみんな怪獣の着ぐるみ着てるだろ」 「彼女たちって?」 私は疑問に思い尋ねると男性は私の後ろにいた怪獣を指差した。 「え!」 驚いて言葉も出ない私に男性が言う。 「ここにいる怪獣の中身は君と歳の変わらない女の子ばっかりだよ!」 「えー!」 私は思い切り大きな声を上げて驚いた。 大小さまざまな怪獣がいるが全て女の子が入っているなんて想像もしていなかった。 「さあ、さあ、レッスン始めるよ!」 男性に促されて私はレッドキングの着ぐるみの中へと足を踏み入れた。 ただでさえ暑いのにこの状態でエアコンも無しで着ぐるみを着るなんて正気の沙汰ではない。 そう思いながらもレッドキングに入ると、物凄い悪臭が私を襲った。 汗の臭いと酸っぱい臭い、カビ臭さ、そしてなんとも表現し難い臭い。 その臭いの正体は着ぐるみに入ってすぐに分かることになる。 私がレッドキングに収まると男性は私と着ぐるみの間にウレタンを詰め込み始めた。 まだ、ファスナーも閉められていないのに、私の顔からは滝のような汗が流れる。 着ぐるみの足回りと前面にウレタンを詰めると、少しファスナーを閉めてさらにウレタンが詰め込まれた。 ウレタンは先輩たちの汗と涙といろいろなものが混ざったであろう臭いがしていた。 完全にファスナーが閉じられ、ファスナーをレッドキングに隠されたのが背中から押されるような感触で分かった。 同時に今まで体感したことのない暑さと同時にエゲツない臭いが私を襲った。 “これはキツイ…吐きそう…” そう、形容し難い臭いの正体がそれだと分かった。 吐瀉物を含んでいるであろうウレタンに私は囲まれ密着し着ぐるみに閉じ込められた。 今になって友人の言葉が身に染みてきた。 それでも覗き穴からの視界はまずまずで臭いこそキツイが呼吸ができないというものではなかった。 私は怪獣たちの一番後ろの列に並びレッスンが始まった。 先ほど私をレッドキングに閉じ込めた男性は着ぐるみを管理、脱着をするスタッフの様だった。 「では、今からダンスのレッスンを始めますので講師をお呼びします」 男性と入れ替わりにレオタードを着た女性が入ってきた。 「七海です、よろしくお願いします」 「着ぐるみの可動域がそれぞれ違うと思うので各自で動ける範囲でついてきて下さい」 音楽が流れてダンスレッスンが始まる。 暑くて暑くて堪らない中で、怪獣の着ぐるみを着てのダンスは死ぬほどキツかった。 正直、大した動きはしていないのに着ぐるみを着ているだけで体力が削がれていく。 周りの怪獣は講師についていっているものもいたが、私同様についていけず足がふらついているものもいた。 私はそんな中でも必死に頑張っていたのだが、その時は突然訪れる。 強烈な吐き気が私を襲った。 怪獣の着ぐるみの中で嘔吐する訳にはいかないと必死に堪えた。 膝が崩れて床に座り込む。 口をグッと閉じて吐き出すのをなんとか押さえたが、鼻からも酸っぱい臭いが上がってきた。 私の事をどこかで見ていたのだろう。 私をレッドキングに閉じ込めた男性スタッフがすぐに駆け寄り、背中のファスナーを開けてくれた。 そして私の目の前にバケツが差し出された。 「オェー、オェー!」 私は周りの目を気にせずに嘔吐した。 だが、周りの怪獣たちは特に私の方を見る事なくダンスを続けていた。 私はレッドキングの着ぐるみを脱がせてもらいトイレへ行って自分の吐瀉物の後処理をした。 こんなにキツイとは想像もしていなかった。 レッスンだから途中で抜ける事ができるが、ショーだったらと思うとゾッとする。 仮に嘔吐してもそのままとてつもない臭いの中で役を演じなければならない。 そう考えると、冷房もない部屋で着ぐるみを着てのレッスンにも頷けた。 やっと吐き気も落ち着いたのでレッスン場に戻ると、ダンスレッスンが終了したらしく、怪獣を脱いで中の人が出てきていた。 「本当だったんだ…」 思わず声が出た。 どの怪獣からも女性が出てきていた。 しかも、街中で見たらかなりレベルの高い女性ばかりにただただ驚いた。 「あんた、大丈夫だった?」 声を掛けてくれたのは、私と同じくらいの年の女性だった。 「初めてだったら、耐えきれずに着ぐるみの中で吐く子も多いのよ、あんた、よく耐えたね」 褒められたが結局、私も吐いてしまったことに変わりない。 「私は美咲、よろしくね、ショーだともっとキツイから普段から練習しないとダメなのよ」 そう言う彼女は私にはキラキラして見えた。 「私は遥子、こちらこそよろしくね」 私に友達ができた。 美咲の話では午前の部がウルトラ怪獣で、午後の部はウルトラマンになって、午前中よりも激しいダンスレッスンをするということを教えてもらった。 私は密かにワクワクしていた。 昔からウルトラマンには興味があった。 ウルトラマンのあの体に張り付くようなスーツ、銀色に光る体、そしてアクション毎に体にできるシワさえもなぜか心をくすぐられた。 そんな憧れのウルトラマンに自分がなれる。 嬉しくて顔がニヤけてしまう。 そんな私を見て美咲が言った。 「へぇー、あんたウルトラマンになりたかったんだ」 顔の表情だけで悟られた私はかなり動揺して顔を真っ赤にしてしまう。 だが、次の美咲の言葉に私は固まってしまった。 「ウルトラマンの着ぐるみって、さっきのウルトラ怪獣よりキツイよ」 「へぇ?」 少し間抜けな声で返事をした私に美咲が説明を始める。 「怪獣は熱いけど覗き穴も大きいし呼吸も楽にできる」 「でも、ウルトラマンのスーツはピッタリしていて熱が全く逃げないから暑くて、さらに口の辺りの小さな穴から呼吸するから、口がタコみたいになるのよ」 私は美咲の説明にただただ頷く。 「そして、視界は小さな小さな穴から覗くんだけど、ほとんど下しか見えない、だからダンスレッスンの時ぶつかったりするのは日常茶飯事」 「さらにさらに、着ぐるみを着て暑いのに目を光らせると暑くて暑くて顔から汗が止まらなくなるのよ、そこで苦しいからって絶対下を向いちゃダメよ、自分の汗が呼吸口を塞いで溺れちゃうから」 「えー!」 私は思わず声を上げてしまった。 「実際、ウルトラマンの着ぐるみを着てダンスレッスン中にキツくて下を向いて自分の汗で溺れた子がいたからね」 私はその話を聞いて少し怖くなった。 美咲は私が怖くなったのを悟ったのだろう。 「要は下向かなきゃいいのよ!」 明るい美咲の言葉に私は少し救われた。 午後からのウルトラマンの着ぐるみを着てのダンスレッスンが始まる。 小柄な子はウルトラの母やグリージョ、ユリアンといった女性のウルトラマンとなり、ある程度身長のある子は歴代のウルトラマンを着てのダンスレッスンとなる。 だだ今日のレッスンは女性だけのため、ウルトラの母は複数人存在した。 美咲は168cmあるモデル体型で、ウルトラセブンの着ぐるみを着ていた。 私は160cmと成人女性の平均身長より少し高い程度でウルトラの母が宛てがわれた。 私以外にもウルトラの母は5人いた。 初めて着るウルトラの母に私が苦戦していると、ウルトラセブンを腰まで履いた美咲がやって来た。 「どう遥子、一人で着れそう?」 「全然ダメっ!足がはいらない!」 「足太いんじゃない?」 そう言って楽しそうに笑う美咲。 「もう、そんなことないよ!滑りが悪いんだって」 「知ってるよ、これ使ってみな!」 そういって美咲はベビーパウダーを渡してくれた。 ベビーパウダーをはたいて、着てみると意外や意外あれだけ苦戦したウルトラの母の着ぐるみに足が入っていった。 「凄い!美咲ありがとう!」 「着ぐるみ着てからが本番だからね」 美咲はそう言うと自分の腕にもベビーパウダーをはたいてウルトラセブンの着ぐるみに腕を通していった。 私も美咲に習ってウルトラの母に腕を通す。 レッドキングの着ぐるみの中はスペースがあり、着る時も体がすんなりと入った。 それでもかなりの暑さだったが、このウルトラの母はどうだ。 マスクも被っていないのに、顔からはもう滝のような汗が流れて首元がびちゃびちゃになっている。 最後はマスクなのだが、休憩中に聞いた美咲の話で正直怖くなっていた。 外観は夢にまで見たウルトラの母なのだが、内側は目と口のところだけ穴が空いて不気味なウレタンの顔がこちらを見ていた。 ウルトラの母の内側の不気味な顔と睨めっこしていると美咲が言う。 「遥子、マスクを被る時はまず目と口の位置を調整して被るのよ」 私は美咲の言葉に頷いた。 「私が先にマスクを被って見せるから見ててね」 そう言うとウルトラセブンのマスクの内側を見せてくれる。 やはり、ウルトラの母のマスクの内側と同様に不気味な顔にしか見えない。 そして、ウルトラセブンのマスクの内側はウルトラの母よりも凄い悪臭を放っていた。 「じゃあ、被るね」 美咲は大きく息を吸った後、一気に顔押し込むと微調整し背筋を伸ばす。 「遥子、背中のファスナー閉めて!」 美咲がウルトラセブンになるのに見惚れていたが、くぐもった美咲の声に我に返り、指示通りに背中のファスナーを閉めた。 美咲はヒダとファスナーを後頭部に手を回して確認すると手でOKサインを作った。 美人で背も高くモデルのような美咲がウルトラセブンとなった。 「じゃあ、次は遥子ね」 ウルトラセブンから聞こえる美咲の声が見た目とのアンバランスさに少しドキッとしながら私もウルトラの母のマスクに大きく息を吸い込んでから顔を押し込んだ。 レッドキング同様にもの凄い臭いが私を襲う。 吐きそうになるのを堪えて一気に目と口の位置を合わせる。 なんとか一発で合わせる事が出来た。 美咲のアドバイスがなければ、位置を調整するのに手間取りマスクを被る前に吐いていたかも知れない。 「遥子大丈夫?」 美咲のくぐもった声が私もウルトラの母のマスクを被ったことでさらにくぐもって聞こえた。 「うん、大丈夫!」 そう声を掛けて、手でもOKサインを作った。 「じゃあ、閉めるよ!」 美咲の声が聞こえてきて、すぐにグッと後ろに引っ張られる。 そして、腰の辺りから圧迫感がどんどん上へと上がってくる。 何とも言えないドキドキ感が私を襲うのと同時に暑さが何倍にも増していく。 そして、後頭部のファスナーを閉められる時、私の顔はマスクに密着する形となった。 呼吸が苦しくなり焦ったが、美咲のタコのような口を思い出して実践すると呼吸が楽になった。 近くの姿見で自分の姿を確認してみる。 そこには夢にまで見たウルトラの母になった私の姿があった。 足を閉じ手を前で重ねてお淑やかなポーズを取って見た。 “うーん、ウルトラの母最高!” 外観はすごく素敵なのだが、内側ではタコのような口をして必死に呼吸し、臭い着ぐるみの中で止めどなく汗を流す自分がいる。 外と内のギャップに少し興奮し、お股を濡らす私がいた。 気づけば周りはウルトラマンだらけになっていた。 そして午後のレッスンが始まる。 午前中同様に七海先生が登場。 先生も汗をかいていたので、午前中とは違うレオタードに着替えていた。 午後のダンスレッスンはかなりキツかった。 レッドキングの時と違い体は動かせるのだが、とにかく暑い、暑過ぎる。 開始5分で私はフラフラになった。 それでも倒れないように頑張ってレッスンについていっていたのだが、突然、視界が外側からどんどん暗くなっていく。 暗いのは覗き穴のせいではない、私の視界が明らかに真ん中に寄るように小さくなるにつれて体も動かなくなってきた。 “あ!ダメだ!倒れる” そう思った瞬間に私の腕が掴まれたが、私はそのまま床に座り込んだのだろう。 ハッキリとは覚えていないが、何か周りで話しているのだけは聞こえていた、ような気がする。 気づいた時には更衣室のベンチで寝ていた。 心地よい膝枕をしてもらい。 目を開けた私は話しかけられた。 「遥子大丈夫?無理だったら手を挙げて休む事もできるんだから」 私のぼんやりした視界の先には美咲がいた。 「あれ?私?」 私はウルトラの母のマスクだけ脱がされて、ウルトラセブンに膝枕をしてもらっていた。 もちろん、美咲もマスクを取っていた。 「気絶したんだよ!倒れそうだったから私が腕を掴んだんだ。痛くない?」 そう言われると、何となく腕が痛い気もするが、助けてもらったので黙っておいた。 「レッスン初日の子は、張り切ってやるんだけど、嘔吐するし気絶するしで介助が必要になるんだよ」 そう言って笑う美咲。 そうだ私、レッドキングの時も吐いたし、ウルトラの母では気絶した、美咲の言う通りだと思い少し涙が出てきた。 そんな私を見て美咲が言った。 「私の初日なんて、怪獣の中で大量に吐いたし、ウルトラマンの中では吐きながら気絶したんだよ!みんなゲロまみれになりながら助けてくれたんだ」 思い出し笑いをしながら、自分のエピソードを語る美咲、実話かどうか分からないが私は美咲の言葉に救われた。 「遥子はこれからも頑張れると思うよ!一緒に頑張ろ!」 私は美咲の言葉に勇気をもらった。 それからのレッスンは日を追うごとに体が慣れてついていけるようになった。 そして、いよいよ私のデビューとなるショーが決まった。 【後編】につづく