「雪菜……ちゃん? もしかして……八本雪菜ちゃん?」 俺の中で3年前の記憶が鮮明に蘇った。 甘酸っぱい……けれど決して初恋の時のような憧れだけで揺れ動く恋心などではなく、れっきとした大人の男女の恋として思い出が花開いた。 「覚えてくれてたんだ、私のこと……」 その声は涙混じりだった。 なんだか彼女の雰囲気も変わった気がした。 話し方も当時に戻っているような気がした。 俺を抱きしめる娯遊……いや、雪菜ちゃんの腕に力がこもった。 俺は嘘偽りなく答えた。 「忘れたことなかったよ……雪菜ちゃんが居なくなったあの日から俺は雪菜ちゃんのことばっかり考えてた……なんで急にゼミ辞めちゃったの?」 雪菜が抱きついたまま俺を見上げた。 その頬は怒っているのか、ぷくっと膨らんでいた。 もちろんラバーマスクを被っているので表情は見えないのだが。 「これだから男子は……好きな人が他の女の子とイチャイチャしてるのなんか何が悲しくて毎日見てなきゃなんないの? はぁ……やっぱり晴人君はいつまで経ってもチャラ男だよ……」 「は⁉︎ ちょっと待って雪菜ちゃん! それは心外だよ? だって俺あの後夏紀とはすぐに別れたし、連絡も取ってないよ? それに……」 「それに……?」 雪菜ちゃんがそのノッペラボウの顔を可愛らしく傾げながら、俺のセリフを復唱した。 俺は深呼吸して次の言葉を紡いだ。 「それに俺あれから一度も彼女作ってないよ」 それを聞いた雪菜がビクンと体を震わせた。 何かを言いたそうに口元のラバーが波打つが、なかなか言葉にならない。 やっと発した彼女の声は震えていた。 「私……私も誰とも付き合ってない……」 「うんうん……」 俺は彼女の言葉を待った。 「じゃあ……じゃあ……晴人君……私を……?」 「うん」 「彼女に……」 「うん」 「彼女に……してくれますか……?」 「はい……こちらこそ喜んで……」 気づいたら俺は雪菜ちゃんの頭を撫でていた。 ラバーマスク越しでも彼女が、あの日のように泣いているのがわかった。 あの日と違うのは嬉し泣きだって事。 俺はついにその言葉を口にした。 「顔……もう見ていいよね……?」 「うん……」 そう答えて頷くと、雪菜ちゃんはおもむろに顎の下に指を入れてマスクを脱ぎ始めた。 そのまま後頭部側にも指を差し入れてマスクを広げていく。 「ごめん晴人くん、恥ずかしいから少しだけ向こう向いてて」 「わかった」 俺は雪菜と背中合わせになるように後ろを向いた。 背中越しにゴムの擦れる『パチパチ、ギュギュッ』という音が聞こえて俺は興奮を抑えられなくなった。 どちらの興奮だろうか? 3年振りにみる雪菜ちゃんの顔に? それともラバーの作り出すエロチズムに? いや、恐らく両方だろう。 好奇心を抑えられずチラッと振り返ると、髪を纏めるために被ったスイミングキャップ姿の雪菜がいた。 そのスイミングキャップも取ると、明るい髪色をしたショートボブが現れた。 だが、かなりの長時間ラバー人形になっていたので、髪はグッショリと濡れていた。 そんな雪菜の頭の上にタオルを乗せてやると、ビクンとして彼女が振り返った。 鼻から下をタオルで隠している。 「恥ずかしいからまだ見ないでって言ったのに……!」 「ご、ごめん……」 謝りながら上目遣いで雪菜ちゃんを見ると、彼女は怒りながら笑っていた。 その無垢な笑顔があまりにも以前と同じだったので、垢抜けた今の彼女とミスマッチなように感じて、俺は気になっていることを訊ねた。 「雪菜ちゃん全然変わったね……なんで……?」 雪菜ちゃんは相変わらず恥ずかしそうに口元を隠しながら恨めしそうに言った。 「それ聞いちゃうんだ?」 「そりゃ聞くでしょ。一見別人だもん……なんで……?」 「……に……なりたかったから……」 「え? え、何? ごめん聞き取れなかった」 俺が再度訊ねると少しヤケ気味に彼女は言った。 「四方さんになりたかったの! 四方さんみたいに明るくて快活で……髪や話し方だって……! 晴人くんに気に入ってもらえるようにめっちゃ頑張ったんだから! いつか再会できたときのために……私……晴人くんが大好きだったんだもん‼︎」 俺は言葉を失った。 まさか彼女の異常なまでのイメチェンが俺のためだったとは。 しかも話し方まで変えて…… 「メガネは?」 「コンタクトにした。色々不便だったか丁度よかったし……別に無理したわけじゃないからね?」 そう言って見つめる目は少し潤んでいるが、笑った目をしていた。 彼女がどのような過程で今に至ったか、それを知って少なからずショックを受けたのは事実だが、その目を見るとそれ以上何も言えなかった。 だって雪菜ちゃんの目はあの頃と変わらず綺麗で、そして嬉しそうだったから。 「顔……見せてよ」 そう言うと、雪菜ちゃんが躊躇した。 「ずっと……ラバーのコンドームを咥えてたから、口の周りに型がついちゃったみたいで……」 そう言って雪菜は一向にタオルを下げようとしない。 「見てあげるから」 「は、恥ずかしいから、嫌っ!」 雪菜ちゃんは拒絶を示したが俺にはすぐにわかった。 それは本心ではないと。 俺は雪菜ちゃんが口元を押さえているタオルをそっと取ると、そのまま彼女の唇にキスをした。 「ん……やっぱり素肌の方が雪菜ちゃんをちゃんと感じられるね……」 「バカ! 恥ずかしいって言ったのに……」 顔を真っ赤にして返す雪菜ちゃんは本当に可愛かった。 「キスしたら口元は見えないんだから平気だよね?」 俺はそう言ってもう一度、今度は舌を絡めて情熱的なキスをした。 「ん……」 俺は体がまだラバー人形のままの雪菜を強く抱きしめながら熱いキスを交わし続けた。 ラバーに包まれた雪菜の体がどんどん熱を持ち始めていた。 雪菜ちゃんの興奮が手に取るようにわかって俺は幸せだった。 雪菜ちゃんの熱い体から撮影現場を想起するのは容易だった。 「ねえ雪菜ちゃん、俺が君を『点検』した後、確かに俺はこの手でラバー人形の君を梱包した。しかも圧縮袋に詰めて真空パックしたうえ、緩衝材となる発泡スチロールの中に詰めて、さらに段ボールにしっかり封入してPPバンドまでかけた。あんな状態で君は平気だったの?」 正直俺はラバー人形の中の人が窒息死してしまうのではないかと心配だった。 台本通りだとは言え、もし事故でもあったらと不安だったのだ。 だが、スタッフが全く慌てるそぶりがなかったので何かカラクリがあるものだと思っていた。 それが知りたかった。 答えはNOだった。 「何もないよ、本当になんにもない。スタッフが助け出してくれるまで私は圧縮袋の中でひたすら我慢してただけ。あの撮影のためだけに私呼吸制御の訓練までやったんだから……苦しくて苦しくて、死ぬかと思って怖かった。でも……」 そこまで言って雪菜ちゃんは一旦言葉を切った。 そして満面の笑みで言った。 「でも晴人くんから与えてもらった苦痛だったから私幸せだった! 大好きな大好きな晴人くんが私をいっぱいいじめてくれている、そう思ったら窒息だって快感になった!」 雪菜ちゃんは尚も語った。 「梱包された中身が、私から型を取った本物のゴム人形と入れ替わって、また私が新しいラバー人形として重ね着までさせられて、晴人くんの前に運ばれる度に私はどんどん苦しくなっていった。 その時私思ったの、私本当は晴人くんの彼女になりたかったわけじゃないんだって」 「え……?」 俺は一瞬混乱した。 混乱した思考を必死に巡らせた。 "彼女になりたくない……? え、それってどういう……?” 雪菜が頬を紅潮させながら言った。 「私晴人くんの、本物の性処理ラバー人形になりたかったんだって!」 「ああ、なるほど……」 俺は苦笑し、そしてこれから自分がすべき選択に歓喜した。 "ああ、雪菜ちゃんはもう……” 「ねぇ、お願いがあるんだけど」 「なあに晴人くん?」 「雪菜ちゃんの素顔は可愛いけどそろそろラバー人形に戻ってよ。モノである性処理ラバー人形に『顔』なんて要らないよね?」 それを聞いた雪菜の目が一層潤んだ。 頬をもう林檎のように真っ赤だった。 ラバーマスクを手にした雪菜が言った。 「彼女にしてくれてありがとう……私いっぱいいっぱい晴人くんに尽くすね……そして今からはあなたの性処理奴隷ラバー人形としてどんな苦しみも受け入れます……ご主人様……これからよろしくお願いします……」 「ああ、よろしく。俺の可愛い性処理奴隷ラバー人形雪菜……」 俺が笑顔で答えるのを見届けて雪菜はラバー人形に戻った。 こうして俺の部屋に本物の性処理ラバー人形がやって来た。 俺がこの日記を書いている間性処理ラバー人形はどうしてるかだって? ははは、そんなの決まってる。 あの黒い塊は俺の股間に顔を埋めて必死にアレを咥えてるさ…… ほら、早く俺をイカせないと息ができなくて死んじゃうよ? 性処理ラバー人形【その後の2人】に続く