「撮影お疲れ様でした!」 撮影スタッフの元気な声が響いた。 ここは都内某所の撮影スタジオ。 深夜ドラマ【世にも不思議な物語】の撮影現場だ。 駆け出し俳優である俺、吾郷 武尊(あごうたける)は性処理ラバー人形の点検作業員役を演じていた。 今回俺が主演を務めた性処理ラバー人形の物語はオムニバスドラマである本ドラマの一編で、俺にとっては初めての主演だった。とは言っても全身ラバースーツに包まれていて、ほとんど顔は映らないのだが…… 今回の撮影でラバースーツを初めて着用したのだが、頭の天辺から爪先まで覆われているので中は汗だくだ。 やっとラバーマスクだけ外すと大粒の汗が滴り落ちた。 ふと目を遣ると、先ほど俺が無造作に廃棄した腕や足の曲がらないラバー人形がゴミ箱から救出されていた。 最後に点検したラバー人形は全く動かなかったのでただのゴム人形だと思っていたのだが、人が入ってたと聞いて正直驚いた。 動かない人形に人が入る必要など皆無だと思うのだが、監督のすることだ。何かしらの意図があるのだろう。 何気なく、スタッフに支えられてようやっと立ち上がったラバー人形を見ていると、俺と目が合ったスタッフが彼女の体を俺の方へ向けて何か耳打ちすると、彼女は曲がりにくい体を曲げて俺にお辞儀をしてくれた。 おそらく彼女から俺は見えていないと思うが一応俺もお辞儀を返しておいた。 ぎこちない足取りでスタジオを出て行くラバー人形の後ろ姿を見ながら俺は【YOU】のことを考えていた。 【YOU】を演じた女優さんに一目でいいから会ってみたかった。 ドラマの撮影現場でなければ、覆い被さり俺の性処理をしてもらいとさえ思ったほどだった。 それほどラバー越しとはいえ、彼女に触れた時の反応は俺の心を高揚させるものだった。 それがたとえ演技だとしても。 モヤモヤした気持ちを残しながら俺はスタジオを後にした。 これが連続ドラマならばどれほど良かったか。 【YOU】を演じた女優にまた会える機会もあるのだろうが、如何せん単発のオムニバスドラマなのでそうはいかない。 着替えて撮影所を出た俺は、駅へ向かう途中【YOU】を演じた女優への思いに後ろ髪を引かれ、はたと足を止めた。 振り返ると撮影所の明かりはまだ煌々と灯っていた。 「……よし!」 俺は意を決すると、撮影所への道を戻り始めた。 もしかすると、ラバースーツを脱いだ彼女が出てくるところにバッタリ出くわすかもしれない。 そんな都合のいいシチュエーションを夢想したところでふと我に返った。 そういえば俺は女優の顔を知らない。 さらに言えば声すら聞いていない。 もし素顔の彼女に出会えたとしても、それが彼女だとわかる保証はない。 そもそも彼女自身、役とはいえ身体中を無造作に触られた男に会いたいと思うだろうか? まあ普通に考えれば会いたいはずがないだろう。 俺が行ったところで彼女には迷惑でしかない。 そう思い直すと俺の足は完全に止まってしまった。 (やっぱり……やめておこう……俺……どうにかしてたわ。ははは……) 俺は心の中でそう呟き、足を再び駅へと向けた。 何度も何度も頭の中に浮かんでくる【YOU】の事を思い出しては頭を振って振り払った。 それからどうやって家へ帰り着いたのか全く覚えていない。 気づけばソファーに座り、興味もないテレビ番組をボーッと眺めていた。 俺の頭の中は依然として、【YOU】に占拠されていた。 (【YOU】……一体どんな子なんだろう? 会いたい……彼女に会いたい……) そんな時だった。 『ピンポーン!』 インターホンが鳴った。 “誰だろう? ” そう思いながらモニターのスイッチを押すと宅配業者の姿が映し出された。 彼の横には細長く大きな段ボール箱が置かれている。 「お届け物です。ハンコかサインをお願いします」 頼んだ覚えもない荷物だったが、確かに伝票には俺の名前が書かれてある。 俺は訝しみながらも荷物を受け取り、部屋の中へ運び込んだ。 本当に大きい、そして重い。 (しかしそれにしてもこの箱どこかで見たことが……あ……) 俺の脳裏に鮮明に焼き付いた光景が蘇った。 (この段ボール……間違いない……ラバー人形の段ボールと同じだ⁉︎) 俺は震える手で慌ただしく段ボールの梱包を解いた。 中から見覚えのある発泡スチロールが出てきた。 “やっぱり‼︎” 俺が発泡スチロールの板を取り外すと、湿気を帯びた熱い空気がムワッと溢れ、俺の頬を撫でた。 中から現れたのは俺の予想通り、人の形にくり抜かれた発泡スチロールに詰められた灰色のワンピースを着た性処理ラバー人形だった。 「うそっ……マジか……」 俺の口から発せられた言葉はそんな間抜けなセリフだった。 『ギュッ、ギュッ』 その時だった、俺の言葉に反応するように性処理ラバー人形【GRAY】が動いてラバーと発泡スチロールが擦れる音がした。 どうやらそこから出ようとしているようだ。 俺は彼女の手を引っ張り、発泡スチロールの型から出るのを手伝ってやった。 とりあえず箱から引っ張り出す事には成功したが、あまりの緊張でそれ以上彼女をどうして良いかわからず、仕方がないのでうつ伏せにして横たわらせた。 ラバー人形は相変わらず手足が曲がらないようで、気をつけの姿勢のまま、起き上がろうともがき始めた。 撮影の時もほとんど動かず、廃棄となったラバー人形がなぜうちに? そんな疑問はあったが、苦しそうにもがいているラバー人形が可哀想になり、恐る恐る彼女を仰向けにした。 さっきは緊張と興奮で気づかなかったが、よく見ると彼女の灰色のワンピースにメモが貼り付けられていた。 そこに書かれていたのは、ラバー人形のラバースーツの脱がせ方だった。 メモには脱がせ方以外特段何も指示などは書いておらず、ただ脱がせる事だけを示唆していた。 “いいんだ……よな?” 性処理ラバー人形 【ラバー人形の中身】へ続く