俺が完全に絶望し頭を抱えていると、部屋の扉がノックされた。 ショックのあまり俺は返事もできない。 部屋に入ってきたのはアーティスト飛燕(HIEN)、そして先ほどの男性スタッフが【肉クッション】とその横にあった電気スタンドも一緒に台車に載せて入って来た。 「お待たせしました、本日はご来場頂きありがとうございます」 その言葉に俺は感情を爆発させて、飛燕(HIEN)に食ってかかった。 「ふざけるな!人の婚約者をこんな姿にして!」 飛燕(HIEN)に殴り掛かろうとする俺を男性スタッフが止めて宥める。 「待って下さい!よく考えてみて下さい!モデルの女性を肉塊にしたら犯罪になって捕まってしまいますよ!」 俺はその言葉で少しだけ冷静になれた。 確かにこれだけたくさんの女性の人権を奪い、人でない異形のモノに変えてしまったら、芸術作品だと主張したところでそれは紛れもなく犯罪だろう。 いくら本人の同意があったとしても俺だけでなく、作品にされた女性の親兄弟、夫や恋人が黙っていないだろう。 そう考える事はできたが、飛燕(HIEN)に対して怒りが収まった訳ではない。 「今からちゃんと説明しますから」 飛燕(HIEN)はそう言うと説明を始めた。 「今回の個展で肉塊になって頂いている女性は皆さん言うなれば肉塊に見えるスーツを着てもらっています」 今まで心臓が飛び出すのではと思うほど心拍が激しかったのだが、それを聞いて急激に心拍が収まっていくのが分かる。 俺が涙を拭って飛燕(HIEN)と向き合うと説明が再開した。 「肉塊のスーツは肌色のラバースーツです」 「そのラバースーツを作品に合わせて幾重にも重ね着してもらっています、時には作品に合わせて形状も変化させながら」 「最後にラバースーツの切れ目を隠すような処置をしてから作品になってもらい展示しています」 そう言われて、ようやく落ち着いて飛燕(HIEN)の話が聞けるようになった。 「じゃあ、由香里は?」 「由香里さんには手足を折り畳んだ状態で何重にもラバースーツを着てもらい自分の意思では動けなくなって【肉クッション】になって頂いています」 「それに婚約者以外の方、男性スタッフにも体を触られたくないという本人立っての希望で他の人よりも肉塊感を増した【肉クッション】に仕上げさせて頂きました」 「だから、かろうじて体温は伝わってきますが、ご本人は触られている感触もないし、動くこともできない状態で生けるただの肉塊に近い【肉クッション】になって頂いてるんです」 俺は由香里が無事である事が確認できてホッとし、ソファーに深く腰を掛けていた。 「じゃあ、由香里さんには元に戻ってもらって本日までのモデル料をお支払いしますね」 そう言うとスタッフに指示を出して、一緒に運ばれて来た【肉電気スタンド】の解体を始めさせた。 「この【肉電気スタンド】のモデルの説明なかったでしょ」 飛燕(HIEN)は俺にそう話し掛ける。 俺はコクリと頷いた。 「【肉電気スタンド】はね、うちの女性スタッフなんですよ!偶然にも身長がほぼ同じ人が揃っていたので電気スタンドになって作品を照らしてもらう事を思いつきましてね」 飛燕(HIEN)は嬉しそうに語る。 高校生ではなかったのかと思い、俺はその言葉に頷いた。 「由香里さんの解体を他の男性にさせるのは気分の良いものではないと思いますので、【肉電気スタンド】で一緒に並んでいた彼女に由香里さんの解体をさせますので」 そう飛燕(HIEN)から説明されて俺は頷いたが、【肉電気スタンド】の解体を始めた男性スタッフを見ていて思ったことを率直に聞いてみる。 「解体は俺でもできますか?」 「ええ、一番外側さえ脱がせて仕舞えば誰でも」 「あのー、由香里を【肉クッション】のまま持ち帰ってもいいですか?」 「ええ、それは別に構いませんが… 」 どうも歯切れの悪い飛燕(HIEN)は続ける。 「由香里さんには耳栓をして頂いてますので、この一連のやり取りは聞こえていません!貴方から誤解のないようにしっかりと説明して頂けるなら」 「はい!俺が感情的になった事も含めて、きちんと説明します」 「あと、申し訳ないのですがモデル料の受領にサインだけお願いします」 俺は提示された受領書にサインをした後、肉塊の簡単な解体方法を教示してもらった。 一番外側だけ飛燕(HIEN)の手によって剥がされた後、肌色のラバースーツの脱がせ方を教えて貰った。 知らぬ間にいなくなっていた男性スタッフに代わり、女性スタッフがスーツケースを運んできた。 飛燕(HIEN)が言う。 「こちらに由香里さんを入れてお持ち帰り下さい、由香里さんの着替えはすでに入っています」 そう言うと女性スタッフの顔を見ると、女性スタッフは飛燕(HIEN)を見て頷いた。 立ち上がり見送ってもらう際、俺は飛燕(HIEN)に頭を下げた。 「申し訳ございません、俺のハヤトチリで大騒ぎしてしまって」 そう言うと飛燕(HIEN)は苦笑し手で否定する仕草をしてから言った。 「いえいえ、貴方だけではないですから」 そう言うとパンフレットを手にすると、ページを捲って見せてくれた。 「ここにも実は作品の説明があったのですが、[娘をこんな姿にして]と怒鳴り込んできた親御さんがいましてね」 頭を掻きながら説明を続ける飛燕(HIEN)。 「それで今回のように説明をしてモデル料をお支払いして、目の前で娘さんを元に戻したのですが、そこから親子喧嘩になって大変でした」 帰り際に飛燕(HIEN)は言った。 「由香里さんには事情を説明して喧嘩しないようにして下さいね、結婚生活を充実させるためにモデルになってくれたみたいなので」 と付け加え、【肉クッション】となった由香里の入ったスーツケースを持った俺を見送ってくれた。 会場の裏口から出た俺は個展で騒ぎ立てた恥ずかしさを思い出し、小走りで会場を離れた。 肉塊 第8話 帰宅そして に続く