私のカメレオンになるための特訓は平日だけではない。 土日は一日中カメレオンの着ぐるみで過ごした。 大変なのがトイレに行きたくなった時、着ぐるみを脱ぐのに時間がかかる上、中に着込んだラバースーツを脱いでからしかトイレに行けなかったから。 そのため、ギリギリまでオシッコを我慢して間に合わないことや家族みんなが出掛けている時に着ぐるみを脱がせてもらえず、ラバースーツの中へ漏らしてしまった事もあった。 それでもだんだんとオシッコを我慢できるようになり、オシッコがしたくなり始めたどのタイミングで脱がせてもらえれば間に合うかも分かってきた。 それでもだんだんと着ぐるみを脱ぐのが面倒になってきた私はお姉ちゃんに相談したところ、尿道カテーテルにしてみるのはどうだろうかと提案してきた。 尿道カテーテルとは入院した人が尿道口から膀胱に医療用に用いられる柔らかい管を通して導尿する方法。 お姉ちゃんの仲の良い友だちに看護師を目指している人がいて、お姉ちゃんが実験台にされたとか言っていた。 そんな提案をされた事も忘れた頃にお姉ちゃんはその友だちから尿道カテーテルの通し方を教えてもらい私に施した。 始めこそ痛かったが、今では全く痛くなくカテーテルを通せるようになった。 お陰でラバースーツとカメレオンの着ぐるみに少し穴は開いたが、着ぐるみを脱がずにオシッコができるようになった。 次に大変だったのが食事。 これも一度着ぐるみを脱がせてもらってからラバースーツ姿で食事を摂っていた。 お父さんからは食事の時くらい「着替えなさい」と言われたが、それも始めのうちだけ。 ラバーマスクを被ったままの姿も家族の間ではすっかり慣れ、私が1人異質な形で食事を摂っていてもお父さんも何も言わなくなった。 むしろ違和感なく団欒するようになっていた。 俯瞰で見た時、かなり異質な家族だと思うのだが、私の場合それももっと異質になっていく。 ラバースーツを着たままだけでなく、腰までカメレオンの着ぐるみを着たままでの食事までは良かったが、お姉ちゃんが私の餌ヤリを買って出た。 私はカメレオンの着ぐるみを着たまま、朝と昼はお姉ちゃんに餌を貰い、夜だけはさすがにお父さんが許してくれないので、下半身はカメレオン、上半身は黒光りしたラバースーツ姿で夕食を摂った。 そんな家族の協力もあり私はだんだんとカメレオンの着ぐるみを長く着ていられるようになっていった。 かなり長く1日はカメレオンの着ぐるみに入っていられるようになった私にお姉ちゃんがとんでもないことを言い出した。 それはドライブに行こうというのだ。 当然、カメレオンの姿のまま。 もちろん私は拒否した。 家とは違いまずトイレの問題があるし、一般の人に見られたら大騒ぎになりかねない。 一番の問題はお姉ちゃんが運転免許取り立ての初心者であるという事。 そんな車でドライブに行って事故にでも遭って警察にカメレオンの姿を見られたら、そんな事を考えてしまう。 カメレオンの着ぐるみ姿のまま、警察に事情を聞かれている自分の姿を想像しただけで怖くなった。 だから、断固としてドライブに行くのは断ったのだが… 。 お姉ちゃんから朝の餌を貰った後、私は凄く眠くなり、カメレオンの着ぐるみのまま寝てしまった。 長くカメレオンの着ぐるみを着ていられるようになってからは着ぐるみを着たまま眠る事は何度かあった。 平日はラバーでできた私の皮を被って高校に通っているので疲れ方が異常な時があったから。 気持ちよく眠っていたのだが、暑く息苦しさ、そして不定期に訪れる揺れで私は目が覚めた。 体を動かそうとするが全く動かない。 そして、そんな私の耳に人の話し声が聞こえてきた。 「なぁ結衣、これは一体何なんだ?」 「気になるでしょ!後で見せてあげるから楽しみにしてて」 そんな会話を聞いていて分かった。 会話をしているのは、お姉ちゃんとお姉ちゃんの彼氏 今野 誠(こんのまこと)さん。 誠さんの声は一度共通の話題で盛り上がって話をしたのでよく覚えている。 その話題とはカメレオン、誠さんもカメレオン好きで盛り上がったのを思い出してハッとした。 “だからお姉ちゃん、私をドライブに誘ったんだ!” 誠さんは社会人で車も持っている。 そんな誠さんの車の中で私はカメレオンの着ぐるみを着たまま乗せられているのだ。 体を動かしこの暑くて堪らない状況だけでもなんとかしようとしたが、私の体は何かに覆われた上手足を拘束されている様だった。 どのみち私はこのカメレオンの姿を誠さんに晒されると思うと開き直れた。 そして、思い切って声を上げた。 「お姉ちゃん!暑いから出して!」 私の声に驚いたように車が大きく揺れたと同時に声が聞こえてくる。 「結衣、この荷物って麻衣ちゃんなのか?」 「う、うん、実はそうなんだ」 「通りで人のような感じがするなぁって思ったんだよ、麻衣ちゃん、すぐに出してあげるからちょっと待っててね」 そんな誠さんの声が聞こえてきた後、お姉ちゃんが誠さんに何かしらの指示をしている様なやり取りから少しして車が停車した。 車のドアの開く音がした後、誠さんが話し掛けてくる。 「麻衣ちゃん、車から降ろすからね」 「え、ちょっと私今… 」 カメレオンの着ぐるみを着ていて人前に晒されたくない事を伝えようとしたが焦って上手く言葉が出てこない。 あれよあれよという間に私は車から降ろされて、柔らかい芝生か土の上に置かれた。 「結衣、酷くないか自分の妹にこんな事して」 語気を強めてお姉ちゃんを注意する誠さん。 それに対してお姉ちゃんが返す。 「誠を喜ばせようと思っただけなんだけどなぁ 」 そんな会話を聞きながら私の耳に入ってきたのはファスナーを開く音。 「寝袋って顔まで包まれると暑いし、苦しいだぞ!」 誠さんはお姉ちゃんに諭すように言っている。 “私、寝袋に詰められていたんだ” そう思っているとカメレオンの口からの視界が急に明るくなり、息苦しさと暑さからも少し解放された。 だが、明るさに慣れない目の前には白い布のようなものが見えている。 「うわっ、なにこのシーツで巻かれたもの?麻衣ちゃんじゃなかったの?」 私はまだシーツに巻かれている事を知り、誠さんの驚いた声に私は頷くしかなかった。 私はおそらくカメレオンの着ぐるみの上からシーツを巻かれ、その上からロープでぐるぐる巻きにされているので手足が動かせないのだろう。 ロープが外される感覚の後シーツが取り除かれ、口からの視界が広がる。 私の置かれている場所は芝生の上、私の狭い視界から人は全く見えない。 「うわっ!マジか」 誠さんの声が頭の上から降ってきた。 「これが本当に麻衣ちゃん?」 驚いた声に少し私は楽しくなる。 「ここから覗いたら麻衣の顔が見えるよ」 そんなお姉ちゃんの声が聞こえたかと思うと、お姉ちゃんがカメレオンの口を広げて覗き込んでくる。 その横には誠さん。 「え?麻衣ちゃん?」 それはそうだろう、目出し帽のようなラバーマスクを被っている私、しかも着ぐるみの中なので暗くてはっきりとは分からないだろう。 「大丈夫だった?それにしてもこの着ぐるみ凄いね、本物そっくりだ!」 感心したようにそう言う誠さん。 そんな事より今の自分の置かれている状況の方が気になる。 その気になっている事を聞いてみた。 「周りに人はいないんですか?」 私がそう聞くと誠さんが笑顔で答えてくれる。 「大丈夫だよ!ここには俺たち以外いないから」 それを聞いてから私は周りを見渡すようにゆっくりと動き始める。 もし、周りに人がいたら置き物のフリをしなければと思っていたから。 狭い視界ながら周りを見渡したが、私たち以外誰もいなかった。 私はホッとすると同時にある生理現象が…そう、オシッコだ。 尿道カテーテルでカメレオンのままオシッコはできるが、まずこの辺りは自然いっぱいでトイレはなかった。 「ねぇ、お姉ちゃん!お姉ちゃんってばぁ」 私が必死に呼ぶとお姉ちゃんは何かを察したのだろう。 カメレオンの口の中まで顔を突っ込んできた。 「どうしたの麻衣、もしかしてあれ!」 「うん、安心したら急に我慢できなくなってどうしよう、この近くにトイレないよね」 そう言うとお姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべて言った。 「私は誠を連れて少し離れてあげるから、麻衣はこの芝生の上をゆっくり進みながらしたらいいよ、オシッコ!」 「えー!恥ずかしいよ、ここは外だよ!」 「うん、外だからし放題だよ!」 そんなくだらないやり取りをしている間にもどんどん我慢できなくなってくる。 「じゃあ、ゆっくり大自然の中での開放的なオシッコをどうぞ!」 そう言うとお姉ちゃんが誠さんに声を掛けて、話し声が離れていく。 私は覚悟を決め、お姉ちゃんたちの声のする方とは反対の方へ歩きながら、尿道カテーテルを開放しオシッコをしながら、前だけを向いて歩き始めた。 私はオシッコを垂れ流しながら歩みを進め、カメレオンの着ぐるみがオシッコで汚れるのを危惧しながらもゆっくりと歩み続けた。 ようやく、出し切ったようでスッキリとしている。 方向転換をするとお姉ちゃんたちが見えた。 だが、2人が慌てた様子でこちらへ走ってくる。 “どうしたのだろう?” 不思議に思っていると、突然私の視界が網目になった。 次の瞬間、体が浮き上がり私の視界は空だけとなった。 何が起こったのか、さっぱり分からない。 しかも手も足も動かせないくらい窮屈になっていく。 もがけばもがくほどに体は締め付けられていった。 そこでようやくお姉ちゃんと誠さんが聞こえてくる。 「待ってください!それは私の妹なんです!」 息を切らしながらも語気を強めて、そう言うお姉ちゃんに返す男性の声が聞こえてきた。 「この公園に恐竜がいるとの通報があったので、捕獲しに来たんです!」 「恐竜じゃないです!カメレオンの着ぐるみです!」 お姉ちゃんの必死の訴えに男性が返す。 「これのどこが着ぐるみなんだ!こんなの野放しにしたら危ないじゃないか!早く保健所に持って行って処分してもらうから!」 それを聞いて私は焦った。 女子高生の入った着ぐるみのカメレオンが網で捕まえられたまま殺処分される姿を。 想像しただけで恐ろしい。 私も着ぐるみの中から必死に声を上げようとするが、カメレオンの口が閉じているのに加えて、頭を押さえられたようになっていて私は声を上げることが全くできなくされていた。 それでもお姉ちゃんと誠さんは食い下がる。 私も必死に体を動かして抜け出そうと試みたが全くダメだった。 声を荒げて言い争うお姉ちゃんたちと私を捕獲した男性だったが急に静かになった。 私はどうなってしまうのだろう。 静かに私は網に絡まったまま運ばれていく。 そのまま車に乗せられて、ゆっくりと車は走り出した。 私の人生終わった。 せめて網から出してもらえれば声を上げられるのに… 。 そう思うだけで今の私には何もできない。 涙が頬を伝うだけだった。 車は少し走ると話し声が聞こえてきた。 いや、私に話し掛けている。 「大丈夫?麻衣、ゴメンね、急いで帰るからそのまま頑張ってね」 “お姉ちゃんの声だ!” 私の涙はうれし涙に変わっていた。 言い争う声が聞こえなくなったのは、お姉ちゃんがカメレオンの着ぐるみに入る私の姿をスマホで隠し撮りしていたから。 私を捕獲した人にそれを見せると、あっさりと信じてくれた。 とにかく、これ以上騒ぎを大きくしたくなかったので私は誠さんに担がれて車へ。 お姉ちゃんは私を捕獲した人に捕獲した網がどうすれば外せるのか聞いたが、ハサミで切るしかないと言われたそうだ。 無事に家に送り届けてもらい、誠さんに家の中に運んでもらった私はその後ようやく拘束からもカメレオンの着ぐるみからも解放された。 その後、カメレオンの着ぐるみを着た私を外へ連れ出した事をお姉ちゃんに散々文句を言ったのは言うまでもない。