【余談】 ◾️薫さんとけいちゃんと息子くんです。 →前回参照【https://htt009.fanbox.cc/posts/2417662】 ◾️生前は二人が並んで寝ている所を見ることがなかった薫さん。 そっくりだねえ、大きくなったらもっとそっくりになるんだろうなって楽しく見つめてます。 ◾️以下、けいちゃん一人称の短編小説です。 ◾️◾️◾️◾️◾️ 伴侶を亡くしてからその日までは、正直なところ記憶が曖昧だ。 共に子供を育てていくはずだった世界で一番大切な人の死後の手続きを何故か行っている。親戚や職場への報告やこれからの相談。回らない頭で伴侶の生きていた形跡をひとつずつ死者のものへと変えていく。その間にも子供は泣き喚く。 その日は疲れも限界に達していたのだろう、子供を風呂にも入れずに出来合いの食事を与え、寝かしつけた。こんな状態でこの子を育てていくことができるんだろうか? こんなに幼い子が母親を求めて泣いているのに、俺はもうそれをどうやっても満たしてあげることはできない。薫でなければ。どんな状態でも、薫が生きてさえいてくれたら。 いや、薫は生きようとしていた。死にたくて死んだわけじゃない。そんなことは分かっている。 分かっていても恨みたくなる。 俺と子供を置いて死んだ薫を。妊娠出産が薫にとってどれだけの負担かわかっていたのに、薫の説得に負けた自分を。 あぁやっぱり子供なんて作らなければ…。でも、でも、だって、なあ、夢だったんだ、今まで我が儘なんて言ったことない薫の、ただ一つの願いが子供を産んで、育てることだった。 幼い頃から何もかも我慢してきた薫に、神様は優しくしてくれるはずだ。薫のたった一つの願い事を叶えてくれるはずだと、そう思った。思ってしまった。 俺の考えが甘かったんだろうか。甘かったんだろうな。なぁ、薫。責めたりしてごめんな、お前は悪くない。頑張ったんだ、俺はそれを一番近くで見てきたんだ。なぁ、だから怒らないで、夢でも良いから逢いに来てくれないか。 薫を責めたり謝ったり、全く思考がまとまらない。思考はまとまらないのに、何故か考えることはやめられなかった。子供の寝顔を見ているうちに、いつしか俺も眠ってしまっていた。 どれくらい眠っていただろうか。 隣では子供がすやすや寝息を立てている。 カーテンも閉めずに眠ってしまったようで、窓からは朝日が燦々と降り注いで部屋を照らしていた。 まとまった睡眠がとれたからか、昨夜よりいくらかスッキリした頭で、今日の予定を組み立てる。 とりあえず子供が起きるまでに少し部屋を片付けて、朝食の準備を、と立ち上がろうとした時、フッと懐かしい香りがした。 あぁ、これは。 「……薫?」 間違えるはずがない。幼い頃からずっと、ずっとずっと隣にいてくれた、これからもいてくれるはずだった俺の。 「逢いに、きてくれたのか」 幼い頃から人生のほとんどを病院で過ごした薫の、消毒液や何かの薬品が混ざったような香り。よくある花やお日様の香りなんてものは薫からはしない。本人は病人くさいでしょと嫌がっていた。 思わず遺影を手に取る。 手の中で薫が笑っている。 もうあの香りはしない。 「逢いにきてくれたんだろ、薫」 「寝顔だけみて、帰ったのか。薄情な奴。」 「…なあ、薫。今度来た時は俺寝てても起こしてくれよ。 殴ってもいいから、怒らないから。」 涙で薫の笑顔がぼやける。 ただそれは、今までのような辛いだけ悲しいだけの涙ではなかった。 根拠もなければ自信もないが、これからもなんとなく大丈夫だと、そう思えた。 伴侶の死から立ち直るなんてことはこれからもできないだろう。 ただなんとなくでも大丈夫だと思えた。それで今は十分だった。