SamSuka
満丸みかん🍊
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絵が描けないので思い出話

仕事道具が明日届くまで絵を描けないため、全体公開で日記を書きました。思ったより長くなってしまった。


遥か昔

私が初めてインターネットにアナログで描いた絵の写真を撮って投稿した日の話をします。

確か、鉛筆で描いたキャラクターの立ち絵だったかな。版権だったか創作だったか覚えていません。

私が投稿したサイトは会員同士でコメントも付けやすく、交流も盛んに行われていました。

投稿して数時間経ち、反応を期待して幾度目かの更新をしたところ、記事にコメントがつきました。


××を描きました(1)


"(1)"

なんて魅惑的な数字でしょうか。

人生初の匿名コメント。ワクワクしてコメント欄を開きました。


「デッサン狂ってる」


そういえば、デッサンという言葉、分かりやすく説明しろと言われるとちょっと難しいかもしれませんね。

当時の私は、言葉の意味はよく分からないけれど、下手くそだというようなニュアンスで使われていることだけは理解しました。

急転直下。冷水を被ったような衝撃。膨らんだ期待感という名の風船は、ふわふわと浮き上がることないまま、見るも無残に叩き割られてしまったのです。


どうやら批判者は、他者にも辛辣なコメントをしているようでした。

特に、人目に付きやすい場所での馴れ合いやなりきりチャットに対して短文のネガティブワードをよく残しています。絵に対する批判は他には見当たりませんでした。何故なら、投稿内容は自由ですが、その場で絵を投稿している人はあまりいなかったからです。大抵の創作者は自分のHPを作り、そこに絵を投稿するのが一般的でした。


ここからは、当時の私の性格の一部が伝わる行動を記します。

後日、私は別のアカウントを作り、批判者(Aとしましょう)との接触を試みました。Aも空っぽのHPを持ってはいましたが、そこでは個人的に連絡を取る手段がないため、やはり戦場はパブリックスペース。

Aはいつも他人の記事に噛みついているわけではありません。たまには共感したり、普通の感想を送ったりすることもあります。そこに私も出現し、同調するのです。内容は他愛もないことです。りんごは赤い、空は青いというレベルのこと。わざとらしく擦り寄っている感じだと警戒されてしまうかもしれない。私は慎重にコメントしました。

私の方は、掲示板やチャット機能を持たせた程度の、ちょっとした雑談HPを作っていました。いつしか、遊びに来てくれる何人かの暇人の中にAも混ざるようになりました。Aは他の人とは仲良くしようとしませんでしたが、私とは挨拶するくらいの仲にはなっていました。

でも、私にとってAは…

いつか正体をばらしてやる、あの時お前がけなした相手は私だったんだ、と言ったらAはどう反応するか。そもそも覚えているんだろうか。

そんなことを腹の内に思いながら、相手するのです。こうして文章を打っていると、自分の方が残念な人間に思えてきます。


相変わらず創作は続けていました。

パソコンは持っていなかったので、スケッチブックにたくさんキャラクターを描きました。好きな創作者の絵を食い入るように見ながら真似て描いてみたり、ハマっている漫画のキャラクターのファンアートを描いたり。めげずにインターネットにも載せていました。なんと、Aも見ているHPにもたまに絵を載せました。ちょっと成長していたのと、タッチも違うので、特に何も言われませんでした。それとも、挨拶を交わす仲の相手には何も言わないんでしょうか。黒い感情が残ったまま、そんな素振りを見せずに関わっていました。


さらに時が経ちました。数年たってもAと私は、つかず離れずの距離感での交流を続けていました。どうやらその頃には、Aは不特定多数に批判コメントをする趣味をやめていたようです。

私は、上記とは別に版権イラストを載せるHPを作り、自己満足で更新していました。あまりにニッチな内容で、訪れる人はかなり少ない状態でしたが、私は楽しんでいました。Aも、反応はしませんでしたが、どうやらたまに覗いているようでした。

ある時、Aの空っぽのHPに隠しリンクを見つけました。

HPの背景色と同色の小さなリンク。ずっと気付きませんでした。

飛んだ先にはコメントを受け付けていない壁打ちの日記。Aは成人であることと、好きな音楽、住んでいる大きな地方だけ分かる内容でした。読み進めていくと、絵を見つけました。繊細で美しい極彩色の模様。あの辛辣なコメントをしたAの描く不思議な模様は息を飲むほどに美しい物でした。特に、peleidesという表題の、蝶をモチーフにした模様は圧巻でした。

Aに対する印象が変わった瞬間でした。最悪の出会いだったAがこんな綺麗な絵を描く人だったなんて。ショックでした。

見なかったことにして、交流も薄れていって。徐々にフェードアウトしていくような雰囲気でした。


Aの住む地方で未曾有の大災害が起こりました。

どこの県に住んでいるのかもしらないし、名前もわからない。大して親しくもない。

そんなAの安否が気になりました。

日記のコメントは開放していないし、HPは空っぽ。コンタクトの取りようがない…と思っていましたが、またもや隠しリンクでメールフォームの存在を見つけました。このAという奴は、なぜ隠しながらもこんな仕掛けを作るのか。まるで意味が分かりません。

私はAに、この記事と同じくらい長いメッセージを送りました。

無事か心配していること、日記を見たこと、自分の正体が数年前初投稿の絵をけなされた者であること、それについて当時は悲しかったこと、それとは別に美しい絵のファンであること…

送信ボタンを押しましたが、返信の宛先は載せませんでした。

当時の私はまだ子どもだったし、ここはインターネット。距離感は大事だと思っていたのです。

ひと月後だったかな。相変わらず人が来ない創作HPの更新を終えてAの日記を見に行きました。いつもより長い文字数で日記が上がっていました。

それは、普段の壁打ちのひとり言ではなく、私のメッセージへの返信でした。

無事だったこと、辛辣コメントを送っていた時期は実生活が辛かったこと、絵をけなしたことは覚えているが、私があの時の人だとはまったくわからなかったこと、二つの意味で泣いたこと。

気が抜けたとか、あとで泣くくらいなら最初からやるなよとか、その他色々な感情があったけれども、Aの生存を喜んだことだけはかなりはっきり覚えています。


その後もAとは交流があったりなかったりしましたが、お互いの素性は知らないままです。

今は連絡先を消失しました。Aは多分元気に働いていると思います。あの美しい絵はあれから見ていないけれど…


私はご覧のとおり、こうして今でも好きに創作しているわけですけれども、コメントを受け取る人によっては創作意欲にもっと影響があるのではないかなとも思います。私だって今も覚えているわけで。送り手の人生が思うようにいっているかどうかなんて、こちらには関係ないですしね。皆が楽しく鑑賞したり表現したりすることができるように願うばかりです。

インターネットの向こうには人間がいるということを実感した話でした。


文章を書くのは楽しいですなあ!同じような時期に起こした創作にまつわる、私が完全に純粋に100%ヤバイ方の残念話も持っていますが、それは絶対に落ち込むので書く気になれない( ;∀;)私じゃないってことにしたら数年後くらいに書けるかもしれないので、いつか書くかもしれません。

そんなものよりエロい創作小説でも書いていた方が楽しいに決まってます。一つ前の記事みたいなネタの小説なら3000文字くらい書ける自信があります。

あ~早く絵を描きたい!


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