Why we suffer excessively 二の矢、どうしてわたしたちは苦しむのか
Added 2023-12-07 04:00:01 +0000 UTCVocabulary
苦(くる)しむ Suffer
口論(こうろん) Argument
癖(くせ) Habit
文句(もんく) Compliant
仏教(ぶっきょう) Buddhism
修行(しゅぎょう) Training
裏切(うらぎ)る Betray
受(う)け入(い)れる Accept
Script
[1] どうして苦(くる)しむのか? 0:31~
あなたは、もしなにかいやなことがあったとき、そのことをすぐに忘れることができますか?それとも、何度もそのことを考えてしまいますか?
たとえば、家族と口論(こうろん)Argumentがあったとしましょう。「あなたはどうしていつもこうなの?」と、あなたの持っているわるい癖(くせ)について文句を言われました。あなたは少しいやな気分になりましたが、優しいので何も言いませんでした。でも、時間がたってくると、そのことばかり考えてしまいます。
「彼女はああ言ってたけど、彼女にだってわるいところがあるじゃないか」「あのとき、こう言っておけばよかったな」「次こういうことがあったら、ぼくも何かを言おう」
[2] 二の矢 2:01~
このように、頭の中で、何回も何回もそのことを考えてしまいます。あなたにもこういうことがありませんか?あるいは、友達にこういう癖を持っている人がいませんか?仏教(ぶっきょう)Buddhismでは、このことを”二の矢”と言うようです。Second arrowですね。
今から2500年前、インドには、ブッダがいました。ブッタは彼の弟子(でし)Pupilたちに質問をしました。「ふつうの人も、わたしの弟子も、みんな同じ人間です。だから、うれしいこともかなしいこともあります。では、ふつうの人たちと弟子たちは何がちがいますか?」
仏教(ぶっきょう)のトレーニングをしている人たちと、そうでないふつうの人たち、なにがちがうのでしょうか?
そして彼は言いました「それは、二の矢がささるかとうかです」と。
仏教の修行(しゅぎょう)をしている人たちも、ふつうの人たちもみんな人間です。だから、何かいいことがあればうれしくなります。なにかいやなことがあれば、かなしくなります。それはみんな同じです。でも、ちがうところがあります。それは二の矢、Second arrowがhitするかどうかです。
[3] 一の矢はさけられない、でも 4:47~
二の矢というのは、自分の考えのことです。「ああ、どうしてこんなことをしてしまったのだろう」とか「自分はバカだ」とか、そういった考えが、Second arrowとして自分にささります。そしてそれはとても痛いです。
First arrow、一の矢は、だれにでもささります。どんなトレーニングをしてても痛いでしょう。生きていれば、誰にだっていやなことはありますね。何かアクシデントがあるかもしれません。人に嫌なことを言われれば傷つきますし、家族とケンカしたらいやな気分になります。
でも、Second arrowはさけることができます。二の矢は、みんな自分で自分にうっているからです。自分で自分を攻撃しています。自分でうたなければ、二の矢はささりません。
じつは、修行(しゅぎょう)Trainingした人と、そうでない人たちのちがいは、自分の考えで自分を攻撃してしまうかどうか、苦しんでしまうかどうかなんですね。
ふつうに生きていれば、大変なこともいやなこともあると思います。でもそのことを考えて、考えすぎて、わたしたちは必要以上に苦しんでいます。もし何かいやなことがあっても「次はこれはもうやらないようにしよう」と考えるだけでいいのに、そこからたくさん考えてしまいます。
「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」とか「ああ、あのときこうしていれば」と、二の矢、三の矢、四の矢と、どんどん自分にあたらしい矢を打ちこんでしまいます。
これは、必要のない苦しみなんですね。自分で作っている苦しみです。自分で作っているだけなら、べつになくても大丈夫ですね。
[4] ゆるすこと 8:22~
では、どうすれば二の矢をさけることができるのでしょうか?
まずは自分を許してあげることが大切です。失敗した自分や、上手く話すことができなかった自分を受け入れてあげることです。Acceptしてあげることです。そうすれば、二の矢でダメージを受けることがなくなります。
たとえば、あなたにあたらしい友達ができたとしましょう。でもその友達に裏切(うらぎ)られてしまいました。裏切るはBetrayですね。そんなとき、あなたはきっとこう考えてしまうかもしれません。「どうしてこんな人間を信じてしまったのだろう」とか「自分はバカだ」とか。でも、そんなことを考えて自分をせめなくてもいいんですね。
「だれだってこういう失敗はある」「また良い友達を作ればいい」と、自分のことを許してあげましょう。そうすると、二の矢でよけいなダメージを受けなくてすみます。失敗しても、上手くいかなくても大丈夫です。そういう自分も受け入れてあげましょう。そうすることで、二の矢を受けないですむようになります。
もちろんこれは、人や、友達にたいしてもそうですね。このことは、今の生活でとても大切だと思います。なぜなら、さいきんの人は、本当に、失敗とか人のダメなところを受け入れることができませんから。みんなすぐにおこりますね。
もしわたしたちが、頭の中で考えすぎないで、二の矢を受けないですむならな、もっとリラックスした時間をすごせるでしょう。人にも、もっと優しくなれるかもしれません。
今日は、二の矢について話してきました。どうだったでしょうか?もしあなたにもこういう癖(くせ)があるのなら、今日の話はきっと役に立つでしょう。二の矢を自分にうたないようにするだけでも、楽になると思います。