寺院においては、自慰は己の欲を律することのできぬ不徳な行為であるとして、厳しく禁じられております。しかし、全くせぬのも心身の健康を損なうため、月に一度、師の監視のもと自慰を行います。
不徳を致さぬよう一糸纏わぬ体で師の前に立ち、睨め付けるような師の視線を全身に感じながら、一心不乱に陰茎を擦るのです。
月に一度だけ許される甘美な解放は、禁じられた反動も相まって、抗い難い高揚感と万能感で満たされます。修行中の未熟な僧が自慰を禁じられるのも已む無いことです。
ですが、年頃の健康な男子が月に一度の自慰だけで満足できるはずがありません。
なので、多くの修行僧は、自ら望んで師の「お世話」をします。
寝床で師の魔羅に奉仕している時は、陰茎を膨らませていても、堪えきれず達してしまっても、師の与える修行のうちとしてお咎めがないからです。
今日も雪信(せっしん)は、尊敬するお師さまである澄胤(ちょういん)の寝床に向かっています。
日中、滝行を終えたばかりの澄胤の風呂の手伝いをした際は、魔羅を口で温め、喉奥に精を戴くに留まりました。澄胤の魔羅はとても大きいため、日中の風呂場で充分な奉仕をすることは難しいのです。
澄胤は日頃から逞しく精力に溢れていますが、滝行を終えた後は特に満ち溢れています。以前に滝行の後に寝床で奉仕した時は、4回注がれた頃で気を失ってしまいました。鍛錬が足りぬと、厳しく叱責を受けたものです。
今日はそんな無様な様を見せるわけにはいきません。澄胤の部屋へと続く暗く静かな廊下を歩きながら、雪信は下腹にぐっと力を入れました。澄胤に命じられて尻に入れている大きな張り型が、腹奥を刺激します。澄胤の魔羅は、この張り型よりも更に大きく、また硬く反り返っているのです。
今から雪信は、師の前で裸になり、張り型で広げられた尻の穴をじっくりと検分され、反り返った硬い魔羅を一晩中奉仕し、師の与える濃い精をその身に受け止めるのです。
想像しただけで、雪信の股間はむくむくとはしたなく膨らみました。こんな姿、普段の澄胤に見られたら、厳しく叱られてしまうでしょう。けれど、今から「修行」が始まるのです。きっと澄胤も許してくれるに違いありません。
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ふんどしの日(2/14)
おまけの漫画のほう描いてたら遅刻しちゃった。
やっぱ濡れ透け描きたいよな~どういうシチュがいいかな…汗で濡れてるとか…水浴び系とか?ふんどしで水浴びするシチュ………滝行?
…という思考で出てきました。坊主といえば衆道ですよねということで。常識のおかしい上下関係だーい好き。
いろいろ妄想してたけど、エロ修行が当然となってるエロ寺院もいいかもしれないね。弟子が門の前で全裸で自慰させられたり、真っ昼間から庭で立ちバックしてる師弟がいたり。朝起きたらまず師のちんぽをしゃぶるのが決まりになってるとか。師が尿意を催したら弟子が口か尻を差し出すのが当然とか。そういう。