【サイズ大】
【謎の布無し】
「突然だけど今からみんなで肝試しに行かね? 製薬工場の跡地」
ケイゴはムシャクシャした気分を晴らそうと、勢いでメッセージアプリでグループ送信した。部屋の時計はもう午後の9時を廻っている。
「無理」
「パス」
「今から?行けるわけねぇじゃん」
次々と着信が流れる。
「ちえっ、みんなビビりかよ。付き合い悪ぃなあ。」
文句を言いながらも「そりゃそうだ」と思った。
2年の男子全員に送信したのに断られ続けた。学年全員の男子と言っても、俺を含めて5人しかいない。田舎の山の中にある中学校だ。再来年、俺たちが卒業したら廃校になることが決まっている。
「いいよ。役場のバス停前で。」
諦めてスマートフォンを投げ出そうとしたら、1人だけ付き合ってくれる奴がいた。親友のヒロトだった。俺は「ちょっとランニングしてくる」と母に言い残し、少し嬉しくなって小走りで待ち合わせ場所に向かった。
バス停の街灯の下には、もうヒロトが待っていた。ヒロトの家は役場の裏だから、ここまでは1分もかからない。俺に気づくと「ようっ」と言って片手を上げたから、俺も「うっす」と返事した。
この町一番のメインストリートである片側一車線の狭い県道から、二人で山に登る細い一本道に入った。潰れた製薬工場の跡地に続く道だ。ヒロトが用意した懐中電灯のスイッチを入れた。俺はスマートフォンを取り出してライトを点ける。言い出しっぺの俺が何も準備していないのを見て、ヒロトは笑っていた。
製薬工場は俺が生まれた頃、町長が過疎化対策で誘致したらしい。でもすぐに倒産してしまって、それ以来無人になっている。だから俺たちは、稼働している工場を知らないし、町に昔からある「幽霊の出る」廃墟だと思っていた。というのも、誰もいないはずの深夜に、廃工場から明かりと人間の悲鳴が聞こえることがあるというのだ。とは言っても、俺はそれを見たことも聞いたことも無いし、「危険だから中に入ってはいけない」という言い付けを今まで守っていた。
ただ今日は「ちょっとくらい悪さしたっていいだろう」という気分だった。
「なあ、ケイゴ。なんかあったのか?」
黙ってさっさと歩く俺の足元を、後ろから懐中電灯で照らしていたヒロトが、不意に話しかけてきた。
「うん、ちょっとな。親父と喧嘩。」
他の奴らがいたなら「なんでもねぇよ」と流してしまうだろうが、こいつと二人きりだと素直に口に出してしまう。
「どうせ勉強のことだろ。」
「うん。俺、夏休み中ずっと遊んでたからな。『来年3年生だろ。高校受験はどうするんだ』って。」
「ははは、やっぱり。」
「ヒロトはどうすんだよ。決めてるのかよ。」
「ん? ぜーんぜん。」
「お前、成績良いもんなあ。」
笑いながら歩いていると、廃工場の鉄柵に突き当たった。ヒロトと二人だと、全然怖いと思わないし、肝試しの雰囲気じゃない。ただ、夏休みの夜中に山の中を駄弁りながら散歩しているみたいだった。俺たちはもうほとんど錆で読めなくなっている『立ち入り禁止』と書かれた看板と柵を乗り越え、中に入った。別になんてことはない。言われているような謎の明かりも無ければ、人の声もしない。聞こえるのは、風で揺れる木の音と虫の声と、俺たちの足音だけだった。
10年以上も放置されている廃工場なら、普通は荒らされて窓が割られ、壁に落書きされていそうなものだが、苔と雑草が覆い茂っているくらいで、俺たちの学校の校舎よりよっぽど綺麗だった。俺とヒロトは工場の窓に手を掛けながら、中に入れそうな施錠していない窓と扉を探す。
「ケイゴ、ここ開いてるぞー!」
角の先からヒロトの声が聞こえた。ヒロトは非常階段の下にある裏口の扉を開けて俺を待っていた。
ドキドキしながら二人で建物の中に入った。しかし、全然面白くもなんともない。工場だったころの機材は何もなく、埃まみれの机や空っぽの棚、錆びたパイプ椅子が立てかけられて並んでいるだけだった。何の変哲もない、ただの空き家だ。まだ乱雑な学校の体育倉庫の方がよっぽど廃墟っぽい。1階を散策したあと階段を上って2階も見回すが、本当に何もない。これじゃあ、夜の学校に忍び込んだ方が肝試しにはピッタリだ。
「あれ?」
ヒロトが聞き耳を立てるようにして話しかけた。
「ん? どうかしたのか?」
「今、1階の方から音がしなかった?」
一瞬、ヒロトが俺を怖がらせようとしているのだろうと思ったがそうでもない。
「全然」
「もしかしたら、警備の人か管理してる人が来てるのかも」
「やべぇな、やっとワクワクしてきた」
「マジでアホだな、ケイゴ。もし捕まったら親とか呼び出されてめちゃくちゃ怒られるぞ。見つからないように外に出よう」
「おう」
しかし、1階に降りてみたがやはり誰もいなかった。でも二人で耳を澄ませていると、どこからか「ブーン」と低い機械のような音が聞こえる。稼働している工場ならともかく、もう10年以上前に送電も切られているはずだ。二人で慎重に、音のする方向を探りながら進んでいく。すると、さっきは暗がりでよく見えなかった掃除道具でも押し込むスペースが実は細長い通路で、その先に地下へと降りる階段があった。機械の音と一緒に、何か声のようなものが地下から聞こえる。日本語じゃない何か別の言葉のようなものだったから、会話なのか、それとも会話のように聞こえる物音なのかがはっきりしない。
ゆっくり階段を下りていると、突然背後からヒロトがもたれ掛かってきた。
「うおっ、あぶねぇだろ、ヒロ……っ!?」
振り返ると、意識を失ったヒロトの背後に、全身をぼろ布で纏った、赤い目をした化け物が立っていた。
「う、うわああっ!」
背中のヒロトを落とさないようにしながら階段を駆け下りると、曲がり角でもう一匹の化け物とぶつかり、鉢合わせた。化け物は俺の首筋に手を伸ばすと、電気のような光を放った。
俺は電気ショックのようなものを受けて、気を失った。
「ぎゃあああっ! ケイゴ、ケイ……ゴッ」
何かが近くでスパークする閃光と、ヒロトの悲鳴で目を覚ました。
まだ頭がガンガンしている。暗がりで何も見えないが、宙吊りで横向きに、何かに縛られているのがわかる。
また、近くでフラッシュのような光が走り、ヒロトの悲鳴が聞こえた。
「ヒロト…? おい、大丈夫なのかっ!?」
ヒロトの声のする方を見る。するとまた、眩しい光が飛び込んできて目を閉じた。しかし、まるでストロボのように照らし出されたヒロトの姿は、俺と同じように宙吊りにされ、見慣れた容姿からかけ離れたものだった。
「ぎゃああっ! グオオッ! ギギィ、ゴギギギッ!?」
光が当たるにつれて、目が慣れてくる。ヒロトの姿は半分、さっき俺たちを襲った赤い目と同じ化け物のようになっていた。そしてヒロトの声も、おかしくなっていく。それは地下から聞こえていた『何かの声』と同じだった。
ヒロトの前にあった機械が、俺の前に移動してきた。
「な、なにをするんだ。やめろ、やめろおおーっ!」
体を動かそうにも、ヌメヌメとした触手が全身に突き刺さって俺の体を雁字搦めにしていた。
「俺も、化け物に……!? い、いやだーっ!!」
下には、ぼろきれを纏った化け物たちが呪文のようなものを唱えていた。まるで、俺たちを歓迎しているかのようだった。
機械がブーンと唸りを上げ、青白い閃光が放たれた。
それ以降、二人の少年の姿を見たものは誰もいなかった――。
警察は「家出が原因で事件に巻き込まれたのだろう」と言うばかりで捜索は進展もなく、次第に世間から忘れ去られていった。
十数年後、過疎化と転出が続き、この山奥の寂れた街には誰もいなくなった。
ただ、「廃校になった中学校に赤い目をした中学生くらいの二人の子供の妖怪が現れ、心霊スポット巡りをする若者をさらって仲間にしていく。恐らく、この学校を卒業できなかった生徒の怨念であろう」という都市伝説のようなものが、今もインターネット上でまことしやかに囁かれている。
ねじゅみ
2022-05-30 02:49:07 +0000 UTC南幸太朗
2022-05-28 16:53:47 +0000 UTC