とある冒険者達の災難(1/2)
Added 2018-04-28 23:50:38 +0000 UTC地球上に存在する国、『ノイタム・ロフスナート』。 その国のとある場所にある、日も当たらないような鬱蒼とした森の中――日の光がほんの僅かばかりに木漏れ日として残っているだけの天然の迷路。そんな中に4人の人間がいた。 「よし、ここいらで休憩にしようか」 「ああ……」 ここは剣と魔法が栄える世界。そしてモンスターが支配する世界。世界は魔王の驚異に晒されていたのだった。 魔王。強い魔の力を持つ者。この世界の支配者でありモンスターの統治者である。 本来、この世界では魔の力はとてつもなく強大な力を持ちコントロールが難しいものである。支配者である魔王ですらそれは制御に至ってはいない。 当然、魔の力をほぼ持たないただの人間にとってはその存在は害悪。または災害そのものでしかないわけで、当然ながらその魔を統べる王は人類にとって忌避されるものであった。だからこそ、彼らのような“職業”が成り立っているのである。 彼らの職業は『冒険者』または『勇者』と呼ばれているものである。魔王を打ち滅ぼしたと語り継がれているとある者にちなんだ職業である。が、語り継がれている。というだけで、本当に魔王を打ち滅ぼした者がいるのかは、定かではないのだけれど。 彼らもまた、魔王を倒した伝説の肩書を追い求め旅を続けていた。彼らの『パーティー』は、すべて「男性」で組まれている。異性が混ざると色恋沙汰や性欲等の邪念に囚われる可能性があると踏んだからだった。元々生真面目だったり欲を絶っていたりそもそも免疫すらなかったりと、その心配は杞憂になりそうな人員ばかりではあったのだが。 メンバーは4名。勇者のクラウド、戦士のフレイ、賢者のファル、僧侶のサイモン。はじめは反りが合わなかったりちょっとしたトラブルで争ったりとあまりチームワークは良いものではなかった。しかし数年の時を経て彼らには歴とした絆というものが芽生えていた。 そんな彼らはある場所を目指し暗闇に覆い尽くされた森を闊歩する。その理由とは―― 「そろそろ誰か新しい職業になってみたい奴、いるだろ?」 「それならば私が転職いたしましょう。何事も経験ですので」 「俺も戦士からもっと上の職業になってみたいからちょっくら話聞くわ」 転職、だった。 転職とはその名の通り、今現在自分達が就いている『職』を変更することである。あくまで噂レベルの話だが、そんなものが存在するのだという。色々な『職』になることができるが、いくつかの条件をクリアした者しか転職は不可能である。その条件はいくつもの複雑な条件がありその理由は明確には解明されていない。そのため、ここでは割愛させてもらうこととする。 転職を希望した者は僧侶サイモンと戦士フレイの二名であった。片やさらなる強さ、片や皆のため。動機は違ったがお互い強い意思を持ってのことだった。 「よし……着いたぞ」 クラウド達がそこで足を止める。そこには大きな石造りの扉がどんと聳え立っている。そここそ冒険者の酒場などで噂になっていた転職の館であった。 「……ようやく、ですね」 「俺ちょっとワクワクしてきたかな」 「ま。行って見なくちゃわからないからな。早速行くとしよう」 冒険者一行は新たな扉を開くためその門をくぐる。 それが冒険の終わりの引き金とも知らず。 「いらっしゃいませ。ようこそ旅のお方」 冒険者一行が門をくぐりまずはじめに目にしたのは荘厳な魔法陣であった。その奥には転職を行うであろう魔術師が席に座していた。 「……とても強い魔力だな。職を変える魔法だ。おそらく膨大な力が必要となるのであろう」 一歩足を踏み入れればぴりぴりとした――まるで電気か何かを帯びているような感覚がクラウド達の肉体に走った。それは純然たる「魔力」でありその魔力の余波が未知のエネルギーとして彼らの体を刺激しているのだろう。 数々の上級魔法を会得し神にも匹敵する知能を持つ大賢者のファルでさえ、その未知の力には気圧されていた。 「『転職の館』という場所は、どうやら、ここでいいみたいだな?」 「いかにも。ここは冒険者の『職』を変更するところにございます」 魔術師がクラウドの質問にそう回答するとクラウドは納得したように話を続ける。 「そうか……うちの仲間に転職したい人間がいるのだが……そうだな。例えばどんな『職』があるんだ?」 「そうですね……例えばですが、上級階級であるなら「賢者」「大剣士」「スーパーファイター」「大魔導師」など。 変り種であるなら「遊び人」「ギャンブラー」「ヒーロー」「召喚師」などでしょうか」 魔術師はそう言うと懐から古びた書物を取り出した。その中には、誰が何に就職できるだとか、新たな『職』のちょっした解説だとか、そんなことがつらつらと書かれていた。 「それが、転職に使用する魔導書なのか?」 「詳しくは機密情報によりお教えできませんが、大体そういうものだと思っていただいて結構です」 矢鱈遠回しな言い方をする魔術師。それだけその魔法が珍しいものなのだろう。確かに転職の魔法なんてひと昔前までは聞いたことすらなかったものだ。つい最近のことなのだ。『職』の変更などというものが台頭し出したのは。 者の能力や個性をまるっきり変えてしまうような魔法だ。魔王の手に渡れば危険な事になる。もしかしたら、魔王の手先がここへやってくるかもしれず技術を盗まれるかもしれない。まあそういうことなのだろう。と、クラウドは自分で自分を納得させた。それにこういうものは余計な詮索はしない方が良いとも思っていたからだ。『深淵を覗く時……』というやつなのだろうか。 「おい、フレイにサイモン。確か転職したいのはお前たちだったよな」 「おうっ」 「はい」 「どの『職』になりたいんだ? この本に色々書いてあるんだが……」 そう言うとクラウドは仲間の二人に魔導書を覗かせた。そこには様々な転職先が書かれていた。それを魔導師にぺらぺらと頁を捲らせながら(これも機密保持のためやらせなければならないらしい)確認する二人。 そこで転じてみたい『職』を発見したのかそれとも納得がいくものが見つからなかったのかは分からないが「もういい」と魔導師にストップをかけた。それに応じた魔導師は無言で魔導書を閉じた。 「私は召喚師になろうと思います。モンスターを召喚するこの『職』。戦闘に応用が利くと思いまして」 「俺はこの『Z・ファイター』というのになってみたい。異国の人物をモチーフにした戦士らしいんだが……」 召喚師。 Z・ファイター。 どちらもクラウドたち冒険者には馴染みのない職だった。召喚師は先程サイモンが口にしたとおりモンスターを召喚することのできる職なのだろうが、異国の戦士をモチーフにしたZ・ファイターとは何なのだろうか。 「フレイ。Z・ファイターとはなんだ?」 「チラッと見たんだが、『ジパング』という黄金の国の戦士の事らしい。武器を使わず武力と魔力で戦う戦士らしいな。それぐらいしかわからなかった」 ジパング――巷には聞いたことのある名だが、黄金がひしめき日――つまりは太陽をモチーフにしている国だとしか伝えられてはいなかった。だが、まさか本当にその国が存在していたなんて。とクラウド達は思った。 「ジパングか。眉唾な話だが、もし本当なら新たな力が手にはいるかもな」 普段はそういったことには興味を示すことのなかったあのファルまで興味深そうにそれを聞いているのを見て、本当にそれは物珍しいものなのだな。とクラウドは思う。どうやらこの館は自分達が想像していたものよりさらに秘密がありそうだった。 「よし、ではまず私からですね。転職、お願いいたします」 「了解しました。『我が主――よ、転職師――の名において、僧侶サイモンを召喚師に転職させよ!』」 とある名前を呼んでいたようだが、よく聞き取れなかった。するとファルがひっそりと「先程防御魔法の気配を感じた。これも機密保持のためかは知らんが、呪文の一部を聞き取れぬようプロテクトを掛けたらしい」と耳打ちした。それを聞いてクラウドは納得した。それにしても――どれだけこの魔法は強力なのだろう。とクラウドは思った。 「おお、おおお、私の魔力が変質していく……!? これが、転職……!」 サイモンの真下に魔法陣が出現した。すると、風状の強烈な魔力の残滓が巻き起こった。その風に包まれたサイモンの服が常備していた白のローブから紫がかかった黒色の魔術服へと変化する。そしてその首元には、パープルパールで作られたネックレスが輝いていた。どうやらこれが召喚師の正装らしい。 「姿も変わるとは……本当にこのような魔法が存在するとは思わなかった。 物質変質と性質変化を双方行うなど、大量の魔力を使用しん限り行うことは不可能だぞ。それも、魔王ぐらいの魔力がないと……」 「なにをブツブツ言ってんだよファル! さっそくサイモンの召喚魔法試してみようぜ!」 早速転職魔法の分析をするファルの腰をフレイが小突く。ファルはムッとしたものの、召喚魔法という未知の能力をこの目で確かめたいがためか、フレイを無視して召喚師となったサイモンの方を向いた。 「その本が召喚魔法に使う物か? では早速行使してみよう」 「……ええ、そうですね」 サイモンが新たに手にもたらされた本を開くと緻密な文字と共に召喚可能なモンスターの名前とイラストが描かれていた。 「どれにしますか? クラウドさん」 「そうだな……じゃあ、手始めにコレなんてどうだ? 雑魚モンスターだが、このぐらいなら初めてでも上手くいきそうだろ?」 クラウドが指差したのは小悪魔の『ミニデビル』だった。紫の肌に赤子のように小さな体躯、能力は低く性格も醜く卑しい雑魚の中の雑魚モンスターだった。が、まずは小手調べといったところだ、と彼はこれを選んだったのだった。 「ミニデビルですか……本当にこれでいいんですか? 能力もほとんどない低級モンスターですが……」 「ああ。やってくれ」 「分かりました。では……」 サイモンは書を開くと、複雑な呪文を唱えだした。クラウドが聞いたこともないような難解なものを。転職したため会得した彼専用の呪文なのだろうかとクラウドは転職を目の当たりにした喜びで半ば呑気にしていた。そのせいで、正確な判断力を失っていたことに全く気づいてはいなかったのだけれど。 「召喚師サイモンが命ずる。小悪魔ミニデビルよ、勇者クラウドの下に出現れよ!」 サイモンが宣言すると、紫色の魔力を帯びた電光が手元の召喚書の周りを帯びていく。それはひとつの閃光となり館の天井を擦り抜け天へと昇っていった。 「感じたこともない魔力だ……これが召喚魔法……」 「また言ってんよ。この魔法バカ」 「聞こえてるぞ。バカはお前だ、単細胞」 「なにー!」 どうでもいい諍いを起こしている二人を尻目に、クラウドは召喚魔法を行使するサイモンを興味深々に見つめる。クラウドはサイモンばかりを注視していたため気づいていなかった。 ――クラウドの足下に禍々しい魔法陣が描かれていたことに。 「うああああっ!」 クラウドは体を直立させた。 体がひとりでに動いていたのだ。 電撃を全身に受けたその体が。 「な、なんだこれ……サイモン……お前、何を……」 電撃を受けたことによる痺れで肉体が堪えきれなくなり身体をうずくまらせる。肉体の自由が利かないクラウドが朦朧としている意識の中見たものは、濁り切った目でこちらを見下しているサイモンの姿だった。 「何って……『召喚』ですよ」 「召喚……?」 「すぐに分かりますから、おとなしくしていてください。クラウドさん」 全身に電撃を帯びているクラウドは考える。が、何も思いつかなかった。こんな状況になってしまったのだ。正確な判断が利くはずもなかった。 その時、クラウドの鼓動が大きく高鳴った。まず彼の身に起きたこと。それは装備の解除だった。しかも強力な魔力による『装備破棄魔法』。つまりは、彼の身につけていた「もの」は例外なく全て魔力のチリと化し弾け飛んでしまった。 「オ、俺の服が!」 「あなたはもうそれを必要としないですからね。そしてそれがはじまったということは、そろそろ次のフェーズに移るということですか。 なかなか素晴らしいものを持っていると思っていたのですが……あなたの希望ならば仕方がありませんよね……残念です」 「それっ……どういう意味だ……?」 「いまに解りますよ」 全く真意の読めないサイモンの言葉。それをクラウドはすぐに身を以て知ることとなった。全裸に剥かれた勇者の肉体。日々の鍛錬。そして幾重の冒険と闘いに於いて鍛えられたその戦士として完成させられた肉体美。クラウドのそんな身体が音もたてずに変化していっているのだ。 「う……あっ……なんだっ、これっ……! こんな魔法見たことも聞いたことも、ぐああっ! なんだ、この現象ッ……!? それに……この臭い……!?」 変化は確かに音もたてずに進行している。だがしかし、それ相応の苦痛はしっかり伴っているようで、クラウドは苦悶の声をあげながらその変化に抗うしかなかった。その時、クラウドの鼻腔をついた臭い。それはつんとした刺激臭。それはクラウドには馴染みのない悪臭でもあった。その臭いは何なのだろうと一瞬思考したものの、その脳内処理は肉体が変化する苦痛に掻き消されすぐに行動を止めてしまった。そしてクラウドがこの瞳で目にした現実。それは、彼にとって到底いま本当に起こっている事だとは受け入れられないであろう現象だった。 「カ、カラダが……俺の体が!」 心臓の血液がドクドクと循環する。その生理現象は人間が起こすそれの範疇を超えていた。それはまさに、血液を心臓に送り込んでいるのではなくクラウドの全身の血液を交換しているかのように。 「んッ……!?」 クラウドの手は急に口を押さえ出す。体の中から込み上げる何かに堪えられなかったのだ。苦しそうにえづき破裂音をたてながら魔法陣にしゃがみこんでしまう。指の間からは咳の余剰で漏れ出た唾液が、つう。と垂れる。 恐る恐る手を離してみる。口から離れた掌。その上に鎮座していたのは小さな白の塊。単刀直入に言ってしまえばそれは歯であった。しかし彼の口内には掌にばらまかれたはずの歯が確かに鎮座していた。ただしそれは、クラウドのものではない。しかも刃物のように鋭く尖っている。指の間からバラバラと先までクラウドの口の中に生えていた歯がこぼれ落ちた。 クラウドの手は震えながら口許に移動していく。その眼前に映っていた掌は口に近づいていくたびに爪が消えていき指先と同化していく。太陽に照らされ浅黒く焼けていた肌はペンキをぶちまけたような原色の紫へ色を変えてしまう。それに違和感をおぼえたクラウドはようやく全身を見渡すに至った。すると彼の目に映った姿。それはかつての自分とはとてもではないが似ても似つかぬものであった。 体つきや筋肉自体は今まで自分が培ってきたそれのままであるが、それをそっくりそのまま彼が先ほどまで本の中で視認していたそれの肉体とすり替わっていたからだ。それを実感したその瞬間に感じたものは背中の痛み。骨が軋みあたかも骨折したかのようなひどく鈍い痛みが彼を襲う。 「ぐぎゃああああああああああああああぁ!」 その瞬間クラウドは悲鳴をあげていた。それも無意識のうちに。今まで相手にしてきたモンスターの攻めに対してもまったく口に出していなかったそれが、肉体を作り変えられる痛み、人が持たざる機関が作られる感覚によって絞り出されていた。 ぼこりと盛り上がった骨が盛り上がりその生物に最適な形に作り変えられていく。膜が拡がって大きな乾いた音がした頃には、クラウドの背にはあるはずのない蝙蝠の形のそれに近い一対の翼が開かれた。 「あああああああああああぁ!」 ◆ 「ん?」 「どうした、何かあったのか?」 「いや、なんか声が聞こえてきたしたんだ」 かすかな悲鳴を聞いたのは戦士のフレイだった。ふと気になって後ろをみるとそこには意気揚々と話をしているクラウドとサイモンの姿。特に変わったところはないようだとフレイはファルの方に向き直った。 「さて、次はあなたの番です。フレイさんはこちらの部屋へ」 「へ? 何で?」 「『Z・ファイター』は特殊な職のため部屋を移す必要があるのです。これ以上は機密情報ですので……」 「そうか……まあなんか引っかかるけど……」 半分納得のいかない様子ではあったがフレイは了承し真っ赤なカーテンに隔てられているもう一つの部屋に入って行った。取り残されたファルはふたたび離していた目をクラウドとサイモンの方に遣る。そこに映った光景を目にしたファルの感想。それは―― ――『今までの間にいったい何が起きていたのだろうか』。ということだった。 「あああああああああああぁ!」 クラウドの背中に生えた新たな器官。それは一分の狂いもなく翼というものであった。しかも悪魔族が持つ大きな蝙蝠型の翼だ。 「ああぁ……何だ、何だこれは……こんな奇怪な事が起こっていいのか……! ひぐぅ! や……やめろ……やめろ!」 背に感じていた強烈な痛みは、何事もなかったかのようにすっかり消え失せていた。しかし、クラウドがそれらの不可思議な感覚から解放される事はまだなかった。尾てい骨の辺りから電気なのか熱なのか分からない感覚がしているからだ。痛みは感じない。だが、内側から侵食するむず痒さに苛まれる羽目にはなっていた。寧ろ痛覚よりもどかしく嫌らしい感覚である。さらにそれに重なるように感じたもの。それはひどい“熱さ”。 それが、腰と臀部の間あたりからしているのだ。もうクラウドには、それがどういう事であるかがすぐに理解できた。「翼」とはまた違った新たな器官が生まれる前兆だという事を。 「やめてくれ! 翼まで生えてしまっているのに……そこだけはやめ……俺が俺じゃ……なく……っ! ひぎいぃいぃぃぎぎぎぃいっ!」 クラウドの一寸の抵抗など、まったくもって意味を為していなかった。それは、人間には抗えないものだったから。肉体がその肉体の持ち主に順応して進化や変化をするのは、その世界の生物としての節理であるからだ。 クラウドの肉体からは、勢いよく尻尾が飛び出した。先端が矢の形のように変形しておりその色は体と同じく目が潰れるような原色の紫色だ。ずっと肉体の中に封じ込められていたからなのか、その尻尾は濁った半透明の粘液にまみれヌラヌラと光を反射しながら滑っている。 「嫌だ……こんなの嫌だ……どういう事なのか、説明してくれっ……!」 あまりの現象をその身に受けてしまったからか、立つ力もなく魔法陣に跪きその現象を起こした張本人を見上げる。その瞳は困惑と怒りに満ちていた。 「説明? 何故そのような無意味な事をしなくてはいけないのでしょうか。あなたに説明したところで穢れた排泄物となるだけなのに……」 あいも変わらず濁りきった瞳をした元僧侶の男。それが放った言葉はクラウドをさらに混乱させた。穢れた排泄物とはどういう事なのか。何故それが説明を放棄する理由なりえるのか。全くの繋がりを持たないそのサイモンの発言を、もはや元勇者と言っていいような姿に成り果てているクラウドにはまったく理解することができなかった。 「意味が分からない……お前には一体何が……あぐっ……がッ……!」 クラウドの言葉は自らの断末魔に遮られた。そこには歯を食いしばり頭を押さえるクラウドの姿があった。口からは唾液が溢れ膝立ちの状態の太腿に落ちる。頭からはちょこんと尖った形のなにかがはみ出ていた。それはしっかりと生えている金髪をも突き破り体積を拡げてゆく。やや立派に成長したところで止まったそれは、間違いなく角であった。黒く小さめの悪魔の角。 ここまで変化して漸くクラウドは気づく。外見こそクラウドのままだが間違いなく今の自身のその姿は、先の書物に描かれていた『ミニデビル』そのものだということに。 「まさか、召喚というのは……」 「気づきましたか? 人間を媒体にしその人間の肉体にモンスターの魂を降臨させ肉体をそのモンスターの相応しい姿に変化させる術……それが召喚術というものなのですよ」 「ッ!!」 そこまで言われて自分が今まで愚かなことをしていたのだと気がついた。彼の言われるままにモンスター、しかも最も低級のモンスターの媒体にさせられていたのだから。 「お前、何で……」 「それはもちろん、あなたをモンスターとして私の配下に置くためですよ。これに関してはあなたが完全にミニデビル変わってから説明しますよ」 「だからなんでお前はそんな事が平然とできる! お前は俺の仲間だったんじゃないのか!?」 「……」サイモンはそれ以降はだんまりだった。モンスターに変わりゆくクラウドには用がないとでも暗に言っているかのようだった。サイモンを止めるしかない――クラウドは、膝立ちになった脚に力を込め立ち上がる。鋭く伸びた足の爪を床に引っ掛け彼のもとへ悪魔と化した腕を伸ばした。 「あひん……っ!?」 と思いきや、彼はふたたび膝をついていた。尖った耳で聞いたその間の抜けた声が自分の声だと気づくのに数秒かかった。はっとその感覚の元凶の場所に目を遣った。そこには透明な先走りを垂らしながら立派に(しかも自らの意思とは反して)勃ちあがるクラウドの巨根があった。 「俺のっ……何で……」 「こんな状況でもこうなるのですね……さすがは変態勇者様。いや、もう今は変態悪魔君なんでしたっけ?」 「やっ、やめろ……違う、俺は変態なんかじゃ」 「じゃあ陰茎をこんなにも勃起させているのは何故ですか? しかも先程よりもさらにその大きさは増しているようですが? もしや……」 「違う! 断じて違う!」 クラウドは嫌だ嫌だと首を振る。“仲間だと思っていた人間に姿を変えられ罵倒されているこの状況”に“興奮している”だなんて断じてありえないと。そう何度も自分に言い聞かせた。 「……そう思うのはあなたの心に『穢れ』が存在するからです。そしてその『穢れ』があなたの脳を侵し興奮へと導いているのです」 急にサイモンはぶつぶつとクラウドに問いかけるように話しだす。それは彼がかつて僧侶をやっていた時のように穏やかで優しい声色だった。それがクラウドにとっては逆に恐怖心を煽る結果となっていたのだけれど。 「陰茎を自らの手で慰め『穢れ』を吐き出すのです。あなたが今やるべき事は、それひとつのみしか存在しないほですから」 「嫌だ! ……いやっ、他にもあるぜ……それはお前を元に、いぎぎぎぎギギギぎがあぁああアあぁぁぁっ!?」 運命に抗おうと御託を並べれば並べるほど性器の疼きは激しさを増していく。それならいっそ一度その彼が『穢れ』と称すところの“あれ”を出すしか……そう思った。思ってしまった。 そう思ってしまった勇者は、本能に抗えずすぐさま長く反り勃ったチンポに手をやりたったふた扱きで精液を排泄した。悪魔と化した男の、快感に抗おうとした男のあっけない絶頂の瞬間だった。 「その調子ですよ、偉いですね。クラウド君」 「おう……俺……もっと出すわ……あれ、何で俺抗ってたんだっけ……あっ、そうだ。出したら何故かダメだと思ってたんだ……あぁ……しちゃいけないと思っているのに、手が、止まらない……」 サイモンが頭を撫ぜる。それが何故か嬉しいクラウドはチンポを扱く手を早める。精液が彼の巨大チンポから飛び出るたび、それに反比例するように今までの冒険で鍛えられた肉体……主に筋肉がそぎ落とされていく。睾丸に、精巣にたっぷりと溜まった精液が解放され魔法陣の上に水溜りを作るたび、元勇者クラウドの冒険の証しが失われていった。がっちりと鍛えられた強健な筋肉は、はじめからそんなものなかったかのような平坦な肉体へと化してしまう。それどころか余計な脂肪は適度に増やされてしまい、今は腹筋すらないつるりとした腹部がややぽっこりとしただらしのないものへと変化してしまった。クラウドは、もうそんなものには興味がないと言わんばかりにチンポを扱き続けていた。今、彼の脳内には、この行き場のない興奮を吐き出すということ以外の思考はありはしなかった。 「んくぅ!」 理性を取り戻した頃には、クラウドの肉体はほぼミニデビルと同じものと化していた。180ある彼の背丈ぐらいしかもはや面影は残っていない。床を見ると金色の頭髪が精液に塗れながらあちこちに散らばっていた。それ以外にも細かな毛や縮れた毛が大量に鎮座しているのが確認できた。無毛のミニデビルには当然必要のない体毛は、すべてクラウドの肉体から離れ床へと散ったのだろう。 「……あぁ……俺は、取り返しのつかないことを……」 「よくできました。しかしまだ出しきっていません。さあ、続けなさい」 我に返ったクラウドは、これ以上侵食を進めないためこれ以上自慰をするのを止めることにした。出しに出しきったためか興奮することはなくなっていた。これならもう自慰することはないだろう。そう考えていると、クラウドの頭の中からなにやらわけのわからない暗号のような情報が流れ込んでいた―― 「そんなこと……もうするわけ……ガヒィ!? ウギ、ギギィッ!」 『するわけない』――そんな台詞を吐き捨てようとしたクラウドは、急に白目を剥き奇妙なポーズを取った。甲高い奇声とともにぴんと直立したクラウドの肉体。その下半身の肉棒から噴水が噴き出た。その水の名は当然精液である。あたかも間欠泉のように勢いよく、しかも大量に噴き出てしまう。ぴしゃり、びしゃり。と、淫らな水音をたてながら床に飛び散る半透明の液体。その液体と連動していたかのようにまだ彼のままであった「背丈」が失われる。骨や筋肉ごと肉体が縮みイチモツの噴水ショーが終わる頃にはクラウドの肉体は幼児同然のものとなっていた。 「これで肉体はほぼ十割ミニデビルのものとなりましたか……」 「ガギッ! 俺のっ、ウギー! 体……やめ、キイィー!」 喉仏も縮んでしまい、甲高い子供のような声に変化してしまったクラウド。その声帯からふたたび奇声があがる。その人間とも蝙蝠ともつかぬ奇妙な声はまさに悪魔の断末魔と称しても過言ではないものだった。 二度、クラウドのチンポから噴水ショーが開始される。彼の「背丈」を奪ったそれが次に奪ったものは「経験」であった。要するに、今まで彼が培ってきた努力の結晶――もっと簡単にいえば鍛えた剣術の腕、道具の使い方、学んできた勉学や知恵。そして習得した魔法。それらが汚らわしいスペルマとして無様に排泄されるのだ。いや、もうされてしまったのだけれど。精液を出し終わった彼の頭の中は、何もなしのすっからかんの状態であった。二十年以上の歳月を経て培った勇者の“すべて”は、たったの一瞬で白色の排泄物と化してぴかぴかの床に撒き散らされてしまったのだ。そしてそれは精子として完結しその役目を強制的に終えた。当然であるが、それは最早“ないもの”であるので、元の素体に還元しなおすことも二度と叶わない。 「なかなかに手間のかかる能力ですが、まあ良いでしょう。さあ、ミニデビルさん。あなたの不要なものを全て排出させるのです」 「あぁ……助けて……誰か助けてくれよ……俺が俺でなくなるんだよぉ……チンポが止まらな、じゃなくてチンポを扱く手が止まんねえんだよぉ……俺勇者なのに……ミニデビルなんかじゃないのに……」 涙目で涎を垂らすミニデビル。悲しげにチンポを扱くミニデビル。次の射精に必死に抗おうとするミニデビル。ミニデビルの本来の「サイモン」という名も頭から消えかかっているミニデビル。“次射精したら、自分は完全に精子として出ていってしまう”。そう思いなかなか射精することができないミニデビル。勇者であった彼の抵抗力は精液として失われ最早理性を保つことすらままならない。そんな彼に何時間も堪える力などなく―― 「いやだ……いやだっ、俺がっ、助けて、さよなら、じゃなくて俺はっ、俺はっ、俺はぁぁぁアェァアキキィャェアァァァァーーーーーーーーッ!?」 館全体に届く程の奇声をあげる。それが勇者クラウドが最後に彼として発した言葉であった。言葉というより断末魔と称した方がしっくりくるのかもしれないが。 その時サイモンは、脳みそが得体の知れぬ何かに吸い取られる感覚を味わっていた。ストローなどという物で表すにはおこがましいほどの“吸いこみ”がサイモンの身体全てから起こるのを感じた。良く云えば『勢いの強い川の流れのよう』、悪く云えば『トイレに流れる水がとてつもなく凶悪になったよう』と称せるような、そんな流れに抗うことのできぬ最大であり最悪の奔流。それがサイモンのなけなしの魂が体感したものであった。その魂は自らの記憶や自我を巻き込んで脳内からはじまり様々な器官を通り抜ける。そして巡り巡ってこの自我が辿り着くべき(ということにさせられた)終着点。睾丸へと定着した。もはや脳に残るのは快感と呼ぶのもおぞましいほどの何か。そして新たな宿主の自我らしきものであった。勇者であった男は自我の残滓を遣い必死に(この身体から出ていけ! ここは俺の身体だ!)と主張した。しかし、(なにいってんだ? ここはオレさまのカラダだ! とっとと出てけ穢れたニンゲン風情が!)と謎の存在に意思を送り返され――とうとう彼の自我は、新たな肉体の持ち主の意思によって跳ね返され睾丸から追い出されてしまった。最早自らの肉体の所有権すら奪われていたのだ。おそらく“召喚対象”とされるミニデビルのものであろう、新たな肉体の意思に。その声を聞いた瞬間クラウドの魂が感じたもの。それは純粋なる快感であった…… 「ギッ、ギギッ!? アァイヤダクギュルルリリルリルルルデテイクタスケウギヤァアアアァーーーーーーッ!?」 ――ブピュッ! ブシューーーーッ! ブビュリルルルルルルルルゥーッ!!―― そんな下品な音をたててクラウドの巨根からは純白の濃厚な精液が噴き出した。彼そのもの、彼という存在を形成していた全ての要素は魔法物資を通し液体へと変換されただの排泄物として発射された。 「……ギィ……サイモンさま、オレさまどうなって……」 次に目を開いたミニデビルの瞳は真紅に染まっていた。白目は黒へと反転し魔族の証しである縦状の光彩をぎらつかせている。ミニデビルに似つかわしくないと判断されたのか大きかったチンポは子どもサイズまでに縮められていた。こうして彼は正真正銘本物のミニデビルとして召喚されたのだった。 「なんでもありません。召喚された感想はどうですか? ミニデビル」 「んー? オレさま的にはなんともないってとこかな。それよりも早く魔王さまのために戦いたいぜ!」 ミニデビルは当然ではあるが今まで起きたことを一切覚えてはいなかった。そして魔物らしく魔王への奉仕のみを考えていた。もう彼は立派なモンスター。ただの魔王の配下である。 「魔王様には感謝しなくてはなりません。蹂躙されるだけの哀れな存在である人間であったあなたは、偉大なる魔王様の道具として使われる存在になれたのですから」 「サイモンさまのような召喚師を持って魔王さまもさぞ誇らしいと思う……思いますぜ!」 「ミニデビルはいい子ですね……これからも頑張るのですよ」 「おう!」 自我を吐き出しモンスターと化したミニデビルはともかく、今まで魔王を倒すために旅をしていたサイモンまで何故魔王を信仰しているのか。その疑問ははじめから考えてみれば簡単に予想できるだろう。彼の転職が完了したその時に、彼の敵は魔王から人間へと反転していた。つまりはそういうことである。 ここは、はじめから転職を行う場所などではない。 魔王の都合のよい様冒険者を改造する場所。ただそれだけのものなのだ。 当然あの魔導師は魔王の配下でありその魔法は強力な改造魔法なのだ。故に大きな魔力を必要とし一日に数回程度しか使用することができないが。しかしそんな魔法が使えるのも、魔王が魔の力を司る存在だからであろう。 「ミニデビル、あなたはここで待機していなさい。あなたも色々とたのしみにしている事はあるのでしょうけれど、あなたにも素敵な“お相手”を用意してあげますからね」 「オアイテ? オアイテってなんだ?」 「それはですね――」 その時、サイモンの言葉を遮って新たな言葉が紡がれた。それはここにいる1人と1匹以外の声。その音だけで彼が持っているであろう聡明さを感じさせる透き通った声。その声の主こそ、かつての召喚師と悪魔の仲間の一人だった男―― 「ど、どういうことだ……これはっ、一体、どうなっているのだ……!?」 ――賢者のファルだった。