CANDY'S 第2話(一部先行公開)
Added 2018-04-28 23:56:05 +0000 UTC執筆中のCANDY'S第2話の途中までを特別公開いたします 完成までしばらくお待ちいただけると嬉しいです 「おっす、シュウ」 「おはよ」 いつもの朝。内藤シュウと田村シンは挨拶を交わしいつものように学校へと向かっていた。昨日の夜起こった事はにわかにも信じ難かったが、やはりその自覚はあった。 「やっぱ……アレ、夢じゃねぇんだよな?」 「うん……はっきり理解してるもの……僕はもうポミグラニットブルなんだって……」 昨日の夜。2人は性交を行っていた。しかも男同士でだ。つい前までは、こんはことは夢にも思わなかった。単に仲の良い幼なじみだという自覚しかなかった。 だけど、夜を経て朝になれば、全てが見違えるほどに変わっていた。幼なじみを超えた関係に2人はなっていた。 お互い、顔を見合わす。矢張りいつもと変わりのない友達の顔。本当にあれは現実だったのか。と疑問にもなるほどにその朝はいつもと変わりなかった。 ただ、心の中は完全に塗り替えられていた。人の形をすれど心は獣のまま。人格自体はそっくりそのまま自分達が変わる前そのものである。それでもお互いが愛し合う仲間で、人から生まれ変わった牛と龍であることは姿形が元に戻っても消えなかった。 「マスミ先生……まさかあんな物だと知ってて言わないんだもんな」 「まあ知らなくて良かったかも」 「あぁ、まあな。だって、あれがなきゃ、俺たちはこの気持ちにいつまでも気づけなかったんだから」 シュウとシンは抱き合いたい気持ちを抑え学校に向かう。今の姿は、あくまで元の人間である内藤シュウと田村シンなのだ。迂闊に本性をさらけ出せば怪しまれるに決まっている。 そもそもあの時教室に呼び出されたのは、偶然でもなんでもなかったらしい。その張本人である体育教師の音田マスミからは、あの運命の夜の後詳しい話を聞かされていた。 それは到底にわかには信じられないものだった。 「オイラの仲間を増やすためでちゅ。何故ならキミ達は、スイートアニマルズに選ばれた人間なのでちゅから!」 マスミが口にしたその単語には、2人には聞き慣れていないものがひとつあった。『スイートアニマルズ』とは何なのか? そして、そのネズミであるマスミは元から体育教師のマスミだったのだろうか? それともネズミがニンゲンに化けて潜伏していたのだろうか? それらの疑問もあった。 「スイートアニマルズとは、何だ?」 「ふっふっふ……よくぞ訊いてくれたでちゅ。スイートアニマルズとは、あのキミ達が食べたキャンディの力によって動物に変身した人間。つまりオイラやキミ達の事を指す単語でちゅ」 「それはにわかには理解している。貴様に質問したい事は、俺様達が何故それに選ばれたのかと言う事だ」 それを質問されたマスミは黙り込む。とても神妙な表情をした後あっけらかんとしこう言い放った。 「特にないでちゅ。オイラがたまたま見かけた生徒がキミ達11人だったんでちゅ」 「おい……それは偶然という事だよな?」 「偶然というわけでもないでちゅよ? スイートアニマルには器にふさわしいニンゲンが近くを通ると本能的に反応するらしいんでちゅ」 まあ、やはりというか結局は偶然の産物であった。それにしてもこの学園に12人も器となる人間がいるなんて、偶然にしてもできすぎている。シンはこれが偶然の中の必然なのだろうかと思った。もしくはこの学園自体が――そこまで考えたところで矢継ぎ早にシュウがマスミに質問をする。 「じゃあ、他にいた9人もワシらと同じような姿になるのだな?」 「そうでちゅ。オイラやキミ達がそくなったみたいに、いつかは変わるでちゅね」 「俺様やシュウはあれから女に興味がなくなったのだが、やはりそれはこのキャンディの影響か」 「その通り! でちゅ。このキャンディは男のみをスイートアニマルズに変化させ同時に男のみ愛するようになるらしいでちゅ。オイラもそうでちたから」 それ以外にも、気になった事を質問していく。マスミはそれに次々と答えていく。自分らより何分の一も小さいネズミになっているはずなのに、それでもまるで教師と生徒の関係が残っているかのようだった。 「モウ、ワシらは元には戻れないのか? まあこのままでもワシは一向に構わんがなァ」 「戻れるだろ。俺様達がキャンディを口にした時、マスミは人間の姿だったのだからな。口ぶりからしてもうあの時には一度変身した後だったのだろう?」 「うん、戻れまちゅよ。というより……一晩経ったら勝手に戻ってたんでちゅ。恐らくこの姿でいられるのは一定時間のみなんでちゅよ」 「そうか……」 シュウとシンは残念そうな表情をしている。この姿がよっぽど気に入ったのだろう。いや、というより、お互いを愛し愛されたこの状況がとても愛おしいものだったのだ。何よりそれが心の中に秘められていた本心だった。そう思えるからだった。 「音田真澄に戻った時のオイラなんでちゅけど……人間だった頃のオイラではなかったでちゅ。 なんというか……人格も体も人間だけど……本質自体がスイートアニマルズであるオイラになった感じというんでちゅかね? 男好きも直ってなかったし、そもそもオイラは人間でありネズミなんだという感じになってたでちゅ。まあ完全に元に戻れるわけじゃあ、ないみたいでちゅね」 マスミは新たな事実を口にする。どうやら彼の言ったとおり完全に人間に戻れるわけではなかったらしい。それを聞いた2匹は多少は安心したような表情を見せていた。 シンは少し黙りこんだ後「なるほど。スイッチみたいなものか。今はドラゴンとしての俺様のスイッチがオンになっている。そして一定時間後にそのスイッチは解除され人間としての俺様のスイッチがオンになる。そしてまた何かをきっかけにドラゴンとしての俺様のスイッチをまたオンすることもできる……ということか」と口にした。 「まあ、そんな感じでちゅ。今はスイートアニマルとしてのスイッチが入っているということでちゅね。 そしてその姿が今のオイラの本当の姿……人間の姿は器。素体という認識でしかなくなったということでちゅかね」 「それより疑問なのはワシがこの姿になったのはどういったことがきっかけなのかとということだ。またこの姿に戻りたいし、教えてくれると嬉しいのだが!」 シュウはマスミの小っこい体躯を抱え上げる。その差は何倍もの差だった。マスミは血気盛んな眼と化しているシュウにたじろぎながらも説明を続けた。 「恐らく最初のトリガーは射精することだと思いまちゅ。オイラが変身した時は……一人でオナニーしてた時でちゅ。 あの時何故か男の裸を見ていたら興奮してチンチン扱きたくなって、そのまま射精した後キミ達のように変身したんでちゅ」 やはり、マスミも2匹と同じように射精後にこの姿に変身したらしい。それを聞くと納得したかのように顔を見合わせた。それだけこの姿が気に入ったようだ。 「ということは、マスミもキャンディの影響でこの姿になったということか」 「それにしても、あのオッサンがこんな可愛いネズ公になっちまうとは驚きだぜ。で、また変身したい時も射精すればいいってことだよな?」 「いえ。変身したいと念じながらその姿を思い浮かべて射精する必要があるんでちゅ。あの後普通に射精しても何も起こらなかったでちゅし。このくらいでちゅかね。オイラが知ってるのは……」 質問を終え少し落ち着きを見せるマスミ。それに再び質問を投げかけたのはシンだった。まだ疑問に残ることがひとつあったからだ。 「ああ、それと、そのキャンディ、どこで手に入れた? こんな不思議な力を持つキャンディ、普通に手に入れた訳でもあるまい」 それを聞いたマスミは、反応に困ったような反応をしている。しばらく押し黙った後マスミは重い口を開いた。 「それが……覚えてないんでちゅ。部屋に見覚えのないキャンディのビンがあって……家族が買ってきたものかと思って食べたら……この通りでちゅ」 どうやらマスミ自身にも見覚えのない話だったらしいのだ。それは本当に偶然で、しかも、それが真実であるのならば、それは恐らく仕組まれた話である。 ならば、こんな超常現象が起きるキャンディを用意したのは、それもまた超常的なものである可能性が高い。ということなのだから。 「……それじゃあ、このキャンディはどこから……」 「考えても仕方ない。それよりも! この姿になったことを感謝しようぜ!」 「そうだな……」 その後、シュウとシンは、生まれ変わった事に感謝し再び性交を始めた。今度はマスミも混ざって3匹での。それらは一晩中続いた。疲れ果て気を失うまで続いていた―― 「ああっ、な、なんだこれ……!」 「キシシ……それがお前の運命だ……! ほら……力を抜いて、私に従うのだ……!」 「ん、ぐっ……」 「ンガアアアアアァッ!」 ◆ ――そして話は朝に遡る。 「おはよう」 「おはようございます、音田先生」 校門にはマスミがいた。今週の生活指導の担当らしい。特に問題のあることのない2人は、いつものように難なくクリアしいつものように校門を潜る。そう、いつもならだ。 しかし今日は違っていた。 「……昼休み、生徒指導室に来い」 「えっ……わかりました」 「待ってるぞ。必ず来いよ」 はじめは困惑した2人だったがその理由はすぐに理解できた。3人しか知らない事について共有するためだ。この学園の生徒指導室は、教師と生徒が話し合っている間はプライバシーやら何やらの尊重ということで関係者以外入ってはいけない校則になっているのだった。誰にも聞かれてはいけない秘密の話をするにおいては最適であった。何より教師という信頼にあたる人物も得ている。というよりその教師こそが原因ではあるのだが。 ◆ まず2人が教室に入ってすることは、クラスメイトの井之頭ツカサに話し掛けることだった。記憶が確かなら、ツカサもあそこにいたはずなのだ。ということは彼もいつかもスイートアニマルズと化すはず。学園内でトラブルになる前に押さえておこうということだ。 ただ彼は女好きのナルシストということで有名だ。さらに男には興味がなくそっけない態度を取ることで、悪い意味で有名でもある。ただあのキャンディの効果が確かなら彼も男にしか興味のない体にさせられているはずなのだが。 「……おはよう、井之頭」 「なんだい? 男は僕に話しかけないでくれるかな。僕が好きなのはレディだけだよ?」 やはりだった。上っ面はそうだろう。 しかし既にキャンディの効果は表れているはずなのだ。ならあえて隠しているのだろう。だから次にシンはこう答えた。 「……本当に? お前何か隠してるだろ? 本当は男の方に興味があるなんて――」 「…………なぜわかった。というよりなぜそれをすぐ察することができた?」 それを聞いたツカサの表情が変わった。その表情は困惑――というより、憎悪といったものにも思えた。 不快感を抱くのも分からなくはない。ツカサは誰よりも女が好きだった。それが逆転した事はツカサにとってはたまらなく嫌だろうから。 「……というより初めから知ってるみたいだよね。まさかあの事が関係しているのかい?」 あの事――やはりあのキャンディの件は覚えているらしい。あの日を境に精神が変質しているのだ。怪しまないわけがなかった。 「……今日の昼休み、音田先生と話すことになってるんだ。井之頭くんも、よかったら来て」 「音田? そういやアレを食わせたのはあいつだったか……いいだろう。この僕をこんなにした罪を償わせてやる」 罪なんて大袈裟な――そう思ったが言わないでおいた。自分達もあの姿に変わるまでは女性が好きな普通の男子だったのだから。今はそんなものが馬鹿らしくもなるくらい友を愛しているようになったが。 「……話はついたな」 「多分、来るだろうね。井之頭くんの性格なら」 そこまで話すと担任がドアを開けて入ってきた。時計を覗くと丁度ホームルームの始まる時間だ。こうして彼らは再び人間としての学園生活を謳歌することになった。 チャイムが鳴る。三時間目が終わった合図だ。残りは四時限目。これが終われば問題の昼休みである。 「よし、あと一息だな」 「これからのこと、よく話し合わないと……」 次の授業のための準備を整える2人。そこに現れたのはクラスメイトの大神健だった。 「ねぇ、今日の田村くんと内藤くんって特別仲がいいように思えるんだけど……何かいいことでもあったの?」 そう2人にどこか羨ましそうに訊く大神。 そういえば彼は親の意向で塾に通っていて、それ以外でも勉強で忙しそうにしている。そのためかクラスでは未だにあまり馴染めていないようにも思える。 だから自分達が羨ましく見えるのかもしれない。そう思った。 「何も……ないかな。ほら、僕たち幼なじみってやつだから」 「それにケンカだってしょっちゅうだしな。そこまで羨ましい関係でもねぇと思うぞ……っ」 それに俺たちは友達よりももっと深く愛し合っている仲だ――そう言いかけて止めた。つい口に出してしまいそうになる。危うく“関係”どころか“正体”までバレそうになるところだったと、シンは内心で胸を撫で下ろした。 「ケンカなんて僕やったことないから……ちょっと羨ましいって感情はあるのかな……暴力は絶対やるなってお母さんに言われてるし」 「いやいや、ケンカなんてそこまでいいもんでもねぇよ。確かにその後さらに仲良くなったりもしたから少しはいいかなとも思うけどよ」 「そうだね。じゃあ、先行ってるね」 そう言うと、大神は教室を後にした。その背中はどこか寂しそうにも思えた。そしてそれ以外にも、何やら異様な気配を感じた。それが何なのかは――よくわからなかったのだが。 「……ねぇ、シン」 「さっきなんか妙な感じがしなかったか? ……よく分かんねぇけど」 「そんなことより、そろそろ授業が始まる。行かなくちゃ!」 ◆ ――授業終了を知らせる鐘が鳴る。とうとうこの時間がやってきたのだ。 他の人間は昼食を取るため思い思いの行動を取る。だが自分は違った。もっとやらなくちゃいけないことがあるからだ。 (そろそろか。さて、何で僕がこんなことになったのか……知る時が来たみたいだ) 井之頭ツカサは重い腰を上げる。本当は男だらけの場所へなんか行きたくないのだが、仕方ない。でも、それを想像すると何故か切ない気持ちになる。男には興味がなかったはずなのに、男のことしか考えられない自分がいた。 いやいや、話を聞いてそこから元に戻る術を考えなくちゃと首をブンブンと振り体制を整える。さて、話をしに行こうとドアを開けたその時だった。 「おっ、井之頭くんじゃないか」 その時、ツカサの胸が高鳴った。 急に現れたその姿を見た瞬間、可愛い女の子を見つけた時のような甘く切ない感情が襲った。しかし、その心を揺さぶった持ち主の姿は、彼の最も苦手としていた“はず”のタイプの人間だった。 「植田……先輩」 3年B組の植田マサヒロだった。臭くて醜くてゴツゴツとしたマッチョマン。本来ならばツカサの最も嫌悪するタイプの男。 しかも、ウェイトリフティング部なんて何が面白いのか分からない部活に入っているのも、本来ならばマイナスポイントだった。 しかし今は違う。こんな男見たくも無い……はずなのに、彼の姿から目を逸らすことができない。むしろずっと見ていたいほどの感情がツカサを襲っていた。 本当に自分はどうなってしまったんだ。ツカサは今マサヒロに惚れかけている自分が嫌になった。 「菅賀先生は職員室? あ、ほら、器材の貸し出し許可が欲しかったんだよね。井之頭くん知ってる?」 「この僕がそんなこと知っている訳がないだろう。他を当たって……いや、僕も職員室に行こう。途中の場所に用があるからな」 「ありがとう! じゃあ、一緒に行こう!」 「べ、別に……植田先輩のために行くわけではないからな……」 本当はマサヒロのため……もあった。が、やはりそれは口にできなかった。今までの自分は女好きのナルシストなんて言われていた。急に態度を変えればおかしく思われるうえ、よからぬ噂を立てられるかもしれない。それならナルシストと揶揄された方がマシだ。そう思いながらツカサは職員室へ向かう。 「……そういえば、井之頭くん?」 「何かな? 前も言ったが、僕はあまり男とは……」 「キミ、男の子が好きになったりしてない?」 「……えっ」 心の中でずきりと何かがゆがんだ気がした。それはおそらく動揺のようなもの。図星を突かれた時のような、そんな感覚。そういえば記憶の中でキャンディを食べた11人の中にこの男も含まれていた。気がした。 男だらけのあの空間で彼は嫌いな男性にできるだけ関わらないように振舞っていた。そのためだろうか。記憶の中があいまいなのは。 「……さあ、何のことだか僕にはさっぱり」 「そう……ごめんね。変なこと訊いて」 「いや、別に」 別に、とは言ったものの、実際のところ今の彼は植田が気になってしょうがなかった。いっそ彼だけには今の自分のことを話してしまおうか? それとも音田のところへ行き話すまで黙っていようか? そう考えたが、やはり元の自分に戻りたい。というのが今の彼の最適解であった。だから、ツカサは今のところは“作られたであろう本心”は隠しておこう。そう思った。自己のプライドに関わるというのが一番の要因であったが。 「……」 長い沈黙が廊下を包んでいる。植田にこんなことを言われて。しかも知らないふりをした手前、前言撤回するのは赦し難かった。おもに、彼のプライドな意味合いで。 「あ、あのさ。このお礼に、何か……」 マサヨシが、沈黙を破く。 ツカサと、どうしても話したいことがある。そのためだ。彼がツカサを誘おうとしたのは。 彼と話をするためなら、呼び出す理由なんてどうでもよかった。 しかし、その沈黙は、彼の言葉以外の別の出来事に破られることとなる。 「……それはそうと」 ツカサが、マサヒロの言葉を遮るように口を開く。 「……ここ、どこだ?」 ここは、二人のいるこの場所は、先程まで歩いていたはずの学校の廊下とは違う、別の何処かだった。 ------ そこは、『異世界』と名状するに相応しい場所だった。 見た目は自分達がいつも通っているはずの学び舎――のはずなのだが。 そこは、一面が灰色の“何か”で覆われていた。しかも、それはグニグニと妙な音を立てて蠢いているのだ。訝しむざるを得ない状況であるのは明らかだった。 さらに、その灰色の何かはひどい臭いを発していて、平常の人間ならばそれだけで頭がおかしくなりそうなくらいだった。 「下品な空間だ……と言うか、ここはどこだ!? 学校では……」 「……どう見ても安全、じゃないのは確かだよね。万が一とかあるから、僕の後ろに……」 「僕は子供じゃない。一人で動ける」 そんなやりとりをしながら、恐る恐るその床を踏みしめる。靴越しにでも伝わってくるその奇妙な感覚は、二人の精神を正体不明の恐怖へと少なからず誘っていた。 はじめの目的すら頭の片隅に追いやってしまうほどの異常事態に、ツカサは心から嘆いていた。 (どれもこれも、全部あの時からおかしくなったんだ……音田真澄……あいつだけは許さない……) そして、マスミへの怒りも少なからず抱いていた。そもそも、この状況自体は彼が起こしたことかどうかもわからないのにも関わらず。 「……?」 マサヒロが一瞬、足の動きを止めた。 「ちょっと、井之頭くん……」 彼には、見えたのだ。 「……あれ」 閑散とした空間に蠢くふたつの影が。 「……なんだ?」 二人は、ゆっくりとその影へ近づいていく。 「ここには、僕らしかいないわけじゃあなさそうだね……でも……」 近づくごとに、その影の正体が鮮明になっていく。 「なんか、おかしい……?」 一歩一歩、歩みを進めるほど、その影が影ではなくなっていく。 黒の小さなシルエットだったそれは、色をつけ形を定着させ二人の視界に確実に映った。 二人の視界に映ったそれ。 「ハァ……ハァ……グルルル……ウッ」 「んっ! ……ぃ、あ! …………あ!!」 一匹――いや、“一人”の狼が、もう一人の人間を犯している光景だった。 「……は?」 ツカサが一言呟く。 それ以降しばらく、二人の口に言葉が紡がれることはなかった。 現実離れした事が目の前に起きれば脳が紡ぎ出す言葉を失わせてしまう。二人が言葉を口に出せないのは至極当然のことだった。 普段は老廃物の排泄にしか使われないはずのその器官を、悦しそうに何かで突っ込んでいる。それは真っ赤で細長くて一瞬大きな唐辛子にでも見紛うようなものではあった。が、それはまさしく男の性を受けた者だけが持つ生殖器。陰茎であった。 「ぃ……っあ! ……あぁ!」 犯されている方の人間の少年は、何やら言葉にならない言葉を発していた。顔中の穴から液体を垂れ流し必死に呻いている。明らかに苦痛に彩られた表情であるにも関わらず、その彼自身のものは、快楽を感じた時のような、元気な剛直を見せていた。 「おい……おい……逃げるなっ、よ……オレは……お前と……友達になりてぇんだよ……そのためには、穴で繋がんのが、一番だってよぉ~!」 狼。いや、人間の骨格をそのままそっくり模倣した狼。即ち狼男のような何か。その何かが人の言葉を発しはじめた。 『友達』。 今、この状況ではあり得ないようなことを口走るこの狼男。もはや、この状況は犯している側にしかわからないのだ。二人は停止している思考の中にわかにそう思った。 「イクぞ……イケば、お前も分かる……コレになれる幸福ガアァァァァアァァ!!」 空間に、悪臭が漂った。その悪臭の発信源は、ひとを犯したけだものの陰茎からだった。 精液。しかも夥しいほどの量が、灰色の空間に散らばる。その壁とまったく同じ色をしたけだものの“けだもの”から。 そしてその臭いを直接鼻で感じた時、二人は理解した。この空間の臭いが、彼の体液とまったく同じものだということに。 この状況でさえ、普通の人間ならば恐怖に慄き行動を起こす動機すら失ってしまうだろう。 しかし、この状況は、これだけでは終わらなかった。 「た……たス……ケて…………うおおおおおおおォォォォォ!!!」 鼓膜で感じただけで、耳を塞ぎたくなってしまうような、そんな異音が空間に響き渡った。それは、青年の骨が変形する音だった。 手が、足が、人間のそれから変化していくのがわかった。さらに、骨に何か変化があるたびに、青年の陰茎から精液が吹き出していったのだ。しかも、それは、とても強い粘性と、その空間と同じ色をもって、だ。 その精液は、出したはずの宿主に収束していくように、青年の体じゅうに付着していった。枝分かれした人の指を失い獣の凶器じみた前足へと変わっていく手も、例外ではない。伸びていく獣の脚も、例外ではない。 「ぁだ! ぃぁだ! うぉぉぅ……」 粘ついた唾液を垂れながら凶器のごとく鋭く伸びた牙とマズルを形成する。そして、そこも例外ではなく精液が塗りつけられていく。表面だけでなく口の中さえも。黒々とした鼻がすんすんと周りの臭いを嗅いでいく。その度に身体じゅうに貼りついた精液をダイレクトに受け止めてしまい、さらに絶頂を早める結果となっていたのは、この青年の、色に狂った頭の中では想像すらつかなかった。 可愛らしい耳がぴょこんと青年の頭に聳え立ったとき、この犯されていた哀れな青年は、犯していたあの怪物とよく似た姿へと変貌したのだった。そしてこれが、ツカサとマサヒロが見た一部始終だった。 「アァ……」 「言葉になんねぇか? まあ、そうだろうな……『キャンディ・クリーチャー』の眷属だとしても、オレ並みに気持ちいいよなぁ……だってオレも……気持ちいいし?」 狼の怪人の姿に変貌した、同じ学校の生徒だと思われる青年は、けだものそのものと化した精悍な顔面を快楽に歪ませていた。最早、先程まで助けを懇願していた者の顔ではなかった。 「……う、あっ……」 一筋の声の波動が、性行為のあとの音ひとつない空間を切り裂かれようとしていた。井之頭ツカサによって。が。 「(井之頭君っ。今、声を出したら、多分やっかいなことになる。とりあえず、僕たちは、誰か、助けを呼ぶ事を優先した方が良いと思う)」 その声は、マサヒロがツカサの口を覆う事でかき消された。その行動の際限りなく小さな声でツカサに話しかける。ツカサはそのマサヒロの声を聞いた瞬間、一瞬正常な思考を行う事を放棄した自分を恥じた。そして、冷静さ、そして平静さを取り戻した。だがそれも、爆発ぎりぎりの精神状態を堪えながら、だが――