「わぁ~こない遠い所へようこそ」
「あの、お久しぶりです千雨お姉さま。 本日はご招待いただきありがとうございます」
「ええ! 久しぶりやね心菜さん。 ごめんな、突然家に招待して迷惑やなかった?」
「いいえ! 迷惑だなんてそんな事はないです。 家に遊びに来ないかと誘っていただいて嬉しかったです」
来客を告げるベルを聞いて、玄関まで出迎える千雨。
彼女の喜び声から察するに、どうやら待ち望んでいたお客様が来客したようだ。
「そう思ってもらえて嬉しいわぁ♪ それに、そちらの可愛らしいお友達もようこそ。 ……ええと、お名前は……」
「は、始めまして! 萌は、宮脇萌です。 心菜ちゃんとは親友をやらせてもらっていますですっ! お、おおお着物が綺麗ですね!」
「ちょ、ちょっと萌、話し方が! 新幹線の中であんなに練習したのにどうして……」
「だってぇ! 心菜ちゃんがいっそう礼儀は気を付けてって何度も釘を刺して言うからぁ! だから萌、喋り方が変になっちゃって……」
「だからと言ってそんな話し方は返って……。 あの、ごめんなさい千雨お姉さま。 この子緊張しているみたいで。 いつもはもっとちゃんとしてて明るく良い子なんです」
“礼儀” を急に押し付けられたのだろうか。 萌という少女はぷっくらと頬を膨らませて抗議をしている。
心菜はあわあわと千雨の方を向いて、必死に自分の友達を良い子だとアピールしていた。
そんな仲良さそうな二人の姿を見て千雨は優しい気持ちになる。 ――と同時に、申し訳ない気持ちにもなった。
なんせ、そうさせているのは間違いなく自分で、『右京』という名のせいでもあるから。
心菜に至っては『峯藤』という名を持ち、右京と同じ名家ではあるが、それでも多少なりとも緊張しているようだ。
それは、千雨がこの少女達よりも年上であるためか。
(あきまへん……年上のウチがこの子達に気を使わせてしまっては……。 何とか打ち解けて緊張をほぐしてもらわへんと……)
千雨は考える。 二人と親しくなれる方法を。
そして瞬時に思いつく。 まずは他人行儀みたいに呼ぶのではなく、萌という少女と同じように二人の名をくだけて呼んでみようと。
「そう、萌ちゃんってお名前ね。 良いお名前やね♪ そない緊張せんでも、お友達とお話するようにウチと接してくれたら嬉しおすから、何も畏まらへんでもええよ」
「うんっ! えーとじゃあ……千雨お姉ちゃん?」
「も、萌っ! 失礼ですから!」
「ふふ、かまへんよ。 肩ひじ張って喋るとお互い疲れてしまうしな。 だ・か・ら、 “心菜ちゃん” も気を楽にしてウチと喋ってくれたらええしな?」
「……ぁ……はいっ!」
千雨の “さん付け” からの “ちゃん付け” 呼びで、心からそう思っているのだと察した心菜はお言葉に甘える事にした。
変に断ってしまうと逆に失礼であると考え、また、心菜自身も “憧れ” である千雨とは仲良くなりたいと思っているからだ。
「うふふ良かった。 あっ! ごめんな? いつまでも玄関で立ち話をさせてしもて……。 ささ、本邸ではない別邸やさかい、二人共遠慮せず中へ入っておくれやす」
「はーい、お邪魔しまーす」
「お、お邪魔します……」
靴を脱ぎ、屋敷の中へと入る二人の少女。
千雨の案内を受けて二人は、竹草 晴樹のいる部屋へと向かうのであった。
――その一方、当の晴樹はというと、千雨の部屋のケージの中で一人座って待っていた。
自分と同じように小さな体になった男を、今か今かと。
「遅いな千雨。 玄関に出迎えに行ってから結構経つけど、どうしたのだろうか。 ああ、早く会って喋ってみたいな」
シンッと静まり返る部屋の中。
物音なんて一つせず、声を出すは晴樹だけ。 いや、ただただ古い時計の秒針が、カチコチと規則正しく刻む音が鳴っている。
そんな折、ケージ内は極わずかに震動し、張られたガラスは次第にガタガタと揺れ出した。
「おや?」
揺れを感じて慌てる事もなく、呑気に落ち着きをみせる晴樹。
それは、普通なら地震だろうか? と思う揺れでも、晴樹にしたら日常茶飯事の事であるため。
また、何と言ってもこの地震みたいな揺れは、どうして――何故起きているのか知っているからだ。
「やっと来たみたいだな、千雨」
そう、この揺れの正体は、人間が歩く震動。
ただ歩き、床を踏んで起きる現象だ。
これは人であった頃には気付けなかったもの。
小さくなって始めて知る事柄である。
――人間の歩行だけで、地震のような揺れが起きるというのを。
昔見た怪獣や恐竜が出てくる映画で、歩くたびに地響きを上げていたのは、大きさを強調するための単なる演出ではないのだ。
ドシッ………… ドシッ…………
ドシッ……
「お、おお……三人の人間がこの部屋に近づいてくるだけでこんなに……。 いつもと違って揺れが激しいな」
人間の女性達が踏み鳴らして起きる地鳴り。 ――そして地響き。
晴樹のいる部屋に近づくにつれて大きくなり、激しくなる。
そんな激しさを増す音や揺れは、ふすま一枚挟んだ向こう側でピタリと鳴り止み、そして……ゆっくりとふすまは開かれていくのだった。
「さあ心菜ちゃん、萌ちゃん、狭い部屋で申し訳ないどすが、ここがウチの自室やの。 飲み物を取ってくるさかい先に中に入って寛いでておくれやす」
「はい、失礼します」
「はーいっ!」
開いた襖から現れるは二人の美少女。
一人は艶やかな黒髪をゴムでサイドに束ねており、少女らしさはあるが纏う雰囲気? は何処か高貴さを感じさせる少女。
もう一人は言動からに年相応の雰囲気はあるが、だが身体はありえないほど成長していて、言ったら悪いがとても肉付きの良い少女であった。 まあしかし、アンバランスであるけど可愛らしくある。
――間違いなくこの二人は幼さがあるが美人だ。
千雨との付き合いが長い晴樹でさえ、そこいらじゃ滅多にお目にかかれない良い所のお嬢様なのだと、見た瞬間思わせるほどの。
「わぁ~ここも畳のお部屋だ~。 学園のお茶道の教室よりも畳の良い香りがする! 何でだろうね心菜ちゃん」
「そうですね、学園のは『和紙畳』だからそもそも香りを抑えていると思うけど、右京家のお屋敷はどこも『稲わら』と『藺草』(いぐさ)で作られているみたいですので、こんなに良い香りがするのでしょう」
「なんか伝統を感じる! すごいね!」
「ふふ、おかしい。 萌から伝統なんて言葉が出るなんて。 お茶道の授業中、いっつもお菓子の時間以外つまらなさそうにしているのに」
「ブーっ! ひっどぉい! そんな事ないもん」
「ふふふ♪ あ、ちょっと萌、叩かないでってば」
萌はポカポカと両手で心菜の肩を叩く。 それは本気で叩いている訳ではなく優しく。
見た感じ叩かれている心菜の方は本気で嫌がっている訳ではなさそうだ。
傍から見ると仲良くじゃれ合っているように思える。
(二人の関係性は相当良いんだろうな)
そんな姿に微笑ましさを感じた晴樹は笑い声を上げる。 両手をパンパンと叩き、面白おかしそうに。
晴樹にしたら若い子達がふざけ合う姿が新鮮で楽しかったのだ。
……ここには、 “娯楽なんてものは少ない” から。
「ハハ、アハハハ♪」
だからか、晴樹が笑って動く姿が視界に入り、二人の少女は気付く。
部屋の片隅にある机の上に置かれている、ガラスのケージの中に入った晴樹の存在に。
「あっ! 心菜ちゃん見て! 小人さんがいるよ」
ドスドスと歩いて萌は晴樹の方へ近づいてくる。
太もも、胸、二の腕という肉付きの良い豊満な身体を揺らして。
「う、うわぁ……すごい……」
ケージの真ん前に来て、膝を少し曲げて見下ろすものだから、千雨よりもさらに大きな胸は服の上からでも垂れ下がりを見せ、晴樹は見た事もないその豊満さに圧倒された。
「わぁ~♪ ねえねえ、心菜ちゃん、この子お洋服着てる!」
「ほんとです、可愛い……」
遅れてやってきた心菜も晴樹を見ようと顔を覗かせる。
「お、おお……」
視界を全て埋めつくして覆う少女達の巨大な体躯。
いくらまだ二人が年端も行かぬ女学生だとしても、晴樹との体躯の差は歴然である。
例え、相手が幼児だとしてもそれは変わらない。
なんせ誤って呑み込まれてしまう恐れがあるほど、晴樹は小さな人形サイズの大きさなのだから。
だけども、晴樹は怖さを感じていなかった。
それは千雨という人間に、優しく飼われているせいかもしれない。
「君が千雨お姉さまが飼われているペットなのですね」
ポツリと誰に向けたものでもない、何気なしの心菜の言葉。 だが、
「うん、僕は千雨のペットの晴樹という名前なんだ。 宜しく可愛いお嬢さん達」
「え?」 「わぁ♪」
元気に挨拶を返されて、心菜と萌は驚く。
自分達が飼っている『陽介』とは違い、恐れを抱いている感じではなかったから。
それに、自身を完全にペットだと言って、人に飼われている事を受け入れている様子だったからだ。
「えへへ~♪ 萌達可愛いお嬢さんだって。 始めて言われたから嬉しいかも。 ね、心菜ちゃん」
「え、ええ……」
萌の言葉に生返事を返す心菜。
「千雨はさ、君達が来るのを本当に楽しみにしていたんだ。 だからさ、年上でやり辛いかもしれないけど、でも友達みたいに仲良くしてあげてほしい。 年上に向ける礼儀なんてそこまで気にせずにね」
「……あ、はい……」
晴樹の言動に驚きすぎて、心菜は衝撃を受けている。
それは自分が憧れていた、小人のペットとしての在り方を晴樹がしていたからだ。
主人を心配してこんなに優しい言葉をかける晴樹に、心菜は強く千雨に対して羨ましさを抱く。
「あ、あのっ!」
……だからだろう。 どうしてそんな言動が出来るのか聞いてみたくなった心菜は、晴樹に向けて喋りかけようとするのだが――
「あら? 晴ちゃんとお喋りしてくれとるん? おおきにな、ウチのペットの相手してくれて」
「あっはい……」
丁度タイミング良く、千雨が飲み物とお菓子を乗せたおぼんを持って部屋に入ってきたので、心菜は言いかけた言葉を呑み込む形になった。
「ささ、立ってないで座っておくれやす。 外は暑かったやろ? 冷たいお茶とジュース、それにお菓子を持ってきたから食べへん?」
「わ~いっ! お菓子だぁ♪」
お菓子につられてお行儀よく座布団に座る萌。
心菜も呑み込んだ言葉をそのままに萌の隣へと向かい、やむを得ず座布団に腰を下ろす。
「このクッキーおいしいっ! 心菜ちゃんも食べてみて」
「う、うん。 あ、本当だ、美味しい……」
「そう? 良かった。 ウチの手作りやから気に入ってもらえたようで嬉しいわぁ」
「手作りなの!? すっごぉい、千雨お姉ちゃん」
遠慮なしにパクパク食べる萌。
「そない褒められると嬉しいもんやね。 作った甲斐があったわぁ」
そんな萌の姿を見て、千雨はニコニコしている。
「あの、このクッキーは千雨お姉さまがお一人で作られたのですか? 本当に美味しくて」
「うん、お店のより美味しいよっ!」
「ふふ、ありがとう。 全部ウチが一人で作ったんよ。 この家にはウチしか寝泊りしとらへんし、誰もおらへんからね」
「えっ!? 千雨お姉さましか寝泊りしていないって……。 母からはご結婚されたと聞いて……あっ……」
聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと思い、心菜は言葉の途中で口を噤む(つぐむ)。 が、しかし、千雨の方は特に何も気にしていないようで、あっけらかんと心菜の質問に答えた。
「ああ、気を使わなくてもええよ。 まあ、あの人とは喧嘩して別居中ってだけやし。 で、ここはウチとあの人が住む為に設けられた別邸やさかい……だから誰もおらへんの。 たまに掃除をしに本邸から使用人が来るぐらいやね」
「そ、そうですか……」
ちょっと気まずい思いをする心菜。
隣にいる萌に助けを求めるように視線を向けるのだが、萌の方は変わらずむしゃむしゃとクッキーを貪っており、食べる事に集中している様子。
そんなリスみたいに頬を膨らませている萌を見て心菜は和み、微笑みを浮かべる。
「うふふ、萌ったらもうっ」
「ほんと、美味しそうに食べてくれて。 可愛らしい子やね♪」
「ええ、自慢のお友達なんです」
「ふぇ?」
二人から見つめられていると今頃気づいたのか、キョトンとする萌に千雨と心菜はクスクスと笑う。
「もぅ! なぁに? 二人してっ!」
「ごめんなさい、萌が可愛くて」
「そうそう、可愛らしいわぁ」
「ぷぅ~っ! モグモグモグ……」
「ちょ、まだ食べるのですか!?」
尚も食べ続ける萌に二人はとうとう耐えられなくなり、声に出して笑う。
――場は、萌のおかげで笑顔で溢れる空間に包まれていった。
………………
…………
……
「ふぅ~美味しかったぁ~」
十分ほどの時間が流れ、クッキーが入っていたお皿には何も残っていない。 また、別のお菓子が入っていたお皿も空っぽになっている。
膨らんだお腹をさすっている萌が、ほぼ全て食べてしまったようだ。
「い、いくら美味しいといっても、良くそんなに食べれますね……」
「え、ええ、クッキーは三人分でも多めに作っていたつもりやったのやけど……」
「げふぅ~!」
萌はたらふく食べられた事に幸せそうだ。
その証拠にお腹は大きく膨らんでいる。 が、だけどそのお腹はすぐにへこんでいくだろう。
これまで食べられた “者達” 同様――消化され、栄養として萌の豊満な体の血肉となるのだから。 ……これは萌だけではなく、千雨や、心菜も同じに……。
そんな三人のゆったりとした消化活動の時間。
部屋の片隅にあるケージの中で、一生懸命手を振っている晴樹の姿が千雨の視界に入る。
(あれ? 晴ちゃんもお腹が空いたのやろか?)
晴樹の姿を見てかような考えを抱くが、そうではないのだと気付く。
それはと言うと……。
「あっ! 心菜ちゃん、ペットはどないしたん? 今日、一緒に連れてくるって聞いていたのやけど」
「そ、そうでした! 萌に預けたままでそのままっ! 萌、ようちゃんはどこに?」
「ふぇ? ようちゃんなら萌のお胸に挟んでいるけど……」
そう言って胸の谷間から、首輪だけを身に着けた陽介を取り出す萌。
「あれ? グッタリしちゃってる……」
「え!? ちょ、ちょっと萌、ようちゃんを貸してください! ……あぁ、どうしよう……こんなに弱ってる……」
萌が手に持つ陽介を奪い見ると、ゼェゼェと呼吸をして苦しそうだった。
「心菜ちゃん、その子をウチに貸してもらえへん? おそらく暑さでバテてしまってるだけやと思うし」
「ほ、本当に暑さでバテているだけなのですか? 死んじゃわないですよね、千雨お姉さま」
「ええ、前にも一度、晴ちゃんも同じようになった事があるからね。 心配せんでも大丈夫」
心菜から受け取った陽介を、千雨は優しく手の平に乗せる。
そして、もう片方の手の人差し指を口に咥え、クチュクチュと舐った後、チュポンッと口から抜き取って陽介に差し出す。
「暑くてしんどかったやろ。 これを飲めばすぐに良くなるさかいお舐め」
「ひィィ……」
微かに悲鳴を上げる陽介。
陽介からすると、気付いたら見た事もない巨人の女の手に乗せられていたからだ。
「大丈夫、ウチは何もイジメようとしている訳やないから安心おし。 ほら、飲めば楽になるから」
優しく声をかけ、ただ指を差し出す。
唾液まみれの指を、陽介の目の前に。
すると、しばらく迷う素振りを見せた後、陽介は動き出した。
無理やり飲まそうとはしない行為に安心したのか、小さな両手でギュッと千雨の指を掴み、ペロペロと舐め出し始めたのだ。
まるで、自分の物だと体全部を使って表現しているようである。
「ふふ、ええ子やね。 慌てんでもええからゆっくり飲みや」
「すごい……もう千雨お姉さまに懐いてる」
「うん、萌の前じゃ未だにビクビクしてるのに……」
二人は衝撃を受ける。 陽介が自分の意思で動くその姿に。
心菜の前で以外、おどおどして震えているだけだったのにと。
「あの、千雨お姉さまにお尋ねしたいのですが、どうしたらもっとようちゃんと仲良くなれるのでしょうか。 私の前でもたまにですが可哀想になるぐらい震えている時がありまして……。 私も千雨お姉さまと同じように、ペットに大切に思われるご主人様になりたいです」
ここで、晴樹に問いかけようとした言葉を千雨に問う心菜。
始めて会った時の主人を気遣う晴樹に、二人の関係性を羨ましく思った心菜は聞きたくて仕方がなかったからだ。
――それはもっと陽介と親密に、深い特別な関係を築きたい少女の思い。
「そうやね~……と、その前に、ちょっとこの子を晴ちゃんに会わせてやってもええ? 晴ちゃんったらお友達になるんだ! て息巻いてて」
「あ……はい」
そう言って千雨は晴樹の元へと向かい、陽介をケージの中へ緩やかに降ろす。
「ごめんな晴ちゃん、おまたせ。 大丈夫やと思うけど、喧嘩なんかせず仲良くな?」
ケージの中に陽介を入れて、千雨はまたすぐにドシドシと足音を響かせて元居た場所、座布団に座りなおし話を再開する。
「さて、ペットと仲良くなる方法やったね? 見た感じあの子は人間を怖がっているみたいやさかい、まずは心菜ちゃんや萌ちゃんが自分の味方だって事を教えてあげなあかんね」
「そ、それは、どうしたらっ!」
「せやね~。 例えば――」
千雨が二人に話している最中(さなか)――その一方では。
「やあ、初めまして」
晴樹は陽介に近寄り、話しかけていたのだった。
広域はんい
2024-07-19 04:51:34 +0000 UTC8187521
2024-07-18 11:04:01 +0000 UTC