外では、ヒールを打ち鳴らす音が反響している。
ジョロジョロと水が水面を叩きつけている音と、勢いのある水が流れゆく音も。
個室内を使用していた人間の、退室していく足音。
それらは先に使用をしていた者の順に、複数あるそれぞれの個室から遠ざかっていく。
すべき事を終え――この場にはもう用が無くなったゆえ。
「ハァ……ハァ……ぅぅ…………」
真っ白く艶やかな陶器の中、与えられた役割を終えたばかりの男――『塩木 克久』(しおき かつひさ)は、一人そこにいた。
彼みたいな人間が、何十人もの入る広い陶器の中でただ一人、内部から少し飛び出た “突起物” の上に置かれて。
それは彼だけではない。
実は他にも、別の陶器の中に置かれた “男達 ” がいる。
一列に並んだ五つの個室の中、それぞれ一人づつ、皆、同じ仕事を与えられて。
「ああ、蓋が……」
使用者がいなくなったがゆえ、備え付けられている天板が自動で落ちてきた。
目的は、陶器の上部全てを覆い蓋をし、埃などの付着を防ぐためだ。
唯一陶器の中から見られた外の景色。
蓋をしたそのせいで、彼はまた密閉された陶器の中に閉じ込められてしまい、見られなくなってしまった。
次に外の景色を拝める時は、ここを使用しに来るお客様がお見えになられた時。
その時だけ、どうぞと招くように自動で蓋が開く。
「ハハ……アハハハ……。 いつもの事だが惨めだな、あまりにも……。 私は、機械にすら人間として認識されていないのだと思うと」
彼、塩木だけではない。 五つの個室にある陶器に置かれた者達も、機械だけではなく “人” からも人間として扱われていない。 見られてすらもいない。
ここを使用しにくるお客様は、性別は違えど同じ人間同士であるというのにだ。
~ 何故か? ~
ひとえに彼らは、この場所の “備品” となり置かれている存在だからだ。
使うために備え付けられた “人間の役立つ道具” として。
だから、ここを使いにくる使用者は当たり前に使う。
彼らを道具として、容赦なく……。
この、デパートに似た “化粧室という広い便所” ――そのものを使いに。
そう、彼らはトイレの備品とされてここにいるのであった。
個室にある、それぞれの便器の中に一人づつ置かれて。
お客様であられるご淑女様方は、そんな彼らが入っている便器を当然の如くご使用なされる。
腰を落とし跨り、体内で熟成された不要な物を出すものを出して、無遠慮に。
本来なら、異性に化粧室でいたす行為を見られるなんて、とてつもない恥を感じるものだ。 人によっては立ち直れなくすらなるだろう。
なのに……なのに、何食わぬ顔をして平気でいたすのだ。
――排泄という行為を。
そんな光景を目の前で見せられ、誰が思おうか。
男性として――いや、同じ人間として見られていると……。
思う訳がない。 思える訳がない。
ましてや、ご淑女様方は見せるだけじゃなく、彼らを――異性の男性を後始末の道具としてご使用されるのだから。
「同じ人ではないか……私も。 うぅ……どうしてこんな目に……」
彼は、これまでこの場を使用するご淑女様方同様、同じ人として生きていた人間だ。
寧ろ、使用者のほとんどのご淑女様方よりも立場は上の人間で、優雅な生活をしていた。
ここで小さくされる前までは……。
_過去を思い耽る_
塩木 克久は元々政治家として、国の為に働いていた人物である。
政権を握っている政党に属し、回りからは先生と呼ばれ、人よりも特別な待遇を受けて生きていた者だ。
政治家になった当初は、これほどの待遇を受けていいのかと本気で思っていた。
なぜなら接待などの会食では、高級な料亭で飯を食らい、何を言わずとも回りから美しい人をあてがわれ、欲のままに先輩議員の遊ぶ姿を目にしていたからだ。
それも、国の金を使って……。
だからまず、国の貢献として彼は変えようと思った。 腐りきったこれらを、変えなければならぬと確かに決意していた。
だがしかし、長く政治家として働くにつれ、彼もまた、かの先輩議員と同じく腐ってしまっていた。
他の者が自分に媚びへつらう優越感。 一般よりも多く懐に入る金銭的収入。 それに、夜の遊ぶ金は、たった一枚の紙に国の仕事として偽証して提出すれば、懐を減らす事なく全て出されてきたのだから。
――全てが順風満帆。
ゆえにこそ、驕り高ぶり、かの強い決意は心の内から消えてしまっていた。
全てではないが、多くの人は……立場が変われば簡単に変化するもの。
彼もまた、欲にまみれた立場に身をおきすぎたがために、変わってしまったのだ。
傲慢不遜な者へと……。
……だからだろう、傲慢不遜な態度で生きてきたからこそ、贅沢の終わりを突如迎える事となる。
秘書への、セクハラの訴えを皮切りに。
『塩木議員! 秘書へのセクハラの件の他にも、国費を使って遊んでいたというのは事実でしょうか!』
『両方ともそんな事実はない! 私は国のために働いてきたんだぞ! 不快だ、失礼する!』
『あ、塩木議員! 待ってください‼』
日々、後を追ってくるマスメディア。
塩木は、そんなマスメディアを一蹴する。
自信があったからだ。 セクハラの証拠や、また国費を使って遊んでいた証拠は何処にもあるはずがないのだと。
……しかし、次から次へと証拠が出てきて世間に晒される事になってしまった。
秘書の臀部を触りながら執拗に迫っている映像や、横領をしていたその証拠まで。
――全て、秘書が証拠を集めてやった事だ。
『私は、塩木議員の担当秘書に就いた際、変えなければならないと思ったのです。 私利私欲に好き勝手をする、塩木議員のような方々を世間に知ってもらって、彼等に本当にこのまま国の事を任せていいのかと、皆様に問いたかったのです』
『安藤さん、 “彼等” とおっしゃっておられましたが、他にも塩木議員のような方がいるという事ですか⁉』
『……ええ、はい。 情けない事ですが、他にもいらっしゃられております。 ですが証拠は全て集めております。 これまで何をしていたのか、全て民衆の白日の下に出させてもらうつもりにしておりますわ』
自信ありありとテレビに映る、長髪で眼鏡をかけた綺麗な女性。
塩木の目には、元秘書である彼女の姿が眩しく映っていた。
――腐敗した世を正すという本来自分がしたかった事を、彼女はやってのけたのだから。
だけど同時に、今の自分の姿に落胆した。
何処で……何処から自分は進む道を間違ってしまったのだろうと、かの御方の御前(おんまえ)で伏して土下座をている自分の姿を思いながら。
『涼子や、中々気概のある娘じゃと思わんかのう? 我の好むタイプじゃ』
『彼女の名は『安藤 菜穂』(あんどう なほ)。 資料によると、当店をご贔屓にしてくださっているお客様ですね』
手に持つバインダーに挟んだ資料から視線を外し、『渚 涼子』は高級な黒い椅子に深々と座っている、着物を着た幼女に視線を移す。
『ほう、そうであったか。 じゃがしかしまあ、堅物そうに見えて……ふふ、やる事はやっておるか。 誠、人は見かけに寄らぬものよのう』
行ったり来たり左右に椅子を回し、実に楽し気にクツクツ笑う『白銀 いちび』。
その姿につられ、この一室に左右並んで集まっている、六人の若い娘達も笑う。
向かって尤も白銀の位置に近い右側に立っている渚 涼子からはじめ、『月城 梨沙』『小泉 綾女』。 そして、左側に立つ『奥村 香』『マリア・ホーキンス』『高円寺 ひよこ』の、絶世の美女達がクスクスと。
そんな彼女達の間で、塩木を含む “五人の男達” は顔面蒼白にして土下座をさせられていた。
ただただ黙って、床に額を擦りつけて。
『して涼子、この娘がここのマッサージを堪能しておるということは、当然この安藤 菜穂という娘も、我のパーティーに招待しておるのじゃろうな?』
『ええ、もちろん招待しているはずです。 ご贔屓にして下ってる方全員に、招待状を送ってますから。 えっと、少々お待ちを……ああ、参加者名簿の上の欄に名前が記載しておりますね。 どうやら早くにご参加下さるとお返事を頂いていたようです』
『クククッ……そうかそうか♪ 会うのが楽しみじゃ。 それはそうと――さて、我の前におるこのゴミ共の処分はどうするべきかの』
白銀 いちびの底冷えしそうな冷たい声色に、男達は土下座をしたままビクリと体を震わせる。
全員誰もが油汗を掻いていた。 止めたくても止まらない、恐怖を感じてるがゆえの冷や汗を。
何故なら知っているからだ。
国の組織の中核にいたからこそ、ここでの処分方を。
だから恐怖して震えている。
国の最上位に席を持つ白銀 いちびが処分と言ったら、彼等なんて簡単に消せる存在であらせられるため。
『Oh……だったらたまにはマリア、ペンちゃんの新鮮な目がほしいデス』
『あっ! ズルイ! それなら私も新しいお洋服を作るために素材がほしいですよ~』
『いいわね! だったら私は勃起させた生の材料を使って固めた、玩具を作ってみたいわ。 本物の生の感触……うんっ! ウケると思うわ♪』
『なら余った材料で何か美味しい物を作ろうかなぁ……。 お肉料理になるけど、皆はどんな物が食べたい?』
悍ましい事を何とも楽しそうに話す若い娘達。
男達の目の前で、その処分の仕方を笑って話し合っているのだった。
『こらっあなた達、勝手に処分の話を進めないの! これらは当然お店の役立つ物、自慰用性具にするに決まっているでしょう?』
『Oh……まじデスか……』
『そんな! 横暴だわッ!』
涼子の一喝に、先ほど盛り上がっていたのは嘘のようにしょんぼりしだす娘達。
『え~いいじゃないですか、たまには新鮮な素材をくれても……』
香に至っては、ブーブー小声で文句を言っている。
『あのね、パーティーで在庫の小人を大量に消費するのよ? 新しくお店に商品を補充しておかないと駄目に決まっているでしょう』
『それはそうですけど……でも渚先輩、私は嫌ですよ? このおじ様達を一から調教するのは。 素材にするのは別だけど、身体に触らせる淫具としては使いたくないです。 なんだか油まみれで汚いですもん』
香の言葉に、娘達全員がウンウンと首を縦に振る。
皆も同じ気持ちのようだ。
『ハァ……あなた達は本当にもう……。 仕事なのよ? 我慢して割り切りなさい』
『そこまで言うナラ、ではリョウコに調教をお願いシテもよいデスか?』
『嫌よ、何でこれを私が……』
嫌だ嫌だと言って押し付け合う娘。
馬鹿にされているのに男らは怒ることも出来ず、自分の身の行く末を聞いているしか出来ない。
いくら世間では男達が立場の上の存在であっても、この娘達は白銀 いちびが選んだ人物。
いわば寵愛を授けている側近と言ってもいい。
――だから実際の所、男達よりも立場は上なのだ。
それは現政治家のどの者よりも。
そんな娘達が塩木達を押し付け合っている中、黙って話を聞いていた一人の娘が声を上げた。
『――あの、でしたら渚さん、私に考えがあるのですが』
『あら、何か良い案があるのかしら? 高円寺さん』
『はい、えっとですね、実はパーティ会場となる同階の化粧室なんですが、 “備品” が古く汚くなっていまして、この際、全部取り替えようかなと考えていたんです。 ですので “汚く古い備品は全部処分” して、出来ればこれ等を使わせてもらえないかなと……』
『ああ、そういえば汚かったわね……』
『はい、それはもう……。 パーティーの時、お客様が必ず使われる場所ですから、見たら嫌悪感を抱かれるはずです。 だからどうでしょう? 化粧室の備品にするのは』
『なるほど……そうね……』
渚は顎に手を当てて考える。 他に、この者らを有効活用できる方法はないのかと。
『渚、私はひよこの案に賛成よ。 いいじゃない、化粧室の新しい備品。 お客様も喜ばれると思うわ』
『ああ、お姉さまぁ❤』
いち早く賛成したのは綾女だった。 そんな綾女に、ひよこは目を輝かせて見つめている。 いや、お互い見つめ合っている。
『まあ、確かに高円寺さんの言う通り、化粧室の備品が小汚ければ、お越し下さるお客様に申し訳ないわね。 私も賛成だけど、皆もそれでいいかしら?』
『素材に出来ないのは残念だけど、いいですよ~』
『マリアもイロンはありマセン』
『うん、私もいいわよ。 化粧室の備品なら、わざわざ私達が調教しなくてもお仕事は出来るからね。 ただ汚れた箇所を舐めるだけだし』
娘達全員がひよこの案に頷く。 満場一致である。
『白銀様、これらの処分は化粧室の備品とする――という考えで決まりましたが、宜しいですか?』
何も喋らず見守っていたいちびに確認をとる渚。
店の決め事を話し合う際、必ずいちびは口を挟まないからだ。
これは、いちびが方向性を示すと、必ず渚達はその方向へ動いてしまうからである。
『ふむ、この者らには似合いの処分方じゃな。 ククッ♪ お主らはしっかりと反省するがよい、特にお主はな。 仄暗い底の中で、自分がセクハラをした娘達の臀部に詫び続けるがよい』
『臀部って……そんな……白銀様、どうかお許しを……』
『今更後悔しても遅いわ。 じゃがまあ、働き次第では出してもらえるかもしれんぞ? お主らを使う客人に気に入られたらじゃが』
『き、気に入ってもらえれば助けてもらえるのですか⁉』
『じゃな、気に入られれば化粧室の備品という立場から解放してやろう。 じゃから誠心誠意、真心込めて尽くすんじゃぞ』
『――ああ、ありがとうございます! 精一杯努めさせて頂きます!』
『うむ! さて渚、もうよいぞ』
『ええ、かしこまりました』
『うぁぁ……ぁぁ……』
赤い液体の入った注射器を持って、近づいてくる娘達。
『おじ様、ちょっとだけチクってしますからね~』
そんな声と、首筋に刺される痛みと共に、塩木の視界は暗闇に包まれていったのだった。
………………
…………
……