「おーいっ! ああ、良かった、こちらにいらしたんですね。 探しましたよ茂さん」
「ひ、広斗! お前も無事だったんだな!」
「ええ、いつもの事ですから」
心配気に俺をみつめる広斗。
わざわざ俺を探してくれていたらしく、それがたまらなく嬉しい。
また先ほどまで抱いていた恐怖が、広斗と出会っただけで和らいでいく。
「いつもの事? じゃ、じゃあ! 広斗はこの場所が何処だか分かっているのか?」
「もちろん分かっていますよ。 ここはですね、あの裸になったご婦人様のお身体の上なんですよ。 どうやら今、私達はお腹の辺りにいるみたいですね。 ほら、あそこに大きな穴が見えますでしょう? あれはご婦人様のおへその穴なんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺達が今いる場所は、あの女の身体の……腹の上だって⁉ それにへそ……? あ、あの大きな穴がかっ⁉」
広斗が見ている方向へ目を向けると、落ちたら登れなさそうな、大きくて深い円形の穴がぽっかりと空いていた。
彼が言うには、これはあの女のただのへそらしい。
普通なら冗談だと思える話。 とても信じられない事。
――でも、俺は信じざる負えない。
……この広大な肌色の地面だと思っていたものが、女の身体の上であったとしても。
なにせ、間近で自分とこの女の対比を見てしまったからだ。
だから、ありえなくはないのだと、すんなりと信じてしまっている。
どうしようもなく……どうしようもなく。
「っと、皆さんは先に向かい始めたようですね。 私達も急ぎましょうか」
俺や広斗以外の幽鬼のように立っていただけの奴らは、何故だか歩き始めていた。
同じ方向へ向かって、とぼとぼと……。
「どこに向かっているんだ……あいつらは」
「ああ、皆さんはあそこに向かって歩いているのですよ」
広斗が指さす先には、霧がかった二つの山が見える。
とても立派な、肌色の双山が。
「な、なんだあの山……」
「あはは、茂さん、始めて見た時の私と同じ反応をしますね。 でも、あれは山ではないんです。 人間の胸なんですよ。 つまり発育したご婦人様のおっぱいですね」
「お、おぱっ……ああ、そうか……」
山だと思っていたものが女の胸だと聞き、そして納得する。
自分の体の大きさからしたら、女の胸が山だと思えてしまうのは仕方がないから。
実際にへその穴や胸と自分を比べてみて、なおさら実感させられる。
自分は如何に、小さく……小さくされてしまっているのかと。
「そんな事よりも茂さん、私達も急ぎましょう」
「は? 急ぐってどこへ」
「ですからあのおっぱいの頂きにですよ。 私達はまずあの頂きにて、ご婦人様にお仕えしなければなりませんから」
そう言って広斗は歩いていく。
「――ちょっ! 待ってくれ!」
お仕えするという言葉の意味を分かってはいないが、慌てて俺も広斗の後を追う。
こんな所に一人取り残されるのはごめんだからだ。
ネチャァ……ネチャァァ…………
一歩、一歩と、肌色の地面を歩く。 急ぎ足で広斗の後を追って。
だが、マッサージをする時に塗られていたクリームが、肌色の地面を踏むたびに纏わりついてくる。
足を持ち上げれば糸を引くためかなり歩き辛い。 また、地面が上下に揺れ動くのでバランスを崩されそうにもなる。
だというのに、クリームにまみれた肌の上を、先々進んでいってしまう広斗。
こちとら全力で頑張っているのに、徐々に差をつけられ広斗の後ろ姿が離れていってしまう。
「ひ、広斗! ほんと待ってくれ! 何でそんなに早く歩けるんだよ」
「ああ、すみません、私は慣れていますから。 茂さんも歩くコツを掴めばすぐに慣れますよ。 それよりもほら、早くこちらへ」
「わ、分かった。 てか、慣れるって……」
広斗は立ち止まって手招きしてくれている。
俺は急いで広斗の元へ向かおうとするのだが――その途中、
《た……す……け》 《だ……し……て……》
自分が立っている真下の地面の中から、けたたましい怪物の鳴き声と、人の苦しむ消え入りそうな声が聞こえてきたのであった。
「ウワァァァッ! な、何だッ⁉」
「……どうやらお腹の音みたいですね」
「――腹の音⁉ これがか? いや、それよりも、腹の音に混じって人の声のようなものが聞こえていたんだが……まさか」
「……私の口から言いたくはありませんが、茂さんが想像されている通りですよ」
広斗は気にしている様子はなく、真っすぐ前だけを向いてスタスタ歩いていく。
いや、気にしているからこそ見ないようにしているのだろう。
何故なら俺達が歩いているこの肌色の地面の下には、おそらく俺と同じように小さくされた人間が生きたまま飲み込まれ、溶かされようとしているのだから。
グツグツと煮えたぎる消化液に浸され、この巨人の身体の一部にされようと……。
ああ、考えるだけで悍ましくて恐ろしくなる。
本当に、本当に女からすれば俺達なんて、同じ人としてまったく見られていないんだと強烈に実感させられる。
限に女は人を食べ――まさに今、身体の栄養にしようとしているのだから。
「茂さん、もう少し歩く速度を上げましょうか」
「あ、ああ……」
黙って後について歩く。
両手で声が聞こえないよう耳を塞ぎ、広斗と同様、真っすぐ前を向いて。
これ以上、考えたくなかったからだ。
人が…… “この中” でどうなっていっているのかを。
――この後、俺と広斗はお互い黙りこくって、目的の “山” まで無心で歩いていったのだった。
………………
…………
……
「……黒い点々が胸元に集まってきてる」
「ふふ、モルちゃん達は花園様のお胸を目指して歩いてきたのですよ。 お腹の辺りから一生懸命に」
「へ、へえ~。 それにしても……うふふ♪ こうして見てると何だか健気に思えてきますね。 ちょっと可愛い」
仰向けに寝た姿勢で頭だけを持ち上げ、自分の身体を歩く茂達を微笑ましそうに見つめる弥生。
だがその微笑む表情には、どこか哀れみも含まれているように見える。
「うん、全員胸元に来れたみたいですね。 それでは花園様、モルちゃん達のお仕事が終わる頃には声をかけに戻りますので、楽な体勢のままごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「はい」
「あ、胸が終わりましたら次は下腹部の方に向かってモルちゃん達は動きますので、申し訳ありませんがその際、股を広げて待ってあげてください。 そうしてあげますと、モルちゃん達の方もお仕事がしやすくなりますので」
「股を広げてあげるだけでいいんですね? わかりました」
ペコリと一礼をして退室していく香。
個室内には人ひとり。
弥生はゆっくりと持ち上げていた頭を枕にあずけてゆく。
静寂に包まれた室内には、コチ……コチ……という時計の音と、弥生の息遣いが聞こえている。 稀に、ゴポリッ! という腹鳴りの音も。
それ以外には弥生の耳には聞こえていない。 耳奥にまで届きやしていない。
こうしてゆったりと寛いでいる弥生の胸元で、今現在も茂と広斗は会話をし、喋っているというのに……。
………………
…………
……
「茂さん、もう少しですので頑張りましょう。 あとはこのおっぱいを登ればいいだけですから」
「ハァハァ……嘘だろ? こ、こんな高い山みたいなおっぱいを登れっていうのか?」
俺達は胸と胸の間、つまりおっぱいの谷間の位置にまで来ていた。
そこから見上げるおっぱいは高く……高く聳え、本当に山みたいだ。
こんな山を広斗は、今から登ると言っている。
「いやいや、無理だろ! それに――うぶぁッ! こんな強風の中でどうやって登れっていうんだよ」
勢いのある強風に煽られながら、広斗に向けて叫ぶ。
この胸の谷間を吹き抜ける風。 ブゴォッ! ブゴォッ! と、ひっきりなしに突風を巻き上げている。
俺にはもう、この風の正体が何処から来ているのかは理解している。
そしてこの風の正体がなんであるのかも。
――そうこれは、ただの “女の鼻息” であると。
「絶対に無理だって! うッ! くぅぅ! 体が飛ばされてしまう!」
「大丈夫ですから茂さんもこっちへ来ておっぱいに掴まってください。 ほら、あの人達はもう登り始めていますよ」
見ると、確かに俺と広斗以外は、おっぱいにしがみ付いて登り始めていた。
早い奴で、既におっぱいの中腹あたりまで登っている奴もいる。
「先ほどご婦人様のお身体に塗られていたクリームのおかげで、私達の体がご婦人様のお肌にくっつき、案外飛ばされやしないんです。 嘘ではないですから早くこちらへ」
「わ、わかった! うぅ――ぐぅぅッ」
あまりの強風に煽られるため、俺は両膝をついて赤ん坊みたく広斗の元へと向かう。
そんな中、地面からは俺の体を少し跳ねさせる震動がしている事に、今さらながらに気付く。
と、規則正しいリズムで。
「うわぁぁ……」
一定の間隔で、足下から太鼓を打ち慣らすような震動が伝わる。
これは人間の心臓の音だ。 生きている証であるただの鼓動の音なのだろう。
だが、それが執拗に生々しさを突きつけてくる。
女の人体の活動が、どれほど恐ろしいのかを。
これは、人間が意識をせずとも勝手に活動し動いている物。
されど今の自分には、その心臓の鼓動だけで体を跳ねさせられている。
思い出す。 思い出してしまう。
そんな人間が意識していない人体の活動に、襲われていた者達の事を。
――体内の中で、じっくりと溶かされつつあった者達の事を……。
「さあ、行きましょう茂さん。 こうして体をおっぱいにくっつけて登っていくんです」
怯え、左胸に辿りついた俺に、隣にいる広斗は登り方を実演して見せてくれている。
身振り手振り、手でのしがみ付き方や足の置き方まで。
こうすれば簡単に登れるからと言って。
俺も広斗の真似をして、おっぱいに体をひっつけて登りはじめる。
最初の内は体の動かし方に苦戦していたが、段々と慣れだしてきた。
「おお、上手いですね。 どうです? 別に風で飛ばされはしませんし、案外簡単でしょう?」
「ハァハァ……そ、そうだな……」
体力をかなり使うが、自分でも驚くほど簡単に登れていた。
下から見上げれば山のように高さがあって、登るのは絶対に無理だと思っていたのに、気付けばもう、おっぱいの中腹にまで登ってこれている。
「後少しで頂上ですよ。 茂さん、がんばりましょう」
「あ……ああッ!」
広斗から激励をもらいつつ、俺は一生懸命登っていく。
無我夢中に――速度を上げてただひたすらと。
その甲斐あってか、やっと俺は山の頂上まで辿り着ける事ができたのだった。
「よ、よし……やったぞぉ! 登りきる事ができたぁ!」
「始めてですのにすごいですよ、茂さん。 私なんて最初は登るのに相当苦戦していたんですから。 ほら、手をどうぞ」
「ありがとう! これも広斗の教え方が上手かったおかげだ。 いう通りに体を動かせば、スムーズに登っていけたからな。 ――よっと!」
差し出された手に掴まって立ち上がらせてもらい、何気なしに頂上からの景色を見回す。
そして、見て――改めて実感させられたのだった。
俺が長い道のりを歩いてきたこの場所――全てが、女の身体の上だったって事に。
「ハハ……ハ……別に広斗が嘘をついているとは思ってはいなかったが、まじで裸になった女の身体の上を歩いていたんだな」
「ええ、そうですよ」
おっぱいの頂上から見下ろす景色。
それは、先ほどまで俺達が歩いてきた所が一望できていた。
円を形作った大きな穴の開いたへそや、その更に向こうにある陰毛や太もも、ベッドの上に伸ばしている足の先まで。
また、ぐるりと向きを変えて眺めていくと、枕に頭を乗せて目を瞑っている、この身体の持ち主である巨人の顔がそこにあった。
鼻の穴奥から、尚も突風を巻き上げている女の顔が。
「どうやら向こう側の人達も全員登れたみたいですね」
「……ん? ああ、そうみたいだな」
広斗が言う向こう側とは、俺とは反対の山を登っていた奴らの事だ。
つまりは、右側の大きなおっぱいの山……。
「なあ……広斗、あいつらは何をしているんだ?」
そんな右側の山を登った奴らは、全員が一ヶ所に集まり、しゃがんで地面を触っていた。 時には舐めたりをして……。
「私達が喋っている間に、皆始められたようですね。 ああ、こちら側にいる人も始めてしまっています」
見ると、こっちの山にいる奴らも集まり、全員しゃがんで地面を這いながら触っている。 生気のまったくない表情で。
「茂さん、私達も向かいましょう」
「向かうって?」
何も答えず、広斗はまた勝手にスタスタ歩きだす。
「――あ! おいっ!」
慌てて後を追う。
そして、後を追って俺が辿りついた先――そこは、
「こ、これは……」
気色の悪い大きな紅色をした塊の――すぐ傍であった。
______________________________________
読んでいただき、ありがとうございます!
Twitterでも報告させてもらいましたが、今回、中編となってしまい申し訳ございません。
次回でマイクロモルモットのお話は終わりとなりますので、モル達の世界を引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです('ω')