「花園様、予防の前にマッサージを始めさせていただきますので、どうぞこちらのベッドに仰向けになってください」
「はい」
巨体が轟々と唸りを上げて動き出す。
ガタガタ鳴り響くガラスの器。
弥生はただその場から、背を向けただけだというのに。
「うあ……あ……」
一歩、また一歩と、とてつもない地響きを上げてベッドに向かって歩く女。
その歩く動作に、深い谷間を作った大きなお尻が形を変え、脂肪という肉をなみなみと揺らす。
まるで見せつけるように……悠々と――自慢気に。
「んっ……しょっ」
そして弥生はベッドにその巨大なお尻を無遠慮に乗せた。
そのせいで、ベッドはへこみ、大きく軋む音が鳴る。
ありえないほど深く、深く変形せしめて……。
いったいどれほどの重量があるというのか。
間違いなく、今の茂の上に座られでもしたら、簡単に潰されてしまうだろう。
それは彼だけではなく、このガラスの器の中にいる人間全てにおいて。
座られただけで一気に……全員、一瞬で弥生の尻のシミとなる。
そして、なみなみと揺れ動いていたこの女の尻の一部とされてしまうだろう。
座った本人にも気付かれもしない微小なシミとなり――尻の脂肪と無理やり同化させられてしまうのだ……。
「では、クリームを塗りながらお身体をほぐしますね~。 最初の内だけひんやりとしちゃいますが、少しだけ我慢してくださいね」
「はい、分かりました」
香りは白いチューブからクリームを手の平に押し出し、ベッドに仰向けに寝転がった弥生の身体に塗っていく。
同じ人間であるはずの男を溶かして作ったクリームを、満遍なく弥生の柔肌に伸ばし、揉みほぐすように。
………………
…………
……
「な、なんだ? 何をしているんだ……こいつらは…………」
突如始まった巨人達の奇行に、呆然となって呟く。
同性であるはずのスーツを着た香が、裸になった弥生の肌に触ったりして、至る所を揉んだりしていたからだ。
顔や耳や首元、脇の下や大きく膨らんだ胸にまでも。
「スーツを着られた職員様がおっしゃられていたでしょう? マッサージをされているのですよ。 この裸になられているご婦人様はお客様でいらっしゃいますから」
「マッサージって……何でいきなり俺達の目の前でそんな事を……」
「何でって、それはここがご婦人様方のマッサージをされる場所……ですから」
「……マッサージをされる場所」
茂は改めて視線を巨人達の方へ向けると、香は太ももから足の先にまで、クリームを伸ばしながら肌を揉んでいる。
変わって一糸纏わぬ姿となった弥生は、仰向けに寝ながら楽な体勢でそれらを受け入れている。
「花園様、お背中の方もクリームを塗らさせていただきますので、うつ伏せになられてください」
「はい」
それはもう悠々とした姿で……。
広斗のいう通り、確かにマッサージをしているみたいだった。
「な、なあ広斗、この裸の女は客だと言ったよな? なら俺達の居るここは……巷にあるような “マッサージ店” だというのか?」
「うーん、マッサージ店とは少し違うと思いますが、お店という意味では合ってるかと思います。 日に何人ものご婦人様がこの場所へお越しになられますから」
「な、何人もだってッ⁉ おいおい……待ってくれ……。 こんな巨人の女がまだまだこの場所へ来るっていうのかよ」
「ええ、そうです、此処には様々な年齢層の方が来られますよ。 学生服を着られた年若いお方から、私よりも年上であろう四十代らしきご婦人の方まで、主に私達を使うためにお越しになられます」
神妙な面持ちで答える広斗の姿に、茂は苛立ちをおぼえる。
「なあ、いい加減にしてくれよ! さっきから俺達は道具として見られるとか、使うとか言って。 いったいこれからあの女達に何をされるんだよ! 教えてくれよ……怖いんだよ……」
「ああ、すみません……怖がらせるつもりではなかったんです。 ただ私は茂さんにショックをあまり受けないよう、予め知っておいてもらいたくて。 これからあなたが体験するのは、どうしても脳が否定してしまうほどの、信じられない出来事ばかりですので……」
広斗はあえて茂に伝える情報を濁していた。
それは、自分の口からはっきりと言いたくなかったからだ。
声に出してしまうと、自分が人間の女にどういった用途で使われる惨めな存在にされてしまっているのか、改めて深く実感してしまうため。
そう、自分の心を守るためにそうしていたのだ。
これ以上心が傷ついてしまうとどうなるのかを、自分でなんとなく感じていたから。
生気のないまま人形のように立つ――彼らのようになってしまうと。
だけど、何も知らないまま使われてしまうのは可哀想だと思い、広斗は “道具とされる” や “使われる” といった情報だけを伝えていた。
それさえ知っていれば、幾分かショックを和らげるだろうと思って。
これは、広斗にとっての事情であり、他社へ向ける人間らしい優しさである。
だが、そんな思いを分かるはずもない茂は――
「だったら教えてくれ! そんな勿体ぶらずに!」
広斗に詰め寄るのであった。
「申し訳ございません、私の口からはどうしても言葉にして言いたくないんです。 それに、私がもう茂さんに教えずともすぐに分かりますから。 ほら、どうやらもう、マッサージは終わってしまったようですよ」
申し訳なさそうな表情をして広斗は巨人達の方に視線を向ける。
つられて見ると、彼の言う通りマッサージは終わりを迎えていたのであった。
「花園様、お背中の方も塗り終わりましたので、もう一度仰向けになられてください」
「はい、わかりました」
ゆっくりと仰向けになっていく弥生。
その身体は、クリームによって照かり輝いてる。
「最後にもう一度お胸の先端や股間に塗りなおしますので、失礼しますね」
「は、はい……。 んぅっ」
そう言って香は、残り僅かとなったクリームをチューブから押し出し、弥生の乳首や陰部、そしてお尻の穴周りに丁寧に塗っていく。
おかげで、チューブはすっかりと板のように細くなってしまった。
全てを使い切ってしまったせいで……。
「さて、全部塗り終わりましたよ~。 どこかお身体に痛みとかは感じたりしていませんか?」
「ええ……はい、痛みとかは感じませんが、ちょっと……あの…………んぅ」
両の太ももをギュッと閉じ、モジモジと股を擦りつけている弥生。
頬は赤く、艶っぽい声を出して、どこか性的興奮を覚えているみたいだ。
「ああ、それはお肌がクリームを吸収している証ですね。 身体に害はない、至って “普通の反応” ですので大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
香は空になったチューブを机の上に置きつつ、なんて事もないみたく話す。
弥生の今の状態は、その体――全身に余すことなくクリームを塗られた姿。
いわば人一人の男を、裸体に纏った姿である。
このクリーム自体が、一人の人間の男を溶かし、作られたものであるがゆえ。
クリームとされた男は、最近まで確かに生きて生活していた。
弥生や香と同じく人間として。
歳は三十後半ぐらい。 この二人よりも、もっと長くこの世に生を受けて生きていた男。
もちろん名前もある人間だった者だ。
それが今やどうだ……。 あんまりな姿だ。
クリームとなりて女の……弥生の全身の肌に塗られた、もの言わぬ変わり果てた姿というのは。
誰が思おうか。
弥生の肌を照かり輝かせるこのクリームが人間なんだと。
――思う訳がない。
例え良く知る知人や家族であっても……絶対に。
「それでは、モルちゃんを使っての予防を始めさせていただきますね。 ただ、一つ注意して頂きたい点がありまして」
「注意ですか?」
「はい、決してご自分のお身体に触らないようにだけお願いします。 これから花園様のお身体に、モルちゃん達は触って微小な刺激を感じさせてしまいますので。 ですので掻く行為や股をこする行為等をしてしまいますと、モルちゃんは潰れちゃったりして死んじゃうんです」
「わ、分かりました! そうですよね、あんなに小さいのですし……気を付けます」
「ご不便をおかけして申し訳ございません。 それ以外でしたら、後は花園様のご自由にしていただいても構いませんので」
「おわぁぁぁッ!」
上空から開いた手が迫ると同時に、一気に茂の体に強烈な重力がかかった。
それは香が鷲掴みに、片手で彼のいる器を持ち上げたせいだ。
「う……が……ぁ…………」
立っていたのに瞬時に両膝をつかされ転ぶ。
また、呼吸や喋る事も満足に出来ない。 器の中にいる者全員がそうだ。
皆、等しく強烈な重力に襲われている。
外の景色は目まぐるしく移り変わる。
茂にはもはや何が起きているのか分らない。
地震よりも激しく揺れ動く器の中で、あちこち転がされ続けているのみ。
これは、ただ香りが机の上から弥生の元まで、器を持って移動しただけの事。
たったそれだけの行為に、茂は単に器の中で翻弄されていただけである。
「花園様、モルちゃん達をお身体に乗せさせていただきますね。 いきますよ~」
「ちょっ! ま、まじかッ!」
徐々に傾きはじめる器。
そのせいで、中にいる者は外へと転げ落ちていく。
生気のない者達から広斗までもポロポロと、香の手という高所から――器の外へ……。
「うぁぁぁぁぁッ!」
何とか器にしがみつき耐えていた茂。
だが、器は垂直よりもさらに傾けられていく。
その傾きに当然耐えられるはずもない。
……悲しいかな、頑張りは虚しく彼らと同様、滑りながら器の外へ埃みたく茂は落ちていくのであった。
………………
…………
……
「ぐっ……うぅ…………」
気付くと俺は、柔らかな地面に倒れていた。
どうやら高い場所から落下した衝撃で、気を失っていたようだ。
「痛っ……」
体に若干の痛みが走る。
だが、どこも怪我はしてはいなく、骨が折れてもいなさそうだ。
おそらくは、この柔らかな地面のおかげで怪我もせずに助かったのだろう。
「くっ……」
ゆっくりとその場から起き上がり、辺りを見回す。
自分と同じく落とされた他の奴らは、あちこちで二本の足で立ち上がり始めている様子が伺える。
とりあえずは皆、無事なようだ。
「しかし……ここはいったい」
目の前には、見渡す限り広大な……これまで一度も見たこともない肌色の景色が広がっていた。
なんというか、例えようのない未知の景色。
作り物であるテレビや映画などでも、これほどの景色はこれまでの人生で見たことがない。
また、この柔らかいぷにぷにとした肌色の地面。
一定の間隔で大きく地面は上下に揺さぶれ、また何故か熱を持っていて妙に生暖かい。
それにこの匂い。
目の前で裸になっていたあの巨人の匂いが強烈に香っている。
正直に言って、この得体の知れない全ての光景が気持ち悪くて仕方がない。
「くそう、ほんと何処なんだよ……ここは」
訳が分からず呆然と立ち尽くす。
変わらず広がる広大な肌色の地面からは、熱のせいでか霧が立ち昇り、遠く先の方の景色が視認しにくい。
正直言って俺は、こんな所を一人でやみくもに歩きたくない。
視界に映るもの全てが未知だという恐怖に、足が竦んで動けなくなってしまって……。
そんな立ち尽くす事しか出来ない俺に、聞き覚えのある、今、最も頼りにしている声が聞こえてきたのであった。