「う……ぁ…………」
眼前に重々しく聳える、ゴツゴツとした巨大な紅色の岩。
その表面層には、シワにまみれた一つ一つの塊が岩に集約し、異様な様相を形作っていた。
「な……あ……ぁ……」
かような紅色の岩から、恐る恐る視線を下に向けてゆく。
すると、いつの間にか俺の足下にある肌色の地面は、淡い桜色に変色していた。
「こ、これって……」
無論、誰に言われずとも、自分が立っている場所――そしてこの岩が何であるのかはもう気付いている。
今、自分が立っている場所は “乳輪” であり、そしてこの岩は人間の女の “乳首” であると。
だけど、気付いていても、到底人の乳首には見えない。 ――いや、思えなかった。
……あまりに、あまりにも、至近距離で見る女の乳首というものは悍ましく、そしてグロテスクであるため。
「な、なあ、乳首なんだよな? これ……」
「ええそうです。 とても信じられないでしょうが……まぎれもなくご婦人様の乳首ですよ。 私も始めて見た時は信じられない気持ちになったものです。 こうした小さな姿になってから見る人間の乳首は、こうも気持ち悪いなんて知りもしませんでしたから」
「ハ……ハハ………まったくだな」
堂々と存在感を示し誇る乳首を見上げながら、広斗の言葉に同意する。
ああ、見れば見るほど未だに信じられない。 現実離れした乳首の大きさに。
この地面にある乳輪の外周だけで、いったいどれほどの距離があるというのか。
はっきり言って、優に四~五百メートルぐらいはありそうだ。
ほんと馬鹿げた話だが、乳首の周りを全力で走ったとしても、きっと体力は続かないだろう。
「さて茂さん、そろそろ私達もご奉仕のお仕事を始めましょうか。 こうして喋っていては、一生懸命働いている彼らに申し訳ないですから。 ほら、私と同じようにすればいいので」
「あ、ああ……」
広斗はその場に跪いて、乳輪に纏わりつくダマになったクリームを手の平で伸ばし始める。
丁寧に丁寧に、まるでセメントを塗るが如く平らに広げて。
「やってみるか……」
俺も真似をして、ダマになっているクリームを塗り始める事にした。
満遍なく、平らに伸ばして。
するとどうだろうか……。
自分が塗り伸ばしたクリームが時間をかけ、じわじわ地面の中へ消えていくではないか。
「え? どうなってんだ……なんでクリームが……」
「あはは、驚かれたでしょう。 どういった原理でこんな風になっているのか分かりませんが、これは、ご婦人様のお肌がクリームを体内に取り入れられておられるのですよ。 考えうるに、私達の小さな手でクリームを平に伸ばす事で、おそらく肌にある小さな穴から吸いやすくなっているのではないかと」
「は――はい? いやいや、吸ってるだって? んな馬鹿な」
「信じられないのであれば、改めてクリームを塗ってみたら如何ですか? 無くなっていく様子を御覧になっていれば、本当に吸っているのだと分かりますから」
「わ、わかった」
試しにもう一度平らに伸ばして塗ってみる。
すると先ほど見た光景と同じに、じわじわと塗ったクリームが少しづつ乳輪の中へと消えていく。
まるで渇いた砂漠に水を垂らしたが如く、あたかも吸っているかのように……。
「う……わ」
「ね、私の言った通りでしょう?」
「ああ……そうだな」
もう、俺が塗ったクリームは無くなりつつあった。
この乳輪が吸ったのだと、流石にそう信じるしかない。
実際に、クリームが乳輪の中へ消えていく様を見たがために。
――これは、自慰用性具で作られたクリームだからこその現象である。
自慰用性具が持つ再生能力が、溶かされてもなお活動し、女性の体の細胞に同化しようと動いているため。
つまりは、別に乳輪が吸っている訳ではないのだ。
男を溶かして作られたクリームが、自ずと女の肌穴の中へ入っていっているだけである。
そこにはなんら男の意思なんてものはなく……。
「どうです? これが私達の与えられた仕事なんです。 こうしてクリームを塗りこむだけの……ね」
「なんだよそれ……こんなの、ほっといたら勝手にこの女の肌が吸収していくんじゃないのか? 別にわざわざ俺達が塗らなくても良いだろうがよ! やってる事ってまったくの無意味じゃないか!」
「いいえ、確かにある程度は自然にお肌の中へ吸収されていきます。 ですが、人間の職員様の指だけではどうしてもムラができてしまい、吸収しにくい箇所が出来てしまうみたいなのですよ。 なので私達がムラとなる元――ダマになった塊を薄く伸ばし、お肌に吸収しやすくしているのです。 だから安心してください、私達がしている事は、決して無意味なんかじゃありませんから」
「無意味じゃないって……じゃあなんだ? 俺はこのようにクリームを塗る――たったそれだけの理由だけで小さくされたっていうのかよ!」
「ええ、残念ながらそうですね。 今の私達は、こういった用途――美容に使われるためだけに生かされ、生きている存在ですから。 おそらくは、死ぬまで……」
「美容って……そんな、そんなのって――」
これからの生涯、ずっと女の身体に使われて生きていくしかないという言葉にショックを受ける。
――余りに惨めすぎるからだ。
同じ人間であるはずの女の乳首に群がり、これからずっと微生物みたく生きていくのは。
「ああ、そうか……だからあいつらは」
ふと思い至る。
無言で女の乳輪にクリームを塗っている男達が、何故幽鬼のような生気のない表情をしていたのかを。
広斗は言っていた。
~彼らは、自分が人間であるのを忘れてしまったと。
ああ、わかる……。
今なら、どうして彼らがそうなっていたのか痛いほど分かってしまう。
――きっと心が耐えられなかったんだ。
同じ人間である女に、日々、美容のために使われる続ける惨めな現実に。
だから壊れたんだ。 精神が……人間としての感情が。
「ぁ……ぅ……ぁ…………」
か細くうめき声を上げ、そんな状態になっても動いている男達。
おそらくこれは、女の身体に使い続けられたからこその、考えずとも動く習慣となった行動。
――だからこそ、俺の体はとてつもない恐怖に震えだす。
何故なら、あんな状態になってもまだ動いている彼らの姿は、女の身体にクリームを塗るためだけの用途に使う、まさに意思のない道具――そのものにしか見えなかったからだ。
かような道具に、いつかは自分もなってしまうのじゃなかろうかと思って……。
「――うッ……ウプッ!」
あまりの恐怖にまた嘔吐く。
胃から口の中まで溢れ出た吐瀉物を、外に零れないよう慌てて手で塞いで飲み込む。
そんな状態の俺に、心配してか広斗が声をかけてくれた。
「茂さん、あまり深く考えない方が良いですよ。 考えすぎると反って心にダメージを負いますから。 ですので今は、やるべきことに集中しましょう。 そうすれば幾分か楽になりますので」
「……ああ、分かった」
この後、言われた通りに俺は何も考えないよう極力努めながら、会話をする事もなく黙々と、女の乳輪にクリームを塗り伸ばす作業に没頭する。
「はぁ……はぁ……んっ…………くはぁ」
俺達が立っている、この山の主の吐息が荒くなっていようが、それすら無視し、無心になって。
これは現実逃避だと、ただ現実から目を背けているだけだと――自分自身、知りつつも。
………………
…………
……
~それからしばらく経ち。
「ふぅ~茂さん、もうそのぐらいで宜しいですよ」
「――えっ?」
「見てください、汚く盛り上がっていたクリームは、皆の力であらかた平状に塗り終わっておりますから」
「ほんとだ……」
広斗に声をかけられ我に返る。
周囲を見渡せば、所々ダマになって地面にこびりついていたクリームは、綺麗な平坦に整えられていた。
かような平らに塗った地面のいたる所から、ゴポリ……ゴポリといった音が鳴っている。
……これはおそらく俺達が塗ったクリームを、ゆっくりと体内の中へ取り入れていっている音なのだろう。
「さて、乳輪周りはこれで完了ですので、おつぎはあの “小山” の方にもクリームを塗りに向かいましょうか」
「あ、ああ……」
広斗が言う小山というのは、乳輪の中心地点に聳えている岩みたいな乳首の事だ。
何故小山だと広斗は比喩しているのかは、大方予想できる。
おそらくは、この胸全体と比べたら小さいからだ。
まあ小さいと言っても、俺達からすれば乳首ですら岩壁のように大きいのだが……。
しかしなんだろう……。 そんな岩壁を見ていたら、どことなく小さな違和感を感じる。
最初に見た時よりも確実に。
「……気のせいか? いや……」
気になった俺は、よくよく注意深く眺める。
何が俺に、違和感を感じさせているのかと考えて。
「――あっ!」
そして気付く。 俺が感じていた違和感の正体を。
「ひ、広斗……この乳首、最初に見た時よりも大きくなっていないか?」
そう、大きくなっていた。
一回り、二回りも大きく。
「ああ、本当ですね。 どうやらご婦人様は私達が与える刺激を感じられて乳首を勃起させられたのでしょう。 私達がクリームを塗っている最中、ときおり吐息が荒くなっておりましたから。 まあ、どのご婦人様もいつも勃起させられていますから、気にする必要はないですよ」
「ぼ、勃起って……」
自分と女との、強烈なほどの不公平差に不満を感じる。
だってそうだ。 勃起しているという事は、俺が汗水垂らして働いている間、この女は心地の良い刺激を得て感じていたという訳なのだから。
――酷すぎるではないか。
自分がこんな大変な思いをしているというのに……こんなのは…………。
「ははは……不思議ですね。 人間の肉体というものは誠に。 小さくされ、こうして身体の上でご奉仕している度に常々驚かされます。 ご婦人様の肉体の生々しい一部分の変化に」
「ああ、そうだな……」
そそり勃つ乳首に向かい、地面に生えているその根本から二人してぼやく。
威風堂々たる姿で、天高く膨らみ勃つ乳首を見上げて。
「こ、今度はこれに塗っていくのか……?」
「ええ、そうですよ」
生気のない男達共々、皆で乳首周りを円になって取り囲んでいる。
そんな男達は、生えている根本の部分から触り、既にクリームを塗り始めていた。
まったくの無表情で……。
「私達も始めますよ茂さん。 とりあえずは先ほどと同じように、私の真似をしてください。 乳輪の時とは違い、塗り方が少し変わりますので」
「塗り方が変わる?」
「ええ、このように――」
広斗は乳首に付いたクリームを伸ばしていく。
ただ、その伸ばし方は明らかに違った。
「見て分かる通り乳首にはシワが多いので、隙間にも手を入れてクリームを塗り込んでください。 いいですか? 必ずですよ。 私がまだ小さくされたばかりの頃、斑点のような跡が残るから、くれぐれもそこだけは注意しろとあの人に教えられてきましたので」
広斗は、表情のないまま乳首を触っている一人の男に視線を向けながら話す。
どこか、悲しそうな表情をして。
「分かった……気を付けるよ。 だが、もし見落として斑点の跡が残ってしまった場合はどうなるんだ? 俺達は人間なんだから、ミスぐらいはしてしまうだろ」
「それは……正直私にも分かりません」
「お、おいおい、分らないのかよ!」
「ええ、私がここに来て、今まで一度もそういったミスはありませんでしたから。 ただ、どうなるのかは予想が付きますよね? ご婦人様にとって、私達はどういった存在なのかを考えたら」
確かにそうだ。 容易に予想できる。
この女やスーツを着ていた女は、俺達を同じ人間として扱わず、見てなんかいなかった。
現実に裸体を平気で晒し、ましてや胸の上に俺達を登らせ、乳首にクリームを塗らしている。
――さも、それ専用の道具みたく。
多分、悲惨な目に遭わされる。
それこそ道具とされているのならば、処分(殺)されるのかもしれない。
「……まあ、ミスがないようしっかり仕事すればいいだけです。 やるしかないですからね、私達には」
「そ、そうだな……」
手を伸ばす。 巨大な肉の塊である、女の乳首に。
触ると、弾力性のあるゴツゴツとした生温かな感触が手に伝わった。 決して柔らかくはない感触が。
「……結構固いんだな」
この乳首の表面層を感触だけで例えるならば……そう、固いゴムを触っているみたいだ。
ブニブニ……ブヨブヨといった……。
「この中にも塗っていかないと駄目なんだよな……」
次に俺は、亀裂の入った岩みたいな乳首のシワに意識を向ける。
肉の塊で出来たシワ。 俺はその隙間の中に恐る恐る手を差し入れ、クリームを塗りこんでいく。
塗り残しが絶対にないよう、注意して。
すると、
「――おわぁッ!」
突然と女の野太い声と同時に、地面が上下左右に激しく揺れ動きだした。
「ひぃぃッ!」
そんな強い揺れに驚き悲鳴を上げ、俺は揺れが収まるまで耐えているしかなかったのだった。
……情けなくも、乳首にぎゅッと抱き付いた形で。